ワンサイドゲーム
秋の運動会です。長いので、心に余裕のある時に読んでください。
――――この世で一番怖いもの?
黒夜は即答した。
――――人間だろ
赤菜には友達が少ない。
「正ヒロインなのにいきなりディスられた」
友達が少ない赤菜は痛いところをつかれ、むくれながら地の文にケンカを売る。彼女は地の文と会話してしまうなどという行為がそもそもボッチの証だということには気づか
「鳶谷さん、ちょっといいかな」
不意に(地の文をさえぎる勢いで)赤菜の席の前に一人のクラスメイトが立ちふさがった。
「?」
「じつは、妖怪……みたいなものに追われているの」
赤菜は首を傾げる。クラスメイトはそれを「何の御用?」という意味で取ったが、本当の理由は「どなたでしたっけ?」だ。
そして、どうやら突然話しかけてきたA子さん(仮名)は赤菜が霊能力を持っていることを踏まえて話しかけてきたらしい。
(……どこからばれたんだろ?)
「それで、ソイツ私のことをしつこく追ってて……」
A子さん(仮名)の長い話をまとめると、A子さんはとある拾い物をしてからとある妖怪に追われているらしい。
「………………」
この話を聞いた赤菜の心中はむろん、
(めんどくせ)
「赤菜、めんどくさいからって俺の所に怪異がらみの依頼持ってくるのはどうなんだよ」
「めんどくさいっすねー先輩」
べーと舌を出しながら赤菜は、まるで黒夜が面倒を持ち込んだかのような口ぶりで話す。しかし、黒夜は放課後部活に行くのを引き留められて、赤菜に面倒ごとを持ち込まれていることも、赤菜の失礼でめんどくさがりなところはスルーして、妖怪について尋ねる。
「妖怪って、霊とは違うのか?」
「はぁ?おいおい黒夜、その話は本編|(※破矢音の書いたこれの元ネタ)で説明済みじゃねえかよ」
「青葉姐の言う通りですよパイセン」
「三年以上前の小説の話だから忘れちゃった人のためにわざわざ質問したのにメタ発言でごまかすなよ!」
赤菜と黒夜の話を隣から聞いていた青葉が黒夜に対してメタい発言をするが、赤菜は忘れちゃった読者のために再度説明する。
「霊は人間の死体から抜け出したエネルギー状のもので、妖怪は『どんなものなのか』ということを理解されて人間に畏れられているものます」
「さっぱり何のことかわからない」
「赤菜、なんかその説明前の説明よりもわかりにくくなってないか?」
「つまり、霊は存在してから怖がられて、妖怪は怖がられるから存在するんました」
黒夜と青葉は首を傾げ、赤菜はわかりにくい説明をさらに短くわかりにくくまとめる。
「よーするに、霊も妖怪も人間に悪さをするけど、普通の人間にも見えるのが妖怪ってことだろ?」
分かりにくい説明で混乱状態の三人に簡潔な説明をしたのは桃士であり、話の切れ目を待っていた彼の後ろには、話の発端であるA子さん(仮名)が隠れていた。
「赤菜ちゃんのことを追っかけてきたみたいだぜ?廊下で困ってたから声かけといた」
このコミュ力カンスト男め。赤菜がうらやまゲフンゲフンめんどくさいと思っているとはつゆ知らず、桃士はそういうと彼女を黒夜たちに引き渡して、自分はさっさとどこかへ行ってしまう。
「あ、クロ、今日は体育祭の準備があるから部活休みだってよ。中二病っぽい後輩が言いに来てたぞ」
中二病っぽいんじゃなくて、あいつは中二病なんだよ。と黒夜は頭の中では関西弁でかわいげのない後輩の姿を思い浮かべつつも、急に上級生の教室に放り出されてもじもじと落ち着かない様子の赤菜の依頼者に向き直る。
「えーっと、妖怪に追われてる人だよね」
「はい」
「とりあえず、名前聞いてもいい?」
自分は霊が見えるだけの非力な一般人だというのに、黒夜は彼女の依頼を受けるらしい。厄介ごとに巻き込まれそうになっている黒夜とは反対に、赤菜は妖怪のことなど毛ほども興味を抱かず、ただ一点のことのみに集中していた。
「中1の鳩村錫音です」
A子さん(仮名)もとい鳩村錫音。赤菜とはまた別の意味で子供っぽい小柄な体型の彼女は、何故か上履きではなく長靴を履いていたがそれ以外には、別段変わったところもなく、もちろん妖怪に取り付かれているような感じでもなかった。
「それで、鳩村さんは何を拾って河童に追われているの?」
名前がわかったので早速その名で彼女を呼ぶ赤菜。赤菜の言う通り、河童に追われている彼女は、三人にことのいきさつを話した。
「少し前に、道端ですごくきれいなビー玉を見つけたんです。普通は拾ったりしないですけど、そのビー玉ほんとにきれいで………拾って家まで持って帰ったんですけど、なぜか帰ったときにはなくなってて。それで落としたのかと思ってたら、突然部屋の窓からなんか変な顔をした人がいきなり入ってきて、『俺と勝負しろ!』とか言ってきたんです」
「どうして河童だと思ったんだ?」
青葉が不思議に思ったことを素直に質問する。質問には錫音ではなく赤菜が代わりに答えた。
「頭に皿が乗ってたんだって。それに、勝負を仕掛けるのは河童の常套手段だから」
「そう、頭のお皿が見えたから河童か!と思って、とりあえず手近なきゅうりを遠くに投げて、その時は何とかしのいだんですけど」
(手近にきゅうりがあったのか……)
「その時は、きゅうりにつられて河童はどっか遠くまで飛んで行ったんですけど、それから毎日のように河童に付きまとわれてて……」
三人のきゅうりが手近にあったことへの違和感には気づくわけもなく、錫音は憔悴した様子で河童による被害を話し始める。
「ビー玉は河童に会う前になくしちゃってたのに、毎日毎日勝負しろ勝負しろって……もうきゅうり代も馬鹿にならないし、なによりきゅうりを毎日食べてるおかげで河童の肌のツヤが日に日によくなって!我慢の限界なんです!!」
こっちは不安で肌荒れが日に日にひどくなっていくってのに!と錫音はここにはいない河童を思い浮かべて唇を噛んで悔しがる。
錫音の話を最後まで聞いた赤菜は、一つ気になったことがあったのでそれについて尋ねようと口を開くが、そこから出るはずの言葉は教室の扉をがらりと開けるとの音にかき消された。
「青葉姉~。早く部活来て~」
扉の所からひょっこり顔をのぞかせたのは、灰色の髪の毛を今日は後ろでお団子にしている黄果で、同じ料理部の青葉を呼びに来たらしかった。
「今日部活あったのか?」
部活の場所も活動日も部長のさじ加減一つの料理部なので、朝のうちに部活がある連絡を受けていなかった青葉がそう聞き返すのも無理はなかった。
「今日は体育祭の係を決めるから集まるってお昼に言われた」
「りょーかい、すぐ行くわ」
たぶん自分への連絡を忘れていた黄果のことを責めることもなく、青葉はそのまま荷物を持って教室を後にした。
1
「なんの話してたの?」
「なんか、赤菜の友達が河童に追っかけられて困ってるんだとよ」
今日の活動場所―――第二情報室に向かう道すがら、黄果は青葉に先ほどまで何の話をしていたのかを尋ねる。
「河童?」
日常使わない単語を言われ、黄果は河童ってお臍を取られるんだっけ?と頓珍漢なことを考えながら、部活の有無と合わせて青葉に伝え忘れていたことを思い出す。
「そういえば、梟城って人が昨日うちに来てたよ。青葉姉にもよろしくって菓子折り持ってきてた」
「梟城さんが?へー…」
梟城蘇芳は、“自称”不動産業を営む青葉の母の部下で、青葉も母の仕事場や母の使いで家に来た時に彼を見たことがある。
物静かで青葉にも優しく接してくれたが、切れ長の目が何を考えているかさっぱりわからない人だったので、青葉には彼が普段はどんな仕事をしているのかすらわからないが、菓子折りを持って挨拶に行くというのは、仕事でなにか黄果たちに迷惑をかけそうなのかもしれない。
「お菓子、青葉姉と食べようと思って今日持ってきたんだけど」
PCが大量に並んでいる情報室に足を踏み入れると、涼しい風が吹きこむ窓辺に、空は長い足を見せびらかすように腰かけて、窓の外を眺めていた。
「部長が半分食べちゃった」
「青葉、遅いぞ。早く役割を決めて明日に備えて早く寝たいんだ」
そしてその部長が座る窓の前の机には、箱に入った上に一枚一枚包装された高そうなせんべいが、半分食い散らかされた無残な姿をさらしていた。
「明日の役割?」
しかし自分宛てのせんべいを食い散らかされても青葉は文句の一つも言わず、自分もせんべいに手を付けながら空に尋ねる。
「明日は料理部で学校の警備を行う。代わりに最低2種目は参加が義務づけられている競技への参加は免除だ。もちろん、参加するのは自由だけどな」
空は警備のシフト表を出し、二人に埋られるところを埋めるように指示したが、別段強い口調では命令しなかった。しかも、差し出されたシフト表はほとんどの時間に空と名前がすでに書かれており、黄果と青葉が監視すべき時間帯はほとんどなかった。
「この学校には私よりも強いやつがもういないことがこの間の文化祭でよくわかったからな。体育祭はパスすることにした。学園内の監視カメラと私が居れば十分なんだがな。私も少しは休憩をせねば面白くない」
疲れるや倒れるといった人間らしい理由ではないところがなかなか部長らしい。黄果は心の中でそう評しながら、もともと競技に参加したくなかったのでこれ幸いと自分の名前を空欄のほとんどに書くと、青葉を迎えに行くまでに行っていた作業に戻った。
「黄果は何してんだ?」
余ったちょっとの空欄に自分の名前を書き、青葉は二枚目のせんべいに手を伸ばしながら黄果が向かっているPCの画面をのぞき込む。
「部長のサークル『ブルーヴァード』のサイトの開設中~~」
報酬もちゃんともらうよんと言いながら、黄果は青葉にはよくわからないサイト開設の作業をすすめていく。
「よし、シフトが決まったから、今日の部活はおしまーい」
後輩たちが書き込んだシフト表にざっと目を通すと、空はシフト表を机の上にほっぽって再び窓の外に視線を送った。
「お疲れ様でしたー」
「ばいばーい」
もともと呼び出された以外に用事のなかった青葉はさっさと教室を後にする。黄果は青葉を見送りながらまた黒夜たちの所に戻るのかななどと考えながら、PCの画面に視線を戻す前に窓辺に座る部長に視線を向け、おもむろに彼女に歩み寄った。
窓からは第三グラウンドがよく見えた。グラウンドでは体育委員が準備に来るまで陸上部が練習を続けており、スプリンターのくせに妙に細い茶乃の姿もそこにはあった。
「明日は晴れるといいな」
優しいを通り越して慈しみで満ちた声音で、空は窓の外を見ていた。普段の彼女を知る人物ならば、見つけ次第窓の上から大声で茶乃のことを呼ばない彼女を不思議がるだろうが、黄果は恋人を静かに眺めている空をみて、部長らしいなと思い、黙って作業に戻った。
ふと、通りすがりに机の上のまだ数枚残っているせんべいの箱を見て、黄果は昨日自分たちを訪ねてきた梟城という男のことを思い出す。
(馬鹿がいるってことは、世界は平和だね)
黄果はR18のワンクッションを作りながら世界平和をかみしめたが、すぐにこの平和は崩れるのだった。
2
「今年も、始まったな〜!」
「親爺くさ」
開会式が無事終わり、鴎崎と駒鳥は応援席に向かいながら、同じ赤色の鉢巻を頭に巻いていた。
「さてと、早速一回戦か?」
「ああ、まずは2年B組とだ」
鳥が丘学園の体育祭は、文化祭と同じく一日では終わらず三日間行われる。二人が向かう体育館では、普段彼らが汗を流しているバスケ以外の試合が待っていた。
「鴎崎ナイスキー!」
「拾え!駒鳥」
試合が始まると、観客席から普段この第2体育館を使っているバレー部が鴎崎たちに声援を送る。
部活の競技には参加できない運動部たちは、それぞれ普段はやらない競技に駆り出されており、バスケ部は同じく身長が高い方が有利のバレーの試合に出ていた。
「一本で切ってけ!鴎崎!!」
体育の授業でぐらいしかバレーをやらないくせに、鴎崎は転生の器用さで高確率でジャンプサーブを相手のコートに叩き込む。
3点ほど重ねた後、さすがにノーコンであることがばれたのか相手がボールを拾い、今度は敵チームのスパイクが3年の鴎崎たちのコートに突き刺さる。
「なんだよ今の」
「敵にもお前みたいに器用な奴がいるってことだろ?」
サーブ権が敵に移り、今度は鴎崎たちがボールを受ける側に回る。一球目、やたらコントロールの優れたサーブがちょうど後衛と前衛の間に落ちる。いやらしいサーブは鴎崎たちを同点まで追い込んだ。
「うおりゃあぁあああああ!!!」
そして、またそのサーブが落ちそうになったとき、その状況にひそかにかなり苛立っていた男がボールめがけて飛び込み、ボールは見事味方コートの上空に打ちあがった。
「俺が前衛の時に感じの悪いサーブ打ってんじゃねえよ!」
素人ばかりのバレーでは基本的にサ―ブは後衛がとるので、それまでほとんど何もしていなかった駒鳥だったが、さすがに何もできないこの状況に苛立ち、無理くりサーブを取りに床に飛び込んでいた。
「駒鳥ナイス!」
駒鳥の拾ったボールは鴎崎が敵に劣らない強烈なスパイクに変えて敵コートに打ち返し、ようやくサーブ権が鴎崎たちに戻る。
その後、試合は一進一退の攻防を繰り返したが、技術的には拮抗していても、精神面で鴎崎がここぞという時にヘタレてミスを連発したこともあり、残念ながら男子バレーでは高3-Aは初戦敗退に終わった。
「悔しい!」
「負けたなぁ~」
負けてしまったので、自分のクラスの別の球技の応援に向かう二人。運動部らしくとても負けず嫌いの駒鳥は地団太でも踏みそうなぐらい悔しそうにしているが、鴎崎は別段悔しがってもおらず普段通りで、フラストレーションたまりまくりの友人と苦笑交じりに移動していた。
「インハイ予選でもあるまいし、そんなに悔しがるなよ駒鳥。それに2年B組には元バレー部がいたらしいぞ」
「関係ない!くぅ~~~~!2年に負けた!」
鴎崎がいくらなだめようとも駒鳥の悔しさは収まらず、ついに地団駄を踏みそうになっていたころ、2人は応援しようと思っていた女子バスケの試合会場である第1体育館に到着した。
ちょうど試合は後半戦が始まったところであり、点差は20-10と大差をつけて高3-Aが勝っていた。観覧席についた二人がコートを見下ろせば、そこでは見覚えのある黄緑色の頭がすさまじい勢いで敵を振り切ってシュートを決めているところだった。
「鷺塚ーーー!ナイスシュート!」
「鷺塚さんナイスー!」
応援を初めてすぐのシュートに、二人とも先ほどの敗北を忘れて大声で応援する。
二人が応援をし始めた後も点差はどんどん広がっていき、敵チームが完全にあきらめムードになった頃、ようやく試合が終了した。
「鷺塚!お疲れ!」
試合が終わり鷺塚が体育館から出てくると、駒鳥と鴎崎も彼女に駆け寄り、彼女のもぎ取った圧勝を称える。
「すごかったな!うちのクラスのヒーロー、いや、ヒロインだよ!」
興奮気味で駒鳥にほめられた鷺塚は、一瞬驚いたように目を見開いてから、かぁと頬を赤らめてはにかみながら「ありがとう……」と小さな声で駒鳥に礼を言った。
(俺の彼女かわいい……)
先ほどまでの雄姿とは打って変わったようないじらしい鷺塚に駒鳥はデレデレと相貌を崩す。お互いに夢中の二人には見えていなかったが、彼らの周りでは女子バスケ部が彼女をスカウトすべく鷺塚に話しかける隙を窺っており、いつまでもべたべたと鷺塚から離れない駒鳥への文句を鴎崎に言っていた。
「ちょっと駒鳥はいつまで鷺塚さんにまとわりついてるつもりなの!?」
「早くスカウトしないと他の運動部も来ちゃうよ~」
「まあまあ、二人は付き合ってんだし大目に見てあげようよ。それに鷺塚さんは軽音もう入ってるから、スカウトには乗ってくれないかもよ?」
鴎崎はやんわりと女子たちをなだめるが、彼女たちの文句はとどまるところ知らず、あまり関係のないところまで及んでいく。
「てかさ、鷺塚さんと駒鳥ってちょっと不釣り合いだよね。なんであんな美人が駒鳥なんかと付き合ってんだろ」
「確かに!鴎崎と鷺塚さんならまだわかるけどさ!」
「あははは……俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、自分の彼氏を貶されたら、鷺塚さん余計バスケ部には入ってくれないと思うよ?」
女子を軽くいさめると、鴎崎は駒鳥と鷺塚を呼んでグラウンドの方へ移動していく。
グラウンドではドッジボールの試合が行われており、ちょうど赤菜の出る中1-Aと中2-Bの試合が始まったところだった。
内野として参加している赤菜は小さな体でちょこまかとボールを避けており、両コートで続々と内野が減っていく中、終盤まで器用に生き残っている。
「赤菜ー!がんb」
「チビスケーー!はよ当たれーー!!」
鴎崎が赤菜に声援を送っている時、その声を打ち消すような大きな声で敵サイドから赤菜に罵声が浴びせられる。
「鴻!」
3人が声のする方に目を向けるとそこにはクラスメイトを熱心に応援している灰の姿があり、鴎崎と駒鳥は灰がスポーツで熱くなっている姿に驚いた。
「あ、部長と副部長やないですか」
手をメガホンのように丸めて声援を送っていた灰は敵サイドからやってきた3人に気づくと、熱の入った応援をやめていつも通りの斜に構えたような態度で3人の方へ向き直った。
「鴻が熱くなるなんて珍しいな」
「そっすかね?2年が1年に負けるなんてダサすぎるだけっすわ」
中二病で斜に構えたところもあるがもともと負けず嫌いの灰は、一度は三人の方へ向き直ったがすぐに試合に視線を戻してまた応援を再開する。
「鴻って、友達少なそうだからクラス行事とか参加しないタイプなのかと思ってたな」
「空も友達はほとんどいないが、結構行事物は好きでクラス行事とかもまじめに参加する方だからな。似たもの姉弟ってことなんじゃないか?」
本人に聞こえていたら恐らくとげとげしい言葉で言い返されてそうなことを言う駒鳥に、彼の姉の数少ない友人である鷺塚が答える。
(クラスになじめてるか心配だったけど、意外と大丈夫そうなんだな!)
部長として密かに灰の交友関係を心配していた鴎崎がほっと胸をなでおろしたとき、とても中学生が放ったとは考えられない速度のボールが鴎崎の顔面に突き刺さった。
「ふぎゃっ!」
「鴎崎!」
ボールの勢いでそのまま後ろに倒れる鴎崎。駒鳥たちは倒れた鴎崎もそうだが、ボールが飛んできた方に目を向ける。
「いっけねェェ!はずしたァァ!」
ボールが飛んできたであろう場所では一人の男子が外したといいながらも、嬉しそう大げさに飛び跳ねている。鴎崎たちがいる方とは反対の外野に立っている彼は、どうやら中2-Bの内野を狙ったボールを誤って鴎崎の顔面に当ててしまったらしい。
まったく知らない人物しかも先輩にボールをぶつけてしまったにもかかわらず、彼はクルクルと小躍りしながら「いけねェェいけねェェ」と繰り返しているだけで、謝る素振りすら見せない。彼のクラスメイト達も彼のおかしな様子に謝るように声をかけられずにおり、駒鳥たちもしばし彼の奇妙な行動と態度にあっけにとられた。
「……なんで、ほっぺにくるくるマークなんて書いてんだ?」
そして、気を失った鴎崎に代わり、鴎崎の額にできたたんこぶに持ってきてもらった氷嚢を当てながら、駒鳥は喜んでいる生徒の頬に描かれた奇妙なくるくるに首をかしげた。飛び跳ねているのでよくわからなかったが、ボールをぶつけた生徒の顔には頬に、落書きのような赤いくるくるが書かれており、しかも顔は笑顔にもかかわらず心なしか唇がとがっているという奇妙な顔をしていたのだ。
「なあ!今のやつは」
しかし、観客の一人がけがをしただけなので、誰かが駒鳥の疑問に答える前に試合は再開し、駒鳥も頬にくるくるマークが書かれた生徒を見失う。
「妖怪がいる!」
試合が再開してすぐ、鴎崎を保健室に連れていってドッジボールの試合に戻ってきた時、鷺塚が突然駒鳥にそう耳打ちした。
「さっきまでは感じなかったんだが、ここにきて突然妖気を感じた……たぶんこの近くにいるはずだ」
「ああああーーー!負けた…」
真剣な面持ちで二人が油断なく周囲を見回していると、小声の鷺塚とは正反対に、大声を上げながら灰ががっくりを頭を垂れていた。
保健室から戻ってきてまだ試合の動向に注意を向けていなかった二人がコートを見れば、たしかに灰のクラスの中2-Bは内野が全員アウトになって負けていた。
「やったー!勝った勝ったぞー!」
無人のコートとは反対にほとんどの内野の減っていない中1-Aのコートでは先ほどのくるくるほっぺがまたも嬉しそうに小躍りしていた。しかし決勝戦ならいざ知らず、初戦で勝っただけなのに過剰に喜んでいる彼に、敵だった中2-Bはもちろんのこと中1-Aの生徒も少しうっとおしそうな視線を向けていた。
「勝ったぞ!勝負に!」
いつまでも喜んでいたくるくるほっぺだったが、ある人物を見たとたんキーッ!と悔しそうに今度は怒り出し、そのままどこかへ走って行ってしまった。
「赤菜ーー!大丈夫だったか?」
男子が走り去ると同時に、黒夜と青葉が赤菜のところへ走ってくる。
「やっぱり来ましたよ。錫音ちゃんは大丈夫だったけど、相手チームがボロボロです」
内野でくるくるほっぺの攻撃を受けた人はみんなどこかしらにあざができており、奴のボールの威力を示していた。
「燕、どういうことなんだ?」
先ほどの男子のことについて、黒夜たちが何かを知っているらしいということを察した駒鳥が、赤菜と黒夜と青葉に尋ねる。
「実は、どうも河童がこの学校に入り込んだみたいで…」
妖怪・河童が学園に来たいきさつは、前日の放課後までさかのぼる。
3
青葉が部活に向かった後、赤菜は気になっていたことを錫音に確認した。
「錫音ちゃん、本当にそのビー玉なくしたの?」
「えっ………本当だよ?嘘ついたって仕方ないじゃん」
赤菜の質問に、錫音は一瞬黒夜にもはっきりわかるぐらい動揺した。そしてすぐにビー玉をなくしたことを肯定したが、もはやその態度は嘘をついていることがバレバレだった。
「なくしてないんだな」
「………信じられないかもしれないですけど…」
黒夜が言い切ると、錫音は堪忍したようにおもむろにカバンの中から手のひらサイズの積み木を取り出した。
「?」
何が始まるのかとキョトンとした顔をしている二人の前で、次の瞬間、錫音は右手に力を籠めて
グシャァア
一瞬で積み木を粉々に握りつぶした。
目も口も鼻の穴さえも開いて黒夜は錫音の怪力に仰天していたが、打って変わって赤菜は相変わらずめんどくさそうな無表情でその様子を見ていた。
「ビー玉を拾った日から右手だけ怪力が使えるようになったの。力加減はできるから、普段の生活には支障がないけど」
「たぶん、錫音ちゃんが拾ったのは尻子玉だろうね」
冷めた表情のまま赤菜は錫音の右手をじぃっと見つめる。彼女には錫音の手から、微量ではあるが妖気を発されていることが感じられており、目視でも、手のひらのあたりに光る玉のようなものが埋め込まれていることが見えていた。
「シリコダマ…って?」
しかし、霊感があっても黒夜は妖気よりも霊気の方と相性がいいのか、尻子玉の気配を察することはできないらしく、聞きなれない単語に錫音と一緒に首をかしげている。
「河童が人間から抜く魂みたいなものです。河童は人間に勝負を挑んでその勝負に勝つとその人の尻子玉を抜いていって、体に奪ったたくさんの尻子玉を隠し持っている妖怪なんです」
本来、赤菜も妖怪よりも悪霊など霊的なものを得意としていて(たいていの霊能力者は霊とかの方が得意)この手の妖怪話は鷺塚の方の得意分野ではあるのだが、河童は尻子玉を抜く程度のどちらかといえばちょっと迷惑程度の害の少ない妖怪であったので、赤菜も対処法などもよくわかっている妖怪ではあった。
「河童に尻子玉を抜かれると、どうなるんだ………?」
なぜか股間を抑えながらこわごわ聞く黒夜に、赤菜はせいぜい1か月ぐらい虚弱になる程度ですよと答えて、それから錫音に向き直り、河童の撃退方法を教えた。
「まず、大きく2つの方法があって、簡単なのと難しいのがあるんだけど」
「簡単な方をお願いします!」
「……まず、やくざを三人ほど雇います」
「?」
「そのやくざを裸にして、寒空のもと鞭でシバキ倒します」
「??????」
「そしてその様子を河童に見せつけて周辺に響き渡るような高笑いをすれば、河童はドン引きしてそれ以後寄り付かなくなるというわけ」
「そんなことしたら人間も寄り付かなくなっちゃうよ!!!」
河童を追い払う(人間も寄り付かなくなる)方法を錫音はにべもなく却下した。
「もう一つの方法は何なんだよ赤菜」
「もう一つは、河童と勝負して勝てばいいんです」
質問の回答に黒夜は「なんだ」とその方法の方が簡単そうだと胸をなでおろす。
「でも、河童が持ちかけた勝負に勝たなきゃいけないんです。河童は負けず嫌いなのに臆病なところがあるので、自分が勝てる分野でないと絶対に勝負を仕掛けてきませんし、彼らはいくつもの尻子玉を体に仕込んでいるので、運動関係の勝負じゃ絶対に人間には勝てません」
しかしそんな安心したような黒夜に冷や水を浴びせかけるような厳しいことを言う。途中までは解決の糸口をつかんだと表情を輝かせていた黒夜も錫音もしょんぼりとした顔になってしまう。
結局、中学生の錫音には、やくざを雇うということも右上での腕力はすごくとも腕力で河童に勝つことはできないという結論に至った。
そして明日の運動会では勝負事のオンパレードなので勝負が大好きな河童が現れる確率が高いので、現れたところで強制的に赤菜が消し去ろうということで話はまとまった。
「河童か……怪力とあの嘴みたいな顔でなんとなく目星はついていたが、めんどくさいものに目をつけられたものだな」
錫音と河童の話をすべて聞いた鷺塚は、眉間にしわを寄せて困った表情で河童について補足する。
「確かに、河童は尻子玉を抜くだけの妖怪で、人間を食うことも命を奪うようなこともないが、それの尻子玉を奪ったとなれば、最悪尻子玉ごと腕を切り落とされる」
赤菜と同じく怖いことを口にする鷺塚に、赤菜と一緒に黒夜たちに近づいてきていた錫音は右手を抑えながら震え上がり、駒鳥も自分が目撃したものがそんなの危険な妖怪だったとはとブルリと身震いする。
「残念だが、私もやくざを寒中放り出しておく方法と勝負に勝つ以外の方法は知らないな」
「そんなん、勝負に勝ったらええだけの話やないっすか」
聞き覚えのある関西弁の予想外の提案に、錫音を取り囲んで頭を抱えていた全員が彼の方を振り返る。
「鴻、簡単に言うけど、相手は怪力の妖怪だぞ?」
「退治する方法がわかってるんは、その妖怪を倒したことあるっちゅう人間が昔は居ったってことでしょ?せやったら勝負に勝つんが一番手っ取り早いやないですか」
「でも……」
正論といえば正論を述べる灰。黒夜がどうやるんだ?とつづける前に、彼は姉がするような悪い顔をして言った。
「ちょぉっと汚い方法を使えば、河童でもなんでもイチコロっすよ…」
関係なかった自分のクラスを惨敗させた河童の野郎め。灰は自分の計画を実行に移すために、すぐさま自分のクラスのマッドサイエンティストのもとへと向かった。
4
昨日、灰から河童退治という平和を乱す事案を持ち込まれた黄果は、朝から大忙しであった。部活で当番を決めていた学校の警備もできそうにないので、空にサイトを作った代償として休みをもぎ取らなければならないし、なによりも燦々と日の降り注ぐ炎天下のもとへ出ていかなければならなくなった。
「黄果、警備の当番はどうしたんだ?まさか全部部長に代わってもらったのか?」
「そうだよー。まぁ、モニター監視はボクがやるから警備の仕事が減ったわけじゃないけど」
炎天下の元、監視機材のためと、グラウンドよりも少し高い位置にある観覧席に無理やりパラソルを立てて、その下で扇風機とともにグラウンドで行われる競技を見守る黄果。
「青葉姉は言ったようにしてくれればあとは自由にしてていいからね」
「おう!しかし、けっきょくおれのシフトも部長に代わってもらってるからな~…部長大丈夫かな?」
「大丈夫だよ~。コレも持ってもらってるし」
心配する青葉に黄果は一見何の変哲もない黒縁眼鏡をかけて見せる。もちろんただの眼鏡ではなく、これは望遠機能や赤外線などのセンサーまでついて、しかも映像もリアルタイムで送ることのできるパワーアップ版探偵眼鏡であり、某少年探偵の眼鏡を再現してみようと黄果が試行錯誤して生まれた上位互換のようなものだった。
「はい、これは青葉姉の分」
「お、サンキュ!でも、おれ眼鏡かけると頭痛くなるんだよな~」
「たまにいるよね。青葉姉、カチューシャとかも苦手でしょ?」
「頭を締め付けつける系のもんは苦手だ」
眼鏡とカチューシャの話をしながら、青葉は眼鏡をかけて、グラウンドの人間の顔を一人ひとり確認していく。確認といっても、このメガネには顔認証機能もあり、生徒じゃない部外者、または唇がとんがって頬にくるくるマークがある者を認識すると赤い枠で囲み警告音を流すように設定されているので、青葉はただグラウンド全体を眺めるだけでよかった。
ちなみに青葉に課せられた仕事は、できる限りの競技に参加しそれ以外の時は黄果の所でグラウンドで河童がいないかを見張るということであり、他の赤菜や黒夜たちも同じくクラスメイト達などに頼み、誰かしらがすべての競技に出るようにしていた。
「最初の競技はパン食い競争だな」
「お!黒夜と赤菜が出るのか」
グラウンドを眺めていると、青葉たちの見知った顔たちがレースに備えて並んでいた。
「あ!赤菜、お前もこの競技に出てたのか…」
「黒ちゃん先輩こそ。パン食いはもともと私が出る予定だったからでなくても大丈夫だったのに」
グラウンドの方でも黒屋と赤菜が互いの存在に気づき、挨拶を交わす。
「俺ももともと出る予定だったんだよ」
パン食い競争は毎年人気のない競技で、黒夜はヘタレなので、赤菜は競技を決めるときに寝ていたら、まんまとこの競技を押し付けられていたのだ。
「しかし、なんでパン食いって人気ないんだろうな」
互いに初めて出場する競技の内容に首をかしげている間に、手本として走る高3のレースが始まった。
『さァ!今年も始まりました「焼きたてパンの食い倒れ競争!」今年はどんなパンが彼らに襲い掛かるのか!おおっと!今年も白組の鶴森選手が飛び出した!!』
実況者の口から飛び出したよく知った先輩の名前に、黒夜も赤菜も前方のレースに目を向ける。 デモンストレーションで走っている選手はみんなどこか食いしん坊そうな巨漢の選手ばかりの中、その中では華奢に見える茶乃が自慢の俊足で一気にリードを広げる。
「陸上部なのに、鶴森先輩はなんでこの競技?」
「陸上部は、逆にちゃんと走る関係の競技には参加できないんだ。たぶんだから鶴森先輩も他にできる競技がなくてこれに出たんだろ……」
黒夜は自分のクラスでも、陸上部の生徒が出る競技が色物の競技しかないと嘆いていたことを思い出しながら茶乃たちのレースを見守る。
『毎年、我が校の調理部が手塩にかけて焼いたおいし~~パンがただで食べれる食いしん坊にはたまらないこの競技!しかし!毎年調理部が食い倒れさせるために高カロリーで腹にもたれるパンを製造するので食い倒れて棄権するものが続出する別名「お残しは許しまへんでパン食い競争!」お!ここで早速先頭の鶴森選手がパンまでたどり着いた!今年のパンはなんだー!!』
「えええええ!聞いてねえよ!」
「パン…じゅるっ」
実況からもたらされた競技の驚愕の実態に、黒夜は驚きの叫びをあげるが、赤菜は絶品パンによだれを垂らす。
『今年のパンは……なななななんと食パン一斤分はありそうなデニッシュだ!パン生地を薄く重ねてその間にバターを塗ったサクサクふわふわのパンの王様!しかし一斤に使用されたバターの量は計り知れない!!おおおっと!早速鶴森選手すごい勢いでパンを口に詰め込んでいく!!』
絶品デニッシュは本当においしい。競技に合わせて調理部が焼き上げた薫り高いデニッシュは本当においしいのだが、完食するためには味わっている暇はない。茶乃は毎年この競技に出続け(押し付けられ続け)ることによって会得したこの競技の必勝法である『味とかはおいといてとにかくパンを飲み込んでいく』を実践していく。パンを口に詰め込んでいると他のレーンの選手も続々とパンに取り掛かっていくが、なかなかパンはなくならない。
しかしさすがに毎年様々なパンを食いまくっているので、茶乃のパンは残すところ8分の1ぐらいになっていた。
『鶴森選手!ラストスパートに取り出したのは……あーっと!これは牛乳だ!!鶴森選手、口にパンを詰め込んで牛乳で一気に流し込んで飲み込んだ!食べ終わった鶴森選手、陸上部の健脚で一気にゴールイン!他の選手も続々とパンを完食してゴーーールイン!』
「牛乳持ってくってありなんだ…」
「男子はお助けグッズを使うのがありで、女子は助っ人を呼んでいいんだぞ?」
茶乃が牛乳でパンを流し込んで行くのを見て、競技説明の最中も寝ていた赤菜は意外そうな声を上げるが、ちゃんと説明を聞いていた黒夜が男女に与えられたハンデについて説明やる。
ちなみに、ゴールした高校生のデモンストレーションの選手は御多分に漏れずみんなゴール後倒れており、まさに名前通りの様相を呈していた。
デモンストレーションが終わると中学生のレースが続々とはじまり、なんとか食べ終わっても走れずゴールできない者、食べられなくなりギブアップする者が続出がする中、女子は助っ人を呼んでよいハンデがあるので、意外にも男子よりも女子の方がゴール率はが高いという不思議な事態に陥っていた。
「お、青葉姉!燕先輩のレースが始まるよ」
黄果にそういわれて青葉がスタート地点に目を向けると、まさに黒夜がスタートの合図とともに飛び出したところであった。
「黒夜ーー!頑張れ!!」
すぐにパンの所までたどり着くが、やはりデニッシュに苦しむ黒夜。そんな黒夜の様子に、青葉は何かに気づいたらしく突然自分の荷物の中から何かを取り出すと黒夜めがけて投げつける。
「黒夜ーーーー!!これを使え!!」
「おわっ!……こ、これは……!!!」
黒夜は青葉の投げてくれたお助けアイテムに括目した。
(デニッシュが単調な一つの味だからお前は苦しんでるんだろ!?黒夜!)
そう、青葉が投げつけたのはイチゴジャム!
単調な味のパンに新たな味を付加する完食へのマジックアイテム……
『おお!黄色組燕選手へのお助けアイテムはイチゴジャムです!味に変化を持たせて完食する作戦なのでしょうか!?しかし……』
(デニッシュ+イチゴジャム……甘ったるいし胃にもたれる……!!)
もしもパン食い競争のパンが食パン一斤だったら、このアイテムは本当に素晴らしいお助けアイテムになっただろう、しかし今回黒夜の前にたちはだかるのは、味もしっかりついているうえ、かなりのボリュームをすでに発揮しているデニッシュ。
黒夜はあえなく途中棄権になってしまった。
「あちゃー。マーガリンにすべきだったか?」
「いや、塗るものよりも飲み込む物の方がよかったんだと思うよ…?」
場外で青葉と黄果が呑気な会話を繰り広げているうちに、赤菜のレースの番も回ってきていた。
「赤菜ぁぁぁあああああああ!!!!がんばれェェェエエェェエエエ」
先ほどの黒夜の応援とは比べ物にならないほどの声量で青葉は赤菜へ声援を送る。
一方絶品デニッシュに心躍らせている赤菜は、スタートの合図と同時に小柄ながらもせっせと走り、無事デニッシュまでたどり着く。
ちなみに、赤菜を応援しているのは青葉たちだけではなく、茶乃の介抱をしている鴎崎、駒鳥、鷺塚の三人も赤菜がパンを食べられるか心配そうに見守っていた。
「あのパン、たわしちゃんの顔ぐらいあるぞ?心配だ……」
「無理しちゃだめだ……あのパン、中にカスタードが入ってる……げふっ」
「あの重量の中にクリームまで入ってんのかよ!凶悪だ……料理部と同じぐらい調理部だって凶悪だ……!」
「赤菜~~!無理しちゃだめだぞぉ~!無理だったらすぐにやめていいんだからな~~」
完食したもののいまだ起き上がれないほどのダメージを受けている茶乃の周りで鷺塚と駒鳥は戦々恐々とレースを見守っているが、鴎崎は心配性の母親のような声を上げながらへにゃへにゃと体をくねくねさせながら赤菜のことを見つめていた。
(鴎崎、いくらお前がイケメンでもくねくねはやめとけよ…)
駒鳥が渋い表情でそんなことを考えている間も、赤菜はパクパクとおいしそうにデニッシュを食べていく。
(んん~~、さすが焼きたて♡濃厚なバターの香りが味覚だけじゃなく嗅覚も楽しませてくれる♡、外はサクッと中はふわっとしたパンの生地がたまらない……
…………………………………
…………………………………………………うん、たまらない……たまら)
み゛ゅッ
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!赤菜の眉間に深々としわが!!」
「あーちゃんも食べきれなかったね~…」
探偵眼鏡(改)で赤菜のことを見ていた青葉が悲鳴を上げる。隣で黄果も苦笑している頃、同じく見守っていた鴎崎もムンクの叫びのような絶望的な表情で声にならない叫びをあげていた。
「~~~~~~~~~~~~~」
「しーくーん。助けて―(棒読み)」
『ここで赤組鳶谷選手助っ人を読んでおります!しーくん?一体誰のことを呼んでいるのでしょうか!実況席にも情報が入っておりません!!』
「おい、声にならない叫び挙げてる場合じゃないぞ。赤菜ちゃんが助っ人にお前を指名してる!」
酒を飲んだわけでもないのに正体なくしている鴎崎。しかし駒鳥の一言でヘタレはイケメンに戻る。
「赤菜ーー!今助けるぞ~~!!」
お助けの結果、鴎崎は茶乃の横に転がされることになったが、赤菜は無事1着でゴールすることができた。
その後も、午前中すべての競技に河童の事情を知っている人間が少なくとも一人ずつは出たが、結局河童は一度も現れずにお昼休憩になった。
昼休みは競技を行っている時間とは異なり建物の中でお昼を食べてもよかったのだが、高校生と中学生が一緒にお昼を食べられるところがなかったので、鴻姉弟や鴎崎と赤菜に合わせて屋外で黒夜たちは昼食を食べてることになる。
「あれ、鶴森先輩は?」
「さっき、鴻のことを探しに行ったぞ。先食べてて良いそうだから、先に食べてよう」
人魚騒動のあった旅館に一緒に泊まった中ではあっても、あまりよく知り合っていないメンバーも何人かいたので、結局なんとなく部活ごとになって座る。青葉と鴎崎が赤菜の隣を互いに譲り合わなかったので、赤菜だけは二人に挟まれていたが、黒夜も同じクラスの青葉の隣ではなく、灰と駒鳥に挟まれた形で座っていた。
「なんつーか、不思議なメンツだな」
「なに言うてはりますのん。先輩は全員と知り合いやないっすか?さすが主人公」
「灰!メタ発言やめろ!」
「しっかし、河童の野郎なかなか尻尾を出さんなぁ」
自分が茶化したくせに、灰は黒夜(主人公(笑))を無視して、なかなか尻尾を出さない河童に、忌々しそうにつぶやく。
「河童は勝てそうな勝負しかしないからな。午後の競技は河童が得意そうなものも多い。午後が勝負だろう」
コンビニで買ったらしいパンをかじりながら鷺塚が灰の嘆きに答える。
「鷺塚、なんで俺にはお弁当を作ってくれたのに自分のは作らなかったんだ?」
「ぐぅっ」
実は先ほど鷺塚のお手製弁当を受け取っていた駒鳥が鷺塚に素直な疑問をぶつける。駒鳥の言葉に鷺塚はぐっと言葉とパンをのどに詰まらせる。
「さ、鷺塚!お、お茶!お茶飲め!」
「ゲホゲホ……駒鳥すまない…実は二人分作ったのだが、一人分は無残にも失敗してしまって…」
「全く、相変わらずナンセンスだな翠は」
お茶をごくごくと飲みながら、鷺塚が恥ずかしそうにお弁当を失敗してしまったことを駒鳥に白状すると、ちょうど空と茶乃がやってきた。
「茶乃から大まかな話は聞いた。しかし、私をのけ者にするだけでなく私の許可なく茶乃にまで話を通すとは、灰、お前意外とかわいげがないじゃないか」
「お褒めに預かり光栄ですぅー。俺は手段を選ばん男やからな。てか姉貴、弁当どうしたん?」
河童と錫音の話を大まかに聞いた空は灰に不満を言うが、灰は泣く子も黙る料理部部長に憎まれ口をたたき、ついでに空の手にある見慣れない弁当箱についても尋ねる。
「ん?ああ、茶乃の弁当だ。デニッシュのせいで食欲がないから半分くれるんだと」
警備の間に自分のは食べたし、ちょうどよかった!と、おいしそうにお弁当を食べる空。確かに茶乃の手にも弁当箱があり、彼は空の様子をうかがいながら自分も弁当をつついている。一見、食欲旺盛な運動部員の弁当を半分こしているようにも見えなくないが、色恋にすごく詳しいわけでもない黄果の目から見ても、茶乃がこうなることを見越して弁当を用意してきたことは明白だった。
(デニッシュでおなかがいっぱいにして、弁当を半分空に食べさせる。確かに鷺塚先輩がナンセンスにも見えるぐらい巧妙な作戦だね)
「女子かよ」
「なんや黄果、お前も鴎崎先輩のことヘタレで女子みたいやと思うんか?」
思わず漏れた黄果の心の声に灰が反応する。話題にも置いて行かれていた黄果だったが、鴎崎先輩がどうしたのか興味がなかったので、灰に河童のことについて確認する。
「部長さんのことはどうでもいいんだけど、午前中は本当に河童は学校に来てなかったよ。監視カメラには何も映ってなかったし」
「そうか……勝負は午後になるんやな……」
ここには居ない河童をにらんでぐぬぬぬと悔し気に呻く灰。そんな灰に一つ、彼の姉から悲しいお知らせがもたらされた。
「今朝も言ったがな、私は競技に参加できない」
「えええ!」
「校長が私に学校の警備を頼んだのは、警備という目的もあるが、私に運動会に参加してほしくないからなんだと」
「ほんまかいな……」
「なぁに、頭に皿をのっけた河童を見つけたら不審者として完膚なきまでに叩きのめしてやるから安心しろ!それこそやくざをシバキ倒すのを見るよりもずっとトラウマになるぐらいにな」
「あ、空!お茶忘れてるよ!」
フハハハハと高笑いをしながら空は弁当を食べ終えて警備に戻っていく。水筒を忘れた彼女を追っかけて茶乃が走っていく。
全員、二人がいなくなるとそのままなんとなくそれぞれの観覧席に戻って行ったり、すぐに競技がある者は入場門の方へ向かって行ったりする。
「あ、鷺塚先輩!」
黄果もモニターの所へ戻ろうとしたが、全員に渡そうと思っていた物を渡せていないことに気づき、まだ近くにいた鷺塚を呼び止める。
「どうしたんだ?……ん?これは?」
「通信機です。駒鳥先輩たちにも渡してください」
黄果が鷺塚の手に乗せたのは耳にひっかけるイヤホンのようなもので、連絡用の通信機だという。
「河童が見つかったらこれで作戦の連絡をしますから、他の人にも伝えてください」
「分かった」
人数分通信機を渡し、黄果が今度こそモニターの所に戻ろうとしたとき、不意に鷺塚が「鷲川さん」と呼びかけた。
「?」
「河童退治に協力してくれてありがとう。鷲川さんの助けがなかったらとても河童と勝負できなかった。すごく助かってるよ」
黄果は久しぶりにとても驚いた。男言葉でどこかドライな鷺塚にほとんど会話らしい会話をしたことのない自分がお礼を言われた!?この事実は黄果を驚かせただけでなく、彼女の胸をじんわりとあったかいもので満たした。
「そ……」
しかし黄果は自分が喜んでいることなどおくびにも出さず、強がって鷺塚に言い放つ。
「それはボクの発明品を競技で使ってから言ってくださいよ!」
ビシリとあらぬ方向を指さして決め台詞とともに黄果は去っていく。まさか自分の顔がとてつもなく嬉しそうな顔をしていることなど知る由もない黄果にそういい捨てられて、鷺塚は一瞬呆然としていたが、すぐにかわいい後輩の姿に笑いながら通信機を配りに行った。
5
『さァ、午後の競技一つ目は、休み明け一つ目にふさわしい「徒競走」!己の足だけで勝負する真剣勝負!女子も男子も己のチームの勝利のために、存分に足をぶん回しましょう!ちなみに、午前に引き続き実況は黄色組鴉里桃士がお送りします☆』
「今日は見ないと思ったら桃士、実況してたのか……」
『クロ~~事情はお前の中二病の後輩から聞いてるからな~~、俺も実況として協力するぞ~~』
名前のあるモブと呼ばれている桃士も、河童のことは聞いているらしく、マイクを通して黒夜に名指しで協力することを申しでる。
徒競走が始まってすぐ、青葉の探偵眼鏡(仮)が河童のクルクルほっぺととがった唇を探知した。
≪黒夜!徒競走に河童が現れた!≫
すぐに青葉が徒競走に出る黒夜に連絡する。連絡を受けた黒夜は河童とおなじレースに出れるように準備し、そして履いている秘密兵器のスイッチを入れた。
≪燕先輩、先輩はいつも通り走ってくれればいいっスから。カーブとかゴール後のブレーキとかはこちらで操作するっス≫
≪わ、分かった≫
河童に正体がばれていることを気取られないようにこっそり黒夜は河童の顔を確認する。
「おい!こいつは河童なんかじゃないぞ!俺のクラスのやつだ!」
≪黒ちゃん先輩、河童がその人に化けてるんですよ。本当の先輩のクラスメイトはどっかで気を失ってるはずです≫
青葉、黄果と一緒にパラソルの下にいる赤菜が混乱している黒夜に通信で教える。クラスメイトの本当の顔を知っている青葉が後で本物の彼を探しに行くことにして、青葉と黄果が見守る中、黒夜のレースが始まった。
銃声と共に5人の生徒が一気に走り出す。
「俺の勝ちだァァアア!」
河童は自慢の豪脚で一気に飛び出した……はずが、彼の横をもっとすさまじい速度で何者かが飛び出した。
「なっ…!」
「あqwdつrtぐjkl;@っっっっっっ!!!!!」
もちろん飛び出したのは黒夜であり、彼は自分の意志とは無関係に爆速でゴールを目指す。
「神経信号の電気を逆利用した“爆速シューズ”。使用者の身体能力に関係なく任意の時速で走れる靴!」
「おおお!すげえな!これを商品化したら待ち合わせに遅刻する奴は誰もいなくなるじゃねえか!」
『おおおっと!黄色組燕選手!早い!!ボルトも顔負けの爆速!!しかし顔の皮もだいぶめくれていないか燕選手!!』
「でも、使用すると風圧で顔の皮がべろべろになる」
「セットした髪もぐっちゃぐちゃか。おれもそれはヤかな」
黒夜の顔が風圧でひどいことになったが、無事徒競走で河童に勝利することができた。
その様子は青葉たちとは別アングルで河童を探していた駒鳥と鷺塚にもみえており、河童が二着でゴールするのを見届けると、駒鳥は緊張感を持ったまま鷺塚に尋ねる。
「これで、河童は負けを認めて撃退できるのか……?」
「いや、一回ぐらいの敗北であきらめるほどあっさりした妖怪ではない。鴎崎、河童が今度は飛びつき綱引きの選手に化けたぞ!」
一度は大敗したものの、負けず嫌いの権化のような妖怪である河童がこの程度であきらめるわけがなく、河童は今度は飛びつき綱引きの選手に化けて試合に潜り込もうとする。
「しまった!河童が化けたのはあのヘタレと同じ組だ!これじゃあ鴎崎が勝っても河童も同じ赤組だから、勝ったことにはならないんじゃないか!」
赤菜の眉間にしわを刻み込むような(パン食い競争にて)愚行を犯した鴎崎を、年上であるにも関わらずヘタレ呼ばわりしながら、青葉は河童と鴎崎が同じ組になってしまったことに大いに焦った。
「大丈夫だよ青葉姉」
しかし青葉の心配は杞憂である。河童のとっての勝負に勝つというのは、一番になるということであるので、今鴎崎が装備している黄果の秘密兵器を使えば、この飛びつき綱引きで河童を一番にすることは決してないという自信が黄果にはあった。
≪鴎崎先輩、先輩はさっき言ったみたいにジェントルマンでいてくれればいいので≫
≪よし、任せろ!≫
鴎崎は首の後ろにつけた小さな機械のスイッチを入れる。
『さぁ!次に行われる競技は「飛びつき綱引き」!グラウンド中に巻かれた小さな綱を己の陣地まで運ぶこの競技!あなたはこの競技の真の名前に気づけるかな?』
実況の煽りが終わると同時にスタートの銃声が鳴り響く。
「ムムム?真の名前?まァ良い、綱をぶんどって来ればいいんだろ!」
赤組の生徒に化けた河童は、実況の言葉に一瞬は首をかしげたが、難しいことは考えられない河童は一気に縄に向かって走り出す。
「きゃぁーーー!」
「鴎崎君よ!あれ!!」
「キャァアーーー!鴎崎さま~~!!」
「ああ……イケメン………」
しかし、次の瞬間敵味方問わず河童の陣地の方、赤組の陣地に生徒が殺到した。しかもほとんど全員が綱を持っているではないか!
「な、なんで白組の連中までこっちに来るんだよ!」
河童が人のたかる方を見ると、そこには先ほどから名前を呼ばれている鴎崎の姿があった。しかし
「な、なんだあのイケメンはーーー!!」
「その名も“フェロモン発生装置”。人間は見た目だけでイケメンをイケメンと認識しているわけはありません。嗅覚からの情報も重要なイケメン要素です。モテる人が一種まとって言われるオーラみたいなものも一種のフェロモンだと説もあります」
「おお!すごい説明台詞だな黄果!」
河童も思わずおののくほどのイケメンに彼はなっていたのだ。もちろん顔の造作が変わったわけではないが、ヘタレオーラがカリスマアイドルオーラに変わっており、女子も男子も彼の足元(赤組)に陣地に綱をもって走っていくのだ。
「でも、美女か美男であることが最低条件なので、製品化しても需要が見込めないんだよね」
「じゃあ私も使えるね!」
「あーちゃん、急にどうしたの?」
「一応私も美少女設定なのに、最近忘れられてる気がしたからちょっとアピールを。美少女ダヨ!」
「赤菜がかわいいことはおれが一番よくわかってるから安心しろ~~」
一見うまくいきかけたこのフェロモン作戦であったが、青葉が赤菜を抱きしめて頬ずりしている間に、思わぬ展開となっていく。
『おおおっと!?赤組の選手の一人が、赤組鴎崎選手の所へ綱を運ぶ選手から次々と綱を奪っていくぞ!まさか仲間割れか!?』
「河童のやつ、暴挙に出たな!」
「うわぁ!……これじゃあ鴎崎君よりも河童の方がいっぱいの綱をゲットしちゃうよ」
青葉たちの所へ合流しようとしていた黒夜と茶乃も事態に気づくが、競技に参加していない彼らにはどうすることもできない。
「すぐに黄果の所に行って何とかしねえと……って、灰は?」
「えっ?さっきまで僕の後ろに…」
黄果のところへ行く歩みを早めようとするが、ついてきた居たはずの灰がいないことに気づき、茶乃が一人で探しに戻ることにする。
「見つけたら通信機で知らせるから、燕くんは先に鷲川さんの所に行ってて」
「分かりました!」
しかし二人が別れてすぐに灰がどこに行ってしまったかは分かった。
『うわーーーーwwwww赤組には真の勝者と真の敗者がおるんやなァ!』
今まで桃士のはきはきとした少し早口気味の実況が聞こえてきていたスピーカーから、行方不明になった灰の声が聞こえてくる。
『「飛びつき綱引き」真の名前は「知略で攻略!紳士のスポーツ飛びつき綱引き」』
「そんな名前だったのか?」
「灰のやつ、即興で適当なこと言ってるんだよ。ボクも初めて聞いた」
青葉たちに合流した黒夜が冷静に突っ込むが、灰はそのまま実況を続ける。
『男女混合で行えば女子が必ず不利になるこの競技。真の勝者たる漢は、人心を掌握し、一滴の血も流さずに綱を集めて見せるもんや!』
灰の適当な実況に、ほとんど全員の生徒が首をかしげていたが、河童だけは綱を集める動きを止めて実況を聞き入っている。
『つまり!この競技の勝者は綱をたくさん集めたもんやあらへん!最高の紳士やった男が勝者やねん!!』
「つ、綱を集めても勝てなぃいいいい!?」
ガーンと効果音が入りそうなぐらいの勢いで河童は綱を手放して地に手をついた。完全に灰の口車に乗せられているわけだが、これで河童は2敗。
(ぐぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅううう!負けっぱなしじゃ終われないんだぞぉ~)
連続で負けたぐらいであきらめるほど河童もかわいらしい性格はしていない。河童は続いて行われる借り人競争は先ほど走る系の競技で負けたばっかりだったので、一回見送り、次の棒倒しまでしばし身を隠した。
≪借り人競争には出ないみたいだねー≫
「了解」
黄果から河童が競技に参加しないらしいということを聞いて、黒夜は内心爆速シューズでもう顔がめくれずに済むとほっと胸をなでおろす。しかし、この借り人競争という競技の恐ろしさを彼はお題のカードをめくった瞬間思い知らされる。
「なっ……!これは……!」
黒夜はお題に沿って借りられる人物をたった一人しか思いつかなかった。
(これってあれだろ?あのー…ほら、何というか別名というか……)
しかし、このお題でその人物を連れていけば、黒夜の命はないものというのも確実だった。
しかしここで失格になると、すでにパン食い競争で失格になった黒夜は、出た競技すべてで失格になったことになってしまう。それはそれで彼はクラスに居づらくなる。なによりせっかくだから勝ちたい!
「……くそ!しょうがない!赤菜!来てくれ!!」
黒夜は今日の命よりも一着の栄光を選び、その人物、赤菜のことを呼んだ。何も知らない赤菜はトテテテと黒屋の所まで走っていき、二人は一緒にゴールする。
「黒ちゃん先輩、お題は何だったんですか?」
「………………」
『一番に来てくれたのは黄色組の燕選手!お題は……はいっ!「低脂肪乳」!OKですよ~』
「赤菜!許してくyrdfjhbrtyqdft!!」
桃士が黒夜の手からお題の紙を受け取って読み上げる。低脂肪乳=貧乳と理解した瞬間、赤菜が黒夜の首を無言で締め上げる。
(む、無言が怖い……!)
そのあと、黒夜は観覧席で鬼の形相となっている青葉にもシバキ倒されたのだが、この借り物競争の次の「移動玉入れ」には河童が参加するのが見えたので、黄果は黒夜と黒夜をシバく赤菜を放っておいて、出場する青葉と茶乃に作戦を決行するように連絡する。
≪この作戦は先輩たちの身体能力にかかってるところが多いので、よろしくお願いします≫
≪が、がんばるよ!≫
≪任せろ黄果!≫
『さぁ!午後の目玉の一つ、「RUN‼RUN‼玉入れ」。この競技では白組と黄色組、赤組と青組がチームを組んで勝負をします!チームワークで得点を勝ち取るのはどっちのチームだ―!?』
この移動玉入れでは、ボールをかごに入れるところまでは一緒なのだが、籠が一人の背中にくっついており、籠を背負った生徒は籠にボールが入らないようにグラウンド中を逃げ回るのだ。
普通の玉入れと違う籠の俊敏さがものをいうこの競技の、白組と黄色組の籠を背負うのは白組の茶乃であり、黄色組の青葉は、黄果特注の手袋をはめて、白と黄色の球を敵の赤組と青組の籠に狙いを定めている。
「フン!あんな生ッ白いやつの籠なんかいっぱいまで球を入れて動けなくしてやる!」
今度は赤組の生徒に化けた河童は茶乃が籠役なのを見て、陸上部らしくないひょろっとした茶乃にすっかり油断している。しかしこの河童の思惑はスタートの合図と同時に搔き消える。
パンッ
ビュッ!
スタートの銃声とともに茶乃は人のいないグラウンドの角まで全速力で走り出す。こう見えても優秀な短距離選手の茶乃はあっという間に河童の射程距離の外まで逃げる。
(さすがに早えな!おれも負けてられるか!!)
茶乃が見事に逃げ切ったのを見ると、青葉は地面に手を近づけて手袋のスイッチを入れた。途端に砂埃が舞い上がり、白と黄色のボールが青葉の手の方へ吸い寄せられていく。
「どぉぉおおりゃぁああッ!」
バスケットボール大まで集まったボールをひとまとめに掴むと、青葉は中学生とは思えない剛腕で籠めがけてボールを投げる。
『おおおーーー!早速白・黄組大量得点!まるで一つの大きなボールかのように集まったボールがかごに飛び込んだぞ!?』
実況の桃士の言う通り、青葉が手にはめているのは黄果特性「まとまるくんグローブ」。指先が強力な掃除機になっており、地面に散らばったボールをすぐさま集めると同時に、手のひらの部分から微細な接着剤が散布されており、ボールを投げやすいサイズまでまとめる。しかもこれは時間がたつと完全に分解されるので、あとは青葉の剛腕で籠めがけて投げるだけで大量得点となるわけだった。
しかし青葉が大量得点を次々と決めているうちに、茶乃は場内の角に追い詰められており、自慢の俊足でも逃げられなくなっていた。
「よっしゃ!こうなりゃこっちの勝ちだ!」
逃げ足の速さには驚いた河童だったが、茶乃を追い詰めて再び自分の勝利を確信する。
≪鶴森先、今です!!≫
「くぅらええええええええ!」
河童が手に持っていた大量の玉を茶乃に投げつける。球が投げられた瞬間、茶乃は両足をそろえて思いっきり地面を蹴った。
ぴよょよーーーん
『おおおおお!白・黄組の籠!跳んでいます!!自分を取り囲んでいた赤・青組の生徒の頭上を軽々と超えていきます!』
「うわわわわわわわわわわわわ!!」
ジャンプした茶乃自身も思わぬ跳躍に驚く。茶乃が履いているのは「一足飛びシューズ」という黄果の発明品であり、足をそろえてジャンプすることで5メートル越えという驚異のジャンプ力を発揮することができる代物であった。
「おっとっとっと」
もちろんこの靴を履いていれば着地もホバークラフトの要領で安全に着地することができる。着地した茶乃は再び敵チームの選手から逃げ回る。
「ただ、二つとも籠を正確に狙う剛腕と、跳ぶ以外に素早く動いて逃げるための俊足が必要だから、商品化は難しいんだけどね」
二人が無事に自分の発明品を使いこなして勝利した様子を探偵眼鏡(仮)で観察しながら黄果は呑気に独り言ちるが、河童は三連敗にすっかり動揺していた。
(さ、三回!?人間ごときに、俺様が三連敗……!?)
「ここで堪忍してくれるといいんだけど…」
河童が錫音のことをあきらめて帰ってくれれば一件落着なので、赤菜は遠くからショックで打ちひしがれている河童を祈る気持ちで観察する。
『さぁ!午後の競技も半分が終わりました!!続いての競技はコチラ!力自慢よ集まれパート①!「踏ん張れ!倒すな!棒倒し」力自慢たちが存分に力を出し合うこの競技、知略も大切ですが、なにより力が試されますよー!』
(まずい…)
「力!!」
そうだ!河童は今まで自分が一番得意な怪力を発揮する勝負に参加していなかったことに気づいてしまった。
「作戦ゾッコーだね」
河童が次の棒倒しに参加していくのを見て、これも想定の範囲内であった黄果は冷静に次の競技に出ている者へ連絡する。
≪灰、河童が君の敵チームで棒を倒す役だから。気合い入れてやってね≫
≪おっしゃ!!ついに直接河童をコテンパンにする時が来よったな!!≫
棒倒しの棒を支える役として参加する灰は、こっそりと棒の根元に仕掛けをする。
棒の周りで倒そうと構えていた生徒たちが、銃声と共に次々と棒に群がってくる。もちろんその中には河童もいたが、灰の支えた棒はなぜだかびくともしない。
「な、なんだよこの怪力!!」
いくら力を入れても棒がびくともしないので、河童は半狂乱で棒を揺さぶる。しかし、すでに棒に施された仕掛けによって棒は誰も支えなくとも自力で倒れなくなっていた。
「これは「巨木バンド」デース☆棒に装着すると一時的に地面に深く根を張って棒が倒れないように固定する特殊なバンド。これは実用化されてマース☆」
鷲川印で工事現場などで使われている技術は、ちょっとこばかし相撲が強い程度の河童が一人棒を倒そうとしても、びくともしない。灰は一生懸命棒を支えているふりをしながら内心ほくそ笑んだ。
「うううううううーーーー!!!たおれろぉぉぉおお!!」
河童もくるくるほっぺを真っ赤にしながら踏ん張るが、結局棒は倒れないまま競技時間は終了してしまった。
「あはははは!さっきの河童の憔悴した顔か!人間様に盾突くとこうなんねん!いいきみや」
姉と同じサディスティックに笑う灰が観覧席に戻ったとき、河童はすっかり魂が抜けたかのようにしょんぼりとしていた。
(そ、そんなぁ……人間ごときに俺が4回も負けるなんて……しかも力勝負で…このままじゃ俺が逆に尻子玉をとられちまう…!やっぱり、あの女にとられた尻子玉はあきらめるしかないのか…?!)
「ようやくあきらめてくれるか……結構粘ったな」
黄果たちと合流した鷺塚が河童の様子を観察しながら一安心と息をつく。黄果も含め他の全員がほっと胸をなでおろしたとき、さっきまでしゅんとしていた河童が突然どこかへ走り出した。
「なんだ!?」
「あ!鳩村さんの所に向かってる!!」
黒夜の指さす通り、河童はグラウンドの錫音のところへまっすぐ走って行く。
(もとはといえばあの女が俺から尻子玉を一つ奪ったせいなんだ!くぅぅぅううう!!)
負け続けてやけを起こした河童は競技もちゃんと確認せずにグラウンドにおかれた特設ステージに上がり、錫音の目の前に躍り出る。
「おい!俺と勝負しろ!!」
誰かに化けていない河童はお皿の頭に乗った河童丸出しの格好で、見物していた生徒たちは何事かとざわつく。
「勝負あったね」
河童が場外乱入してきたことも、4連敗してもあきらめなかったことも、黄果たちにとっては完全に想定外だったが、それでも赤菜と錫音の想定のど真ん中だということは代わりなかった。
『それではアームレスリング一本勝負!!』
桃士のかけごえでアームレスリング――腕相撲が始まる。
河童は自分が勝てると思った。
相手は自分の落とした尻子玉を拾ったとはいえ、相手は細腕の小娘だ。今までなぜか人間に負けてしまったが、腕とついているとはいえ相撲は自分の十八番、大得意だ。ただの人間に負けるわけがなかった。
『見合って見合って…はっけよーいのこった!』
グルンッ!!
しかし、勝負が始まった刹那、河童が敗北し、勢い余ってひっくり返っていた。
「………かぱ?」
河童は知らなかった。
錫音が己の落とした尻子玉を、今勝負につかった右腕に隠していたことを。
河童は完全に錫音との勝負に敗北し、もはや尻子玉を奪うことすらできなくなってしまった。
6
「鳩村さん、お疲れさま」
河童との勝負に勝利し、ついでに腕相撲大会で優勝した錫音のもとへ、赤菜がお祝いの言葉をかけに歩み寄る。
「赤菜ちゃん!ありがとう、赤菜ちゃんのおかげで私、河童との勝負に勝てたよ!」
優勝の興奮冷めやらぬ状態で、赤菜に錫音はお礼を言う。
「……でも、尻子玉をいっぱい持っている河童に、どうして私が勝てたんだろ?」
「たぶん、河童は無意識で手加減したんだよ。普通の女の子相手に怪力を発揮したらケガしちゃうから、河童はケガをさせないために自分でも気づかないうちに手加減したから、錫音ちゃんに負けたんだと思う」
「負けず嫌いな妖怪のくせに、変なの」
「河童が無害な妖怪に分類されるのは、もともと勝負は好きだけど女子供には手加減するような優しいところのある妖怪だからなんだよ」
言いながら、赤菜が勝負に負けた河童がどうなったのかに思いをはせていると、不意に錫音が赤菜の手を握り、ふんわりと微笑んで言った。
「河童を倒してくれてありがとう」
河童を最後に倒したのは鳩村さんだけどね。赤菜は内心そう思ったが、それは口に出さず、ただ一言「どういたしまして」と錫音の手を握り返した。
握手を終えると、錫音は自分の友人の所へ戻っていく。赤菜は彼女を見送りながら思った。
(…………………………………鳩村さん、下の名前なんだっけ?)
妖怪退治はできても、赤菜に友達ができる日は遠いようだ。
エピローグ
「おい、貴様」
「か、かぱ!?」
学校から逃げる河童を、一人の女が呼び止めた。
「貴様、見ない顔だが、誰の許可でうちの学校に入り込んでいたのだ」
「え、きょ、許可とかは……」
「不法侵入者か!!」
「!?!?」
「貴様、件の河童だな?私の出番がほとんどないのにずいぶん活躍してくれたそうじゃないか……その罪、ここで体で償ってもらうぞ!!」
「か、かぴゃあああああああああああああああ!!」
河童は、鴻空の手によって、やくざが野ざらしになる様を見るよりも遥かにひどいトラウマを植え付けられたのだった。
自分で言うのもなんですが、長い。河童の話はもっとちょちょちょいってかける予定でした。
途中、精神的に追い詰められて、部屋で踊りながら書きました。
デニッシュはとてもおいしいパンだと思います。
正直、空さんを競技に出さなかったのは正解だったとおもってます。彼女が出たら瞬時に話が終わっていたでしょう。
あと、黒夜が放送委員、桃士が保健体育委員になったことにしてください(切実)