111話
アルクエドの街から少しだけ離れた位置にマガミネシア軍が逗留する野営設備があった。12000もの大軍を街に逗留させるにはスペースが足らなかったし街の人々にいらぬ不安をかけかねないからである。即席で作られたテントには大勢の兵士達が屯していた。
「ふわあ~ 改めて見るとやっぱりすごい人数だねえ」
「これだけの人数を半月も留まらせるのはかなりの兵量が必要なんだけどね。持ってきた分はあっという間に底をついちゃったけど例の所信表明で沢山の国から支援物資が届けられたから」
コーデリックは懐から小さな長方形の形をした通信用具を取り出しクロに渡した。
「はい、これ。クロが持ってて」
「これは?」
「サーちゃんから持たされた特製通信装置さ。どんなジャミングも聞かないし丈夫で壊れにくい。世界中どこにいっても電波が届くようになってる」
「ほう、それは便利だな。だがなぜそれをクロに?」
「どんな状況になっても連絡が取れるように、だってさ。予想外の展開に対する対策は怠ってはならない、ってサーちゃんが」
「うん、分かった。ありがとう」
クロは通信装置を受け取ると懐にしまった。
周囲に飛び回っていた蝿を手で払い除けながらユータがコーデリックに質問する。
「それで、作戦の手筈はどうなってるんだ?」
「まずはマガミネシア軍と、各国から招集された連合軍……9000の軍を合わせた21000の軍を三つに分けザカリクの支配下地域、つまり砂漠の入口にまで進軍させる。それを迎え撃つのはミノス連合国。つまりダイダロス、カルネデス、ノルアドスの三国だね」
「ふむ、それで?」
「でもこの三国は実は裏でボク達と繋がっている。彼等にはザカリクから援軍を要請してもらう。迎撃のために助力が必要だと言ってね。その援軍が国に到着する頃には既にボク達の軍が到着して待ち構えている。転送魔法陣によってね」
援軍のつもりで三国に到着した彼等は隠れて潜んでいるマガミネシア連合軍に包囲されるのだ。おまけに仲間だと思っていた三国は敵側についてしまう。
「うわ、えげつねえな……」
「あくまでも三国に対する『援軍』だから対した数は投入しない筈。せいぜい千~2千程度。多勢に無勢すぎるし仲間の裏切りもあって彼等は戦意を喪失するだろうっていうのがサーちゃんの読みだね」
「つまり戦いを起こさずに投降するって事だね?」
コーデリックは頷いた。
「負けの決まっている戦にわざわざ挑もうとしないだろうってさ。彼等が筋金入りの女神信仰者なら分からないけどそういう忠誠心の高い兵はもっと重要なポジションに配置される確率が高いでしょ」
「なるほどな……」
「こうして援軍に来た軍はそのまま捕虜として確保される。言い方は悪いけど人質として交渉に持っていける訳さ」
「奴等がそれを無視したら?」
ユータは女神信仰者の悪辣さを充分すぎる程に知っている。首に爆弾をつけられた事は決して忘れられる事ではない。
「それならますますこちらの思うつぼさ。仲間を捨て駒にするのは兵達の士気を著しく下げる事になる。世界各国からの非難も強まり味方はますます増え敵は孤立していく」
「どう転んでもこちらの有利には変わりないという事か。……全く、恐ろしい策士だよ。敵に回していたかと思うとゾッとする」
「光栄です。って言うだろうねーサーちゃんなら」
「そのサーベルグはどうしたんだ? いつもなら通信魔術で自ら説明してるトコだろ?」
ジュレスが疑問に思い尋ねると、
「サーちゃんは今連合軍の編成と作戦の説明に追われてる所だよ。こっちにまで手が回らないんだってさ。だからまあボクがかわりにこうして説明してる訳だけど」
なるほど、と一同が納得するとコーデリックは締め括るように残りの説明を終わらせる。
「まあ、とにかく大体のあらましはそんなとこさ。それでもザカリクが戦争を続けるなら転送魔法陣を使って首都キエヌルカへ部隊を送り込み制圧する。連合軍でザカリク軍をギリギリまで引き付けてキエヌルカの防備を手薄にしてね」
「だが、2度も同じ手が通用するのか? 当然二回目になれば向こうとて警戒してくるだろう」
「それならそれで別にいいんだよ。キエヌルカに兵を割けば連合軍の侵攻を抑えられなくなるんだから」
「……詰み将棋だな。まるで」
ユータは戦慄を隠せなかった。作戦通りにいけば戦闘も犠牲も最小に抑えられるしそれが上手く行かなかったとしてもどう転んでも勝てるように戦術が組まれている。
「それだけ頼もしい軍師がこちらにはついているって事だね。頑張ろうよ。皆で、平和を勝ち取ろうよ」
クロの前向きな言葉に全員が頷くのだった。戦いの時は、もうすぐそこまで来ていた。




