10話
「変わった物を持っているな」
食事所での一言だった。スープを口に運んでいたバレットはスプーンを食器に戻すと首を傾げた。片目はミルクを赤ん坊に飲ませている。よっぽど腹を空かせていたのか赤ん坊はんくんくと勢いよくミルクを飲んでいる。
しばし考えた後ああ、と気が付いて腰に挿していた物をテーブルに置いた。ゴト、という音がした。片目は興味深そうにそれを眺めている。
先端が棒状の筒になっていてその後ろの中心部に円筒上の部品が付いており回転するようになっている。その更に後ろには小さいハンマーがありそこからへの字上に湾曲しグリップがついていて前方部分にトリガーがついている。
「これは拳銃という武器だ」
「拳銃……」
「鉄の筒に鉛の弾を詰めて、後ろの撃鉄で火花を起こして火薬で弾を吹っ飛ばす。こいつが当たった奴は体に風穴があくって寸法さ」
「弓……とは違うのだな。変わった武器だ」
「北の機械帝国ザンツバルケルで作られたブツだ。なかなか手に入れるのには苦労させられたぜ。まあアンタが知らないのは無理もない。この辺で銃を使ってる奴なんて俺くらいのもんだろう」
どことなく自慢げに話すバレット。よほど気に入っているのだろう。
「ふむ……」
バレットはスープをすすりその香りと味を楽しむとコト、と置く。
「ところで、その赤ん坊だが……」
この男も忌み子を嫌悪するクチか? と訝しんだが、バレットは至って真面目に戦場に赤子を連れていく事の危険性を説いた。どこかに預けるべきだと。
「この街に忌み子を嫌悪しない奴はいないのか?」
バレットは難しい顔をして答えた。
「いない、だろうな。この街は女神信仰が盛んだ。忌み子なんて奴らにとっちゃ悪魔以外の何者でもない」
女神信仰とはこの世界ネバーエンドで最も広く伝えられている信仰のひとつである。この世界の創世主によって生み出された世界の守り手である女神を信仰する宗教である。その特徴として彼等は魔族とそれに関わる者を激しく嫌悪し排斥する。
「なら、危険がつきまとおうとも一緒に連れていくほかないだろう。」
片目がそう言うと、
「駄目だ!! 絶対に連れていくな!」
と大声を上げた。テーブルを勢いよく叩いたおかげでスープがひっくり返り零れる。
「……なら、竜退治はどうする」
ぐ、と顔をしかめてしばし考えた後、
「済まないが、この話はナシだ。俺1人でヤツをやる」
そう言ってテーブルを立ち店の外へ出ていった。カウンターの前に金を置いて行く事は忘れずに。
「私の分まで払っていくとは、律儀な奴だな」
ふう、と片目は息を吐いた。
推薦状を書いてもらった上に飯代まで出してもらったままで放っていくのも借りを作ったままでいい気分はしない。片目はバレットの後を追う事にした。銀狼族の嗅覚なら追跡する事はたやすい。
「ネクロフィルツ」
片目は赤子と出会って初めてこの時赤子の名を呼んだ。ネクロフィルツは厳密に言えば赤子の名前とは言えないが他に適当な呼び名も思い浮かばなかったのでそう呼ぶ事に決めた。
「私はあの男を助ける事に決めた。危険が伴うが覚悟しておいてくれ。心配はするな。私が必ず守る」
赤ん坊に真顔で言う事ではないのだが赤子は片目の言葉を理解しているようで小さくコクンと首を振った。
了承を得たと判断し片目はゆっくりと歩き始めた。
街を出た後バレットは北にある山に向かったらしい。北の山の周辺にはそれなりに強い魔力が漂っている。人間が相手をするにはなかなか骨が折れそうな相手のようだ。
片目は追いかける足を少し早める。追いつこうと思えば簡単に追いつけるが追い返されるのがオチだろう。バレットが獲物の竜と戦闘状態に入った所で乱入する他はないだろう。
山道を登っていくとバレットが道すがら倒してきたのであろう小型竜達の死骸が転がっていた。この山はどうやら竜の住処となっているらしい。片目は密かに感心していた。竜の鱗は鉄をも弾くというのは有名な話だがそれは小型竜と言えども例外ではない。ではどうやって倒したのかと言うと、どの竜も両目あるいは片目を鉛玉できれいに撃ち抜かれている。
すばしこく空を飛び回る竜の瞳を拳銃で撃ち抜いたのだ。しかも射撃をするのには不利な片目で。相当の腕の持ち主らしい。
だが…………
しばし昔の事を思い出し、傷で塞がった右目をさする。
片目は気を取り直すと山道を登っていった。