120.5話
…………なるほど、そう来たか。
これは盲点だったね。ザカリク軍兵士は本当は戦いを求めてはいないという事を見破って信じそして停戦に持ち込んだクロ君の手腕は見事だったけれど、ザカリク側も負けてはいない。ザカリクの中にも本気でねじ曲げられた女神の教えを信じている者がいた訳だ。
狂信者、という奴だね。でも頭のネジのぶっ飛び具合ならクロ君もどっこいどっこいだけどね。だってそうだろう?いくら理屈で分かっていても普通本気で実行するかい? 自分達の命が掛かっている時にさ。
理想論を言うだけなら誰だってできるよ? でも、それに命を懸けれるかと言ったら恐らく殆どの人間はできないだろうさ。 そして、命を懸けたからと言ってそれが成功するかは分からない。失敗して死ぬかもしれないんだ。
分かったかな? クロ君のやった事がどれだけぶっ飛んでて、かつ凄い事なのか。
クロは選ばれし者だから? 特別だから? そうだね。確かにそうだ。それは否定出来ない。……だけどもそれはクロ君が抱えている運命の重さと苛酷さを全く無視した物の見方だよ。クロ君が今までどれだけ苦労してきたか分かってるかい? 災厄を振り撒いてしまう事が、自分のせいで周りの大切な者が傷付き死んでしまう事が、どれだけ苦痛か分かるかい?
特別な立場にいるという事は、背負う苦しみも特別に苦しいって事さ。
何しろ彼は救世主という立場を背負っているんだ。世界の命運があのあどけない小さな少年1人の肩にのしかかっているという訳さ。考えて見れば随分な話だよねえ。じゃあ助けられる連中は何をしているんだろうね。ただ助けを待つだけなのかい? クロ君1人に責任を全て被せて上手くいかなかったら文句を言うだけなのかな?
……そんな人間しかいないと言うなら彼等は滅びるだろうね。実際クロ君は敵の手に落ちてしまっている。それを助けられるかどうかで世界の命運が決まるといっていいだろう。
助けられないというなら滅びるしかないだろうし、滅んでしまっていいと思うよ。世界がどうなろうと知った事じゃない。そんなちっぽけな奇跡すら叶えてくれない世界ならどの道救いがないからね。…………言っただろう? 僕は無責任で酷い奴なんだって。
だけどね、そんな酷い僕でさえ、クロ君に助かって欲しいと思っているんだよ? 助けられるかどうかは全く別の話としてね。
じゃあ、彼等はどうなのかな? 彼等は本気でクロ君を救いたいと思うかな? 彼等って言うのはクロ君のパーティーメンバーを覗いた全ての者達さ。パーティーメンバーはクロ君を救う為にそれこそ死にもの狂いで動くだろうからね。あえて数には数えない。
今回ばかりは彼等だけの力では駄目なんだ。一部の力ある特別な者達の努力によってしか上手くいかない世界なんてどの道上手くいかないし、不公平だろう?
ただの力無い一般人が頑張らなきゃいけないのさ。何でかって? 彼等こそが世界を構成し動かしている真の主役だからだよ。
クロ君は確かに凄いし特別だ。でもね、いくらクロ君が凄くても彼一人の力だけじゃどうにもならないんだよ。彼を信じ支え、一緒に戦ってくれる皆がいるからクロ君は救世主でいられるんだ。
救世主というのは代表者ではあっても、代理人ではないんだよ。
それを、彼等が理解し、動けるかどうか。いや、実際に動く事が難しいんだとしてもせめて心からそれを願えるかどうか。それ次第だろう。
…………預言者みたいな事を言う? ハハ、確かにそうだね。ある程度の道筋は見えているよ。そうなるように色々動いてきたのも確かだしね。ただ、それでも結末がどうなるかまでは僕には分からない。そこまで分かったらそれこそ神か仏か、だよ。
僕は神でもなければ、悟りを開ける程に成熟した人間でもないんでね。
僕にできるのは、ただ信じ見守る事だけさ。彼等が無事にクロ君を助け出し、救われる価値のある存在なんだと証明できるように祈っているよ。




