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勘違いLOVERS

☆☆☆☆☆




 そうして彼女は“変身”を遂げたのだ




★★★★★


 甘いフェイントを見切ってボールをスティールして走る。前方を走る鴎崎にパスを出して、そのままゴール下に走り込んで


「うわっ!」


 次の瞬間駒鳥は体育館の床に叩きつけられていた。


「す、すいません!」


「大丈夫か駒鳥」


 走り込んできて駒鳥と接触したらしい部員が、起きあがりながら駒鳥に謝っている。派手に転んだ駒鳥の元へやってきた鴎崎が手を伸べる。


「すまんな鴎崎。俺は大丈…いっ!」


 起きあがろうとして踏ん張った右足に激痛が走る。駒鳥はそのまま座り込み、腫れて変色した自分の足首を見た。

「…折れたんじゃないか?」


 鴎崎の手を借りて体育館の脇に移動し、アイシングを受けている駒鳥を見て、鴎崎は心配そうに言う。


「物騒なこと言うな!」


「折れてないのが一番だけど……変形は見られないけど、腫れてるし、駒鳥、冷や汗かいてるみたいだし」


(たしかに、捻挫にしてはいやな痛みだなぁ…)


 その後、朝練を早めに切り上げて、駒鳥は鴎崎の手を借りて保健室に行き、そのまま折れてるかもしれないと言うことで病院へ直行した。


「折れてますね。固めておきますけど、絶対安静にしていてくださいね。抗炎症剤と鎮痛剤も出しておきますけど、どうしても痛くてしょうがないときだけ飲んでくださいね」


 まるでマンガのキャラクターのような顔をした医師は、淡々と駒鳥にそう告げると、駒鳥の足をギプスで固め、松葉杖ではなく、ちょっと変わった普通の杖のようなものを渡した。


「こっちの方が、使いやすいですからね」


 終始何を考えているかいまいち分からなかった医師の元を後にし、結局駒鳥は昼休みには学校に戻った。


「おお駒鳥!大丈夫か………って、やっぱり折れてたか……」


「全治1ヶ月だとよ」


 杖をつきつき教室に入った駒鳥は、自分がいない間に少しだけ教室に様子が変わっていることに気がつく。


「席替えしたんだ。駒鳥は窓際の後ろから二番目だ!」


 駒鳥の鞄を受け取りながら鴎崎は駒鳥の新しい席に向かう。ゆっくり教室を横切りながら、駒鳥は教室の様子を見回していく。


「サンキュ。男女で隣じゃないところもあるんだな。鴎崎、お前の席は?」


「くじ引きだったんだけど男女で分けなかったんだ。俺はいきなりお見合い席だぜ…」


「ドンマイドンマイ。ところで、俺の後ろって誰?」


 げんなりしている鴎崎に曖昧に笑いかけながら、駒鳥は空席になっている窓際の一番後ろの席について尋ねた。

 そのときは鴎崎も曖昧にしか答えられなかったが、5時間目が始まってすぐ、その謎は氷解する。


「えー、であるからにして、ここでのthatは関係代名詞として」


ガラガラバァァンッ


 5時間目始まってすぐ、突然非常に乱暴に教室の後ろの扉が開かれ、じゃらじゃらと金属音をさせながら一人の生徒が教室に入ってきた。

 …………何気なく生徒と言ったが、その姿は生徒かどうか、一目で判断が付くものではなかった。


(まままさか………)


 黄緑色をベースにしたまだら色の髪を短めにし、ワックスか何かでセットしている頭。首にはヘッドフォンを装着し、腰には大量のパペットがつるしてあるが、かわいらしい人形の口の部分は金属の歯が仕込んであって、頭の色彩をそのまま受け継いだような私服は、まさにヤから始まる人種のもの。


(ヤ、ヤンキー?!つうかこんな奴学年にいたか!?しかもよりによって俺の後ろの席ィィィィ!!)


 内心、後ろの方の席でラッキー、とか思っていた駒鳥は、突然自分を裏切った幸運の女神を呪った。おかしい、今日は新学期!新しいクラスメイトたちと楽しくおしゃべりをし、フレッシュな出会いにあふれているはず!なぜカツアゲの危険因子が後ろに座っている!?

 自分の現状について、駒鳥はいろいろ言いたいことだらけだったが、ふと視線の隅にかすめた鴎崎の様子で、それどころではなくなった。


(あああー!お見合い席の鴎崎の周りにはかわいい女子が集中してる!ていうか最初は、お見合い席で鴎崎ドンマイ☆って空気だったけど、これじゃあもう、足折ってヤンキーの前の席になった俺の方が不運じゃん!クラスから生け贄に捧げられた俺とクラスの中心に腰を据える鴎崎って絵面だろ!いや、べつに女子にモテるとかモテないとかは関係ないんダ・ケ・ド………………………………………………………………うん、関係ぬ、ぬ、ぁ、あ、あ、あ、あ、あ)※「ない」と言おうとしています。


「おーい駒鳥ー、先に部活行くなー、一応顔だけ出してけよー」


 はたと気づくと教室には駒鳥以外誰も居なくなっていた。

 どうも、駒鳥が背後に不良にびくびくし、鴎崎をやっかんでいる間にいつの間にか時間は放課後になっており、出入り口から消えた鴎崎に状況を説明してもらうまもなく、教室には恐ろしいほどの静寂が訪れた。


(くそう!ぼーっとしている間に放課後かよ!あーあ、新学期早々不運続きだなぁー……。ま、くよくよしてても仕方ないから、早く部活に)


 ガタッ


 不意に背後から小さな物音がする。まさか、と駒鳥が最悪のシナリオを脳裏に描きつつ振り返る。すると、ギロリと擬音の聞こえそうな目つきの不良が、未だ後ろの席に残っていた。


(ギャアアアアアア!なんでいるんだ!?なんで帰らないんだ!?うわぁあああ!カツアゲされるー!!誰か助け………………ん?)


 しかし、不良がいるところまでは最悪のシナリオ通りだったが、不良の様子まではシナリオ通りとは行かなかった。


(………………………………なぜ不良が微積の課題をやっている…?)


 シャーペン片手に数式のかかれたプリントを睨みつけるその姿は“課題プリントが解けなくて困っている”不良にしか見えない。

 駒鳥はしばし渋い顔をして考え込んでいたが、不意に顔を上げた不良と目が合った瞬間、自分でもなにを考えていたのかわからない、というか、たぶん何も考えずに「どこかわからないのか?」と不良に質問した。


(…………俺!!!!なにやっちゃってんのぉぉぉぉ?)


  いきなり手元をのぞき込んだ上、関わりたくなくてしょうがなかった不良に自ら話しかけて、駒鳥は次の瞬間ガーンと擬音がつきそうなリアクションをしている。

 不良は甚だ驚いた表情をしていたが、返答に窮した後、プリントの一文をさして、静かに「導関数ってなんだ…?」と尋ねた。


「ど、導関数ってのは………ーーー」


 まさかふつうに質問されるとは(微積が分かんねえんだよオラァ!ぐらいの反応は来るかと)

 予想を超越した展開だったが、駒鳥は不良の質問に素早く反応し、結局、不良の課題が終わるまで一緒に居残った。

 翌朝、普段の朝練での早起きの癖が抜けず、早朝人気のない教室にやってきた駒鳥は、すでに着席していた不良を見つけて、思わず数歩後ずさる。


「…………お…オハヨォ……」


「…………なぁ」


 不良は、昨日と同じく駒鳥をギロリとにらみつけると、手元のプリントを指さしてぼそぼそと尋ねる。


「ブタノールとメチルプロパノールってなにが違うんだ?」


「それは」


 駒鳥は、なぜだか不意に笑ってしまいそうになった。


(んんん?なんで笑いそうになった?)


 おかしいようなことは一つもないのに、自分をにらみつけている不良を見ていると、なぜだか笑みがこぼれそうになる。


「何だよ」


「ん、あ!ごめん、何でもない。で、ブタノールとメチルプロパノールだっけ?」


 結局、駒鳥は不良の課題をまた手伝った。

 お昼休み、駒鳥が杖を使ってうんせうんせと廊下を歩いていると、クラスメイトの男子何人かが駒鳥に話しかけてくる。


「なぁなぁ駒鳥、おまえの後ろの席の奴、どんなんだよ?」


「いやー、俺もまだあんま話してないけど、見た目よりも普通の奴っぽいな」


 怖いもの見たさのようなにやにやした笑みを浮かべる男子に、駒鳥は正直に答え、頭の中の不良に、『普通の奴』のレッテルを貼る。


「まじかよ!私服で登校した理由、制服が血みどろになったからだったのに?!」


「ち、血みどろ……」


 恐らく前日に先生から説明があったが、病院に行っていたため聞いていなかった私服の理由をしり、駒鳥は不良に『普通の奴(仮)』のレッテルを貼りなおした。


「なんでも、鷺塚って、問題起こして半年も停学だったんだってよ!」


「……鷺塚って?」


「お前の後ろの席の不良に決まってんだろ?」


「へ、へぇ…」


 おしゃべりな男子は、駒鳥が聞いてもいないのにぺらぺらと不良・鷺塚についての情報を流していく。


「教師ともめたとか生徒ともめたとか、ともかく超ヤバい奴だって!関わんないようにしとけよ!」


「でも、俺が勉強見てやったときは」


 ビュッガンッ


 突然、駒鳥の目の前の掲示板に、カッターが壁に垂直に突き刺さっていた。


「うわぁああ!」


 話していた男子は一目散に逃げ出し、とっさに動けなかった駒鳥は、カッターに切り裂かれたポスターの『静かに』の文字と、カッターを放ったらしい仏頂面の鷺塚を見比べる。


(…………………アレ…?俺、なんか気に障ることしたッケ…?)


 冷たい汗を滝のようにかきながら、駒鳥はライオンの牙に乗った小鳥の気分でその場から逃げ去った。

 その日の放課後、帰り支度をするクラスメイトたちに紛れて、やはり鷺塚はまじめに課題らしきプリントをやっている。


(……あれか?停学になってたっていうし、ペナルティー…みたいな?)


「何見てんだよ」


 何気なく振り返っていた駒鳥の視線に気づき、鷺塚はギロリと駒鳥を睨んだ。


「ス、スイマセン、ナンデモナイデス…」


 駒鳥の返答に、鷺塚は不機嫌な表情で再びプリントに視線を落とす。


「……何でもないならさっさと帰れよ」


「ハイ、カエリマス」


 右足右手が同時に出ているようなモーションで駒鳥が立ち上がろうとしたとき、不意に鷺塚は「あっ!」と声を上げた。


「ど、どうした…?」


「…いや……なんでもない………」


 しばし二人の間に沈黙が降りる。数分後、消え入りそうな小さな声で


「……………英語の関係代名詞節の訳仕方が分からない……」


 根負けした鷺塚がつぶやいた。

 駒鳥はなぜだか少し安心したような面もちでもう一度席につき、もちろん鷺塚の課題につきあった。

 その後、数週間に渡って駒鳥は朝と放課後の2回、不良の課題につきあい続けた。


 そんなある日、駒鳥は何の気もなしに、昼休みには空っぽになる鷺塚の机を見ていた。


「駒鳥、何見てんだ?」


「ん?何って……んー…机…?」


 鴎崎に不意に尋ねられ、駒鳥は一瞬返答に詰まり、しかも曖昧に返事をする。


「どうしたんだ?鷺塚の机なんか見ちゃって」


「いやー…あいつ、昼休みはどこにいってんのかなぁー、と」


 質問をしてもぼんやりとしか返さない駒鳥を、鴎崎は鎮痛剤か何かの所為でぼーっとしているんだろうなとだけ考え、何気なく「屋上じゃね?」と答えた。


「屋上か」


「結構飯食ってる奴も多いらしいしな。俺は花粉症だから行かないけど」


「ふーん……」


 鴎崎から有力な情報を得た駒鳥は、早速昼食後屋上へ向かってみる。しかし、杖をついている駒鳥には、屋上への道のりは想像以上に厳しかった。


(くそう!普段バスケ部で体力には自信があるけど、これはキツイ!)


 なんとか最後の階段を上っている最中、ついに杖の先が滑り、そのまま後ろに大きくのけぞる。


「うわああああ!」


 そのまま階段を転げ落ちる…かと思っていたら、誰かが背中を支えてくれて、駒鳥は元の角度まで起こされた。


「……ありがとう…」


「こんなところで何してるんだよ。気をつけろよ」


 支えてくれたのは屋上にいるとばかり思っていた鷺塚で、駒鳥は目を白黒させながら礼を言う。

 鷺塚が一度屋上から去ったものの、もう一度屋上にきていたのは、屋上に忘れ物を取りに来ていたためらしく、駒鳥が見守る中、鷺塚は給水塔の一番上まで、スルスルと登り、なにやら小さな紙切れのようなものをとってきた。


「鷺塚って、力持ちだし、すごい身軽だな」


「………そりゃどうも」


 正直な感想を言った駒鳥に、鷺塚は神妙な表情でぼそりと返事をし、さっさと屋上を後にする。


「というか、何をとってきたんだ?」


「そうだ、駒鳥。俺が屋上で飯食ってること、誰にも言うなよ」


(え、無視…?てか屋上でぼっちめしなのか……?)


「あと、ペナルティの課題やらされてることも、お前が手伝ってることも、言うなよ」


「あ、あれ、やっぱしペナルティーだったのか」


 今度も、駒鳥が正直な感想を漏らすと、鷺塚は非常に不機嫌な顔になって、駒鳥をギロリと睨んだ。


(ぺ、ペナルティーのことは、禁句?!)


「…………………知りたいなら放課後に教えてやる」


 教室の前の廊下までさしかかったとき、鷺塚はそれだけいって先に走り去ってしまう。

 で、約束の放課後。


「…………………去年、教師に文句を付けて、クラスメイトを泣かせたら停学になった」


 古文の問題を解き初めてすぐ、鷺塚は自分からそう語った。


「文句付けただけで停学って!………いったいどんな文句を……」


「教師の言ってることが理解できなかったから質問したら、逆ギレされて、ムカついたからクラスメイトの机を使ってキレてやった」


(……うーん、机を持ち出したのが停学の主な原因な気がする)


 複雑な心境で駒鳥が渋い茶を飲んだような顔をしていると、鷺塚は何でもないかのように続ける。


「ま、元々評判が悪かった教師を一人辞めさせられたし、別によかったんだけどな」


「ははは、だったらお前英雄じゃん。クラスの奴は誤解してたけど、お前すごいな、先生一人やめさせるなんてさ」

 鷺塚はさもなんでもないかのように言ったが、純粋にすごいと思った駒鳥は、鷺塚に自然と笑いかけた。


「……そうかもな。結果停学になったけど、俺は英雄か」


 つられて笑い返す鷺塚。不意に、駒鳥はその笑顔にドキリと心臓を捕まれたような気がした。

 捕まれた心臓はいつまでも離してもらえず、駒鳥は家に帰っても鷺塚の笑顔が脳裏に浮かんでいた。


(びっくりした…………あんな風に笑うんだなぁ……あいつ…………)


 怖い見た目をしているのに、笑うと花がほころぶような可憐さがあったなと思い、同性に何考えてんだ!と駒鳥はベッドの上で自分を枕でポンポン殴る。


(でも、なんかあの顔、もっかい見たいなぁ…………)


 駒鳥は枕に押しつけた顔がニヤケるのを無視した。

 しかし翌日、駒鳥は突然ぶり返した足の痛みに悩まされていた。それまでは足が治ってくるに従って痛みも順当に引いていっていたにも関わらず、痛み止めを飲んでも収まらないような痛みが、昼休みあたりから続いていた。


(痛い………他のことがどうでもよくなるぐらい痛いィ……)


 痛みで朦朧としつつ、その日も放課後は鷺塚と向かい合った駒鳥だったが、痛そうにしている駒鳥を見た瞬間、鷺塚が血相を変えて立ち上がる。

 そして駒鳥がどうしたと尋ねるまもなく、両手に腰のパペットをはめると、鷺塚は駒鳥に向かって飛んだ。


「うわっ!鷺づ」


「失せろ悪霊!!」


 落ちてきながら、鷺塚が両手のパペットで何かを握りつぶした瞬間、耳では聞こえないが、駒鳥は何かの断末魔を感じた。


「さ、鷺塚…なんか断末魔が……」


「悪霊がとりついて、足の傷を悪くしていた。もう祓ったから大丈夫だ」


 落ちてきた鷺塚に押し倒され、口を金魚のようにパクパクさせている駒鳥に、鷺塚は何でもないかのように解説する。


「ああそうか、って!いやいやいやいや、ちょっと理解できんし!てかお前大丈夫か?おもっきし落ちてきたし」


 つっこみを入れながら、自分に覆い被さっている鷺塚を、駒鳥は何気なく起こしてやる。


むにゅ


(ん?今なんか、むにゅって……)


「!?!?!?な、なにすんだよッッ!!」


 ごくごく自然に胸を押した駒鳥は、不思議な感触に首を傾げ、鷺塚は耳までを真っ赤にして、そのままバク宙で起きあがると駒鳥をおいて帰ってしまった。


(……鷺塚、どうしたんだ?それにあのむにゅは…)


 そこまで考えた時点で、駒鳥は「ああああああ!」と叫びたくなるようなことに気づいた。



☆☆☆☆☆



 真夜中の町を疾走する。

 前方を逃げる黒い影を追いかける。


「待てっ!」


 路地裏に駆け込んだとき、真っ赤な女が拳を振り下ろし、その手に握った刃が鼻先をかすめる。


【死ねえええええええええええええええええええ】


 横に捌いた腕をねじりあげて包丁を落とさせると、そのまま二人は乱闘になる。素早くパペットをはめて、今度こそ握りつぶそうと影をつかむ。


【ぎゃああああああああああああああああああああ】


 しかし、急に女はきびすを返し、そのまま大通りにつっこんでいく。


「待てっ!!!!」


 女を追いかけて取り押さえて、その影を握りつぶす。


(今度こそやった!)


 よろめく女の体を抱き止めて、ほっとした瞬間、耳を刺すようなクラクションと、二つの光る目がすごいスピードで迫ってきた。

 とっさに女を歩道の方へ突き飛ばした次の瞬間には、視界は白く塗りつぶされ、ヘッドライトのまぶしさにぎゅっと目を瞑る。


「駒鳥ッッ……」


 車とぶつかる刹那、脳裏に浮かんだ名をお守りみたいにつぶやいた。



★★★★★



 悪霊騒動の後、それまで毎日言葉を交わしていたのに、鷺塚が学校に来なくなったこともあり、駒鳥と鷺塚はほとんど顔をつきあわすことはなくなっていた。


 放課後、部活での雑事をこなしながら、駒鳥はため息をつく。


「はぁ…………………」


「駒鳥、足の具合はどうだ?」


「鴎崎……うーん、ぼちぼちだな」


 杖はとれたとはいえ、まだ練習にでれない駒鳥を見て、その浮かない様子から、鴎崎が練習の手を止めて話しかけた。

 返事をしながらも、突然日課と化していた事柄を奪われ、駒鳥は喪失間を抱えながら、鷺塚との最後のやりとりのことを考えていた。


(まさか……まさか鷺塚が、いわゆる女子だったとは……)


 一見不良のような格好をしていて、声も低めだったので、駒鳥は完全に外見にだまされていた。よくよく考えれば、身長も大柄な女子だったらぜんぜんありな身長だったし、声もハスキーな女子でぜんぜん通用していた。


(たしかに男子という確証はなかった、それにあの…あのお、おおおおおおおお)


「そうか、足早く治せよ。副部長が居なくてみんな寂しがってたぞー」


「副部長がやすんでても、誰も気づきませんでしたよー」

「はは……」


 部員にからかわれて苦笑するが、駒鳥は頭の中のマイワールドで葛藤している。


(最っっっっっ低だろ!!俺!あれはセクハラって奴だろ?!しかも、何でよりにもよって鷺塚なんだよ!)


「はぁぁ」


 足と頭と胸が痛い。鷺塚の自分を嫌悪する表情を思い浮かべて、駒鳥は胸が痛み、それをどう回避するかに考えを巡らせて、頭が痛くなる。


(というか、鷺塚何で学校こないんだ?そ、そんなにセクハラを受けたことがショックだったとか?!)


 驚いた鷺塚の表情を思い出して、激しい歯がゆさと悲しみが胸に沸く。


(………………俺は、特別でいようと思ったのに…)


 周りからの評判と貼られたレッテル。自分はそれに振り回されず、鷺塚と関わっていきたい。

 初めて話したときからあった願いと、笑顔を見たときに生まれた自分は特別になれるかもしれないという希望を、駒鳥は自分でぶち壊したのだと痛烈に感じた。


「はぁぁぁ……」


「はぁああああああああああああ!」


 手遅れを嘆いて駒鳥が溜息をつくと、それとは比べものにならないぐらい大きな溜息が体育館に響きわたった。

 今まで気づかなかったが、体育館の壁に額をつけ、脱力している部員がいる。


「…………どうしたんだ…?というか誰だ?」


「バレー部員ですわ。好きな子に告ろおもてたら親友の彼女やったそうで」


 駒鳥の疑問に答えたのは関西弁が独特の中2の鴻で、答えたついでに、鴻は舌打ちをしながら文句を垂れる。


「朝からずーっとあんな様子で、ほんまうざすぎですわ」

「辛口だなー」


「恋するんは勝手やけど、うるそうてかなわんすわ。しかも告白もしてないって、これやからヘタレは嫌なんすよー」


 プリプリ怒りながら去っていく鴻。駒鳥の耳には鴻のセリフが引っかかっていた。


(恋か………恋だったのかもしれない……………)


「でも、関係なくなっちゃったのかぁー……」


 天井を仰いでつぶやいたセリフで、駒鳥は想像以上に傷ついた自分に気づく。


 翌日の昼休み


ガラガラバァァンッ


 にぎやかな教室に、前と同じように扉を開けて入ってきた人物を見て、駒鳥は思わず声を上げそうになった。


「……ヤバくない?」


「アイツ、どうしたんだ?」


「最近見ないと思ってたら……喧嘩か?」


「喧嘩じゃなくて事故だって!」


「右目やっちゃってんじゃん」


「マジでこわぁい」


 無遠慮なクラスメイトたちが交わすヒソヒソとした会話など、駒鳥の耳には届いておらず、初めてあったときのように仏頂面でつかつかと教室に入ってきた鷺塚だけを、駒鳥を見た。

 吊られた右腕と大きなガーゼに覆われた右頬と右目。目に見える包帯たちからは、服の下にも数え切れない傷があることが伺える。


「鷺塚!」


 駒鳥は彼女の肩を掴み、目を丸くして声高に質問した。


「お前、どうし」


「……てめえには関係ねえ」


 関係ない。鷺塚がギロリと睨んで話った言葉で、駒鳥は頭が沸騰したかと思った。


「関係……なく、ない………!!」


 噛み潰したような言葉を漏らし、駒鳥は肩を掴んだ手に力を込める。


「関係なくないだろ!!」


 今度は、普段穏和なのに急に怒鳴った駒鳥に、クラス中がどよめく。鷺塚も一瞬驚いた顔をしたが、駒鳥をキッと睨むと乱暴に手を振り払って、きびすを返し教室を出ていった。


「鷺塚!おい鷺塚!」


 駒鳥は、混み合った廊下に邪魔されて追いつけない鷺塚の名を、何度も何度も大声で呼ぶ。それにつれて、鷺塚はどんどんスピードを上げていく。


「鷺塚!」


 屋上の扉を開いた時、やっと駒鳥は鷺塚に追いついた。


「てめえには関係ねえんだよッッ!!」


「関係なくない!!」


 駒鳥に向かって、鷺塚は叫び、駒鳥は歩み寄りながら言い返す。


「関係ねえよ!つか関わんな!!俺に関わる所為で、お前まで不良でイカレた奴ってレッテルを貼られんだ!ふざけんな!お前は…お前だけは、俺とは……俺とは、違うん、だ……それが、一番、だから………」


 駒鳥が歩み寄るのにあわせて、鷺塚はフェンスの方へ後退していく。最初は叫んでいたのに、鷺塚の声は、フェンスにもたれる頃には、うつむいた自分に言い聞かせるような、小さな物になった。


「だったら」


 彼女のすぐ目の前に立った駒鳥は、ひどく悲しげなトーンで鷺塚に尋ねる。


「どうして泣きそうな顔してるんだよ……」


 透明な涙を目にいっぱいためた鷺塚は、悲しそうなのに、どこか悔しくもあるような顔をして、口を閉ざした。


「なぁ。俺にとって、鷺塚は特別なんだ」


 うつむいた鷺塚に、駒鳥は優しい声音で語っていく。


「初めてお前を見たとき、正直すげえビックリしたけど、話したら、全然良い奴だって分かって、初めて笑いかけてくれたときも、すごくうれしくて…」


 優しく、穏やかにほほえんでいるのに、駒鳥の表情はどこか険しい。


「うれしくて、なんか舞い上がっちゃって、俺はお前の特別になりたいって思ったんだ。……セクハラしちった後は、完全に嫌われたと思ったけど、今日、お前にあって、やっぱり思ったけど、俺はお前と今までみたいな関係でいたい!」


 不意に、鴻の言った告白という単語を思いだして、駒鳥は息を吸い込みなおし、鷺塚の目を見つめて言った。


「だから、俺と関係なくならないでくれ!俺は、お前のことが好きなんだ!」


 潤んだ瞳に写った切なげな駒鳥。自分の考えなんか吹き飛ばしてしまう告白の所為で、鷺塚はずるずるとフェンスにもたれて座り込む。


「さ、鷺塚………?」


「………………バカじゃないのか……?」


 片手で目からあふれる涙を拭い、鷺塚はバカだバカだと繰り返した。


「私が、せっかく駒鳥の評判を落とさないようにって思って言ったのに……駒鳥を、守ろうとして言ったのに………こんなとこまで追いかけてくるし………好きだなんて言われたら、断れないじゃないか……」


 うれしくて、うれしくて、鷺塚の涙は止まらなかった。


「鷺塚は、俺の特別だから」


 初めて話したときからずっとそうだったように、優しく、そして今は愛しさも込めて、駒鳥は鷺塚を腕の中に抱いた。






オマケが次にあります

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