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バトル on バカンス

長いよ!




 みなさんこの言葉をご存じだろうか?

 “主人公補正”

 かく言う燕黒夜も、この属性を持っていたのであった



1 ビーチバカンス



「黒夜……今日の占い1位、しかもラッキーアイテムまでもったお前に、おれたちのすべてを託す……!!」


「P○P!P○P!」


 夏休みのある日。女子からの声援を浴びながら、蛇のぬいぐるみを握りしめ、黒夜は運命のハンドルを回す。


「そりゃ!」


 コロン。出たのは銀色の玉。


「大当たりぃ〜」


 はっぴを着て、のんきにベルを振っている係のおじさんの前で、黒夜と、彼に可能性をかけていた青葉と黄果は崩れ落ちた。


「2等は、2泊3日の豪華ビーチバカンス、ペア4名様ご招待券〜〜!……ってあれ?」


 景品と書かれた包みを差し出しながら、夢やぶれて崩れ落ちた少年少女に、おじさんは首を傾げる。


「おれたちの一夏の挑戦がぁッ……!」


「さらばP○P……」


「すまない!俺がふがいないばっかりに……」


 なぜ福引き会場で3人が落胆しているかと言うのは、数日前に時間がさかのぼる。

 とあるお昼頃、そうめんをすすっていた黒屋の携帯に、青葉が電話をかけてきた。


『黒夜!モンハンやろうぜ!!』


「急に電話かけてきたかと思ったらなんだよ。赤菜でも誘えよ」


『赤菜は鉱石掘ってばっかで全然戦わないからだめなんだ!一緒にジンオ○ガ亜種を倒してくれ!!』


「………協力してやりたいのは山々だけど。俺じゃ無理だ。昨日P○P壊れて」


 ちょうど先日、なぜか△ボタンがきかなくなってしまい、黒夜のP○Pは修理に出している真っ最中なのである。


『ええー!』


「ソフトもメモリースティックもあるけど、本体がないから無理だ」


 青葉万事休す!

 桃士と装備の豪華さで競っていた青葉には、なんとしても必要だが、一人ではゲット出来ない素材があり、このままでは桃士に負けてしまう。


『ぐぬぬぬぬぬぬ……あ!』


 負けたくないが為に必死に考えた青葉は、奇跡的に、近所のデパートの福引きの景品がP○Pだったことを思い出した。


「そんなにうまく行かないだろ。というかなんで黄果まで来てるんだ」


「ボクは灰とどっちが勝つか賭をしていて、青葉姉に勝ってもらわなきゃ困るんだ!」


 そして数日後の今日。

 3人のうちで一番星座占いがよかった黒夜は、青葉と黄果が小遣いをあわせて蛇のぬいぐるみを買ったことで手に入れた福引きの券を握りしめ、ついでに蛇のぬいぐるみも握りしめ、福引きに挑んだのだった。


「へこんでたってしょうがないよな!せっかくだから、誰かもう一人誘ってビーチバカンスだ!!」


 涙を振り払って、炎天下でそう宣言する青葉。


「で、誰を誘うんだ?」


 とりあえず炎天下から涼しい喫茶店の中に移動した3人は、アイスを食べながら相談を始めた。


「黒夜、鴉里でも誘えよ」


「赤菜を誘えばいいんじゃないのか?あいつは教会主催のサマーキャンプに行ってるから、無理だ。灰はどうだ?たぶん部屋にこもってるから暇だぞ」


「赤菜はお祓いがあるから遊べないって言ってたよ。灰はお姉さんと旅行だって。黒夜クンの部長さんは?」


「ヘタレ部長も旅行だとか何とか……」


 めぼしい人物と予定が会わず、3人はうーんとうなる。


「……いっそ3人で行くか?」


 結局、黒夜のつぶやきで旅行のメンツは決定してしまった。



2 男の娘の何たるか



「結婚してくれ!」


 黒夜たちが旅行を計画する少し前、鴻家で即売会に参加する準備をしていた茶乃に、空はそう頭を下げた。


「ヤダ」


「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」


 当日使うテーブルクロスを確認しながら、茶乃は恋人の答えとは思えない速度で迷いなく即答する。届いた同人誌の確認をしていた空がムンクの叫びのような顔で絶叫する。


「WHY!」


「どうせ結婚したら未成年じゃなくなるから結婚したいんだろ!?一周回ってさすがだと思うよ!!」


 今度は釣り銭用の小銭を数えながら、茶乃は空の考えを読んでそう言い返した。


「私の事好きじゃないのか!?」


「好きどころか愛してますけど!?ゆくゆくは結婚しようと思ってるけど、それとこれとは話が違うでしょ!」


「喧嘩腰のプロポーズっすかー(棒読み)ほんま尊敬するっすわー(棒読み)」


 ガミガミといちゃつく姉たちをみて、売り上げ予想をしていた灰は、死んだ魚のような目でそう呆れ、手に持った持ち物リストを見ながら、リビングを占領している大量の持ち物が全部そろっているかを確かめる。


「確認できた?」


 子供たちが騒いでいるリビングに、これから足りない物の買い出しに行こうとしている灰と空の母が入ってきた。


「クロスと釣り銭は大丈夫です」


 質問に答える茶乃に、鴻母はにっこりと微笑む。


「鶴森くんありがとね。原稿もすごく手伝ってくれたんでしょ?それに売り子もしてくれるなんて」


「いえいえ、僕なんか非力で」


「母さん!茶乃はすごいんだ!1時間ほどGペンの使い方を教えただけで、集中線もスピード線も点描も出来るようになったんだ!!(使い勝手の)良い男だよ!!」


 空はうれしそうに茶乃のことを母に紹介するが、とても親に彼氏を紹介するトーンではなく、茶乃は照れくさいような呆れてしまうような気持ちになった。


「ガムテとスケブが足りんで」


 芯だけになったガムテープと、薄っぺらくなったスケブを手にした灰にそう指摘され、母はそれらを買いに家を出ていく。


「毎度のことやけど、ほんま即売会の準備は大変やわ」


「馬鹿言うな。準備は楽なもんだぞ?毎回原稿はもっともぉーっと大変だ」


 新刊4冊。それからオリジナルゲームと無配のペーパーとエロ団扇。

 〆切前には、空は学校でもプログラミングを打ち込み、茶乃も授業中に延々と消しゴムをかけさせられた。


(バレたらどうしようって、戦々恐々だったな……)


 なんとか〆切に間に合ったので、茶乃はどこかのんびりと振り返ったが、のんびりしてもいられない空気で空が彼に話しかける。


「………当日着る衣装、合わせちゃいたいんだが」


 お手製のメイド服を手に、空が茶乃ににじりよる。周りに物がいっぱいな状況で、茶乃は交代も出来ずに白旗を揚げた。


「今回はメイド服と触手だからな。さァメイド服を着ておくれ!プラトニック!!」


 同人誌に登場する茶乃(受け)のキャラ名で迫られ、一応下着が見えないような長さにしてあるスカート丈に、茶乃は衣装を持って部屋を去る。

 数十分後、なんとか自力で服を着た茶乃がリビングに戻ってきた。


「ホントにスースーだね!」


 ズボンと違って相当風通しのよいスカートに、紅潮した茶乃は裾を押さえて、恥ずかしそうにしている。


「おおーー。よう似合っとる!」


 女装は素人の灰でも、文化祭で自分たちが行った女装よりも遙かにクオリティーが高いのが一目で分かった。


「コンセプトにばっちりだ!ショタではないのに男の娘の何たるかを分かっている!!」


 予想以上の出来映えに、空は興奮気味で賞賛する。

 あえて疑乳を入れず、手の込んだ小物で華奢に見せるだけにして髪と眼鏡も普段通りの物を使った結果、茶乃はかなりかわいいメイドになっていた。


「後はメイクでいかにプラトニックにするかだな!」


「あ、あんな女の子みたいにはならないよ!」


 二人にほめられ、貶されるよりましだなとほっとしていた茶乃だったが、メイク道具片手に襲いかかろうとしている空に、胸の安堵が消し飛ぶ。


「当日は自分でしなきゃいけないから、それまでに習得させてやらぁあ!」


「アーーーー♂」


 楽しそう(?)に準備する姉たちに再三呆れつつ、灰は自分のお目当てのサークルの新譜をチェックするのだった。



3 神



 突然の手紙とは人を驚かせる物ではあったが、彼女はその処遇の方に頭を悩ませていた。


(ここここ駒鳥しか……いないよな……?!)


 鷺塚が一人で部屋にて手にしてるそれは、仕事の依頼と一緒に送られてきたペアの宿泊券。


(たたたたたぶん、アシスタントが一人ぐらいいると思って送ってくれているんだが、さっさっささっ誘っても)


 友達が変な腐女子しか居ない鷺塚は、そもそも友達と泊まりに行くなんて経験は皆無であり、平常心で居れるはずもない。


(いやいやいやいやいや!まだ駒鳥がOKしてくれるとも限らんし!!ととりあえずららLINE…)


 首をぶんぶん振りながら、鷺塚は自分ではほとんど書き込まない駒鳥とのLINEに書き込む。


『……日って暇ですか?』


 徐々に質問していく作戦で、鷺塚はそれだけメッセージを送る。


 ピロン♪


『暇だよ。何か用?』


(早い!!)


 鷺塚がLINEしてすぐ、まるで待っていたかのような速度で駒鳥から返答が返ってきて、鷺塚は即答を求められているように感じて無駄に焦りまくった。


『旅館に泊まろう』


 本当はもっと順序立てて説明するつもりだったにも関わらず、テンパった鷺塚はほとんど結論だけを駒鳥に伝える。送ってから数分、さすがに駒鳥も返信に窮したのか、しばらく鷺塚の携帯は静かにしていたが、突然電話の着信音が鳴り響いた。


「もももしもし」


『あ、もしもし俺だけど』


「駒鳥!」


『LINE見たんだけどさ、ちょっと話が唐突すぎるから、直接話した方が早いと思って』


「あ、ああ……すまない。返信が早くてびっくりしていたんだ」


 鷺塚は駒鳥に仕事で温泉旅館に招かれたことを説明し、一緒に行きたいことを伝える。


『もちろんいいよ!』


「じゃ、じゃあ細かい時間とかはLINEするな」


 何とか話がうまくまとまったので電話を切った駒鳥は、たなぼた的な素敵なお誘いに、部屋で一人大喜びをしていた。


(お泊まりデートだーー!ていうか二人きりだーー!!)

 先日のデートは結局4人でただ遊んだだけのようになっていたので、駒鳥は二人きりでのデート、それも泊まりなので、テンションは天井知らずに上がりまくっている。

 自室で駒鳥が妄想に次ぐ妄想を巡らせていると、不意に携帯が鴎崎からの着信を告げた。


「もしもし♪」


『もし……って、ちょっとキモいぐらい浮かれてるな。部活の大会についてなんだけど』


 普段よりもだいぶトーンの高い駒鳥の声に、電話越しの鴎崎は携帯の調子が悪いのかなぐらいにとらえ、部活の連絡をしていく。


「了解、じゃあそれはこっちでまとめとくから」


『決まったら連絡くれ。あ、おれ旅行行くから、その期間連絡つかんかもしれん』


 鴎崎から旅行の日程を聞いて、駒鳥はそこはかとなく嫌な予感に襲われた。


(………旅の安全…祈願しに行こ)


 そして彼が炎天下を近所の神社まで自転車をとばしていた頃、鷺塚は家の地下室で怪しげな魔法陣の前にたっている。

 最近は霊能力の仕事の時の制服にしている、あの不良じみた格好に身を包み、彼女は自らの血と涙を振りかけた魔法陣に手をかざし、呪文を唱える。


「汝、清き乙女の血潮に応じ、鼎を定め天源を降れ」


 すると呪文によって魔法陣から真っ赤な鳳凰が飛び出し、鷺塚はそれをかざした手で握りつぶした。握りつぶされてことによって霧状になった鳳凰は、鷺塚の手の周りを数回旋回した後、彼女がいくつか持っていたギニョールたちと同じようなギニョールになった。

 魔法陣を用いて式神を呼び出した彼女は、それを他のギニョールたちと同じようにベルトにひっかけ、もう一体呼び出そうと呪文を唱え始める。


(………そんな大事にはならないだろうけど……。せっかくのデートだもん。備えあれば憂いなしだ…)


 交通事故に遭ったときに、ギニョールとなっている式神の大半を失った鷺塚だったが、数日かけて呼び出した結果、数も元に戻り仕事にもなんら支障はなくなっていた。


(まぁ最悪の場合、こんな下級式神では、対処しきれないがな……)


 予想される最悪の事態を想定し、先ほどまで輝いていた鷺塚の瞳が暗く沈む。


「神を封じるなんて、私には不可能だ」



4 全然たるんどらん!



 早朝7時30分。

 電車に揺られながら、茶乃は未知の世界に向かおうとしていた。

 改札を抜けてすぐのコンビニに、見知った顔が待っている。


「お待たせ。二人とも早いね」


「上出来だな!さあ!設営に向かうぞ!!」


 先に来ていた灰と空は、茶乃を引き連れ即売会会場へ入っていく。

 地図に従って三人が自分たちのブースに向かうと、そこはシャッターのすぐそばの壁際だった。


「壁際しかもシャッター前や。我が姉ながらさすがや…」


 学生にして超人気サークル『ブルーヴァード』の空は、即売会でシャッター前からはずれたことのない強者だった。


「他のブースよりも広いね!」


 素人の茶乃は、壁際シャッター前の意味などつゆ知らず、ただ他よりも広いブースに喜んでいる。


「そろそろ印刷所が本を持ってくる。茶乃と灰は先に着替えてこい」


「……もう着替えるの?」


 例のメイド服を渡され、茶乃は嫌そうに顔をしかめるが、化粧の仕方まで教えこんで、空がコスプレを諦めるわけもなく、無言の圧力に負けて茶乃はメイド服を着させられる。


「空!」


「おっ!遅いぞ翠」


 二人が更衣室に向かってすぐ、台車を押したバーテン姿の金髪の鷺塚が現れた。


「あともう少し運んでくるが、多いぞ!いくら何でも!!」


「さすがヤンキーみたいな格好をしていただけあって、完全に池袋最強だなwww」


 空の指示で色の薄いサングラスまでかけた鷺塚は、本物の池袋最強のように大量の段ボールを一気に運んでくると、そのままブースの準備に手を貸す。


「持つべき友は、印刷所の親戚を持つ友だな!」


「……毎度毎度売り子も手伝ってやってるが、男装は胸が苦しい」


「毎回大量に注文してやってるんだ!それぐらいこらえろ!……さて。私も着替えに行くとするかな」


 点検とかは頼んだぞー。と空が自分も更衣室に向かおうとすると、向こうの方からざわめきが近づいてくる。どうやら誰かがこちらへ場をざわめかせながら歩いてくるようであった。


「ざわざわ……メイドぷめぇ……!」


「ざわざわ……リアル男の娘……!」


「ざわざわ……眼鏡っ娘マジ尊し……!」


「ざわざわ……絶対領域プライスレス……!」


 ささやきの内容から、空はなんなく誰があちらから歩いてくるのかを察し、彼らがこちらを来るまで更衣室に行くのを待つ。


「なんかすっごいひそひそ言われて、遠巻きに眺め回されたよぉおお!!」


 普段は味わわない他人からの視線に、半泣きで帰ってきた茶乃は、空に抱きつきながらその場にヘたり込んだ。


「戻ったでー。なぁ、鶴森先輩は撮影会場連れてかん方がええで?売り子で相当消耗するやろし」


 茶乃と同じくコスプレしてきた灰が、茶乃を見かねて姉に苦言を呈する。


「そうだな。さすがに撮られるのまでは訓練できてないもんな。というか灰、関西弁禁止だって言わなかったか?ええ?」


 真っ赤なウィッグにいつもとは違う赤と黄色のカラコン。それから水色と白のジャージとユニホームに身を包んだ灰を、空はエンペラーアイの使い手は関西弁じゃねえんだよと折檻した後、自分もコスプレしに行き、風のような早さで着替えて戻ってきた。


「ナイトフィーバァー!!!」


 ピンク色の長髪とグラマラスな体が魅力の歌姫に化けた空は小道具のタコとマイクを片手に、隣近所のサークルに挨拶へ行く。


「さぁ!あとは開戦を待つのみだ!!」


 茶乃の座っている隣のパイプ椅子に腰掛け、空は開場を今か今かと待ち構える。


「鶴森、私は後ろで品出ししてるから、接客が辛くなったら代わるからな」


「う、うん。ありがとう鷺塚さん」


 そしてついに即売会が始まった。


「これとこれとこれとあとゲームも」


「全部で3100円です☆はい900円のお釣り♪」


「新刊4冊と旧作を一個ください」


「計3200円まいどありー!300円のお釣りや」


「新刊2冊と新作のゲーム」


「えっ、あっ、新刊が700円が2冊と、ゲームが1000円でに2400円なので2600円のお釣りです!!」


 開場と同時に『ブルーヴァード』には人が殺到し、外まですさまじい数の長蛇の列をなした。


(ぼぼ僕をモデルにしたエロ同人が飛ぶように売れていく……!!)


 レジの忙しさもさながら、茶乃は自分が背景などを手伝った、しかも自分をモデルにした同人を大人のお姉さまがどんどん買っていくのに驚きを隠しきれない。

 ちなみに未体験すぎる状況にテンパっている茶乃が何とか客を回せているのも、無言で鷺塚が的確に商品を補充していくからであり、やはり空の友達なのでただ者ではなかった。


「2500円でーす。あ、写真は後で撮影許可された所でお願いしますねー?」


 驚異的な計算能力でレジをしながら、空はカメラ小僧も牽制していく。

 2時間程すると、やっと列も数人に収まり、同人誌もゲームも新作旧作共にほとんど売り切れていた。


「……あれだけ刷ったのに、もうほぼない…!」


 茶乃はほとんど空っぽになった段ボールたちを眺め、汗を拭いながら目を丸くする。


「ふう、ひとまずひと段落だ。あとは私が見ておくから、3人とも回ってきたらどうだ?」


 バーテン服の鷺塚にそう言われ、空はキョロキョロと辺りを見回す。すると何かを見つけたらしく、それに手を振ると、空は鷺塚の申し出をありがたく受け入れる。


「さて、売れ行きも上々。ともすればレッツゴー☆」


「ええ、でも店番」


 鷺塚さんが一人じゃ大変だよと、茶乃が二の足を踏んでいたら、先ほど空が何か見つけた方向から聞き覚えのある声がかけられた。


「空〜。灰〜」


 見れば、鴻兄弟の母親が大きな紙袋を持ってこちらに歩いてきている。


「あら、鶴森君と鷺塚さん、朝早くからお疲れさま」


 どうやら4人の少年少女が売り子をしている間、彼女はサークルを回って少年少女のリクエストの買い物をしてきたようだ。


「いえいえ、お買い物お疲れさまでした」


 メイド服なので全然きまってないが、茶乃は礼儀正しく鴻母に頭を下げる。


「おお、君が鶴森茶乃君か。いつも娘が世話になっているよ」


 鴻母の陰から男性の声が茶乃に話しかけた。どうやら鴻父もサークル巡りをしていたらしく、茶乃はこちらにもいつも空さんと灰くんに仲良くさせてもらってますと言いかけたが、その容貌に固まる。


(リアル真○だーー!ラケットまで持ってるよ!!)


「いやー。みんな手慣れたもんだなー。全然たるんどらん!」


 ふつうの格好をした鴻母とは対照的に、ラケット片手に風林火山を使いこなす老け顔の中学生のコスプレをした鴻父を見て、茶乃はそのクオリティーに絶句した。


「母さん俺の新譜はー?」


「ニセニセ堂の82※買えたか?」※テニプリの柳生×仁王のCPの事


「頼まれたのはだいたい買ってきたわよ」


 状況についていけない茶乃を置き去りにし、空と灰は自分の欲しい物がどうなったかについて尋ねる。


「今回も買い物係はお母さんとお父さんだったんですね」


 鴻両親に鷺塚も挨拶し、店番の説明をしていく。


「ところで翠ちゃん、私たち今年もどこの本も買うの頼まれてないけど、見て回らなくていいの?」


「いえ、結構です」


 店の前に座った鴻両親はそう気遣わしげに鷺塚に尋ねるが、全くオタクではない鷺塚はきっぱり断り、鴻兄弟と茶乃にさっさと行けという風に手を振った。やはり空の友人でありつつオタクでない鷺塚はただ者ではない。


「翠、コスプレ会場にそのまま行くからお前も来い。他の印刷の調査でもしてろ」


「………そうだな。分かった」


 しかし鷺塚もコスプレをしてしまっていたので、空によって連行されていく。


「さて、とりあえず壁サーでも行くか」


 こうして4人はハイクオリティーコスプレ姿でサークルを見て回っていく。


「こうしてみると、絵が上手な人って大勢いるんだね」


「そんなこともないんっすよ、ポスターとか表紙のカラーは相当ごまかせるんで上手やけど、いざ中身の白黒はぐっちゃぐちゃなんて人も大勢おるんす」


「だいたい、女性向けとかの多くは背景がロストするのもざらだから、お前のように集中線とスピード線と点描ができる奴が全員ってわけじゃない」


 格好はともかく、初めてくる即売会を、茶乃はそこそこ楽しみながら回る。


「やっぱり、弱○ダは東巻か荒坂か巻坂が多いな。デュ○ララ!は安定のシズイザとイザシズ。最近はこのシュチュが流行か」


「がくぽコスも案外多いんやな。やっぱ新曲ミリオンの影響か……ヤバッ!今のミクたん神がかっとった!」


「このトーンの印刷良いなぁ。デジタルかな?モアレも全然ないや。ベタも均一だし、これって墨かなぁ?」


「表紙が彩雲紙で中は上白……。浮き出しのラメ加工が表紙と裏表紙で、カラーが最初10Pなんて事もできるのか…。ステイプラーだからオンデマンド印刷はやはり少数で生きるな」


 台詞の通り、空は腐女子&作者目線、灰はボカロ厨目線、茶乃はアシスタント目線、鷺塚は印刷者目線でそれぞれ即売会を満喫していた。


「ねえ空、このトーンとベタって……あれ?」


 それぞれが自分の感性に従って感想を言い合っていたら、不意に茶乃の隣から空が姿を消している。


(あれれ??はぐれちゃったのかなぁ…?)


 どうやら茶乃が立ち止まっている間に他の3人に置き去りにされたらしく、茶乃はキョロキョロと人混みの中連れの姿を探す。


(あ、空は居た!)


 一番最初に見つかったのはルカコスをした空の姿で、茶乃はすぐさま駆け寄ろうとした。


「空、他の二人って」


「全く持ってナンセンスだな!!」


 体の向きを変えながら茶乃が空に呼びかけようとしたとき、空が誰かに向かって笑いながらそう大声で告げる。

 よく見れば、空の目の前には茶乃が色めきたってしまうような人物が立っていた。



5 気がかり



 燦々と降り注ぐ太陽。

 波音が耳に涼しく、ビーチの程良い人口密度が胸をわくわくさせる。


「このビーチの広さで、そして人の入りの中、知り合いに出会うとは。主人公補正も馬鹿にできませんな」


「違う!これは作者のご都合主義だ!!」


 俗世から離れ、甘美な夏の思い出をーーー。

 のはずだったのに、黒夜、青葉、黄果の目の前には、なぜか赤菜、鴎崎、そして彼らの隣には駒鳥、鷺塚が立っている。

 どうしてこの3組がこうして一堂に会しているかといえば、黄果につっこみを入れている黒夜と青葉の3人は、福引きで旅券を当てたので、旅館からほど近いこのビーチで遊んでおり、駒鳥と鷺塚は、鷺塚が仕事を依頼された現場が近くなので、怪異の力が弱まる昼間は海で遊ぼうということになっていた。


「で、なんで部長と赤菜まで居るんですか?」


「私としーくんも鷺塚さんと同じで、近くのホテルからお払いを頼まれたから昼間は遊んでいるんです」


 赤菜が黒夜の質問に答えると、その隣に立っている鴎崎に、他の全員の視線が集まる。


「……………ん?」


 鴎崎紫音→しーくんという変換を、全員あたまではりかいできても、二人の関係性については理解できていない5人は、渋い顔をして首を傾げた。


「あーちゃん、どことなく犯罪臭がするけど」


「しーくんとは幼なじみで、別におぅちゃんが期待してるようなillegalな関係じゃないよ」


 全員の心の内を代弁するかのように黄果が赤菜にそう指摘するが、赤菜はどこ吹く風で早く泳ぎたそうに海の方をちらちら見ている。


「幼なじみだし、俺と赤菜は」


「やあやあそこにいるのは翠に青葉に黄果に駒鳥に鴎崎に燕くんに赤菜ちゃんじゃないか!」


 鴎崎が補足しようと口を開くが、見事に彼らの後方から歩いてきた早口な大声にかき消される。


「よう噛まんなぁ」


「みんな、こんな所で会うなんて奇遇だね」


 早口にまくし立てた空の後ろから、大荷物を抱えた灰と茶乃がついてくる。


「ハハッ、3人も来てたのカー。ホント、奇遇だよなー」


「副部長、目ぇ笑っとりまへんで」


 デートがことごとくブッ壊されて、目が笑っていない駒鳥に灰がつっこみを入れていると、青葉が空に旅行かと訪ねる。


「実は、即売会でーーー」


 3人がここにいるのは、先日の即売会での出来事に起因している。

 時間はさかのぼって、空たちとはぐれた茶乃が空を見つけたものの、空と話している人物を見て色めきたった直後。


(空と話してる人……すごいイケメンだ……!)


 空の目の前には、マンガの中からでてきたようなイケメンが立っており、茶乃から見たら空に好意的に話しかけているように見えた。


(イケメンで、しかもいかにも空が好きそうな男の人(攻め)だ…!)


 そう考えると、茶乃は彼氏らしく、自分の彼女に好意的に話しかける=ナンパをやめさせようと二人の方へ一歩踏み出す。


 ぐきっ

 コケッ


「ぎゃああ!」


 しかし、一歩踏み出したところでヒール靴が地面の溝に引っかかってあえなく転倒する茶乃。


「だから、話にならんと言っている」


 茶乃がヒールをはずそうとじたばたとしている間に、空が突然男に向かって険のある声を出した。


「だいたい、ブルーヴァードがシャッター前サークルだと知っていて私に声をかけたのか?だとしたらあまりにも浅はかだ。自分のサークルを大きくしたいのは分かるが、clear☆moonと同レベルのうちに声をかけるなんて、余りにもブルーヴァードを見下し過ぎだ。もし仮にうちがシャッター前サークルと知らなかったとしても、それは私自身を安く見すぎだな。そちらがうちはシャッター前と言っても時には壁から外れるからという理由で格下に見たのだとすれば、純粋に売り上げを比較すればいい。どちらが規模の大きいサークルかは一目瞭然だ。それに、うちはお抱えの印刷所があるんでね。あなた方のサークルに入ったってそちらもうちの印刷所を使えるように便宜をはかってもらえるだけで、こちらには何の利益もないのさ。そもそもブルーヴァードとclear☆moonではジャンルもファン層もかけ離れてるだろう。まぁ、そちらも新しいファン層の獲得が目的でうちのファンを狙って居るんだろうが、あんたらの所ファンはうちのみたいな作品は嫌いだろうから、すぐさまうちのアンチになるだろうな。そうしてうちをつぶすのが目的なら、いっそネットでうちを叩いた方が効率的じゃないのか?」


 コスプレ姿という事よりも、口の悪さよりも、茶乃とイケメンを含む周りの誰もが長すぎる空の言葉に絶句した。

 しかし空はそんなこと気にせず、イケメンにとどめを刺す。


「長々と話したが、貴様私を誘うからには、私の為に×××で××××をして××××が××××××な××××××を出来るんだろうな?」


(こ、こ、こ、公衆の面前で、な、な、な、な、な、な、な、なんて事言うんだよぉぉおおお)


 深夜でも放送できないような単語で構成された台詞を吐き捨て、空はきびすを返した。


「く、空!そんな言葉を人がいっぱい居るところで言うなよ!」


 人混みに紛れてしまいそうな空に、動けない茶乃は引き止める意味も込めて叫ぶが、寄ってきたのは空の代わりに息が荒いオタクどもだった。


「ハァハァ……君、かわいいね」


「ハァハァ……そのメイド服、手作り?よくできてるねぇ…」


「ハァハァ……細部にもこだわってるじゃん。ちょっとよく見せてよ」


 茶乃は生まれて初めて男に迫られる恐怖を味わい、ヒィイイイといつも通りの情けない悲鳴を上げる。

 この悲鳴には空も気がつき、すぐさま茶乃の方へ走る。

「茶乃!」


「あ、あの!ブルーヴァードの人ですよね?」


 しかしまるで空が茶乃の元へと行くのを阻むかのように女性が彼女の腕をつかみ、そう質問した。


「……私は今恋人を助けなくてはならんのだ。これ以上私を怒らせないでくれ」


 静かに殺気をたぎらせながら、空は女性の腕を振り払って茶乃の周りに群がる男どもに告げる。


「貴様ら。いつもだったら、その男に指一本で触れたら、地獄に堕ちた方が幸せな目に遭わすぞ。と言うところだが、あいにく私は機嫌が悪いのでな。嫌らしい目つきでその男を視姦した貴様らには塵と化してもらうぞ!」


 こうして、数名のオタクたちが闇に葬り去られて事はおいといて、はぐれていた二人も合流してひと段落したとき、先ほど空が腕を振り払った女性が声をかけてきた。


「あ、あの…」


「ん?ああ、先ほど乱暴をしてしまったご婦人か。先ほどはすまなかった」


 茶乃が無事だったと知ってすっかり機嫌が直った空は女性にそう謝り、女性は思わぬ提案を彼らに持ちかけたのであった。


「と、いうわけで、その女将が是非取材にくるように俺らを旅館に誘うたって訳っすわ」


「説明がめんどくさいところは全部はしょった!!」


「黒夜、あんまりめんどくさいこと言うな。作者はまだこの話のオチも思いついていないんだ」


 灰(と作者)に鋭いつっこみを入れた黒夜を青葉がたしなめた所で、ともかくせっかく来たのだからとりあえず水着に着替えて海を満喫しようと言うことになる。


「………まぁ、こうなることは分かってはいたけどな」


 着替えをすませた駒鳥が、パラソルを担いで悲しげにつぶやいた。なぜ彼が悲しんでいるかと言えば、先に着替え終わった連中で日陰を作ろうとしていたのだが、当たり前のように男が全員早く着替え終わってでてきたからである。


「女子は、日焼け止めとかいろいろ塗らなきゃいけないからな!ちなみに俺も塗ったけど」


「イケメンは黙ってろ鴎崎。だいたい競泳水着とかイケメンかコラァ!」


 ただでさえ彼女とのデートを(ryで不機嫌な駒鳥は、鴎崎どころか鴎崎の水着にまで当たり散らしながらも、てきぱきとパラソルを立てて日陰を作った。


「わー、海〜♪」


「おお!もうパラソルが立っているよ青葉姉!」


「おい黄果、せっかくの海なんだからちょっとは泳げよ

?」


 男子がパラソルなどのセッティングをちょうど終えた時、女子たちが続々と水着姿で現れる。

 浮き輪と水泳帽を装備した赤菜はスクール水着で海にダイブ。名前とお揃いの青いビキニにパーカーを羽織った青葉は、こちらも名前とお揃いの黄色のセパレート水着であり、ビキニ比べると胸元にあしらわれてフリルが幾分子供っぽい。しかし黄果はせっかくの水着にも関わらず、縁の広い麦わら帽子にパーカーをきっちり着込んでサングラスまでして泳ぎ気などさらさら無いと言った風の出で立ちだ。


「海は久々だな」


「おお!裸の男どもがうじゃうじゃ居る!!なんて官能的な世界なんだ!!」


 黄果と同じくセパレート水着の鷺塚だが、こちらは上がビキニ風であり、下は短パンのようなデザインで、いつも腰に下げているギニョールがぶら下がっているベルトもきっちり巻かれている。そして水着の男たちに萌えあがっている空は、青葉よりもだいぶ攻めたデザインの白ビキニで、周りの見知らぬ男たちも思わず振り返って見ていた。


「似合ってるぞ!」


 福引きで旅券を当てた直後、3人で水着を買いに行ったにも関わらず、黒夜をのけ者にして女子二人で長い時間延々と選んでいたので、内心楽しみにしていた黒夜は、素直に青葉のビキニを賞賛する。


「じろじろ見てんじゃねえよ!」


 ほめられた照れ隠しに黒夜をどついている青葉の隣で、灰が黄果の水着に感心した声を上げた。


「未発達な胸をフリルによってごまかすとは……さすがやけど、自分泳ぐ気ないやろ」


「このくそ暑い中、塩水に浸かりたくない」


 ちなみに黄果に指摘した灰も、美少女がプリントされた痛い水着を履いているが、パラソルの下でPCを開こうとしているあたり、泳ぐ気はさらさら無いらしい。


「日差しが強いから、焼けそうだな」


「……鷺塚、意外と大胆な水着だな」


 冷静に、日焼け止めは流れるよな、と考えている鷺塚をみて、駒鳥は自分の彼女が美少女だったことを思いだしてドギマギした。ビキニではないにしろ、上は谷間が出来るようなビキニタイプで、しかし下は短パン風であり、そこにいつものベルトをつけているあたりが、普段とのギャップとなって、かなりぐっとくる。


「ああぁ……裸体の男どもと同じぐらい裸体の女どももうじゃうじゃ居る………全員男だったらいいのに」


「地獄みたいな事言わないでよ」


 首から防水仕様に黄果が改造した一眼レフを下げ、入念に準備運動をしながらげんなりしている空を、茶乃は同じく準備運動をしながらたしなめた。


「しょうがない。とりあえず、ドギマギしている駒鳥でも撮影しとくか」


「盗撮するなよ!」


 一度駒鳥と鷺塚が別れた原因が自分たちにもあるので、密かに罪悪感を感じていた茶乃は、全然気にせず二人をBL漫画のネタにしようとしている空のカメラのレンズを手のひらで隠す。


「隙あり!」


「んぶ!」


 しかしこれは空の陽動であり、自分の前にでてきた茶乃の顔を空は自分の谷間に押しつけた。


「こら!お色気で誤魔化そうとしたって無駄だよ!」


「なにっ!?」


 鼻血を吹いて倒れるなどのリアクションを期待していた空は、予想に反し茶乃が冷静に自分をたしなめたのを受けて、驚いてものすごく変な顔をする。


「おいおい、ナンセンスだぞ?巨乳にパフパフされてその反応かぁ?」


「……そんなせりふ公共の場所で言わないでよ。彼氏的には複雑なんだけど」


 不満げな空と困り顔の茶乃の側で、鴎崎は赤菜に呼ばれて浮き輪を引っ張りに行っていた。


「……部長と赤菜は、完全に兄弟か親子だな」


「赤菜、まだ泳げなかったのか」


 その様子を見ながらビーチボールを膨らませた青葉と黒夜は、ビーチバレーをやらないかと鴎崎に声をかける。


「いいぞ。せっかくだから駒鳥たちも誘えよ」


 鴎崎の提案に従い、4人で駒鳥と鷺塚の姿を探すが、そこそこ身長の高い彼が見つからない。


「副部長、何してはるんっすか?」


 ちなみにこのとき、駒鳥と鷺塚はパラソルのすぐ側の砂浜にうずくまり、ひたすら砂をいじくり回していた。


「貝殻を拾ってるんだ」


「なんでまた?」


 手に持ったビニール袋に貝殻を集めつつ、駒鳥がぼそりと答えると、質問した灰に鷺塚が補足説明をする。


「貝殻は魔除けになるんだ。身につけていれば、多少霊的なものは遠ざかるし、妖怪には攻撃手段としても有効だ」


「攻撃手段っちゅうと、呪文とかでって事っすか?」


 厨二病少年・灰は魔除けやら攻撃手段という単語に敏感に反応する。


「いや、投げつけるんだ。貝は当たると痛いだろ?」


(衝撃の物理攻撃!!!)


 厨二の想像があえなくぶっ壊され、灰はがっかりしながらパラソルの下へ戻り、例のディスクを取り出した。


「なんだ?それ」


「姉貴が作ったエロゲ」


「おお!さすが部長。ゲームまで作っちゃったのか。しかもエロゲ」


 PCで読み込みながら臆面もなく言い放った灰のPCをのぞき込みつつ、黄果はあの部長なら何でもありだから、と別段驚くこともなくゲームが始まるのを待つ。


「あ、せやけど未成年用にそういうシーンはカットしてあるらしい」


「さすが部長。そんな妙なところで発揮される倫理観」


 そんな事を言い合いながら、手慣れた操作で灰がニューゲームを押すと、住宅街らしきイラストが現れ、靴音ともに主人公の説明が流れる。



ありふれた住宅街。

俺・【自主規制】三世は目的地に向かって歩みを進める。



「ちょっwwww」


 始まった瞬間、灰と黄果は主人公の名前にすでにやられた。


「自主規制てwwwしかも三世wwwww」


「ひどいwwww何?王族?」


 オープニングですでに腹筋崩壊を余儀なくされた二人だったが、そこはオタクと科学者。めげずに続きを見る。



しかし突然男がぶつかってくる


【自首規制】三世

「いってぇ…」


【自首規制】四世

「てめえ!どこ見て歩いてやが【 自 首 規 制 】」



「えwww自分との出会いwww」


「違うよwwww四世だから息子wwww」


「柄が悪いぃwwwwwてか台詞wwwww」


「規制が遅いwwwwほぼ隠れてないwwww」


 さすが空のゲーム。腹筋に笑いのコンボをたたき込んでくる。

 しかし次の場面に進んだ瞬間、二人は想像を絶した展開にのたうち回る羽目となる。



タツノオトシゴ222世

「君との旅も、ここで終わりのようだね……さようなら」





BADEND(3つ前の選択肢からやり直してごらんよ)



「問答無用でバッドエンドぉぉぉぉ!!」


「ひ……ひどいwwwww選択肢は全部R18ってこと!?さすが部長!!」


 灰と黄果がつっこみが追いつかないゲームに苦しめられている間に、自由に使えるバレーコートにて、黒夜と青葉たちは鴎崎たち7人でバレーを始めようとしていた。


「じゃあ、審判は私、鴻空。チーム分けはチーム・ジミーズが駒鳥と黒夜と鷺塚。チーム・ヘタレが鴎崎と赤菜と青葉な!」


「地味言うな!」


(ヘタレは事実だから何も言えない…)


 地味な駒鳥が空の命名に文句を付ける。

 実力が拮抗するように考えられたチーム(空は破壊神なので出場停止)だったので、それ以上文句は出ず、試合が始まった。


「燕、とりあえず鴎崎の顔を狙っていけ!それが一番勝算が高い!」


「駒鳥ぃ!!」


 駒鳥は敵に最もダメージを与えようと、イケメン(笑)を集中攻撃する。


「黒夜!本気でこないと、痛い目見るからな!」


 逆に青葉はチームの中で一番身体能力の低い黒夜を集中的に狙い撃つ。その間、友達でバレーボールなんて経験のない鷺塚は、本気を出すことも完全に手を抜くこともできず、赤菜に生ぬるいボールを打った。


(お!来た!)


 山形に飛んでいったボールに、赤菜はねらいを定めて打ち返そうと構える。


「よっと」


 ポンッ


「!」


 しかし、少し鴎崎よりに飛んできたボールは、見事に鴎崎に打ち返され、赤菜の表情が珍しく驚きで固定される。


「でりゃ!」


 ポンッ


「へへ!甘いぞ黒夜!!」


 バシッ!


 次に、青葉のアタックを防いだ黒夜のボールがまたしても赤菜の方へ飛んでいくが、赤菜が構えていても今度は青葉よりのボールだったので青葉が見事なアタックで返した。


「鴎崎、と見せかけて鳶谷ちゃん!」


(来たっ!)


「させるか!」


 ポンッ


(しまった!またたわしちゃんの方へボールがッ!)


(また来たっ!)


「おっと!赤菜が危ねえ」


 バシッ!


 こんな感じで、3対3の試合のはずなのに、赤菜はほとんどボールにさわれず周りばかりが盛り上がっていく。


「うわぁ!また青葉の強烈なアタックがぁ!」


(またまた来たっ!今度こそ!!)


「燕!甘いぞ!」


 ポーン


「チェーーーーーンジ!!!!」


 ついに赤菜がチームを変えてくれと抗議した。


「自分がしてる感じがしない!これじゃあ臨場感のあるただの観戦だよ!!」


 プンプン怒っている赤菜に、薄々感づいていた駒鳥は鴎崎を肘で小突く。

 結局、黒夜と赤菜が交代して試合は続行し、頃合いを見て、鴎崎は審判に点差を尋ねる。


「ん?さあ、数えてなかった」


 しかし、空は審判の椅子に座っているだけで、一眼片手にぼんやりと男の裸を撮影しており、試合をしていた全員がええーー!と抗議の声を上げた。


「私は審判であって得点板じゃないぞ!得点を数えてほしいなら、茶乃にでも頼めばいいだろう」


 案の定空は悪びれずにそう提案し、それから、ん?と首を傾げる。


「……茶乃の奴、どこへ行ったんだ?」


 審判席はだいぶ高くなっており、ビーチ全体を見渡せたが、空の視力を持ってしても、茶乃の姿を見つけることはできなかった。


「まさか、人知れず水死体にでもなってないだろうな」


 縁起でもないことを言いながら、空は審判席を降りると、海の中に入っていき、沖の方までくまなく目をやる。


「茶乃ーーー!」


「何?」


「うわっ!………何してるんだ?」


 名前を呼ぶやいなや、すぐ近くの海中からぴょんと茶乃が出てきた。さすがの空も茶乃の奇行に眉をひそめる。


「ちょっと潜ってた」


「そんなことは見ればわかる!どうして潜っていたんだ」


「……んー」


 質問の答えを言い淀む茶乃。その視線の泳ぎ方を見て、空はこの男の魂胆を見抜いた。


「そうか、これでお前のナンセンスな反応の理由もわかった」


 審判をしていた時はぼんやりとしていた空だったが、茶乃が自分の巨乳に靡かなかった理由が思い当たると、急に元気を取り戻し、不意に茶乃の手を自分の足に持っていく。


「お前、私の脚に惚れてたんだな。水中で女どもの脚を眺め回すとは彼女が居るのに大層な身分だな!!」


「ギ、ギクリッ……」


 肯定する代わりに顔を真っ赤にして沈んでいく茶乃を見つつ、空はワハハハ!と愉快そうに笑いながら襲いかかる。


(さすがは鴻の彼氏、って言うべきなのかな)


 再び赤菜に浮き輪を引かされつつ、鴎崎はその様子を横目で見て苦笑する。


「よっしゃ!黒夜、向こうの浮きまで競争しよう!バレーの決着をつけるんだ!」


「おうよ!」


 その隣では、駒鳥と鷺塚が抜けたのでバレーが中断されたので、その決着をつけるために黒夜と青葉が遊泳禁止ラインを示す浮きまで競争しようとしていた。


「しーくんも!いざ!!」


「ええ?赤菜を引っ張ってか??」


「早くしないと差が開いちゃうよ!!」


 赤菜命令で鴎崎も飛び入り参加することとなり、彼は赤菜の浮き輪を引っ張りながら青葉と黒夜を後ろから追いかける。

 遊泳ラインの浮きまでは意外と遠く、結局4人が浜まで戻ってくる頃には、残された6人は帰り支度をし始めていた。


「と、いうわけで宿に移動してきた一行。示しを合わせたわけでもないのに、まさかの同じ宿!やっぱり主人公補正は馬鹿に出来ませんなぁ!」


「……これも作者のご都合主義だ」


 黒夜たちが福引きで当て、赤菜と鷺塚たちが仕事を依頼され、鴻たちが即売会で知り合った温泉旅館は、奇跡的に『朱鷺庵』という同じ旅館だった。


「これはこれは鴻先生。ようこそいらっしゃいました」


 旅館に入ると、空の姿をみとめた女将らしき女性が空の元へやってきて、深々と頭を下げる。


「海はいかがでしたか?」


「良い資料が集まりましたよ。にしても、本当にいいんですか?こんな素敵な旅館に泊めていただいて」


「いいんですよ!鴻先生の作品は夫婦で読ませていただいているんですから!」


(エロ漫画を夫婦で読むの!?)


 女将の言葉に茶乃が内心でつっこみを入れていると、女将は、こちらは?と他のメンバーを見回す。


「福引きで旅券が当たってので来ました」


 黒夜たち3人は福引きの商品に入っていた宿泊券を見せながら女将にそういい、女将もそれを快く受け取り、仲居に6人を部屋へ案内させる。


「仕事の依頼を受けた鷺塚です」


 すかさず鷺塚は仕事用にいつも持っている名刺を女将に差し出す。


「ああ、梅の間のお祓いを藤信フサノブがご依頼したお祓い屋さんですね。遠路はるばるようこそいらっしゃいました」


 心霊がらみの仕事をしていると、年少であるという事であからさまガッカリされることも多いのに、女将は鷺塚に深々と頭を下げた。そんな様子に赤菜も便乗するかのように名乗る。


「……あら、藤信ったら二つのお祓い屋さんを呼ぶだなんて、すみませんなにぶんこういった依頼をするのは初めてな物でして、ご気分を悪くなさらないでください」


「いえ、そんなお気になさらないでください。一つの案件で複数のお祓い屋が呼ばれることはよくあることですから」


 鷺塚や赤菜はれっきとした霊能力を持っているが、世間的に霊能力者という物は、そう名が付くだけで胡散臭い物なので、それが不安な依頼主は複数の霊能力者を呼ぶことも多い。

 恐縮している女将に鷺塚は冷静に説明し、早速その梅の間に案内してほしいと頼む。


「ちょぉっっっと待ったァァア!!」


 突然奥から一人の男が飛び出してきた。女将や仲居たちと同じく和服を来た男は、年は鷺塚たちとさして変わらなそうでその瞳は空とはまた別な自信に満ちあふれている。


「ようこそ我が朱鷺庵へ」


 どういう自信に満ちあふれているかと言えば、当たり前のようにひざまずき、中世の騎士よろしく鷺塚と赤菜の手の甲に挨拶のキスをしちゃうような、勘違い的な自信に満ちあふれた男だった。


「この鴇国トキグニ藤信、将来この鴇国を背負っていただくやもしれぬお二人のご到着、今か今かと待ち望んでおりました」


 キスで固まっている4人などお構いなしで、藤信はベラベラと一人で話していく。


「鳶谷家と鷺塚家とは、かねてから交流があったのですが、ようやく今、こうして将来の伴侶の赤菜様とお会いできて私は感動しております。あ、赤菜と呼んでもよろしいか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 話がおかしな方向に行こうとしているのに気づき、鴎崎があわあわと藤信の話を中断させた。


「あ、除霊のアシさんっすか。どもっす」


「口調変わりすぎっ!って、そうじゃなくて」


 藤信の態度の変わりようにつっこみを入れているうちに、再び藤信は赤菜の方に振り返り、紳士で優しい口調で話しかける。


「赤菜、長旅で疲れただろう?藤の間を用意させてあるから、是非そこで旅の疲れを癒してくれ」


「おいッ!藤信…くん?赤菜は俺の幼なじみで、俺の許嫁なんだぞ!勝手に話を進めないでくれ!!」


 赤菜を守ろうと必死だった鴎崎が発した衝撃の告白。もし、ここに先に部屋に通された6人が居り、藤信が存在しなければ、誰もが驚きの声を上げただろうが、しかしタイミングとメンツが最悪だった。

 駒鳥と鷺塚がシラケた空気を醸しだし、お前何言っちゃってんの?という視線を鴎崎を浴びせかける。


「ほ、本当だぞ!ンギャ!」


「黙れ」


 仲間だと思っていた二人に冷たい視線を向けられ、鴎崎はますますあわてて説明しようとするが、説明する前に駒鳥に拳骨で殴られて黙らされる。


「………家同士の取り決めについては、後で両親に問い合わせてみますので、とりあえず、問題の梅の間に連れっていただけますか?女将」


 ペースを乱されっぱなしだったが、鷺塚は自分たちが招かれた本題に入った。

 女将につれられて4人が案内された梅の間では、たびたび少女のすすり泣く声が聞こえているとのことで、今や客を泊めることができなくなっているという。


「今は静かなんですが、深夜になると泣き声が聞こえてくると言うことで……」


「とりあえず、私たちが今夜ここに泊まってみます」


 女将にそう申しでると、鷺塚と駒鳥はようやく荷物を置いて一息つけた。


「びっくりしたぁ……」


 畳の上で足をのばした鷺塚は、思わずそう言いながら深いため息をつく。


(除霊のアシスタントとしてくることは聞いてたけど、とんだ依頼主だ)


 駒鳥も、デートの障害どころか破局の種をまく自信過剰男まで登場し、楽しいはずの旅行なのに、眉間にしわを寄せて呻吟した。そんな駒鳥の様子に気づき、鷺塚はあわてて居住まいを正すと緊張した声音で話す。


「駒鳥、私は許嫁なんて話、全く身に覚えがないし、さっきメールで確認したが、両親もそんな話初耳だそうだからな!」


 恋人に誤解されないように必死で説明する鷺塚に、駒鳥は疲れた顔ではあったがふわりと微笑んで応えた。


「分かってるよ。優しい鷺塚が、そんなひどいことしないことは」

 そして、駒鳥は再び眉間に皺を寄せると自分が本当に悩んでいたことを口にする。


「それよりも、俺はあの自信過剰男からお前を守ることの方が気がかりだ」


 まじめに藤信対策を考えている駒鳥の言葉に、鷺塚は恥ずかしそうにカァと赤くなった。


「あの男がどこまで本気か知らないが、少なくとも私よりもたわしちゃんの方に興味がありそうだし、し心配せずとも、だだ大丈夫だ」


 早口でそう言う鷺塚を見つめ、駒鳥はふと今二人きりだと言うことを思い出し、スッと鷺塚との距離を縮める。


「こッ!こまっ」


「やっぱ、こんなに可愛いから、気がかりだ」


 互いの鼻先が触れあいそうなほど顔を近づけると、駒鳥は先ほどの心配そうな声音とはうって変わって、少しいたずらっぽい声音で気がかりだと囁いた。

 そして、そのまま駒鳥は鷺塚の唇を引き寄せる。

 しかし、二人が口付ける事は叶わなかった。



6 仮説



 赤菜たちが藤信に絡まれている間、先に部屋に通された6人は、それぞれが思い思いにくつろいでいた。


「さァ!!思う存分くつろぐんだ!!」


「普通にくつろがせてよぉお!」


 灰と茶乃と同じ一つの部屋に通された空は、荷物を置くなり、茶乃の服をくつろげにかかっていた。


「何寝ぼけたことを言ってるんだ!旅館での撮影がまだまだ残ってるんだ!!」


「姉貴ー。反射板、どうする?」


「ちょっと待って!ただの資料写真なら、何で反射板なんか使うんだよ!普通の格好でポーズ取るだけなんだろ!?」


「なにごとにも人事を尽くさねばならないのさ!!」


「空はおは朝信者のバスケ選手じゃないだろ!人事なんか尽くすなー!」


「姉貴ー。化粧道具と衣装、ここ置いとくでー」


「化粧!?資料写真だろ!?コスプレなんかしないぞ?!」


「ええいうるさいうるさい!いいから黙って男の娘になってM字開脚しろぉおお!」


「うぎゃーーー!M字開脚はもうイヤだぁああ!」


 いつも通りイチャついている姉とその彼氏に、内心ため息をつきながら、灰はこき使われる前にそっと部屋を抜け出し、黒夜の部屋を訪ねる。


「うぎゃーーー!M字開脚は勘弁してくれーー!」


「あれ!?同じ光景や!!」


 部屋の扉を開けるなり、先ほど逃げてきたはずのM字開脚(♂)にまた遭遇し、灰は思わず声を上げた。


「部長の、弟の、灰、か…!お前も、一緒に、どうだ?ツイスターゲーム」


 しかし、同じM字開脚でもこちらはツイスターゲームの真っ最中であり、それで黒夜はM字開脚を強制されているらしい。


「なんでまた、ツイスターゲーム?」


 運動部員とは思えないほど、先輩の誘いを華麗にケチらし、灰はルーレットを担当している黄果の隣に腰を下ろし、のんきにそう尋ねる。


「へ、部屋に来るなり、青葉が…!」


「け、結局、遠泳も、鴎崎先輩が、鮫に襲、われて、うやむやに、なっ、たからな。ツイスター、ゲームで、決着だ」


 M字開脚とブリッチを組み合わせたような体勢で、黒夜が息も絶え絶えにそう答えると、その続きは上半身をひねり、その上右足と左足がクロスしている体勢で、青葉がプルプル震えながら答えた。

 あまりに旅行を満喫している様子の先輩たちを見て、灰は、今頃姉に服をひん剥かれているであろう茶乃の事をお思い出して、急に気の毒に思えてきた。


「………ん?鷲川なにしとんねん」


 末永くお幸せに(´・ω・`)と灰がひっそりと手を合わせていると、先ほどまでルーレットを回していた黄果が、いつの間にか部屋の隅に移動しており、なにやらゴソゴソとやっている。


「ちょっと盗聴機と隠しカメラを」


 何気なく犯罪を暴露しながら、黄果は黙々と黒谷の泊まる部屋に盗聴機と隠しカメラを仕込んでいた。


「はぁ?そんなん撮ってどうすんねん。燕先輩の映像なんて、一銭にもならへんやろ」


「おい!つっこみどころが違うぞ灰!」


 灰のつっこみに見せかけたボケに、背中がつりそうな黒夜がつっこみを入れるが、黄果の回答は二人の予想を上回っていた。


「もちろん!燕黒夜くんのは一銭にもならないが、ここで試してから撮る鴎崎先輩の映像は鴎崎ファンに売れる!」


(さすが料理部!ゲスだ!!)


「な〜る。ほんならしゃーないな」


「しょうがなくねえよ!!」


 商魂逞しい黄果と話していたら、ふと灰は重要なことに気づく。


「部長の部屋いうたら、あのチビ1年と部長、同じ部屋なんすよね?」


 何気ない灰の発言で、部屋の空気が凍り付いた。


「(俺の)赤菜が、あのヘタレと……同きん……!」


 凍り付いたかと思えば、青葉からふつふつと沸き上がる殺気によって、部屋の温度は一気に急上昇する。次の瞬間、青葉はねじれていた体を元に戻し、ゲームを放棄して部屋を飛び出した。


「黒夜!勝負はお預けだ!!俺は鴎崎アイツの息の根を止めてくる!!」


 そういい捨てて飛び出していく青葉。残された3人はしばし呆然としたが、すぐさま黒夜は青葉の暴挙を止めるため、灰はおもしろそうだから青葉を追いかける。


「3人とも元気だよなー♪ん?」


 遅れて飛び出した二人を見送りながら、鴎崎を撮るための盗聴機のセット場所を検討するべく、黄果は旅館の見取り図を見て、首を傾げた。


「………なんだろう、これ」


 黄果が旅館の不自然な部分に気づいている頃、茶乃は部屋から飛び出したところだった。


「待たんかゴラァアアア!」


「ヒィイイ!なんで着せておいて脱がすんだよッ!!コスプレ写真なら着た状態でいいだろ!?」


「『悪漢によって陵辱されるゴウセル』が次回の新作の表紙なんだよ!!漢なら脱げぇえええ!」


「イィィヤァアアア!!」


 毎度のことではあるが、空のセクハラに耐えかねた茶乃は、某大罪アニメの美少年の服にピンク色のウィッグをかぶって廊下を陸上部のガチ走りで逃げていた。


(困った……。一度部屋を出たは良いが、部屋まで戻れない……)


 そこに現れたのは、自分たちの個室に戻れなくなっている鴎崎。危機に現れたイケメンを、茶乃は反射的に抱きついて盾にする。


「うわぁあ!さ、茶乃か?」


「鴎崎くん!助けてお願い!!」


「どけ鴎崎!!」


 鴎崎が状況を理解する前に、茶乃のすぐ後ろまで迫っていた空が助走をつけて飛び上がった。


「退かないのなら倒していくのみ!!」


「ええええええええ!?」


 体のひねりを生かした空の跳び蹴りが鴎崎の顔面に突き刺さる。その間に、鴎崎が倒されるのを振り返りもせずに、茶乃は駒鳥の部屋まで走った。


(ごめんね鴎崎君、僕でも陵辱ものはイヤなんだ!)


 触手と陵辱は対して変わらないだろう、というつっこみを禁じ得ない言い訳を考えながら茶乃は駒鳥と鷺塚の部屋に飛び込む。


「助けて!」


「!!!!!!!」


ゴンッ


 いい雰囲気だった二人は突然の邪魔者に心底驚き、鷺塚は駒鳥の額に頭突きを食らわしてしまった。


「〜〜〜〜!!!(声にならない叫び)」


「あ!ごめん、痴話喧嘩の最中だった?」


 痛みでのたうち回っている駒鳥に、茶乃は見当違いな謝罪をし、思いの外石頭だった鷺塚は、動揺を隠しつつ、茶乃にどうしたのかと尋ねる。


「ひどいんだよ!空のやつ、僕に××××で××××××な××××××××を×××な風にやらせようとするんだぁ!」


「あ、すまん、空との痴話喧嘩の内容は聞いていない」


「きっと××××な××××だってやらそうとするんだぁあ!」


 よほど嫌だったのか、鷺塚が止めても空にされそうになったことをしゃべり続ける茶乃。しかしすぐに、のんきに鷺塚に空の悪行を言いつけている場合ではなくなる。


「いってぇ…………ヒッ!」


 額を押さえながら、駒鳥は窓の方を見て思わず息をのんだ。


「フッフッフッフッ…………お前だって、そういうのが好きな癖にィ……!」


 どういう仕組みかは分からないが、スパイ○ーマンよろしく、空が窓ガラスに張り付いて恐ろしげな言葉を吐いている。彼女は鍵をかけていなかった窓を開け、駒鳥と鷺塚の部屋に侵入してきた。


「そ、空…」


 部屋にいた3人とも目を丸くして口をあんぐりと開けている。当の空は、驚きのあまり固まっている茶乃にスタスタと近づくと、目にも留まらぬスピードで彼を亀甲縛りにし、それを担いで平然と部屋を後にした。


「茶乃が迷惑をかけたな。じゃっ」


 さわやかな挨拶とともに、部屋にコンドームとローションを投げ込んで去っていった空に、残された二人は悩ましげなため息をつかされていた。

 こうしてそれぞれが有意義(?)な時間を過ごしていたら、すぐさま夕食の時間がやってきて、10人は大広間へと集まる。


「結構お客さん居るねー」


 大宴会が催せそうなぐらい広い大広間には、8割型人が入っており、大量に用意された御膳に、黒夜は感心してつぶやいた。


「夏は、専ら海水浴のお客様がいらっしゃいますけど、うちは温泉と、部屋から見える裏の山の美しい紅葉も有名でして、秋も多くの人がいらっしゃるんですよ」


 御膳を出しながらそう答えた女将は部屋を見渡して続ける。


「今日は、お泊まりのみなさまがここでご夕食を召し上がってらっしゃるけど、秋はそれぞれのお部屋で、公用を楽しみながら召し上がるお客様も多いですよ」


「へー」


 女将の豆知識を聞きながら食べた夕食は非常においしく、全員満足して夕食を終えた。


「んん?」


 広間を後にするとき、黄果はすれ違った仲居の様子に、眉根を寄せる。


「………やっぱり変だなぁ…」


 先ほどの見取り図の違和感とあわせて考え、黄果はある仮説を思いついた。



7 幻の妖怪



 部屋に戻り、鷺塚は壁にひしと耳をつけた。


「…………」


「…………」


 駒鳥も彼女が音を危機漏らさないように静寂を保っている。


「まだ聞こえないか……」


 深夜に聞こえるという泣き声は、日は落ちているがまだ聞こえず、鷺塚は怪異の原因を探るために、部屋を出て、鳴き声が聞こえる壁の向こうになにがあるのかを確かめた。


「ここは、行き止まりなのか」


 梅の間をでると、すぐ右で廊下は途切れており、鷺塚はその壁を調べる。


「隣に何もないとすれば、壁、または梅の間自体に何かあるのか」


 行き詰まった鷺塚は赤菜と鴎崎の部屋を訪ね、赤菜に相談しようとした。


「ん?たわしちゃんはどうしたんだ?」


 しかし部屋には鴎崎しかおらず、聞けば、青葉の襲撃によって彼女は黄果と青葉の部屋に移ったのだという。


「そうか、ではそちらに行ってみるよ」


 鷺塚はそのままきびすを返して赤菜たちの部屋へ向かうたが、きびすを返した時点で和服のお邪魔虫が飛んできた。


「聞き捨てなぁああああんッ!」


「何が?」


 初対面のときと同じ大げさな登場に、3人とも二回目という事もあり、完全にあきれた様子で話しかける。


「どうして赤菜のために用意した部屋でアシスタントのお前が休んでいるんだ!」


「だって私もガールズトークがしたいんだもーん」


 ビシリと鴎崎を指しながら藤信が言い放った言葉に、たまたま通りかかった赤菜が答えた。


「ぐぅぅ……」


「ところで鴇国くん、最初から聞きたいことがあるのだけど」


 何も言い返せない赤菜の言い分に、藤信は呻吟する。

 すでに許嫁話しが事実ではない事を確認していた鷺塚は、思い切って彼に気になっていたことを質問する。


「どうしてあなたは私やたわしちゃんとの結婚を望むんだ?話しぶりからして、どうやら霊能力の強い人と結婚したいようだが、別に黒魔術を信仰しているようにも思えない」


 まるで犯人を追いつめる探偵のような口調で鷺塚は問いつめたが、藤信は全く堪えていないようで、いけしゃあしゃあと質問に答えた。


「私に霊能力がないからだ」


 まずそういい、それだけでは意味の分からない回答に、藤信は理由を付け加える。


「でも、鴇国は代々霊能力が必要な家系だ。母は霊が見える体質だが、私は霊感がない」


「どうして霊感が必要なんですか?」


 今度は赤菜が質問する。


「私も鷺塚さんも霊能力があるから、お祓いの仕事なんかをしてますけど、一族全員が霊感があるわけじゃない」


「人魚と語らわなきゃいけないんだ」


 初めて困ったような表情で、藤信は4人に鴇国家にまつわる人魚の伝承を話した。

 朱鷺庵の裏の山には、人魚が暮らしているといわれる泉があり、昔からその山は鴇国家が所有していたため、鴇国の人間が、その地域の人間を代表して人魚を対話していた。天候を操る人魚との対話は、すなわちその年の天災を防いでもらう大切な物だという。


「でも、祖母の代から人魚と語らえる人間がいなくなった。人魚は男としか言葉を交わさないのに、祖父の代から父も私も霊感がない。だから、少しでも霊感のある子孫を残すために、霊感の強い赤菜と結婚しなくてはならないのだ」


 藤信の話を聞き終え、鷺塚と赤菜は納得できたようなできないような心中だった。


「人魚の伝承は、私も似たような物を聞いたことがある。人魚はある程度の人数が集まれば、天候を操る能力を持つとされていて、水神として神社などに祭られていることもある。……だが、人魚はその鱗を人間が不老不死の妙薬として売買したことによって、地上からは姿を消し、以降姿を現していない、いわば幻の妖怪だ。彼らは人間が嫌いだから、人と語らうなんて、聞いたことがない」


 うーん、と悩む鷺塚に、赤菜も全くの同意見だったらしく、とりあえず今日はもう休み、明日その泉に、藤信の案内で検証しに行くことにする。


「いやあー。しかし、赤菜と出会えたことは私にとってとても幸せなことだった。何せあなたほど美しい女性に私は出会ったことがない!あなたとの出会い、私は運命を感じているよ!」


 ついさっきまで真面目に話していたかと思ったのに、藤信はもう赤菜の前にひざまずいて彼女を口説きにかかっている。


「先ほどは、折角ご用意したお部屋を移られてしまったと聞き、心底残念だなぁと思われましたが、この許嫁を名乗る不届き者と同じお部屋にお通ししてしまった事がそもそも間違っておりました」


「おい、なんで俺が不届き者なんだよ」


 藤信の言いがかりにムッ、として尋ねた鴎崎に、藤信はかかったなと自信満々で言い放った。


「許嫁とかぬかしながら、こいつ、廊下で美少女二人に逆ナンされてたんですよ!?しかも一人には抱きつかれてもいたんです!」


 またまた赤菜を巡っての衝撃の告白。今度は4人に衝撃が走り、一瞬全員真顔になる。


「な、なんのことだよ!見に覚えのない言いがかりをつけるな!」


「廊下で、眼鏡の美少女に抱きつかれ、長髪の美少女に駆け寄られていたじゃないか!お前ほど身長が高い男はそう居ないから、見間違える訳がない!」


 全く身に覚えのない目撃証言に、鴎崎はすかざす言い返すが、藤信は状況を事細かに説明したため、逆に周りから疑念の目を向けられてしまった。むろん、この美少女二人の片方は女装した茶乃であり、もう一人は駆け寄ったのではなく跳び蹴りの助走をつけていた空だという事は、誰も知らない。


「あーかなー。風呂行こうぜー」


「あーちゃん、何してんのー?」


 鴎崎絶対不利の状況で、ちょうど青葉と黄果が赤菜を呼びにくる。


「赤菜!こんな許嫁にだまされてはだめです!」


「赤菜!信じてくれ!!」


「ウン、ソウダネー」


 追いすがる二人の男を置き去りにし、赤菜は温泉へと向かった。


8 進撃の空



「ンギャ!」


 露天風呂の中で、鴎崎は再び殴られた頭を押さえた。


「お前、イケメンのくせに要領悪すぎんだろ!」


 同じく露天風呂に浸かった駒鳥が、鴎崎を拳骨で殴って鴎崎に雷を落とす。


「俺は、お前が赤菜ちゃんの許嫁だって事を信じる。でも、暴露するのはあのタイミングじゃないだろ!」


「だって……あの藤信とかいうのに赤菜をとられるのかと思って」


「女々しっ!!」


 時間が遅かった事もあり、男湯には鴎崎と駒鳥を含め、黒夜、灰、茶乃の5人しか居なかったが、それでも駒鳥は年少者に聞こえないように声を潜めていた。


「女々しくない!!許嫁を許嫁と言って何が悪いんだ!」


「えっ!?駒鳥君と鴎崎君って、許嫁だったの!?」


「声がでけえよ!」


 にもかかわらず、鴎崎はムキになって大声を出す。あわてて駒鳥がいさめるが、その前にすぐ近くにいた茶乃が聞き間違えて目を見開いていた。


「そ、そっか………」


「そうか、鶴森!わかってくれるか!」


「こらぁ!ダブルで都合のいいように勘違いしてんじゃねえ!!」


 結局茶乃の誤解を解くのにしばし時間を要し、茶乃のみならず黒夜や灰にも鴎崎が赤菜の許嫁だということがばれる。


「じゃあ、鴎崎先輩はヘタレ以外にロリコンっちゅうスキルも持ってたんっすね」


「ロリコンじゃない!許嫁は親が決めたことだけど、赤菜のことは一人の女性として大事にしてる!」


「一人の女性とかよりキモいっすわー」


 鴎崎がいじめられるのを黒夜は見守っていたが、灰はヘタレ鴎崎に勝利すると、黒夜の方へ寄ってきてコショコショと耳打ちをした。


「そ…それは……!!」


 灰の言葉を聞いた瞬間、黒夜に衝撃が走り、次の瞬間彼らしからぬ悪い顔になって、何かを灰と相談し始める。


「ともかく、ポテンシャル的にお前があの鴇国により圧倒的に上だ。勉強・運動ができるイケメンで身長も高いスポーツ部部長!…………友人としては最悪だが、許嫁なんていう要素を抜きにしたって、鳶谷ちゃんはお前を選ぶだろ」


「ううー…ん、でも俺ヘタレだし……」


「分かってんのかよ」


 一方、駒鳥と鴎崎は藤信攻略の相談をしていた。鴎崎のヘタレにあきれ、駒鳥がふと年少の二人に目を向けたとき、なぜか黒夜は灰を肩車していた。


「おい二人とも、なにしてんだ」


 隣の駒鳥は何となく何がしたいかは察していたが、鴎崎は後輩たちに何をしようとしているのかを聞く。


「女湯をのぞくんっす!」


 息をぴったり合わせて、二人はそう答えると、女湯がある方の壁に近づいていく。しかし壁際に立って初めて二人は自分たちの無力さに打ちひしがれた。


「高い………!!」


「くそっ!俺たちの身長じゃ叶わない野望なのか……!」


 女湯と男湯を隔てる壁は、黒夜が灰を担いだぐらいで越えられないほど高く、二人はがっくりと頭を垂れる。


「……ったく、最初から俺たちに相談すりゃあいいもんを」


 しかしそのとき、うなだれる二人の肩を駒鳥が叩いた。


「せ、先輩……!」


「困っている後輩を、放っておけるわけねえだろ?」


 やろうとしていることはおいておいて、駒鳥は現代稀なほど良い先輩の顔をして、黒夜を担ぎ上げる。


「鴎崎!鴻を担げよ!」


「えっ、俺も?」


「お前の方が身長が高いんだから、鴻はお前だろ!」


 やろうとしていることを思えば、お前もクソもないのだが、ここは男湯、鴎崎も空気に流されて灰をかつぎ上げて壁際に立った。


「燕!見えるか…?」


「だめです!微妙に見えません」


「こっちも微妙に届きかんっす!」


 しかし!それでも壁は高く、4人の力では女の園をみることは叶わない。


「鴎崎君、駒鳥君!この台に乗れば届くんじゃない?」


 しかし今まで何もしていなかった茶乃が、桶と一緒に積まれていた椅子に鴎崎と駒鳥を乗せると、ついに黒夜と灰は女湯と男湯を隔てる壁の上に視線が届き、壁に手をかけることに成功した。


「やった!」


「フッフッフッフッ……コノ手は燕黒夜君かな?」


 しかし、勝利の喜びは一瞬にして絶望の恐怖へと変わる。女湯から、あの不敵な笑い声が聞こえてきた。


「イケナイ子だなぁ……!」


 何より恐ろしいのは、ふつう、湯船から壁際の手を発見したのならアノ手、と言うのに、女湯からの声は、コノ、と言い、同時に黒夜の手をがっちりと握り返してきたことだった。


「フハハハハハ!覗くのはお前等ではない!!この私だぁああ!!」


「ギャアアアアアアアアア!!」


 高笑いとともに、空は黒夜の手を握っていない方の手で壁をしっかりと掴み、そのまま壁を越えてこようとして片足を壁にかける。

 悲鳴とともに男たちはそのまま後ろにのけぞって崩れ落ちた。

 ちなみに、黒夜が一瞬みた女湯には、湯船で空を応援する水着姿の赤菜しかおらず、すでに他の女子が室内のサウナの方に移動した時点で、男たちの敗北は決まっていたのであった。


「あー。良いお湯だったー」


「青葉姉、おじさんみたい」


「でも、さすが温泉だったな」


 男どもが進撃の空に倒されている頃、青葉たち3人はすでに温泉を後にし、客室へ通じる渡り廊下を歩いていた。

 不意に黄果が立ち止まり、中庭を挟んで梅の間の方を見て、首を傾げる。


「どうした黄果」


「…………二人とも先行ってて」


 青葉の質問には答えず、黄果は渡り廊下から真っ暗な中庭に降り、そのまま暗がりの方へ歩いていく。


「一人で大丈夫?一緒にいこうか?」


 鷺塚が気を使って声をかけるが、黄果は振り返らずに、懐中電灯も持ってるから大丈夫!すぐ戻る!とそのまま中庭の暗がりに消えていった。


「おーい、たわしちゃんがのぼせてぶっ倒れたぞー!」


 青葉も鷺塚も、すぐに黄果を追おうとしたが、風呂場からの空のSOSを受けて、すぐさまそちらに向かわなければならなくなった。



9 帽子



 入浴後、茶乃は氷袋を手に部屋に戻ってきた。


「氷袋、もらってきたよ」


「ぢぐじょう……わだぢどじだごどが」


 それをものすごく鼻声な恋人の頭に乗っけると、茶乃はあきれてハァとため息をつく。


「露天風呂ではしゃぎすぎだよ。少しは頭を冷やしてよ」


 今は夏とは言え、夜は冷える。露天風呂で男湯を覗こうと奮闘し、その後のぼせた赤菜を介抱していた空は、湯冷めして風邪を引いてしまったのだった。


「ズビズビ……がいばどうぢだ(灰はどうした?)」


「ウツるとよくないから、燕君の部屋に移動してもらったよ」


 先ほど荷物をそちらに移動した灰の事を思い出しながら、茶乃は買ってきたポカリを空の枕元に置く。


「おばえぼがぼべざぎのべやにでぼいどうぢだらどうだ?(お前も鴎崎の部屋にでも移動したらどうだ?)」


「僕は良いよ。病人を一人にしておけないし」


「ごんなどだだどがぜだ。びどりでだいじょうぶだ(こんなのただの風邪だ。一人で大丈夫だ)」


「おやすみなさい」


 病人扱いするなと空は茶乃に言うが、茶乃は全く聞き耳を持たず、仲居さんに持ってきてもらった布団をさっさと空の隣に敷き、電気を消す。


「……がぜばびどにうづずどばやぐなおるどいうな!(風邪は人にウツすと早く治ると言うな!)」


「こら!自分の布団で寝なさい!」


 風邪っぴきと眼鏡が布団の中でバトっている頃、鷺塚は筆を片手に駒鳥に襲いかかろうとしていた。


「……そこまでしなくちゃダメか…?」


「私は怪異に襲われたって自分で身を守る方法がいろいろあるから大丈夫だが、駒鳥は万一とりつかれたら大変だろ!」


 今日はまだ鳴き声は聞こえないものの、怪異の正体が分からない状態で、この部屋で駒鳥をただ寝かすのは危険だと思った鷺塚は、駒鳥の体にありがたいお経を書いて、怪異から守ってやろうとしているのであった。


「大丈夫だよ。俺、今回の旅行のためにお守りも買って来たんだ」


 さすがに全身に炭で文字を書かれるのは嫌だった駒鳥は、なんとか耳成ほういち状態を回避しようと苦し紛れに旅行の前に買っていたお守りを取り出す。

 すると、お守りをよく見ると鷺塚はとてもちゃんとしたお守りだと驚き、何か細工をするとそれを駒鳥に返した。


「それは水神が祭られた神社のお守りだ。今日拾った貝とあわせれば、十分身を守ってくれる」


 見れば、お守りのひもに今日拾った貝に穴をあけて通してあり、鷺塚は枕元においておけば大丈夫だと笑って、布団に潜り込む。

 駒鳥はといえば、お守りを取り出したときに転がりでた空からのお詫びの品のおかげで悶々とした夜を過ごすこととなるのだった。

 かくして、他の6人もそれぞれ床についた。


「困ったなー……」


 黄果、ただ一人を覗いて。


 翌日、すっかりよくなった空が茶乃を引き連れ意気揚々と山の方へ取材へ行き、駒鳥と鷺塚が人魚の伝承を調べに赴いて、鴎崎と赤菜が藤信の誘いで茶をごちそうになっている時、青葉と黒夜と灰は帰らぬ黄果の事を心配していた。


「黄果が行方不明?」


「昨日の晩から部屋に戻ってない」


「携帯は?かけてみたん?」


「いや……通じるんだけどよ」


 黄果の奇妙な行動を青葉は二人に説明した。


「ひと段落したら戻るから、心配しなくて良いっていうだけで、場所も何も言わないだ。でも、夜中にも帰ってないみたいで」


 珍しく心配そうに眉根を寄せる青葉に、男子二人も不安が伝染したかのように表情をこわばらせる。


「とりあえず、スマホにかけて、居場所を聞き出そう」


 こうして3人が黄果の捜索を始めた頃、空と茶乃はせっせせっせと森の中を移動していた。


「やはり、雑草がすごいな」


 全体的に明るいが、その所為で下草が鬱蒼とした森を進みながら、空は女将から聞いていた泉へと足を進める。

 ふと、木の上で何かに照らされた気がして茶乃が顔を上げると、ガササッと何か大きなものが木の上で動いた音がする。


「ハッ!盗撮か!!」


 音によって気づいた空も顔を上げ、木の上から盗撮されたと思った彼女は木の上まで驚異的な跳躍で登り、そのまま木の枝を飛び移って盗撮犯を追跡する。


「まて!盗撮は犯罪だぞ!」


(昨日までの自分の行動を棚に上げて何を言うか)


 茶乃は内心つっこんだが、口に出してつっこもうにも空は木の枝の上を風のように跳び移っていくので、足の速い彼でも、追いつくので精一杯だった。

 しばし追いかけて追いつけないと見るや、空は懐から手裏剣を取り出し、それを盗撮犯に撃つ。しかしそれはぎりぎり外れて木に突き刺さり、空は「やはり手裏剣は撃ちづらい!」と今度は撃ちやすい棒手裏剣を取り出してそれを撃つ。

 今度は相手の服の一部を木に縫い止めることに成功し、すかさず彼女は微塵※で捕獲にかかる。※ボーラーの事


「フハハハハ!着物姿とは、コスプレか?そんな格好でも盗撮は許さんのだよ!!」


(言っていることは正しいはずなのに、空が言うとなぜか腑に落ちない……)


 少し遅れて空と盗撮犯に追いついた茶乃は、やはり空のせりふにツッコミを入れたのだが、微塵を避けられ、逆に空が苦無で斬りかかれ、袖に仕込んでいた寸鉄※で応戦し始めると、茶乃も恋人の戦闘にのんきにツッコミを入れている場合ではなくなった。※暗器

 サンダルで近接戦を挑んだ空は、足場の悪い木の上で足を滑らせ、木から落ちてしまう。


「空!」


 押しつぶされながらも茶乃が受け止め、互いに怪我をすることはなかったが、盗撮犯にはまんまと逃げられた。


「くそぉ…!」


 空は臍をかんだが、盗撮犯はすでにどこかに消え、二人はあきらめて泉への道のりを急ぐことにする。


「翠!聞いてくれ!!」


「空、それに鶴森も来たのか」


 泉には、すでに先客がおり、空は先ほどの騒動についてはなした。


「盗撮か……」


(木の上を跳び移るって……さすが料理部部長だな)


 人魚の伝承についての調査へきた駒鳥と鷺塚は、泉を調べているらしく、空と茶乃におもしろいものを見せてくれた。


「帽子か?」


 鷺塚と駒鳥が見せたのは、両手に余るほどの大量の帽子で、すべて泉のそばに隠されていたのだという。


「これでだいたい人魚の種類に見当がついた」


「おお、さすがお祓い屋だな」


 空が興味なさげに賞賛するが、鷺塚は全くそんなこと意に介さない様子で、泉に向きなると、ベルトにつっていた鳳凰のギニョールを泉の真ん中に投げ込んだ。


バリィッ!


「結界が張ってある。人魚がここに住んでいるというのも本当だろうな」


 水面に触れるやいなや燃え尽きた鳳凰のギニョールを見て、鷺塚はそう断言し、浮かない顔を浮かべる。


「………とりあえず、旅館に戻ってたわしちゃんに相談しよう」


 そのまま鷺塚と駒鳥は旅館に戻り、そこで駒鳥はとんでもない目にあった。


「駒鳥避けろ!」


 結果から言えば、突然2階から花瓶が降り注ぎ、鴎崎の叫びもむなしく、その花瓶は見事に駒鳥の額に命中したのだった。



10 顛末



 黒夜と灰は言い争っていた。

 なぜ言い争っているかと言えば、黄果を探していた青葉も見つからなくなり、携帯に連絡してみればもう少ししたら戻るとだけ返事をし、音信不通になってしまったからだった。


「何わめいているんだ灰」


「喧嘩はダメだよ二人とも」


 そこに、取材から戻った空と茶乃が通りがかり、二人の言い争いに仲裁に入る。


「青葉と黄果が戻ってこない?」


 事の詳細を聞き、空と茶乃は珍しく意見が一致し、二人とも口々に早く相談してくれればよかったのにと言った。


「相談してくれれば、一緒に探したのに!」


「相談してくれれば、同人のネタにしたのに!」


 一致……したかと思われていたが、二人の意見はやはり違っており、先ほどまで仲裁していたのにもう喧嘩を始めた空と茶乃に、灰はやれやれといった風に己の考えを話し始める。


「姉貴たちに相談したって無駄や。たぶん二人は宇宙人からのγ前方監視レーダーによってMS−119戦闘集団に組み込まれたんやから」


「違う!二人は怪しげな信仰宗教かなんかに引っかかったんだ。だからクリスチャンの鴉里の力が必要なんだ!」


 こちらもこちらで不毛な言い争いを再会し、4人がギャアギャアとわめいていると、鷺塚が呆れた顔をして黒夜たちを呼びにきた。


「燕くん…それから他の3人も来てくれ」


 事の顛末を知っている鷺塚は、4人をつれて事の収束へと向かう。



11 緋深あけみ



「はぁぁぁぁぁぁ」


 駒鳥の額に花瓶がクリーンヒットした1時間後、気を失った駒鳥は部屋で寝かされ、鷺塚は部屋の前でため息を連発していた。

 ただでさえ、神としてあがめられることもある人魚がらみの事件に頭が痛かったにも関わらず、協力してもらおうとしていた赤菜は、藤信と鴎崎と一緒に、お茶席で花についての言い合いを始め、あげく一緒に花瓶を人にぶつけたことで女将に説教されており、しばらく話せそうもない。駒鳥はぶっ倒れているしと、彼女は不安なことだらけだったのだ。


(悩んでいたってしょうがない。泣き声に人魚が絡んでいるなら、壁と人魚のつながりについて考えなければ。でも、あの泉の結界はそうたびたび破れそうなものではなかった……。つまり、梅の間の壁に人魚との何らかにつながりがあるのか?でも人魚の泣き声なんて、死体を壁に埋め込んだぐらいの事をしなけりゃ聞こえないだろ……)


 うーん、と呻吟しながら鷺塚が隣の壁に手をついて、梅の間の正面の壁にもたれていた体を起こそうとしたとき、信じがたいことが起きる。

 行き止まりだった壁に鷺塚の手が触れると、にゅるりと2本の腕が伸びてきて、そのまま鷺塚の腕を壁の中に飲み込もうと引っ張ったのだ。


「!?」


 しかも、昨日までそこには堅い確かな壁があったはずなのに、今では壁はまるで幻のように実体が無く、鷺塚はズルズルと壁の中に引き吊り込まれていく。


(まずい!)


 左右の床にも壁にも掴まるところはなく、鷺塚は懸命に踏ん張るが、確実に腕は確実に壁に飲み込まれていく。


「臨兵闘者皆陣列在前!!」


 必死の思いで九字を切るが腕を引く力が一向に弱まる気配の無かったとき、ふいに誰かが鷺塚の首根っこをつかみ、おもいっきり後ろに引いた。


「うわっ!」


 勢い余って鷺塚は後ろの転がったが、おかげで壁に飲み込まれる危機からは脱する。誰かと思って彼女が見上げると、そこには先ほど額にこぶを作っていた恋人がたっていた。

 駒鳥はドンッと片手を壁につくと、ふよふよと動いている腕に向かって、低くうなるように告げる。


【人の女に手を出すな】


 威圧する言葉に、腕は引っ込み、壁もただの壁に戻った。


【足元を見てごらんよ】


 部屋に入りながら、駒鳥はそれだけ鷺塚に言う。

 様子の変な駒鳥にそういわれ、鷺塚は素直に床と自分の足を見て、きらきらと光る薄いスパンコールのようなものがたくさん落ちていることに気づく。


「そうか…!」


 人魚、帽子、このスパンコール。ようやく今回の謎が解け、鷺塚はすぐさま赤菜と女将を呼びに行った。


「この壁が……まじない…?」


「まじないというか、何かが封印されてますね」


 小さな魔法陣を壁の四方に書くと、赤菜は壁の呪いを説くために解除呪文を唱え始める。


「破ッ!」


 最後に、四方にかかれた魔法陣と同じものがかかれた手のひらを壁に突き出すと、壁はゆらゆらと揺らぎ始め、しまいには霧のように跡形もなく消えた。

 そして、その先には梅の間の“隣”の部屋があった。


「蓮の間……」


 長年呪いで隠されていた部屋を見て、女将はぽつりとつぶやく。

 読み通りの部屋を見つけた鷺塚は、廊下を進み、蓮の間の扉を開けた。


「あ、鷺塚先輩!」


「先輩、早く黒夜か灰をつれてきてください!私たち大変な目に遭ってるんです!」


 そこには、行方がわからなくなっていた青葉と黄果、そして、すべての事の発端だった“人魚”が鎮座していた。


【あら、どうやってここに入ってきたの?】


「この部屋を出てください。もうここには居てはいけません」


【どうして?】


 鷺塚の誘いを婉曲に断った人魚は、着物を着て、麦わら帽子をかぶり、一見すると赤菜と同い年ぐらいの女の子に見えた。


「ここに結界で居座られては、困る人が居るのです」


【ふーん、でも移動しないわよ】


 人魚は持っていた機械の画面を見せながら、鷺塚たちにある要求をし、それにより鷺塚は黒夜たちを呼びに行くこととなった。


「ん?モン○ン??」


 差し出されたP○Pに、黒夜は当然だが首を傾げる。


「彼女曰く、じんおうが?の亜種が倒せないから、代わりに倒してほしいとのことだ」


 よく知らない用語を口にしつつ、鷺塚はやれやれといった風に首を振った。

 どうして人魚である彼女がモン○ンをやっているかはともかく、ジンオ○ガの亜種が倒せない彼女は、建物の見取り図を見て、蓮の間の存在に気づいて蓮の間を調べにきた黄果を、鷺塚にしようとしたのと同じように中に引っ張り込み、なんとかジンオ○ガを倒してもらおうとしていた。


「倒してって言われたって、ボクはモン○ンやったこと無かったから、無理だったんだよね〜」


 どこからか持ち込まれたポテチを食べながら、黄果は次の手を考えていたという。

 そんなとき、黄果を探していた青葉がたまたま通りがかり、人魚は青葉も部屋に引きずり込み、やはりジンオ○ガを倒させようとしたのだという。

 しかし、青葉もジンオ○ガを倒せず困っていた矢先だったので、当然倒せるわけもなく、次に三人は廊下にもたれていた鷺塚を引きずり込もうとしたのだった。


「つまり、梅の間の泣き声は怪異でも何でもなくて、彼女が原因だったという事だ」


 鷺塚はまたもため息をつく。自分が命の危機さえ感じた理由が、ゲームが攻略できなかったからだなんて、ため息もつきたくなる。


「泣き声ってたぶん彼女がやってたゲームのボイスじゃないかな」


 部屋におかれた大画面のテレビと部屋におかれたソフトをふまえた黄果の指摘に、鷺塚は崩れ落ちんばかりにがっかりしてため息をついた。


「でも、じゃあ最初から青葉か黄果が俺を呼びにくればよかったじゃないか。そんな手当たり次第に部屋に引きずり込むなんてまどろっこしいことしないで」


「何でかは知らないけど、この部屋には特殊な結界が張られていて、人は入ることしかできないんだ」


「何ちゅう引きこもり結界…」


 結局、その奇妙な結界も赤菜と鷺塚の手によって解かれたという事で、黒夜は人魚のご希望通りジンオ○ガを倒してやる。


【わーい☆これで素材があつまったぁー♪】


 語尾に記号を散らしながら大喜びの人魚は、約束通り部屋から外まで出てきた。


【あー。ゲームも手伝ってくれたし、ついでに結界も解いてくれてありがとう】


「……ん?」


 お礼を言った人魚の言葉に、うなだれていた鷺塚は違和感を覚えて人魚をに尋ねる。


「ちょっと待て、あの結界は君が張ったものじゃないのか?」


 鷺塚の質問に、人魚は少し驚いた顔をし、違いますよと答えた。


「あれはあなたたちと同じ霊能力者が張ったものです。私を閉じ込めるためにね」


 人魚は鷺塚たちの後ろ、女将のことをまっすぐと見つめて続ける。


「“緋深あけみ”の事忘れたの?母さん」


 母を見つめ、人魚は寂しげに語った。



12 4人家族



 今から20年ほど前。一人の青年が泉へと足を運んだ。

 彼は代々人魚との対話を任されてきた一族の跡取りであり、霊的な力を期待されて生まれてきたにも関わらず、霊もオーラも見えないゼロ感男だった。


「あーあ、人魚って絶世に美女なんだろ?霊感のある父さんには美人な人魚が見放題だってのに、俺は全く見ることができないなんて、運がわりぃーよなー!」


 青年が好き勝手言っていた時、泉の中では、泉の外の青年の姿は水から顔を出してみないとわからないようになっているにもかかわらず、人魚たちが同じく好き勝手にはなしていた。


「あーあ、今年は冴えない男みたいねー」


「前回は超色男が来たって言うのに、あの調子じゃ、顔が見えなくったって今年は完全にはずれね」


 妖怪である人魚たちは、霊感が無くとも人の目に映ることができたが、生来ひきこもり体質の彼らは、滅多に泉を出ることはなく、いつもこうして鴇国家の男が対話に来ても、相当ねばらなければ対話には応じてやらないのだった。


「前回はよかったらしいわよねー。なんでもすんごい数のブランド品の鞄くれたらしいじゃない」


「前回はよかったわ。いい男で気前もよくて、ま、鞄は全部偽物だったらしいけど」


「でもスーパーファ○コンおいてったんでしょ!前回はすごかったのね」


 しかし、贈り物をする男や、話がうまい男はすぐに気に入られる。

 何せ、人魚にも男というのは居たのだが、これが恐ろしく醜悪な見た目をしており、それに比べれば人間の男など皆イケメンに見えたからだ。

 男でないと人魚が現れてくれないと言うのも、人魚の男を人間がみたのならばあまりの醜さにショックで倒れてしまうので、女の人魚しか人間との対話を行うことは出来ず、女の人魚は男の誘いでもなければ外にはでてこないからだった。


「前回は気前がよかったからさ、みんな帽子を用意して人に化けて買い物に行ったんだってね」


 ちなみに、人魚は泉の周りに隠してある特殊な帽子をかぶることで人に化けることが出来、前回、つまり青年の父の代では多くの人魚の女たちが泉の周りに隠した帽子をかぶって町に繰り出していたのだという。


「あー、私気乗りしない。出たくないなー」


「誰かがでなきゃいけないんだから、我慢しなさいよ」


 人魚の娘たちがブーブー文句を垂れているとき、一番ひきこもり体質だった人魚が自分が出ると言い出した。

 人一倍泉の中にいたい彼女に、皆が驚いたが、意外にも頑固に自分が出るといって譲らない人魚に、周りも了承し、彼女が青年と会話することとなった。


「そ……そこの方………」


 帽子をかぶり、人に化けた人魚はどこからともなく現れて青年に声をかける。


(ん?旅行者か何かかな?)


 人魚を見て、道に迷ったのかと思った青年は、声をかけようと近づき、彼女の鞄を見て、思わず声を上げた。


「あ!山田花○郎のストラップ!もしかして君もブ○ーチのファン?」


「え、ええ!!ブ○ーチだけじゃなくてリボー○とかジャンプ系は全般!!今年の夏コミも行こうと思ってて」


「本当?!えー、奇遇だな、俺もジャンプ好きでさ、夏コミももうカタログ買ったんだ」


「こうして出会ったのも何かの縁です。是非一緒に行きましょう!」


 こうして、夏コミ目当てで泉を出た人魚は、そのまま青年と駆け落ちする形となり、青年の実家である旅館朱鷺庵の女将となり、娘と息子をもうけ、幸せに暮らしていた。 しかし、息子は父親に似て普通の人間として暮らせたが、その妹に当たる娘は母親に似て、人魚の力を色濃く受け継いでおり、人ともなじめなかった。

 ……まぁ、一言で言えば霊感が強いひきこもりだったのだが、母は自分が捨てた人魚たちに娘をとられるんじゃないかと心配し、旅館の一番端の蓮の間に、いざという時に逃げ込めるような結界を、霊能力者に頼んで隠してもらったのだった。


「母さんは、私を守るために結界を用意してくれたんだと思ってたのに、結界を作ると私を閉じこめて、同時に、私のことを綺麗さっぱり忘れてしまった」


 緋深は人魚の母をギロリと睨み、しかし同時にとても寂しげに泣いた。

 忘れていた娘の涙を見て、女将は不思議そうな顔をして消え入りそうな声でつぶやく。


「どうして……私は………」


 娘のことも結界のことも、どうして忘れていたのだろう。信じがたい自分の記憶の喪失に、女将がこめかみを押さえて渋面を浮かべた時、突如その背後に着物の男が現れた。


【あれまー。思い出しちゃいましたか】


 穴のあいた着物を着た男は、まるで一連の騒動の犯人かのような口振りで笑っている。


【まぁ、そろそろ潮時かな〜と思っておれっちが使わされ】


「やっと見つけたぞ盗撮魔ァアア」


 これから自己紹介をもったい付けてやる予定だったんだろうが、すでに人魚の説明が異様に長かったためか、男のせりふの途中で盗撮魔を追っていた空が自分から逃げた男に投げ縄を投げつけた。


【あっ…ぶなねえなあ!見知らぬ男に突然投げ縄投げますぅ?!まだ自己紹介も】


「見知らぬ?ハッ!盗撮魔というだけで、万死に値するんだよ!!」


 背後から投げつけられた手裏剣を手で止め、男は重力を感じさせない身軽さで天井まで飛び上がり空に文句を言おうとするが、空が耳を貸すはずもなく、続いて流星錘を男に撃つ。


【同じ武器はつうよグエッ】


 投げ縄と同じく捕縛する道具を投げつけられたのかと思った男に、鎖の先に鏃をつけた流星錘は見事に突き刺さり、その瞬間、男の体はボンッという音ともに煙に包まれ、一体テディベアに姿を変えた。


【グゲゲ…乱暴な奴だ。でも主の命は遂行させてもらうよ!】


 邪悪な面相のテディベアは流星錘を引き抜いて、自分の胸から綿が出ているのも気にとめず、流星錘を緋深に撃つ。


「キャアッ!」


 錘は緋深の手に一筋の赤い線を作り、血の付いた錘すぐさま引き寄せ、テディベアはその血をなめると残念そうに首を横に振った。


【やっぱ使いもんにならねえや、人魚とはいえ半分人間だもんな。じゃ!女将の呪いは息子にあったら解けるようにしてあるからな】


 そういい捨てると、テディベアは空が次の攻撃を仕掛ける前にその場から姿を消した。


「あれはたぶん人形神ひんながみだな」


 テディベアの消えた空中を見つめ、鷺塚は先ほどの奇怪なものの説明をする。


「由緒ある人形を道に埋めて、1000人の人間にその上を踏ませてからその人形の怨念を式神として使役するもので、知能も能力も高いが、反面、目的のためには手段を選ばないところがあるから、使う能力者はまれだ」


 鷺塚の説明を聞いて、女将はあの男が結界を作りに来た男だと行った。


「あの男が人形神だとするなら、たぶん主に娘さんの血が人魚としての力を持っているかどうか調べてこいとでも言われたんでしょう。もしも使いものになるならもらってこいとも」


 女将の言葉を受けて、赤菜は自分の推測を続ける。


「人形神はモラルが低くめんどくさがりだから、説得も説明もめんどくさかったから、あなたたちをだまして呪いをかけたんだと思います」


 赤菜が説明していたら、正座から解放された鴎崎と藤信がやってきて、緋深は藤信の姿を見た途端、腕の傷など忘れて彼に飛びついた。


「兄者ーーー!!」


「あ、緋深!?ってうわぁあ!!」


 失っていた記憶を突然取り戻し、しかもずいぶん前からあって居なかった妹に抱きつかれ、藤信は困難のるつぼにつき落とされる。

 数時間後、状況を飲み込んだ藤信は元通りの4人家族に戻っていた。


「ふぁあ…気を失っている間にことが全部済んでたな」


「額の傷が大したことなくてよかったよ」


 落ち着いてから、目を覚ました駒鳥の元へ鷺塚は戻り、自分を救った奇妙な出来事について駒鳥にはなした。


「俺はずっと気を失ってたぞ?」


「……もしかしたら、生き霊かもしれない」


「い、生き霊!?」


 ふと、駒鳥の枕元のお守りのひもが解けているのを見て、鷺塚はお守りの力が抜けていることに気づいてそう指摘する。


「出せる体質の人間がたまにいるんだ。たぶん、お守りの霊力と駒鳥の意志が合わさって出せたんだろう」


「……意志?」


 二人だけだったはずの旅行で知り合いにあい、旅館まで一緒だし、いい雰囲気になったら邪魔されるし、変な自信過剰男出てくるし、額に花瓶当たるしと、駒鳥のたまりにたまったフラストレーションも引き金となっているんだろうが、鷺塚はそう思わなかった。


「助けてくれて、ありがとう」


 抱き寄せてキスをして、鷺塚は自分を守り人魚の鱗の存在を教えてくれた駒鳥に心から感謝した。


「じゃあ、ひきこもりの人魚だって、大事な孫の為に旅館に紛れて働いてたってわけか」


 自販機の前で飲み物を買いながら、鴎崎と赤菜は母親に忘れられていた緋深の世話を誰がしていたかということを話していた。


「おぅちゃんが見たっていう一つ多かった御前も、仲居に紛れた人魚が緋深さんに運んでいたってことだね」


 家族思いな人魚にほっこりとした気持ちになりつつ、赤菜と鴎崎の長かった2日目が終わっていく。

 しかし、2日目は終わるかと思われたが、その後は緋深の狩りにつきあわされ、黒夜たちの一日は結局深夜まで続いくのだった。



13 愛



 電車の中、鴎崎は程良い電車の振動に揺られながら、自分にもたれて眠りについている赤菜を見つめる。


「みーんな寝てるな」


「疲れたんだろ。昨日は深夜までゲームしてたみたいだし」


 同じく肩の上で鷺塚を寝かせ、爆睡している年少者たちを見つつ、駒鳥が小声で鴎崎に話しかけた。


「結局……旅館ではばたばたしてたから、休暇って感じじゃなかったな」


「後輩も来てたから、部活とかって感じだったな」


 困ったような顔をしつつも、それでも赤菜のことを愛おしそうに眺める鴎崎に、駒鳥はむっとしてその頬を抓る。


(イケメンめ!)


「いひゃいいひゃい」


 自分も疲れているはずなのに、赤菜のことを愛おしむ鴎崎の余裕に、駒鳥は若干の羨望も含めて意地悪をした。

 そんな二人の様子に、黙って起きていた茶乃はクスクスと笑う。


「仲良しだね」


「ん?鴻も寝てるのか」


「はしゃいでたからねー。なんだかんだで疲れたんだと思うよ」


 無尽蔵な体力を持ち、今も起きて騒いでいるのかと思っていた空がスヤスヤ寝ているのを見て、鴎崎は意外そうな声を出した。


「……前々から思ってたけど、鶴森も大変だよな」


「まあね、でも空はなんだかんだ言っていろいろ引っ張ってってくれるから、楽っちゃ楽だよ」


「なんだベタぼれかよ」


「駒鳥だって、鷺塚にベタぼれだけど、どーなんだよ」


 気の毒そうに茶乃をねぎらった駒鳥に、今度は逆に鴎崎が駒鳥に鷺塚との関係について尋ねる。


「ど、どうもねーよ……」


「うっそだー!」


 楽しげに話す高3男子たち。

 盛りだくさんだった休暇を満喫し、彼ら3人の休みは無事終わっていくのだが、まさか彼らの会話が空によって録音されており、後々BLのネタにされるとは、今の3人は知るよりもなかった。




 即売会の情報は適当なので、あしからず。てか、今回海よりも即売会の方が分量多くない?!大丈夫!?

 駒鳥くんは、年下と絡むと良い先輩感が増しますね。鴎崎君も良い先輩なんですけどね?(駒鳥くんはどこと無く宮地っぽいな。黒バスの)

 藤信は、キャラがぶれすぎですが、そういうキャラって事で(だめ?)たぶんですが、彼はもう滅多にでてこないと思います。学校も違うしね。

 そして、腐女子はうつる!

 ちなみに、情景描写内でのキャラの呼び方が上の名前の子と下の名前の子が居るのは、単に書き手の好みと書き易さです(鴻さんちとかは兄弟なので下の名前ですが)

 外国人は、結構温泉に水着で入ること多いらしいので、きっと赤菜もそうだろうなと思ってそうしました。あ、もちろん空は全裸です。

 ……てか、長い。書いてて手首が痛くなりました。え?あなたも読んでて首が痛くなった?

 人魚の設定はメロウというアイスランド?の人魚の設定を元に考えています。人形神の方は名前を借りたぐらいですが。

 なにより長らくお待たせしてしまってすみませんでした!

 また、リクエストと自分のアイディアが出てきたら続きを書きたいと思います。ので!

 また会う日まで、なにとぞこれからもよろしくお願いします!!

 ご清読お疲れさまでした!

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