103話
片目は焦っていた。クロが最近なんだか冷たい気がするからだ。何故急に態度が変わったのか……きっかけはある朝夢にうなされていたクロにベッドの下からはい出て言葉をかけた事なのだろう。そこまでは分かる。それ以降からクロが何となく冷たい態度を取るようになったからだ。
だが、何故それがクロを怒らせる事になったのかが分からないのだ。あの時クロはベッドに入ってくれば良かったのに、と言った。それがヒントになるに違いない。片目は普段あまり使われる事の無い脳細胞を必死に働かせ、考えた。
そして、一つの結論が出た。
「う~ん……」
クロはベッドの中で寝返りをうった。何だか暑苦しいのだ。やたら身体が暑い。目を開けると、目の前には片目が生まれたままの姿で頬を赤らめ、同じベッドの中からこちらを見ていた。
「…………片目?……何やってんの?」
クロの当然と言えば当然の疑問に、片目はよくぞ聞いてくれましたとばかりにドヤ顔をして言い放った。
「この間、クロはこう言っていたな。だったらベッドに入ってくればいいのにと」
「………………うん、まあ」
片目は右拳を握り締め力説し始めた。
「そう、ベッドに入ってきて欲しいという事はつまり、クロは私とめくるめく一夜を共に過ごす事を望んでいる! と私は考えた」
「………………それで?」
片目はクロの上にのしかかり豊満な肉体を惜しげもなくさらけ出すと、クロに向かって言い放った。
「さあ、クロ。今こそ一つになろう」
「ぎ…………」
「ぎ?」
「ぎぃやあああああああああああああああああああ!!!!!!」
生まれて初めてのクロの大絶叫が地下大神殿に木霊した。
「何だ!? 敵襲か?」
「今のクロの声だったね」
「まさか、クロの身に何かあったんじゃ……」
3人が飛び起きてクロの部屋に向かうと、そこには顔面に大きな拳の痕をつけて凹ませたまま全裸で倒れている片目と、ベッドのシーツに身体をくるませながら全身を小刻みに震わせ怯えるクロの姿があった。
この、「片目がついにクロと無理やり一線を越えようとした事件」は大きな波紋を呼び、片目はその場に集まった3人全員から全力の拳骨を3発食らい、3時間(1人1時間)説教をされた。
そして今後クロの半径100メートル以内に近付いてはならないという(片目にとっては)厳罰を処された。
最早クロは会話どころか目も合わせてくれず近づく事すら許されなかった。
当初片目はまだこの事態を甘く見て何とかなるだろうとタカをくくっていた。が、その考えは甘いと言わざるを得なかった。何故なら、3人を本気で怒らせたからである。クロ自身は怒りよりも恐怖の方が強く近付かないでくれればそれでいいと思っていたし、ほとぼりが冷めたら許してあげようとさえ考えていた。だが、他の3人はそうではなかった。
3人は「片目許すまじ」を合言葉にかつてない程に団結しクロの側から決して離れようとせず厳しい監視の目を片目に向け続けた。
しかしそれも無理のない話である。彼等3人にとってクロは決して汚してはならない言わば聖域のような存在なのだ。クロが居なければ皆が集まる事はなかっただろうし、それぞれが接触する事もなく別々の人生を歩んでいた事だろう。何にせよ、片目はやり過ぎたのだ。確かにここ数日彼等はクロも交えて4人で酒池肉林などと戯言を交わしあってはいたが、本気で言っていた訳ではない。
もし仮に百歩譲ってやるとしてもクロ自身が本気で望んだ時に、しかるべき時が来たらやるかもしれない、というものでしかない。当然だ。何せクロはまだ12歳なのだ。ジュレスでさえ早すぎるから当分は清く正しいお付き合いをしようという結論に至ったのに、クロとなれば言わずもがなであった。
勿論今回の件は片目だけが悪い訳ではない。クロが誤解を招く言い回しをした事、片目のヒカル=デンブ計画を戯言としてしか受け取らず無警戒だった事、クロにも反省しなければならない点はある。
しかし、クロがそれを言い出すにはまだ早かった。3人の怒りが収まり冷静に話ができるようになってからにした方がいいだろうとクロは考えて今は口を出さずに見守る事にした。
そんな訳で、クロ成分を全く補給できなくなっていった片目は見る見るうちに衰弱しやせ細っていったのだが、自業自得としか言いようが無い為に誰も優しい声をかけようとはしなかったのであった。
ムリヤリ、ダメ、ゼッタイ( ´・_・`)




