第47話 実家へ ~伊織編~
家に帰り、ほわほわの夢心地のままお風呂に入った。真広とお茶をした時にパンケーキも食べたので、お腹はいっぱいだ。
バスタブに浸かり、また佑さんの顔を思い出し、ほわわんと幸せに浸った。
お風呂から出て、早速母に電話をした。ああ、ドキドキする。
「ちょうどよかったわ。こっちからも電話しようと思っていたのよ。で、彼氏連れてくるんでしょうね」
声、怖いんですけど。
「うん。今週末に行く。土日どっちが空いてる?」
「土曜、一刻も早くに連れてらっしゃい」
「わかった」
「で、変な人じゃないんでしょうね?」
「違うよ」
「変な人だったら、お父さんと反対するわよ」
「変な人ってどんな人よ」
「お仕事していないとか」
「してるよ」
「すごい年が離れているとか」
「それはない」
「子持ちとか」
「それもない」
「とにかく、まともな人なのね?」
「ちゃんとしているから安心して」
「わかったわ。まあ、会ってから見定めるから」
こわ~~~い。お母さんの声、本当に怖い。
「で、でも、絶対にお母さんも気に入る…と思う」
「そんなの会ってみないとわからないでしょ。絶対に連れてきなさいよ」
「う、うん」
それだけ言うと母は、さっさと電話を切った。
「大丈夫かな、佑さん」
佑さんは素敵な人だから、気に入られないことはない。でも、うちの親を佑さんが気に入ってくれるかが不安だ。
そう言えば…。佑さんのご両親にもいつか会う日が来るんだよね。
「わあ。こんな私で、認めてくれるのかな」
そっちのほうが、もっと心配だ。
そうか。こんなほわほわした気持ちでいられないんだ。これから、いろんなことがあるんだ。しっかりしないと。
とか思いつつ、また私はにやけながら、すぐに今度は佑さんにメールをした。
>母に電話をしました。土曜日に決まりました。
メールをドキドキしながら待っていると、10分後、佑さんが電話をくれた。
「もしもし…」
「はい!伊織です」
ドキドキ。電話の佑さんの声も素敵だ。
「土曜日ですね、わかりました」
「あ、あの」
「はい?」
「母や父が失礼なことを言ったら、ごめんなさい」
「伊織さんのお父さんは、厳しい人ですか?」
「いいえ、まったく。すごく優しい人です。口数少ないですが」
「そうですか。良かった。娘はやらん…とか、言い出したりしないですね?」
「しません、しません!」
「僕の方こそ、へましないように気を付けます」
「へま?」
「こういうことには慣れていないし…。愛想って言うものが僕にはないので、気に入ってもらえる自信がないんです」
「大丈夫ですっ」
そんな話をしていて、30分が経った。おやすみなさいという佑さんの声が優しかった。
「ほわわ~~ん」
できたら、目の前で優しい笑顔で「おやすみ」と言ってほしかった。一緒に暮らしたら、おやすみって直に聞けるんだな。
ああ、まだまだ、結婚するってことが信じられない。とうとう、私も結婚するんだ。お嫁さんになるんだ。
「やっぱり、ちゃんと料理くらいできるようになるぞ」
そんなことを決意しながら、その日は眠りについた。
そうして、いよいよ我が家に佑さんと行く日になった。
朝から早起きして、化粧をちゃんとして服選びに時間もかけた。我が家に行くんだから、そんなに悩まなくてもいいか…とも思ったが、佑さんと釣り合うくらいのちゃんとした格好をしていったほうがいいかな…と考え直した。
きちんとブラウス、ジャケット、スカートの組み合わせで、緊張しながら佑さんが来るのを待った。
10時に車で佑さんはアパートまで迎えに来る。
ああ、ドキドキする。
携帯が鳴り、
「おはようございます。アパートの横に車停めています」
と佑さんがそう言った。
「はい、今、行きます」
私はカバンを持ち、慌てて部屋を飛び出した。鍵をかけ、アパートの階段を降り、佑さんの車まですっ飛んで行った。
運転席にいる佑さんは、ダークグレイのスーツ。ネクタイも決まっていて、いつにもまして素敵だ。
「おはようございます」
助手席のドアを開けそう言うと、佑さんも「おはようございます」と答えてくれた。でも、どこかぎこちない。
「緊張しますね」
と、助手席のシートベルトを締めながら言うと、
「そうですね。ここまで緊張するものなんですね」
と佑さんも顔の表情を硬くしながらそう言った。
「佑さんも緊張しているんですか?」
「そりゃ、しますよ」
そうなんだ。いつもと一緒のクールな佑さんだと思ったのに。
「ご両親、甘いもの好きですか?」
「はい。好きです」
「良かった。僕が贔屓にしている和菓子屋の和菓子を持ってきたんです」
「え?そんなに気を遣わなくても良かったのに」
「そうはいかないですよ。ちゃんとあいさつに行くんですから」
「……すみません。なんか、気を遣わせてしまって」
「伊織さん」
「はい」
佑さんはまだ発進させず、両手をハンドルに乗せたまま私を見た。そして、
「上司と部下ではなくて、恋人ですからね?」
と念を押すようにそう言った。
「は、はい。すみません。恋人っていうのがどういうものか、まだピンと来なくって」
「……。なるほど」
佑さんは、ふむ…と何やら考え込んだ。
「まあ、いずれ、恋人らしくなっていきますね、きっと」
そう呟くとようやく佑さんは車を発進させた。
恋人らしくって、どんなですか?と聞きたかったけど、聞けなかった。
天気は上々。ドライブにはもってこいの日。だが、二人してとてもドライブ気分を味わってはいられなかった。
家に着く少し前に母に電話をした。もうすぐ着くからと言うと、母はまた怖い声で、
「ちゃんと来るのよ」
と言った。私が逃げるとでも思っているのか。それとも、佑さんが逃げ出すとでも思っているのか。
我が家まではカーナビで、佑さんがまったく迷うこともなく無事に着いた。車を停め、佑さんと一緒に門をくぐり、玄関のチャイムを押した。
「は~~い」
と、母のかなり高い声が家の中から聞こえた。さっきの電話では低い声だったが、思い切りよそ行きの声を出している。
「いらっしゃい」
そう言って、いつもは着そうもない綺麗な色のカーディガンと履きそうもないスカート姿の母が現れた。
「初めまして。魚住と言います」
すぐに佑さんは母に挨拶をして頭を下げた。
「あ、あら。伊織の母です。……まあ、ここではなんだから、中にどうぞ」
母はそう言いながら、顔を上げた佑さんを見た。ちょっと間があり、
「どうぞ」
と玄関に佑さんを通した。
私もそのあとに続いた。靴を脱ぎ、靴を揃え、佑さんは家に上がった。母にスリッパをどうぞと言われ、それを「すみません」と言いながら佑さんは履いた。
一連の動作が綺麗だ。それに見惚れながら、私も家に上がった。
見惚れていたのは母もだった。そんな中、
「こんにちは、初めまして!」
と、家の奥から美晴がやってきた。
「美晴?なんでいるの?」
びっくりしてそう聞くと、
「将来のお義兄さんに会いに来たの」
と、可愛らしく微笑みながら佑さんを見て、
「妹の美晴です。よろしくお願いします」
と、首を傾げた。
あ、それ。一番得意としている仕草!なんで佑さんにまでするの?
「魚住です。初めまして」
佑さんは、クールな顔のまま美晴にそう言った。
「どうぞ、リビングに入って」
母にそう言われ、佑さんは「失礼します」とリビングに入って行った。その後を続こうとすると美晴に腕を引っ張られ、
「お姉ちゃん、びっくりだよ。すごいイケメン。お姉ちゃんってやっぱ面食いだよね。高校の彼もイケメンだったし」
と、そう言ってきた。
ギョ!今の、佑さんに聞かれてない?
「美晴、変なこと言わないで」
小声でそう言って、私は美晴の腕を振りほどき、リビングに入って行った。
中では佑さんが母にお土産を渡していた。
「まあ、和菓子?早速お茶を入れてきますから、みんなでいただきましょう」
母は上機嫌になりながらそう言って、リビングから去って行った。
「……お父さん、えっと。紹介します」
父はソファに座っていた。まだ立っている佑さんの横に私は並び、
「魚住佑さん…です」
と紹介した。
「魚住です。初めまして」
「まあ、どうぞ座ってください」
父はにこやかにそう言った。だが、ほっぺが少し震えていた。どうやら父も緊張しているようだ。
「はい、失礼します」
それに比べて佑さんは、ものすごく落ち着いて見える。が、きっと緊張しているんだろうなあ。
「伊織も座って」
「あ、はい」
佑さんの隣に座った。が、
「伊織、お茶を入れるの手伝って」
と母に呼ばれ、またすぐに立ち上がった。
「手伝ってきます」
そう言ってキッチンに行くと、母と美晴が小躍りしていた。
「ちょ、ちょっと、伊織、あんた」
母は顔を赤くしながら、興奮気味に私の腕を掴み、
「イケメンじゃないの」
と、唐突にそう言った。
「え?」
「あんた、騙されていない?」
「まさか」
「本当に?詐欺とかじゃない?」
「そんなことあるわけないでしょ」
「じゃあ、なんであんなにかっこいい人が、あんたなんかと結婚するわけ?」
なんなんだ、この親は。
「お茶入れて、すぐに持っていかないと、きっと今リビングでお父さんと何を話していいかわからなくなってるよ」
「あ、そうね。お父さんも緊張しまくっていたから、今頃困り果ててるわね」
母はそう言って、急いでお茶を入れた。美晴も和菓子をお皿に並べ、私はそれらをお盆に乗せた。
「お待たせしました」
と、母と一緒にリビングに戻った。父と佑さんは、何やら話をしている様子だった。
「お母さん、魚住君は家庭菜園に興味があるらしい。後で、庭に案内しようと思うんだよ」
「まあ、魚住さんったら、お父さんに話を合わせてもらってすみません」
母がそう言ってお茶をテーブルに置くと、佑さんは「すみません」と言ってから、
「本当に僕は家庭菜園に興味があるんです」
と、母にそう言った。
「佑さんのマンションのベランダでも、プランターで野菜を育てているの」
私が父にそう言うと、父は「ほ~~」と感心した。
「まあ、じゃあ、伊織と趣味が同じなのね」
「はい。伊織さんに教えてもらいながら野菜を育てているんです」
佑さんはスマートにそう母に答えた。
母はさっきから、嬉しそうに佑さんを見ている。絶対に気に入ると思っていたんだよね。その横で、美晴もじっくりと佑さんを見ている。きっとあっちこっち、見定めているに違いない。
「魚住さんはお仕事は何を?」
「え?僕は、伊織さんと同じ会社で営業をしています」
「あら!じゃあ、社内恋愛?」
母が驚くと、ちらっと佑さんが私を見た。
「ごめんなさい。ちゃんとお母さんに話そうと思っていたんだけど、昨日の電話でもお母さん、さっさと電話切ったから言えなくて」
慌てて佑さんに言い訳をした。佑さんは、
「同じ課で働いています」
と、これまたスマートにそう母と父に告げた。
「名古屋から転勤になって、今、私の上司なの」
「上司?まあ」
母はまた目を丸くした。
「魚住さん、ご実家は?」
「東京です」
「じゃあ、ご両親と一緒に住んでいらっしゃるの?」
「いいえ。一人暮らしです」
「実家はもう出られたんですか?」
「はい。社会人になって2年目で大阪に転勤になりまして。その後一人暮らしをしていたので、一人暮らしに慣れてしまったもので」
母の質問攻めにも嫌な顔をせず、佑さんは返事をしている。
「ご兄弟は?」
「姉が一人います」
「じゃあ、4人家族?」
「いえ。僕が中学の時に両親は離婚して、姉も僕も母と暮らす方を選んだので、それからは家族3人でした」
「ご両親が離婚ですか。大変でしたね」
ようやく父が言葉を発した。
「…そうですね。母が大変な思いをしたと思いますが…」
「そう」
母はいきなり静かになった。すると佑さんが背筋を突然伸ばし、
「お話があります。よろしいでしょうか」
と、父と母を見てそう切り出した。
ドキ。これはもしや…結婚の報告?
「え、あ、はい」
母も父も同時に背筋を伸ばし、緊張した顔になった。美晴だけが、ずっと佑さんを見て余裕の笑みを浮かべている。
私も心臓がドキドキだ。佑さんを見ると、佑さんも緊張しているようだ。
「今日、お伺いしたのは…、お願いがあってまいりました」
「お願い?」
母が聞き返した。
「はい。伊織さんとは結婚を前提に交際をしています。それで、伊織さんとの結婚を認めてもらうため、伺いました」
「え?」
一瞬、父が固まった。母は、佑さんの顔をじっと見てから私を見た。
「本当に、この、伊織でいいんですか?」
そう、念を押すように聞いてきたのは母だ。
「は?」
佑さんは少し驚いたように聞き返した。
「もしかすると会社での伊織しか知らないかもしれないので、あとからガッカリしないように言っておきますが、この子、料理も掃除も洗濯もダメで、結婚してから後悔するかもしれないですよ?」
お母さん!自分の娘掴まえて、そんなこと…。
いや、責められない。だって、事実だし。
私は俯いて顔をあげられなくなった。
「………。それでしたら、大丈夫です」
少しの間があり、佑さんはそう答えた。今の間はなんだったのかな。
ああ、心臓に悪い。お母さん、変なことをもっと話し出したりしないよね。
「それに、なんにも特技もなくて。家庭菜園くらいしかできませんよ」
「フラワーアレンジも得意ですよね。僕はたまに伊織さんから教えてもらっています」
「そんなの!生活の役にも立たないし、そんな特技があってもなんにもなりませんでしょ?」
母はそうため息交じりに言った。
「部屋に伊織さんの作ったアレンジがあると、すごく僕は癒されますが…」
佑さんの言葉に、母だけでなく美晴もちょっと驚いている。
「でもね、どこをどう気に入ってもらえたのかわからないけど、伊織は本当に何もできない娘なんです。長女だからか、おっとりと育ってしまって。私も世話を焼きすぎたのか、自分でなんにもできないような子に育っちゃって」
「そんなことはないですよ」
佑さんがなんとかフォローをしようとした。
「いいえ、そうなんです。ね?お父さん」
「ああ、うん、まあ。でも、根はいい子ですよ。まっすぐに育ちましたし」
お父さんもフォローしようとしている。
「でもねえ」
お母さんは私の結婚を邪魔したいの?それとも、佑さんを気に入ってくれたんじゃないの?
「こんなに完璧な人が、なんだって伊織なんかと結婚したいと思ったのかわからないわ」
う…。そういうこと?
しばらく佑さんは黙ってしまった。
リビングに変な沈黙が流れた。ああ、なんでそんなことお母さん、言い出したかな。




