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第46話 返事 ~佑編~

 目をしばたきながら僕を見ている、伊織さんを見つめた。そして、

「伊織さんは自分のことを、自信がないとか、女子力がないとか言いますが、僕にとっては伊織さんが一番なんです。そのままの伊織さんが一番なんですよ」

とそこまで言うと、伊織さんはボロッと涙を流して、くしゃっと顔をゆがめた。


 そして下を向き、

「し、信じらんない」

と、呟いた。


「信じてください。相当僕は、伊織さんに惚れ込んでいます。結婚しないと言っていた僕が、伊織さんと出会って、結婚したいと思ってしまったくらい、伊織さんはすごい存在です」

「う…」

 伊織さんは大粒の涙をこぼし、スカートのポケットからハンカチを出して涙を拭いた。


 そして、グス、グス、と鼻をすすりながら、

「そ、それも、信じられないです」

と、小声でそう言った。


「伊織さんが信じようが信じまいが、僕が伊織さんを好きなことには変わりませんから」

「……」

「伊織さんは?僕のことをどう思っていますか?」

 そう聞くと伊織さんは、ハンカチで鼻をおさえながら、

「す、好きです。大好きです」

と、そう言ってくれた。


「はあ…」

 僕は安堵の息を吐き、

「すみません。もう一度聞いてもいいですか?プロポーズの返事を聞きたいんですが」

と、そう伊織さんに聞いた。


「……返事は、い、い…」

 い?まさか、「いいえ?」なのか?!

「イエスです」

 伊織さんはそう言うと、顔を真っ赤にして俯いた。


 イエスの「い」だったのか…。


 体中の力がいっぺんに抜け、僕は椅子の背もたれにもたれかかった。

「あ~~~~~、良かった」

 そう本音が口から出た。すると伊織さんは驚いたように僕を見て、また涙を流した。


「わ、私も」

 そこまで言うと、伊織さんはしばらく黙り込み、泣いていた。



 どのくらいの時間が経っただろうか。僕は、ヒックヒックと泣いている伊織さんを見ていた。ただ、黙って見ていた。すごく愛おしくて、すごく可愛くて、胸が熱くなるのを感じながら僕は伊織さんを見ていた。


 そして、伊織さんの涙がおさまってから、

「お見合い、しないですよね?」

 なんて、無粋な質問をしてしまった。


「え?お見合い?あ、そうか。真広が言ったんですね」

「はい」

「しません。母にもしないって言いました。ただ…」

「……ただ?」

 伊織さんは困ったように目線を下げた。


「ただ?」

「母に、お付き合いをしている人がいるって言っちゃったんです。そう言わないと、お見合いを勧めてきてうるさかったので」

「はい」


「そうしたら、母がその…。あの…」

「挨拶に行かないと…ですね」

「え?!」

「一度連れてらっしゃい…と言われたんじゃないんですか?」


「そ、そうなんです。ごめんなさい」

「何で謝るんですか?」

 伊織さんがやけに慌てている。

「あ、僕を親に紹介するのが…何か、問題でも?」


「ええ?!そんなことありません。佑さんだったら、親も喜んじゃいます。特に母、素敵な人だって大喜びしちゃいます」

「…そ、そうですか」

 時々伊織さんは、聞いてて恥ずかしくなるようなことを言うんだよなあ。


「あれ?じゃ、何か他に問題でも?」

「佑さんに迷惑じゃないかなって」

「結婚するんですから、一回挨拶に行かないとと思っていたところです」

「え?本当に?」


「挨拶に行って、日取りなど決めて行かないとならないですし。あ、そうだ。人事には来年度辞めると報告しますか?」

「…」

「それとも、仕事続けたいですか?」


「私は…」

「仕事、続けたいのであれば、僕はそれでもかまいません。ただ、同じ課で仕事を続けていくのは難しいと思いますが」

「え?」

「僕か、伊織さんが移動になると思います。事務職が移動はあまり前例がないようなので、僕が移動に」


「支店に行く可能性もあるんですか?」

「そうですね。ないとは言えないですね」

「それじゃ、遠距離?」

「あ、そうですね…」


「嫌です!絶対に嫌です。だったら、辞めます」

「いいんですか?仕事したいって言うのなら、僕の都合で辞めないでも」

「違うんです。私も、真広と同じように寿退職に憧れていたんです。だけど、仕事辞めたら、佑さんによっかかって生きていくことになっちゃうから、それで」


「いいですよ?よっかかってくれても」

「そんなわけには…」

「じゃあ、何か他の仕事でも…。あ、伊織さん、フラワーアレンジの先生があるじゃないですか」

「あれは、趣味に毛が生えたくらいのもので、収入にもつながらないですし」


「材料費プラス、少し受講料をもらったらどうですか?会社を辞めても教えに来たら、習いたいっていう人もいると思いますよ」

「…だけど、そんなの、たいした収入には」

「いいんです。僕が仕事を頑張りますから」


「……だ、だけど、私、料理も得意じゃないし…。あ、いえ。これから勉強します」

「いいですよ。僕が作りますから」

「そんなわけには!私、何もすることなくなっちゃいます」

「料理以外の家事をしてくれればいいですよ。あと…、子供が生まれたら、育児もありますし」


「………」

 伊織さんは、黙って僕を見つめた。

「あ、子供、欲しくないですか?」

「欲しいです。だけど、佑さんは?結婚も考えていなかったんですよね。それなのに、子供…」

「くす」

 僕が笑うと伊織さんは首を傾げた。


「そうなんです。家族を持つことなんて今までの人生の中で、考えたことが一度だってなかったんです」

「……」

「伊織さんに会うまでは」

「私に…?」

 伊織さんは、少し戸惑ったように眉を潜めた。


「はい。なぜか、伊織さんとだと、当たり前のように家族を持つことが容易に想像できる」

「え?」

「伊織さんと僕と子供とで、スーパーに買い物に行くことも、揃ってご飯を食べることも、運動会に行くことすら想像できるんです」


「そ、そうなんですか?」

 かあっとなぜか伊織さんは赤くなった。

「それで、いつにしますか?」

「は?」


「伊織さんの家に行く日ですが、いつにしますか?」

「週末…」

「今週の?」

「急ですよね?!じゃあ、えっと」


「いいですよ。わかりました。今週末、行きましょう」

「…ほ、本当に本当にいいんですか?」

 伊織さんは、目を丸くしながら僕に確かめた。

「いいですよ?」


 そう言ってもまだ、目を丸くしている。

「僕はいいですが…。伊織さんは?」

「え?!」

「僕はもう心の準備もできていますが、伊織さんはどうですか?」


 あまりにも目を丸くしているので、僕はそう聞いてみた。

「私ですか?えっと。あの…」

「……」

 まだ、先に延ばしたいんだろうか。


「あの…。佑さんが私の家に一緒に行ってくれるというのであれば、それは本当に、嬉しいことですけど」

「けど?」

「あんまりにも、とんとん拍子にいっているので、ちょっとびっくりって言うか、信じられないって言うか」

「信じられない?」

「佑さんに断られるんじゃないかとか、嫌がるかもとか、いろいろと、その、考えていたので」


「………」

 僕はじっと伊織さんを見た。伊織さんも黙って僕を見ていたが、そのうち顔を赤くして、俯いてしまった。

「僕の方こそ、もう伊織さんは僕との結婚を嫌がっているんじゃないかと思っていたので、こんな展開になってすごく嬉しいんですが」


「え、そうなんですか?」

「それに、焦ってもいます」

「焦って…って?」

「伊織さんの気が変わらないうちに、さっさと籍だけでも入れたいって焦ってます」


「そそそっ、そんな焦らなくても、私、気が変わったりしません。どっちかって言ったら、佑さんの方こそ、途中で、やっぱり私と結婚なんかしたくないって、気が変わったりするんじゃ…」

「しませんよ」

「でも、もっと他にもいい人がいるかもなって、なったり」

「しません」


「でも、やっぱり、独身がいいってなったり」

「しません」

「だけど、結婚は人生の墓場だって、そう思ったり」

「伊織さんにそばにいてほしいって、心の底から思っていますよ」


「……」

 あ、また泣きそうだな。目が赤くなって潤んできている。

「いい加減、僕の言うこと信じてもらえましたか?」

 そう確認すると、ポロリと涙を流し、伊織さんは頷いた。


「あ、もうこんな時間だ。席に戻ります。伊織さんは仕事終わったんですよね」

「はい」

「一緒に帰りたいんですが、まだ仕事が残っているので」

「はい」


「……でも、1時間もかからないので、僕のマンションで待っていてくれますか?」

「……え、えっと」

「はい?」

「帰ります。すみません。帰って母に電話をしたり、美晴に連絡したりするので」


「わかりました。じゃあ、僕は土日どちらも空いていますから、ご両親の都合を聞いてもらえますか?」

「はい。聞いてみます」

「では、僕はまだ報告書に記入をしないとならないので、先に帰ってていいですよ?」

「はい」


「……伊織さん」

「え?」

 椅子から立ち上がった伊織さんに、もう一回声をかけた。

「OKしてくれて、ありがとうございます」


「お礼を言うのは私の方ですっ。ありがとうございますっ!」

 伊織さんはそう言うと深々と頭を下げた。

「……」

 やっぱり、僕らはまだまだ、恋人には見えないよな。



 伊織さんは、先に会議室から出て行った。僕はプリントになんて書こうかしばらく悩んだ。

 溝口さんは、6月までか。できれば、伊織さんとは早くに結婚したいから、3月いっぱいで辞めてくれてもかまわない。


 来年春、3月か4月に退職予定。と、曖昧に書いた。これで、営業2課は、来年度新入女子社員が二人来るだろう。


 少し、職場から伊織さんがいなくなるのは寂しい。だが、家に帰れば、伊織さんが待っている…というのは、想像するだけでも浮かれる。


「まいった」

 にやけそうだ。このままデスクに戻ったら、やばいよな。


 しばらく僕は会議室にいた。伊織さんの真っ赤な顔を思い出し、顔をにやけさせながら。


 今週末には、伊織さんのご両親に会う。ああ、どんどん結婚に向けて動き出すんだな。とうとう、独身主義で通そうとしていた僕も、結婚か…。


 


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