98話
反王政派穏健派のアジト、地下大神殿でパーティーは行われた。救世の天子の久しぶりの帰郷、そして故郷の奪還成功という二つのニュースに信者達は大いに盛り上がり、二年前のクロの演説の時よりも盛り上がっていた。ジュレスや片目は大いに祝賀会を楽しんだが、クロは信者達に殺到され動きが取れず、ユータはあまりの人の多さと盛り上がりぶりについていけず置いてきぼりだった。
そうしてパーティーが終わり、クロ達は久しぶりに大神殿で寝泊りをする事になった。1週間程かかった行軍を終え、久しぶりに寝るふかふかのベッドの上は寝心地が良くクロ達はたちまち眠りについた。ユータだけは毎回恒例の夜のお務めに勤しむ羽目になったのだが。
翌朝となり、崩壊状態の王政の代わりに法王庁が暫定政府としてアクアドールを統治するというお触れが出された。そして四年前の戦争によって魔族信仰者達から奪い取った街を返還し、今後はマガミネシアの領土として運営される事にもなった。
反王政派穏健派は結成4年目にして遂に打倒王政と故郷奪還を果たしたのだった。
とは言っても女神信仰者達が街から離れるには時間がかかるし溢れた人々の受け入れ先も見繕わなくてはならない為に、すぐに故郷が手に戻ってくるという訳には行かなかったのだが。
だが故郷に戻れるという事実だけで十分だった。彼等は長い間苦しみに耐えてきたのだから。
そうしてひとまずの事務的な処理は終了し、今後について話し合う場が設けられる事になった。魔王皇コーデリックを筆頭に、大司教、クロ、法王、そして元アクアドール国王アーノルド。
護衛などは会場の場となる部屋の外に配置され、片目やロウナルドなどもそこで待機している。組織の長となる人物だけで行われるトップ会談であった。サーベルグもコーデリックとの通信魔術を介して参加する事になった。
「さて、まずはこの場にお集まり頂きました皆様に御足労頂きまして感謝を申し上げます」
と、サーベルグが始まりの言葉を告げた。
「前国王アーノルド様の宣言により王政は廃止され、滞りなく新政府の樹立、移行が進んでおります」
と宣言したのは法王ベノムド=ウル=アルクエスである。ウルとは法王に代々受け継がれる女神信仰者の頂点に立つ者の称号であり、アスクルスとは女神の名である。女神アルクエスの都市という意味でアルクエドという名は付けられたのだ。
「うむ。今後は法王殿に国の運営をお任せして私は隠居しようと思う」
と法王の言葉を受けてアーノルドは言った。
「そちらに付きましては、我が領土マガミネシアにおいてアーノルド殿を迎える用意があります。ザカリクの報復や政治利用を考えると我が国の庇護下に置かれた方がよろしいかと」
「では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。……今回の件については皆に迷惑をかけて誠に申し訳なく、また有り難く感じている」
「それは仕方無いよ。操られていたんだからさ」
とコーデリックが言ってニッコリ笑った。そんなコーデリックに若干顔を赤らめ、アーノルドは咳払いをして言った。
「まこと、この世には逆らい難いモノがあるという事、勉強させてもらった」
その台詞を聞いてサーベルグ、大司教、クロの3人は両者の間に何があったのかを薄々察知して苦笑いするばかりだった。
コーデリックは全く悪びれずに
「だってお腹が空いてたんだもーん」
などと開き直っていた。
「まあ、それはいいとしてですね」
サーベルグが話を方向転換させて本題に入る。
「これから先、ザカリクの報復行動、及び侵略が予想される訳ですが、それについてはどうお考えか皆様の意見をお聞かせ頂きたいですね」
場に沈黙が降りる。簡単に発言できる内容ではないからだ。
「クロ殿はどうお考えですか?」
サーベルグはクロに話を振る。救世の天子を詳しく知らない法王とアーノルドはお手並拝見、といった体で僅か12歳にしてこの重要な会議に出席する少年の動向に注目した。
「………………まずはザカリクの目をアルクエドからマガミネシアに向けさせるべきだと思う。今この国は新体制に移り変わる所で不安定だ。余計な負担をかけさせるべきじゃない」
淀みなくスラスラと答えるクロ。問われずともある程度自分の中で考え結論を出していたのだろう。その瞳には強い決意が浮かんでいる。
「成程。具体的には?」
「マガミネシアからザカリクに話し合いの場を設ける。魔族信仰者達への態度を改めるように、と」
若干2人の顔から失望の色が見て取れた。今更話し合いで何とかなると思っているのかと。しかし、2人は救世の天子という存在を侮っていた事をすぐに思い知る事になる。
「……話し合いで何とかなるとお考えで?」
全員の思いを代表してサーベルグが尋ねる。が、クロは首を横に振り、
「勿論そうできればそれが1番だけど。一番の目的はマガミネシアに大義名分を持たせる事だよ」
「大義名分、ですか?」
「今回の戦いでマガミネシア軍はアルクエドを占領したよね? でも求めたのは魔族信仰者達への故郷の返還だけ。元々女神信仰者達が奪い取ったモノを返させただけに留めてある。この上で正式な形で魔族信仰国家としてザカリクに抗議するんだ。女神信仰者達の魔族信仰者達への不当な差別や迫害を止めさせるように。その為の会談の場を設ける」
「成程、それで?」
「相手がそれに応じるようなら良し、ぼくが行って説得するよ。でももしそれでも駄目だったり会談を辞退するなら……」
「ザカリクに戦争を仕掛ける、と?」
サーベルグの目は「また戦争を起こして犠牲を増やす気か?」と語っている。クロはそんなサーベルグの視線を真っ向から受け止めて、静かに語る。
「どの道戦争は避けられないと思う。これまでの彼等のやり口を見る限り、彼等が僕等魔族信仰者の存在を許す事は絶対にない。ならこっちから打って出て相手に考える間を与えないで速やかに決着をつけるのが最善手だと思うよ。……長引けば長引く程に犠牲は増えていくだろうから」
それに、とクロは補足する。
「僕らがきちんとした道義に則って動けば世論は僕らに味方してくれると思う。今言った手順を踏めば僕等がザカリクに宣戦布告しても敵に回す国が増える事はないんじゃないかな。魔族信仰国なら味方すらしてくれるかもしれない」
場に沈黙が降りる。
「……だ、そうですよ? 皆さん」
そう言って周囲の反応を確かめるサーベルグ。まるで、クロの凄さを誇るように見せつけるようだった。
ゴホン、と咳払いしてアーノルドは言った。
「私は、賛成だな」
慌てて法王も言う。
「そうですね。それが最善手かと」
「勿論私は救世の天子殿の意見を最大限に尊重いたしますよ」
大司教が微笑み、
「いいんじゃない? というかどの道サーちゃんは最初からそうするつもりだったんだろうし」
コーデリックの発言に皆の視線が集まる。それなら何故わざわざこんなやり取りをする必要があったのかと。
「全くサーちゃんは人が悪いよねえ。こうやってわざわざクロを試すような事をしてさ。でも、皆も分かったでしょ? クロが、救世の天子がただのお飾りじゃないんだって事が」
「「「………………」」」
この場合の沈黙は正しく肯定と同義であった。法王とアーノルドは自分達がこの少年を侮っていた事を知った。
「おやおや。怒られてしまいましたね。でも分かって下さい。こうやって厳しく接するのは、いわば愛の鞭なんだと言う事を」
などと気障っったらしく、芝居がかった口調で言った。クロはくす、と笑い
「分かってますよ。お師匠様」
と言った。




