126話
しばらくの間瞑目し考えを纏めていたマードリックだったが、やがてゆっくりと行動を開始した。懐から小さな短刀を取り出すとその刃を見せつけるように前に掲げた。刃物を持ち出した事に反応し注意を深くするクロだったが、それでこちらに攻撃を仕掛けてくる訳でもなく意味深に笑うだけのマードリックに不審な表情をクロは見せた。
一体この男は何をするつもりなのか?
クロの頭に浮かんだ疑問にはすぐに答えが出た。
マードリックは右手に掲げた短刀を突然近くにいたザカリク軍兵士の首に当てた。次の瞬間、兵士の首から赤い血がぶしっという音と共に吹き出た。
「「!!?」」
驚愕の表情を浮かべたのはクロだけではない。ザカリク軍兵士達もマードリックの突然の行動に驚きおののいていた。
マードリックは周りのそんな反応にも頓着せず再び凶刃を振るう。また一人兵士が倒れる。マードリックが錯乱したのかと考えた兵士達数人が取り押さえようとマードリックに殺到するが、その兵士達も次々と首を斬られ倒れていく。血が流れ血溜まりとなりやがて血の海と化していく。
しばらくすると全身を血に染めたマードリックとそれを遠巻きに見ている事しかできないザカリク軍兵士達、そしてあまりの展開に頭がついていけないクロの三者三様の構図が出来上がっていた。
「な、何のつもりだ……?」
クロが激しく同様しながらマードリックに話し掛ける。
マードリックは至って普通の態度で何気なく答える。
「何をしているかって? 使えない兵士共を処分しようと思ってな」
「巫山戯るな!!」
クロの怒鳴り声が路地に響く。クロは怒りを抑えきれなかった。
「仲間を自分で手にかけて何の意味があるって言うんだ!?」
「仲間……?」
クロの言葉にこれは面白い言葉を聞いたとマードリックは笑みを浮かべる。
「仲間……? 何だそれは? 私に取って他者は常に二つにしか類別されない」
そう言ってマードリックは2つ指を立てる。
「利用できるか、出来ないか、それだけだ。そして今兵士達は使えない駒と判断したからこうして処分を下している」
あまりの言い分に続く言葉が出て来ない。ただ思い切り睨みつけるだけだ。そしてそれは何の効果も持たずザカリク軍兵士達は次々と処分されていく。
「どうして……? 何で抵抗しないの!?」
黙ってされるがままになっている兵士達にクロは堪らず声をかける。本気で抵抗しようと思えばいくらでもやりようはある筈だ。それなのに兵士達は恐怖の表情を浮かべながらも抵抗らしい抵抗もせず殺されていく。
「何故兵士達が黙って殺されるか気になるか?」
マードリックが余裕しゃくしゃくと言った感じでクロに語りかける。
「まあ簡単に言えばな、人質を取っているからだ。ここで私に逆らえば家族は無事では済まない。それに、兵士というものは有事の際にその命を張って目的の為に行動を起こさなければならない。元々そういうものなのだ。少々いつもとはかける命の意味が変わっているはするがな」
「そんな、そんな馬鹿な……!」
「不服か? なら、止めてみるか? 敵の為にわざわざ身体を張って、命尽きそうな仲間の治療を放り出してな」
マードリックの挑発にクロはギリ……と表情を歪める。
悔しいがクロは動く事が出来なかった。マードリックの言う通り敵の為にコーデリックの治療を投げ出す訳にはいかないのだ。クロが動かない事を確認するとマードリックは満足そうに呟く。
「そうだ。それでいい。それが合理的な選択と言うものだ。例え罪の無い一般兵が無慈悲に目の前で虐殺されようともお前には関係の無い事だ。全員が殺されるのをそこで黙って見ているがいい」
そう言って再び虐殺を初めていく。一人、また一人と命を散らすのをただ黙って見ている事しかできないクロは、かつてない怒りと絶望を同時に味わっていた。ぽた、と雫が地面に流れ落ちた。
泣いていた。
クロは泣いていた。
ただ、黙って泣いていた。
泣きながら、ただ見ている事しか出来なかったのだった。




