127話
マードリックの凶行により兵士達はどんどん倒れていく。クロは自問自答していた。
(これでいいのか? 本当に?)
敵は自ら仲間を殺すという暴挙としか言いようのない支離滅裂な行動に出ている。放っておけばマードリックを守る者は誰もいなくなり自滅する事になるのは目に見えている。ただそれを待てばいい。それが一番合理的で正しい選択だ。
だが、それは正義か?
クロが悩み出した結論、善意をもって悪意に立ち向かうというのはこのような時に兵士達を見殺しにするものなのか?
違う。
断じて違う。
いつものクロならここでこう結論を出し兵士達を助ける為に行動に出ていただろう。しかし、今動けばコーデリックの治療を放り出す事になる。クロが兵士達を救う為にコーデリックを置いて動けばマードリックは必ず無防備なコーデリックに攻撃を仕掛けてくるだろう。
コーデリックを背負ったまま動ければいいのだが、既にクロは己の限界を越えて大魔法を2重発動するという無理をしている。これ以上無理をすれば間違いなく全てが決壊する。
そういう思いが、クロの行動をかろうじて押し留めていた。
しかし、次の瞬間ーー
マードリックにより今まさに攻撃を受けようとしていた兵士とクロの目があった。それはまだ、年若い兵士であり十代と思われた。兵士は恐怖で顔を涙でグシャグシャに歪めながらしかし抵抗もできず、小さくか細い声でクロにこう訴えた。
「助けて……」
その言葉を聞いた瞬間クロは動いていた。考えるより前に身体が動いていた。あの言葉を聞いて、無視する事などクロには到底出来なかった。
瞬時にクロはマードリックと兵士の間に立ち、マードリックの短刀を素手で掴み受け止めていた。
握りしめた手の平からうっすらと血が滲んで流れ出た。
「かかったな、救世の天子よ」
マードリックは悪魔の笑みを浮かべて言った。クロはその瞬間自分が罠にかかった事を知った。
マードリックはクロが助けに来るのを予想して待ち受けていたのだ。クロは置いてきたコーデリックへ注意を払う。しかしクロの予想とは反してコーデリックに攻撃は仕掛けられなかった。
突如、クロの立っていた地面に血で出来た魔法陣が出現する。それは女神信仰者にとっては禁忌のシンボル、六芒星の魔法陣だった。
血で描かれた魔法陣は邪悪な波動を放ちながらある化物をその場に召喚した。背中に黒い羽、黒い尻尾を生やした山羊の悪魔だった。黒山羊の悪魔は呪文を唱えるとその力で持ってクロの身体の自由を奪った。
「!?」
抵抗しようとするが、身体がまるで動かない。地面に縫い止められたクロにマードリックは余裕たっぷりに解説を始める。
「何故自分に魔法が効いているのか? と言った顔だな。教えてやろう。今召喚した怪物は魔族ではない。悪魔だ。悪魔とは異界に住むこの世界とは理の違う世界から来た存在なのだ。その力も魔力とは違う……いわば、『呪い』とでも言うべきもの」
クロは今更ながらマードリックの凶行の理由が理解できた。
あれは生贄なのだ。あの悪魔を召喚する為に、そして恐らくクロの動揺を誘い向かって来させる為にわざわざこれみよがしに兵士達を虐殺しかしクロを挑発したのだ。普通に悪魔を召喚するだけでは女神信仰者の悪逆非道なやり方を知っているクロには警戒され交わされてしまう可能性の方が高かった。
だからクロが自分に向かってきて動きを止めざるを得ないようにしたのだ。救世の天子ならば例え敵だろうと無抵抗に殺されていく者を見捨てる事は出来ないだろうという計算の元に。
かくして目論見通りクロは兵士を助けるためにマードリックの前に無防備な姿をさらけ出し、悪魔の力によって捕縛されたのだった。
動けないクロとクロが庇った若い兵士の視線が合う。敵である自分を助けるために飛び出し結果捕まった救世の天子。兵士は何も言うことができず黙っている事しか出来なかった。
「良かった。助かってーー」
そう言ってクロは笑った。
激しい同様が兵士を襲う。何故そんな顔で笑いかける事ができるのか。自分のせいで捕まってしまったというのに。
困惑する兵士にクロは語りかけた。
「あなたが気にする事はないよ」
え……と聞き返す兵士にクロは続けて言った。
「ぼくがやりたくて勝手にやった事だ。あなたが悪い訳じゃない」
そう言って、まるで満足だと言わんばかりの顔で静かに微笑んだ。その顔を見て、若い兵士はこのあどけない少年を魔族や魔族信仰者が信仰し崇拝する理由が分かった気がした。そして同時に、自分達のどうしようもない汚さも。
「さて、救世の天子の捕縛は成功だ。連れていけ」
先程まで自分達を虐殺していた事など全く気にしない様子で命令するマードリックに兵士達は強い不信感と不快感を覚えた。しかし、命令に逆らう事もできずに指示通りクロと、コーデリックを抱えてその場を後にしたのだった。




