122話
クロは、敵兵に捕まり宙に浮かびながら必死に逃げる方法を考えていた。高度は地上から約千メートルくらい。この高さから落ちればクロとて生きてはいられない。従って逃げるにしても高度が下がってからでなければならないが、高度が下がる時は地上に降りる時でありそれは即ち敵の本拠地の真っ只中に降り立つという事である。
仮に今自分を捉えているこの敵兵から逃げられたのだとしても他の兵に捕まってしまうのでは意味がない。つまりは敵が本拠地に降り立つ前にこちらで意図的に高度を下げさせて地上に降り逃げるしかない。
かなり危険を伴う作戦ではあるが他に道もない。クロはじっと自分を抱えて飛んでいる敵兵の様子を伺う。
ぶつぶつと、よく聞き取れないが何やら呟き続けている男は目の焦点が定まっておらずこちらに特別注意を払っている訳でもなさそうだ。恐らく男の手を振り払って自由になるだけなら簡単にできると思われた。
だがそうなれば当然クロは地上に叩きつけられる事になるので上手く加減して男の飛行を邪魔しなければならない。こうしている間にも男は敵の本拠地へと向かい続けておりぐずぐずしている暇はない。
クロは深呼吸し覚悟を決めると、肩に乗せていたカーバンクルに目を向けて、
「ルビー、お願い」
と小声で頼んだ。
カーバンクルはクロのその一言だけで何をすればいいのか悟ったらしく、コクンと頷くように首を僅かに縦に下げた後クロの身体をかけ登り敵兵の顔にまで上り詰めた。
「っつ!!?」
突然視界を遮られ前が見えなくなった男は恐慌状態に陥った。手で払いのけようにも両手はクロを抱えるのに塞がってしまっている。男がマードリックに命令されているのは救世の天使の捕獲であり抹殺ではない。従って手を離してクロを落として殺してしまう訳にはいかないのだ。両手は使えない。
敵兵は顔を左右に振り顔にへばりついているルビーを振り落とそうとするがルビーも落とされまいと両手足でしっかりと踏ん張っているので引き剥がせない。そんな事をしている間にも男はコントロールを失いどんどん高度を下げていく。左右にぶれながら蛇行運転を繰り返しているので進むスピードも落ちていく。
どんどん高度が下がっていき高さが半分の500メートルを切った所でクロは暴れ回る。敵兵はクロを抱え切れなくなりあっさりと手を離してしまう。落下していくクロに標準を定めたルビーは男の顔を蹴った反動で跳び立ちクロの身体に跳び移りその身体にしがみつく。
(この高さなら何とかなる……!)
どんどん近づいていく地面を見ながらクロは着地する為に姿勢を整える。
猫が高い所から落下する時に空中で反転し姿勢を整えるように猫科の猛獣のようにしなやかで力強い筋肉を収縮させ両足で着地の衝撃を和らげながら身体を丸めて受け身を取りながら転がる。肉球が足に着いているわけではないので着地の衝撃を受けきれないからだ。ルビーは器用にクロの身体を移動しながら下敷きにされないように上手くクロの懐に潜り込んでいた。
「っ!!」
ビキッと全身に電流が走り、特に両足に痛みが走る。クロがいくら丈夫な身体を持ち着地の衝撃を和らげようともやはり500メートルもの高さからの落下はクロの身体に無視出来ないダメージを与えていた。
ゆっくりと、両足に受けたダメージを確認するように立ち上がるとクロは上空を見上げる。先程まで自分を捉えていた敵兵の動きを確認する為だ。
見ると男はクロが落下した地点よりもずっと先の方へと高度を下げながら進んでいく所だった。
クロが逃げた事には当然気付いているだろうがいくら翼を持っているとはいえ全てを自由にコントロールできる訳ではないらしく、今までの勢いを止めきれずクロより先へと進んでいくのを止められないようだった。しかしそれでも明らかに高度を下げて地上へと降り立とうとしているのが見て取れた。
空中で姿勢制御して反転するよりも一旦地上に降りてから徒歩でこちらに向かうつもりのようだ。グズグズしている暇はない。クロは辺りを見回す。
背の高い高度な建築物がそこら中に建てられており建物の影になって周囲から見られにくい景観になっていた。
かつて2年の時を過ごしたマガミネシアの首都メグロボリスを思い起こさせる街並みだった。恐らく文明レベルでは殆ど大差無い。砂漠の街なので肥沃な大地に立つメグロボリスとは若干違いが見受けられはしたが。
クロは周囲に人気が無い事を確認すると痛めた足を引き摺りながら急いでその場を立ち去るのだった。




