106話
「ん……」
長いまどろみから冷めると、病室の天井と、心配そうにこちらを見つめる仲間達の顔が見えた。
「ここは……私は……」
朦朧としながら何があったのか思い出そうとするが、上手くいかない。そんな状態を見て幾分ホッとした表情をしてコーデリックは説明してくれた。
「キミは栄養失調で倒れたんだよ。もう少し時間が過ぎていたら命に関わる所だったんだ。今は峠を越えて安定したみたいだね」
「栄養失調……そうか、私は……」
何を血迷ったのかクロに手を出そうとして、皆に拒絶されて、何も口に出来なくなって……
ようやく事情が飲み込めると謝罪の言葉を口にした。
「そうか。また迷惑をかけてしまったようだな。……何とか食べようとはしていたんだが、体が言う事を聞かなくてな。……済まなかった」
「……そのことなんだけどね」
とコーデリックが事情を説明しようとしたが片目はコーデリックではなく別の一点を注視し、他には何も見えていないようだった。
「クロ……」
そう、部屋の隅に立ち他の仲間から距離を取るようにしていたクロが黙ってこちらを見ていた。
「済まな
謝罪を口にしようとした瞬間クロが片目の身体へと抱き着いた。ああ、久しぶりのクロの体温だ、クロの匂いだ、とやましい意味ではなく純粋に片目は喜んだ。
「ごめんなさい」
開口一番謝罪の言葉を口にしたクロに片目は不思議そうな顔をして言った。
「何故クロが謝る? 謝らなければならないのは私じゃないか。クロに手を出そうとし、拒絶されて無視されて何も口に出来なくなって倒れた。全部自業自得じゃないか。クロが謝る事など一つもない」
「違うんだ」
クロは首を横に振り、懺悔の言葉を口にし始めた。
「ボクは寂しかったんだ。皆と一緒に戦えなくて、自分だけ特別扱いされるのが。皆が仲良くなっていくのを見て、羨ましかった。だから変な態度を取ったんだ。それがなければあの事件は起きなかった」
「クロ……」
「確かに片目は過ちを犯したのかもしれない。でもそれは、ぼく達も同じなんだ。明らかにぼく達はやり過ぎてしまった。……ごめん。ごめんなさい」
クロの言葉に目を丸くしながらも、片目はどこかスッキリとした様子で語りだした。
「寂しい、か。確かに辛い事だな」
「え?」
「クロに手を出そうとして拒絶されて、皆に無視された時、確かに私は寂しさを感じていたんだろう。でなければ食事も満足に取れない程にダメージを受ける事など無かった」
「「「………………」」」
片目の意外な言葉に全員が黙り込む。
「私は自分で思っていた以上に、このメンバーを、このパーティーを、気に入ってしまっていたのだと思う。戦場で背中を、命を預けられる者など今までいなかった。誰もが私の力に頼り、媚びへつらい、距離を置いたからだ」
「片目……」
ジュレスの方を見て微笑むと更に言葉を重ねた。
「それはきっと皆も同じだったのだろう。だからこそ余計に許せなかったのではないか? 信頼を破るような事をした私に」
誰も何も言わなかった。が、それは肯定と同じだった。
「まあいいさ。私からは、許すも何もないんだ。どんな扱いをされようと文句など言わん。寝ている間に抱かれようともな」
今度はユータの方を見て言った。
「お前、覚えていたのか……あれには事情があって」
などと弁論するがどんどん尻つぼみになっていく。
「おおかた私を救うために仕方なくやったんだろう? でなければ恋人がいるのにこんなババアに好き好んで手を出すはずもない」
自嘲気味に言うが、そういう片目のしぐさ、表情、佇まいからは落ち着いた大人の色気と、ある種の風格が滲み出ていた。
思わず唾を飲み込んでしまうくらいに。それはユータだけではなく、その場の全員が思ったようだった。
「なんか、変わったか? お前……」
ジュレスが代表して言うと片目はこう返した。
「大人の性を注ぎ込まれて私にも移ったのではないか?」
「大人って……オレがか?」
ユータは現在20歳。確かに成人しているが大人かと言われれば本人としては疑問が残る。そんなユータの疑問を感じ取ったのか、片目は補足するように言った。
「仲間の命を救う為に己の犠牲も顧みず動いてくれたのだろう? 立派な大人の行動ではないか。……色々と大切なモノを失ったようだしな」
「あー後ろの処zy「」
言いかけたコーデリックの口を慌てて塞ぐ。そして、少し躊躇った後に言った。
「その、ジュレスの前でこんな事を言うのもあれなんだが……充分
魅力的だったと思うぞ」
とユータが言うと片目は目を丸くした後、フッと微笑んで言った。
「そうか。それは光栄だな。ありがとう、ユータ」
その微笑みに全員が見惚れさせられてしまった。確かに今の片目には言い知れぬ大人の魅力が溢れているようだ。
片目に見惚れてしまった自分を戒めるようにいかんいかんと首を振ると機嫌を伺うようにジュレスを見る。が、別に怒っている訳でもないようでゆっくりと首を横に振り、
「言っただろ。俺はちゃんと俺の事を見ていてくれさえすればそれでいいって。嫉妬なんかしねえよ。本当に、強がりじゃなくてな」
そう言ってくれたジュレスにホッとするユータだが、それと同時に複雑な心境でもあった。だが、2人も別の者を抱いておいて嫉妬して欲しいなどと口が裂けても言えなかった。
そんなユータの思いを知ってか知らずか、ジュレスは更に言う。
「それに、ユータ兄だって今のままお預け状態が、続くのは辛いだろう?……皆さえ良ければ、片目やコーデリックに相手をしてもらったって、俺は全然構わないんだぜ?」
「じゅ、ジュレス……お前一体何を言って……」
狼狽するユータに抱きつきコーデリックがキャッホウとでも言い出しそうに喜び、
「だってさ。恋人のお墨付きが出たんだから、もう遠慮する事なんてないよね?」
何を言ってるんだ、と思いながらすがるように片目を見ると、
「本当か!?」
などと飛び出しそうな勢いで喜びだす。
「本当は、ずっと羨ましかったんだ。私もあの輪の中に入れて欲しいと思っていた。私も、ユータのハーレムに入れて貰えるんだな?」
「片目ええええええエエエエエエ!!???」
ニヤニヤと笑いながらコーデリックが追い打ちをかける。
「ホラホラ。片目も仲間に入れて欲しいってさ。なんだい? キミは片目が可哀想だとは思わないのかい? また仲間外れにして倒れられたらどうするつもりだい?」
「ぐう……」
状況が劣勢な事を悟り最後の頼みの綱とばかりにクロに縋るような視線を向ける。
しかしクロは知っている。ジュレスがむしろこのハーレム状態を望んで生み出そうとしている事を。ジュレスがそれを望んでいる以上、また既に既成事実が出来上がってしまっている以上、どうしようもないという事を。
クロは声には出さずに口パクでユータへと最後通告を告げた。
『あ き ら め ろ』
クロのメッセージを受けてユータは力無く項垂れ、こう告げた。
「よろしく、お願いします……」
こうして、ユータにとっては全く不本意にも、ユータを共有財産とするハーレム状態が完成したのだった。




