121話
連れ去られていくクロを、片目達はしばし呆然と見続けていた。片目も、ジュレスも、ユータも、マガミネシア兵士達も、ザカリク軍兵士達ですら予想だにしなかった展開に心がついていけなかった。
救世の天子が攫われた。首に爆弾をつけられて尚ザカリクに忠誠を誓う者がいたのか。いや、それよりあの翼は何だ。何故人間の背中から翼が生えるのだ。あれではまるで女神信仰者が忌み嫌ってきた魔族そのものではないか。
様々な思惑が複雑に絡み合う中ーー
「おい!! ボサっとしてんな! 早くあの嬢ちゃんを追いかけて助けに行かにゃならんだろう!!」
「し、しかし……」
言い淀むザカリク軍兵士達。クロを救出するという事はザカリクを裏切るという事である。せっかく助かった命を再び危険に晒さなければならないのだ。視線が泳ぎ頼りなく狼狽える彼等にウルグエルは一喝する。
「馬鹿野郎!! 受けた恩も忘れて命惜しさに誇りを投げ捨てる気か! それじゃあ俺等の首に爆弾を括りつけて戦場に放り込んだ奴等と何も変わらねえだろうが!!」
流石に歴戦の戦士である。ウルグエルの気迫の篭った一喝に兵士達は目の冷める思いで意識を一変させた。
表情の変わった兵士達を見て満足そうに頷くと、ウルグエルは片目達に声をかける。
「そういう訳だ。さっさと追いかけるぞ。嬢ちゃんが連れ去られたのはキエヌルカの方角だ。俺達が案内してやる」
「済まない。恩に切る」
礼を言って頭を下げる片目に笑ってウルグエルは手を振った。
「なあに気にすんな。命を救ってもらった借りを返さなきゃならんからな。それに嬢ちゃんを連れ去ったのは俺の部下だ」
「…………あの状況下でもザカリクに忠誠を誓う奴がいるとは驚きだ」
ウルグエルは渋い顔をして言った。
「恐らくマードリックの野郎が監視役として俺の部隊に潜ませていたんだろう。他人を一切信用しない奴だからな」
「マードリック?」
「ザカリクの最高指導者であり、実質的に女神信仰者の頂点に立つ男だよ。首輪を開発したのも奴だ」
「オレにかつて救世の天子抹殺を命じたのもその男だ」
ユータがウルグエルの説明に便乗し補強する。
「他人の事なんか道具としか考えていない冷酷で残虐な奴だ。あんな奴にクロを渡す訳にはいかない。早く追いかけよう」
「同感だ。奴の趣味の悪さは折り紙つきだ。早く取り戻すべきだ」
こうしてウルグエルとザカリク軍兵士達の先導に従って片目達はクロの後を追いかける。
古代闘技場は首都キエヌルカの郊外に位置しており闘技場を出るとキエヌルカは目と鼻の先だった。
「……待て」
ウルグエルの合図で片目達は歩みを止める。
「どうした?」
「俺達が寝返った今キエヌルカを守護する防衛軍の数は多くない。正面から行っても倒す事はできるが時間を無駄に消費する事になる。戦闘音に気付かれて逃げられる可能性もある。ここは策を弄しよう」
そう言ってウルグエルはとある作戦を一行に提案する。
「なるほどな。では私が行ってこよう」
そう言って片目と、マガミネシア軍の魔物兵数人が空を飛んで闘技場の方へと引き返していった。しばらくするとザカリク軍兵士が装備している防具や服を纏めて戻ってきた。
これは先程の戦闘で死んだザカリク軍兵士が着ていた服と防具を剥いで持ってきた物である。
片目達とマガミネシア軍人間兵はそれに着替えるとザカリク軍兵士達の中に紛れ込んだ。こうすればマガミネシア軍だとバレずに堂々とキエヌルカへ侵入できる。魔物兵達はどうやっても目立ってしまうのでそのまま外で待機、何かあったらすぐに飛び込めるように準備をしつつ連絡を待つ事になった。
そして片目達はついに、ザカリク国の首都であるキエヌルカへ侵入したのだった。




