120話
古代闘技場は歓喜に包まれていた。コーデリックの大魔法 電奥封鎖地獄の効果によって安全に首輪を外す事に成功したからである。それはつまりザカリクからの支配から解き放たれる事と同義であった。
誰も本心から殺し合いを望んでなどいなかったのである。
ごく一部の、例外を除いて。
ザカリク軍兵士達が歓喜の声をあげ喜ぶ中で周りから浮いた存在があった。それは周りにいる兵士達と一見何も変わらないように見えた。
しかし、その男が周りの兵士とは違っていたのは、電奥封鎖地獄の影響下にありながら首輪を外さず装着したままだった事。そして、青ざめた顔でぶつぶつと何やら呟いていた事。
近くにいた兵士が男の異常な様子に気付いて声をかける。
「おい、どうした……?」
「………………だ」
「え?」
「魔族と魔族信仰者はこの世界から駆逐されなければならない。消されなければならないんだ」
「お、おい」
明らかに異常な男の様子に周囲の者達も怪訝な視線を向ける。そして次の瞬間信じ難い事が起こる。
「魔族とぉ、魔族信仰者はあぁ……滅びなければあならないぃぃぃ!!!!」
男の絶叫と共に魔力が周囲に迸り、その背中から2対の翼が飛び出る。その翼を羽ばたかせ勢いよく飛び上がった男は真っ直ぐにクロの方へ向かっていく。
完全に油断していた。
この状況で襲い掛かって来る者がいるとは誰も考えもせず、そのために向かってくる敵の存在に気付くのが遅れ、対応も遅れた。
気が付いた時には男はクロを抱え上げると空高くへと舞い上がり、そのままザカリク首都キエヌルカへと飛び去っていく。
あまりの事にあっけに取られている仲間達をよそに、パーティーメンバーの中で唯一翼を持ち飛行できるコーデリックが後を追いかける。
「ふ、ざけ、るなぁあああああっ!!!!」
コーデリックが怒りも露わに絶叫しながら追跡する。男の翼は生えたばかりで安定性に欠け進むスピードも大した事はなく、すぐに追い付いた。
(だが、どうやって取り返す?)
しばしコーデリックは考える。今自分達は地上から約千メートル程の高度を飛行している。下手に手を出してクロが落ちてしまったら、いかにクロが頑丈な身体をしているとはいえ死んでしまう。かといって、クロを抱え込みながら飛んでいる相手だけに攻撃を当てるというのは相手が不安定な飛行をしている事もあり難しい。
(敵には有効でクロにはほとんど効果のない攻撃を当てるしかない)
相当な無茶を言っているように思えるが、コーデリックには出来る自信があった。
(魔法だ。魔法攻撃ならクロには殆どダメージは通らない)
魔神の強力な加護の魔力に守られているクロには魔法は殆ど通用しない。更に言うなら聖属性魔法ならば同じく聖属性魔法が得意なクロに一番与えるダメージを抑えられる筈。
問題は男に魔法が効くかどうかだ。男は一見人間に見えるが背中から生えているのはどう見ても魔族の翼だ。魔族ならば当然聖魔法は有効だし、人間だったとしてもそもそも人間自体魔族に比べれば魔力的な耐性は低い。充分ダメージを与えられる筈だった。
コーデリックは手持ちの能力の中で聖属性攻撃を行える手段、即ち四聖獣の召喚を行おうとした。
だがーー
「!!?」
ガクン、と身体から力が抜けて魔力を発動させる事が出来ない。そう、ザカリクの仕掛けた結界の影響で魔力が吸い取られているのだ。今現在クロとの距離は500メートル以上離れており、聖魔解除防壁の範囲の外にいるのだ。
そしてコーデリック自身自覚できていなかったが1時間に渡るザカリク軍兵士達との戦いは想像以上にコーデリックを消耗させており、高い魔力と精神力を要する四聖獣召喚は不可能な状態だったのだ。
(しまった! ボクとした事が……!!)
四聖獣を呼び出すどころか自身の姿勢を保つのが精一杯で、それも徐々に出来なくなってきている。
意識も薄らいできておりどんどん高度が下がっていく。
「くそぉ……クロォォォォ………!!」
苦しげに、そして悔しげにコーデリックは叫んで地上へと落ちていった。




