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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
ハーレム編
115/229

104話

 あれから数日が経過したが、事態は全く良くなる気配を見せず片目はもはや生きる屍即身仏と化していた。時折うう…とかああ…とか言葉にならない呻き声をあげ這いつくばるように四つん這いで移動する様はクロでなくても不気味さを感じる程だった。

 あまりのその悲惨な状態を見てクロ以下全員が何だか可哀想になってきてもう許してあげてもいいかな…と思い初めていたが、なかなかきっかけがつかめずに誰もそれを口に出す事ができなかった。


 そんなある日の事である。たまたま廊下を歩いていたユータは倒れている人影を発見し、慌てて駆け寄ると声をかけた。

「おい、大丈夫か!? 何があった?」


 抱き起こすとそれはもはや魂の抜けた抜け殻のように動かず意識も無い。それは片目であった。ユータが胸に手を当てて心臓の鼓動を確認すると、一応動いてはいたが弱々しく不規則な鼓動だった。さすがにこれはまずいと思ったユータは医師のところまで運び込む事にした。


「極度の栄養失調による体調不良ですな。栄養をすぐに取らないとまずいですね」

「まずい、とは?」

「…もってあと3日でしょう」

 おいおいおい、とユータは思った。たかが仲間外れにされただけでそこまで行くのかよ! と一瞬呆れかけた。だが、過去の自分を振り返ってみて決して馬鹿にできたものでもないと考え直した。

 ユータも昔まだ地球にいた頃は毎日が憂鬱だった。1人も友達がおらず、話しかけてくる者も誰もいない。ユータが通っていた学校はいわゆる進学校であり殴ったり蹴られたりだとか陰口を叩かれたりする事はなかったがその代わり徹底的に無視された。

 完全にいないものとして扱われたのだ。


 その時の、世界のどこにも自分の居場所がないという苦しみはユータを現実世界から逃避させ、ますます居場所は無くなっていった。

 あれは、決して気持ちのいいものでは無かった。


 どっちみちこのまま放っておく訳にもいかないし、ユータは皆に相談する事にした。

 初めは皆冗談だと思っていたがユータの緊迫した表情を見て冗談ではないという事に徐々に気が付いていき顔が青くなっていく。

「そんな…このままじゃ片目が」

「何とかして食べさせないと」

クロが焦りユータが対策を考えようとするがジュレスが難しい顔をして

「難しいと思うぜ……あいつ自分から食事を拒否してる訳じゃなさそうだったし」

 え? という顔をする2人にジュレスが更に説明する。

「かなり時間かかってたけど、何とか食おうとはしてたみたいだ。だけど、口に物を入れると吐き出しちまうみたいだった」

「………………」

 沈黙が辺りに広がる。



 ジュレスの言う事が真実なら、片目は拒食症を起こす程に傷付き追い詰められた事になる。

「やりすぎちゃったみたいだね。それもかなり……」

 コーデリックが気まずそうにボソリと呟く。

 事件が起きて皆が片目を相手にしなくなったのは今から1週間程前の事である。その日から何も口にしていないのだとすれば、倒れて当然である。


「まずいぞ…早く何とかしないと…このままじゃ奴は」


ここがユータのいた地球ならば点滴をうって無理矢理にでも栄養を送り込むのだが、ここは異世界である。マガミネシアの科学力なら何とかできたかもしれないがここは遠く離れたアルクエドである。そんな技術はないしマガミネシアまで運んでいては到底間に合わないだろう。


「そんな……こんな馬鹿げた事で死ぬなんて、嘘だろ……?」

「馬鹿げた事なんかじゃ、ないよ」

 ジュレスの何気なく言った言葉にクロが反論した。

「皆に仲間外れにされるのって寂しいし、苦しいよ……ぼくは少なくともそうだった」

「ちょっと待てよクロ。誰も仲間外れになんてしてねえだろ?」

 クロの言葉がジュレスには理解出来なかった。仲間外れにした覚えなどなかったからだ。

「……この間の戦い、ぼくは参加出来なかった。ぼくだけが役に立てなかった」

「でもそれは……」

「分かってる。ぼくは万が一にでも死んじゃいけない存在だから。救世の天使だから。……でも、特別扱いは皆に置いてかれてるのと一緒だったよ。ぼくには」


 この時になってようやくユータはクロの様子がおかしかった理由を悟った。あの時の戦いは皆の連携なくしては勝てない戦だったしあの戦いを経て戦いに参加した4人の絆は間違いなく強まった。だが、それを傍から見ている事しか出来なかったクロにとってはどうだったろうか。


 命を懸けて皆が戦っているというのに自分だけが大事を取って安全な場所に待機、戦いが終わってみれば皆が明らかに前より仲良さげに振舞っていれば、寂しさの一つも感じても仕方の無い事なのかもしれない。それにクロは救世の天使。他の者とは明らかに立場が違うし、特別扱いされるのはクロの性格上決して喜ばしい事ではないだろう。



 一方ジュレスもユータとはまた違う理由でクロの寂しさを理解していた。ジュレスはコルネリデア城にいた時にあったユータの後にやってきた後続部隊との戦いを思い出していた。


 あの時のジュレスは何も出来なかった。足手纏い以外の何者でも無かった。あの時ジュレスは自分の力の無さと、皆に置いてかれる恐怖に怯えていた。仲間が命を懸けて戦っているのに自分だけ戦えないのは辛い。それはジュレスには身に染みて分かっていた。



「情けねえな、俺。クロの気持ちも、片目の気持ちもまるで分かってなかった。特に片目とは契約まで交わしてるのに……少しでも味方になってやるべきだった」

「それは仕方ないよ。キミはユータ君との事で頭がいっぱいだったんだから。それは、責められる事じゃないよ。それで責められるとするなら元凶を作り出したボクだよ」

「誰が良いとか悪いとか、そんな話は後でしようよ。今はどうやって片目を救うか考えよう」

 クロの言葉に全員が頷いた。

「だが、正直どうしたものか……意識を失っている者に無理矢理食事を取らせるなんて難しいだろう……」

「飲み込んだとしてもまた吐き出す可能性も高いだろうしな」

 事実、医者が片目に食事を取らせようとして上手くいかなかったのをユータは目撃している。





 しばらく無言だったコーデリックが重々しく口を開いた。

「……一つだけ、方法があるよ」

「「「えっ!?」」」




「本当に、酒池肉林をしちゃうのさ」

 コーデリックの言葉の意味を理解出来た者は誰もいなかった。

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