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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
神魔戦争編前編
130/229

118話

「なんだと……?」


 ユータは赤毛の大男の発した言葉の内容に驚きを隠せない。そんな様子を見て男はもう一度言い直した。

「聞こえなかったか? 降伏しないかと言ったんだ」

「巫山戯るな!!」

 ユータが怒りを露わにして叫んだ。

「巫山戯ちゃいないさ。救世の天子をこちらへ渡せば残りの奴等は助けてやるよ」

「それが巫山戯てると言ってるんだ!! 貴様らが、約束した事を守るようなクチか! 味方でさえ用済みになったら躊躇なく殺す! 失敗したら殺す! 役に立たなかったら殺す! 降伏した人間を助けるような善意がお前らザカリク軍にある訳がないだろうが!」


 ユータは本気で怒っていた。自分自身首に爆弾を付けられ、散々道具として使われてきた。その束縛から抜け出した後も、悪逆極まりないザカリクのやり方を事ある事に見せられてきた。


 到底信用出来るものではない。何よりもクロを渡す事など出来る筈もなかった。

「そうだな。ザカリク軍なら確かにそうだろう」

 アッサリとユータの言い分を認める赤毛の男。しかしその言い方はまるで自分は関係ないとでも言わんばかりのものだった。

「ザカリク軍軍人としてではなくウルグエル=ウル=アルヴァーンとして誓おう。この俺の名に懸けて、降伏した奴等の命は取らせない。まっとうな捕虜としての待遇をする」

 ウルグエルと名乗った赤毛の男を再び怒鳴り散らそうとした。が、片目の手がそれを遮った。



「待て。ウルグエル=ウル=アルヴァーンと言ったな? その名前聞いた事がある」

 片目は遠い記憶を辿るように訥々と喋り出した。

「暗黒時代に名を馳せた、人間の中でも最強と謳われた戦闘民族の名が確かアルヴァーンと言ったはず。ウルはその族長に付けられる名で、一族で最も強く誇り高き者に代々受け継がれて来たと言われている」

 片目の言葉に驚きながら同時に嬉しそうにウルグエルは唸った。

「へえぇ。俺の名を知っている奴が敵軍にいたとはね。嬉しい限りだ」

「それが何だと言うんだ! 一族の名を懸ける事に何の意味があると言うんだ!」

 怒りの収まらないユータは納得で様子で片目に食ってかかる。しかし、片目はあくまでも冷静に、恐ろしい程冷ややかな目をしながらユータにこう言った。



「一族の名を懸けるという事は己の命を懸ける事よりも重い事なんだ。ユータ。それを破ってしまえば、そいつはもう何者でも無くなる。全ての世界から居場所と存在意義を失い、幽鬼のように儚く薄く消え去っていくしかないんだ。……それがどういう事なのか、お前になら分かるだろう?」

「………………」

 元の世界で自分の居場所を見いだせず、こちらの世界へ来ても偽りの英雄としてしか生きてこれなかったユータには、その言葉が重く響いた。

「勿論、そんな要求を呑める筈もないしクロを渡す筈もない。……だが少なくともそいつが本気で言っているという事だけは理解しておけ」



「何故だ……」

 だがユータは尚も言い募る。

「こいつらは敵じゃないか。今まで散々悪逆の限りを尽くしてきたじゃないか! 何故こんな奴の言う事を信じなければならない!」

 ユータの言葉にそうだそうだ、と同調する声が上がる。ユータの肩にぽん、と優しく手が置かれる。

 それはクロの手だった。

「落ち着いて」

「しかし……!」

「ぼくらだって元々は敵同士だった」

「それは……」

 クロの言葉に初めてユータに困惑の色が混じる。


「ユータお兄さんが、今言ったようにやってきていたら今僕らは肩を並べていない」

「………………」

 今度こそユータは黙らざるを得ない。クロの言う通りだからだ。もしユータが、敵だからという理由だけで魔族信仰者の立場や物の考え方を知ろうともせず分かり会おうとする事を拒絶していたら今ここにこうやって仲間として並んではいないのだ。

「だが、クロ。お前達とコイツらは違う……!」

 そう言って憎々しげにザカリク軍を睨みつける。

「向こうもきっとそう思っているよ」

「え?」

「皆誰しもが自分達は正しいと思ってる。自分達の掲げる正義が正しいと思ってる。僕ら魔族信仰者にとって彼等は鬼畜生で、悪魔だ。同じように彼等女神信仰者にとって僕らは鬼畜生で、悪魔なんだ」

「………………」

「そして今ぼく達には対話をする機会が与えられている。それを蹴って、あくまで相手を殲滅させる為だけに戦おうとするならば、……それは悪魔の所業と言われても仕方の無い事じゃないのかな」



 それは硬いハンマーで頭をがあん、と殴られたような衝撃だった。

(悪魔の所業? オレが、あいつらと一緒だって言うのか?)

 混乱し思考が纏まらない。

 気が付くと、掌に暖かい温もりが感じられた。それはジュレスの掌だった。

「ユータ兄の気持ち、俺にはよく分かるよ。俺も、憎かった。ユータ兄の事が」

 ジュレスの言葉にハッと気が付く。そうだ。出会った当初ジュレスはユータを憎んでいた。ユータが戦争で仲間を殺したのだと勘違いしていたからだ。


「憎くて、憎くて、殺してやりたいと思ってた。消えてしまえばいいのにって。でも、ユータ兄の話を聞いて、言葉を聞いて、悪い奴じゃないんだって分かった。だから、今俺達はこうやって一緒にいられる。そうだろ?」


 ぎゅ、とジュレスの掌に力が込められる。

「憎いのは分かる。ユータ兄が、死ぬ程苦しめられて来たって事も。でも、お願いだから……憎しみで全部塗り潰さないで。出会った頃の、優しいユータ兄のままでいてよ」

 そう言って、澄んだ目でユータをまっすぐ見ていた。





(俺は……何をやっていたんだ)

 ようやくユータは今自分が間違った道に足を踏み入れようとしていた事に気が付いた。

(いつからだ。いつから俺はこうなってしまった)

 ユータは己を振り返る。昔はそうではなかった筈だ。ザカリクへの憎しみよりも、強いものが心の内にあった筈だ。それが、いつから怒りと憎しみに塗り潰されてしまった?


(人を、初めてこの手で殺めた時からか)


 そう、現実の厳しさに負けて、人を殺してしまったあの時からユータはいつの間にか暴力で物事を解決する事を覚えてしまった。分かり合える筈がないと決め付けるようになっていた。



「ユータお兄さん」



 正気に返ったユータに、クロが静かに語りかける。

「今まで、苦しい戦いだったね。いくら戦いで勝っていようと、心が明るく晴れた試しなんてなかった。いつも、苦々しい思いを引き摺りながらやってきた。……それは、ぼくらがずっと大事な事を忘れ続けてきたから」

「大事な、事?」

「相手も、同じ人間なんだって事。人を信じると言う事を」

「信じる……」

「やっと分かったよ、ユータお兄さん。それは、新しくも何ともない、ごくごく当たり前の事だったんだ。ぼく達が、本当の意味で真の敵に勝つ為の方法。それは、信じる事だったんだ。人間には恐ろしい程の悪意が存在するのと同時に、善意だってあるんだって事を」



 クロは、晴れ晴れとした顔で長いトンネルをようやくくぐり抜けたかのように安堵していた。

「…………さっきからこっちの事を無視して延々と話し続けてるが、話は纏まったのか? 降伏するのか、それとも戦いを続けるのか。どっちなんだ?」

 いい加減痺れを切らせたウルグエルが、声をかけてきた。

「ずっと思ってたんだけど、おじさんいい人だよね。律儀にずっと待っててくれるなんてさ」

「あん?」


 さっきまで緊迫した表情をしていた救世の天子が今は何だかスッキリとした表情をしているのがウルグエルには気になった。訳の分からない事を言って微笑んでいるその顔からは緊張感というものが感じられなかった。





「答えは決まったよ。ぼく達はどっちも選ばない。第3の道を選ぶ」

「なに?」





「おじさん、ぼく達の仲間にならない?」


今度はザカリク兵達の方が驚かされる事になった。ここからが、クロ達の逆転劇の始まりだった。

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