96話
「おかえり……」
激闘を終えて戻ってきた片目達を迎えたのはどことなく元気のないクロだった。
「どうしたクロ? 元気がないようだが……」
片目が心配するようにクロの顔を覗きこんだ。クロは戦場となった平野を見つめどこか遠い目をしていた。
「過激派の人達、全員死んじゃった。これが、戦争なんだね」
「「「………………」」」
沈むクロに、誰も何も言えなかった。3000もの大軍が1人も残らず骸と化す。それは正に地獄絵図といって良かった。
「仕方無えやな。こっちが殺さないようにいくら気を使ってもあっちで勝手に死ぬんだからよ」
普通、これだけの人数がいてあれだけの戦力差があれば逃げるなり投降する者がいるものだ。それが誰1人として死ぬまで戦う事を捨てず、禁断の技術に手を出してまで自分達を殺そうと襲いかかってきた。
「最も……生き残った者がいたとしてもあの様子では先は無かっただろう」
「完全に理性を失ってたもんねえ。同士討ちまでしてたし」
片目とコーデリックがそれぞれあのおぞましい所業について所感を述べる。
「『魔獣合身』って言ってたよな。あれは一体何だったんだ?」
ジュレスが首を捻っているとコーデリックがそれに答えるように語り始めた。
「サーちゃんに昔聞いた事がある。契約の力には更なる段階があるって」
「更なる段階?」
「うん。人と魔族、両者の間の絆が最大に高まった時、二つの命は一つになって、更なる存在に進化するって」
「更なる存在に進化……」
ふとジュレスはかつてサーベルグに言われた言葉を思い出す。
『絆を大切にして下さい。そうすれば貴方は上級魔族レベルにまで上り詰められるかもしれない』
(あれはこの事を言っていたのか)
「でも、そうなるのはとても難しくて、出来る者も僅かしかいないって。多分、あれは魔導技術によって無理矢理にそれを起こしたんだと思う。元の身体と理性を犠牲にして、ね」
コーデリックがどことなく寂しげに言う。
「多分、未完成品なのを引っ張りだして来たんだろ。あれが完成系なんて信じたくねえよ」
「そうだね。本来はちゃんと自分の意思で動けるし、元通りの2人に別れるらしいから。あれは完全に『未完成品』だったんだと思う」
「どうして、そこまで出来るのかな?」
「「「え?」」」
クロはやはり悲しげにそして切なげに言葉を紡ぐ。
「使ったら理性を失って元に戻れないって、殆ど『死』と同じじゃない。どうしてそこまでして戦わなければいけなかったんだろう。普通、幸せになりたいから戦うんじゃないの? 得られる物があるから戦うんじゃないの? 彼等の行動は、未来を完全に捨てた者のそれだよ」
「戦争で得られる物など何も無いさ」
今度は片目がどこか悲しげに言う。銀狼族を抜ける為に同族を殺した事を思い出しているにだろう。
「なら、何故戦うんだろう……」
「悲しい思いをする誰かを無くす為にだろ」
事もなげにユータは言い切った。
2人が不思議そうな視線を向けると、ユータは持論を展開し始めた。
「オレ達が戦うのは『立ち向かう』為であって『殺し合う』ためじゃないだろ」
「……でも、結局人は死ぬよ?」
「それはオレ達が『完全な勝利』を得られなかったからだろう。相手の悪意に対して、殺す事でしか止められなかった。それはオレ達の力が足りなかったからだ。だけど、もっとオレ達が強かったら、殺さずに相手を止める事も、魔獣化した奴等を元に戻す事だってひょっとしたら出来たかもしれない」
「それは……でも」
あまりに理想論すぎるようにクロには思えた。
「くだらない理想論だと思うか? クロ。だが、そう考えた瞬間からもうオレ達の負けだぞ」
「………………」
「サーベルグの質問にいつかお前はこう答えたな。相手と同じ土俵に落ちた時点でどうやっても負けだ、違う道を探さなければならないんだと。今お前にはその道は見えているか?」
「それは……」
見えている、などと言える筈も無かった。
「見えてないんだろう? 別にそれを咎めるつもりはない。これもかつてお前が言っていた事だが、オレ達のやろうとしている事はそれだけ困難で、上手く行かなくて当然の道なんだからな」
だが、とユータは強い意志を持ってクロの瞳を見据える。
「だが、諦める事だけはするな。どんな悲劇が襲ってきても、最後の最後までその理想を追いかけて殉じろ。……それが、命を奪った者に対してオレ達ができる唯一の事だ」
ユータの言葉に、全員が改めて気付かされた。
異世界から来た青年ユータは、この日初めて人の命を奪ったのだと。




