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第46話 返事 ~伊織編~

 佑さんが、信じられないようなことを言う。

 

「伊織さんは自分のことを、自信がないとか、女子力がないとか言いますが、僕にとっては伊織さんが一番なんです。そのままの伊織さんが一番なんですよ」

 ほら、また言った。


「し、信じらんない」

「信じてください。相当僕は、伊織さんに惚れ込んでいます。結婚しないと言っていた僕が、伊織さんと出会って、結婚したいと思ってしまったくらい、伊織さんはすごい存在です」

「そ、それも、信じられないです」


 涙が溢れてきた。鼻をすすりながらそう言うと、佑さんはすごく優しい目で私を見た。

「伊織さんが信じようが信じまいが、僕が伊織さんを好きなことには変わりませんから」

 う、うわ~~~。

「伊織さんは?僕のことをどう思っていますか?」

 

「す、好きです。大好きです」

 思わず私はそう口にしていて、あとから恥ずかしくなった。

「はあ…」

 佑さんが思い切り、ほっとしたという顔をしながら息を吐いた。


「すみません。もう一度聞いてもいいですか?プロポーズの返事を聞きたいんですが」

 わ、返事?そうだった。私、ちゃんと返事していなかった。

「……返事は、い、い…」

 ちゃんと言わなきゃ!


「イエスです」

「あ~~~~~、良かった」

 え?

 佑さんが、はにかんだように笑った。佑さん、私がイエスって言って、喜んでくれているんだ。


「わ、私も」

 また涙が溢れてきて、言葉が続かなくなった。


 佑さんは黙っている。黙って私を優しく見ている。その瞳が、すごく安心できるから、また嬉しくなって涙が出た。

 

 とうとう、返事が出来た。あれこれ悩んでバカみたい。佑さんのことまで悩ませてしまった。

 だけど、やっぱり私のどこがいいのかは疑問のままだ。


 涙がようやく止まって、私はまた佑さんを見てみた。まだ、優しい目で私を見ている。

 佑さんって、なんでこうも優しいんだろう。


「お見合い、しないですよね?」

「え?お見合い?あ、そうか。真広が言ったんですね」

「はい」

「しません。母にもしないって言いました。ただ…」


「……ただ?」

 言っていいのかな。彼氏を連れて来いって言われたこと。佑さん、どう思うかな。

「ただ?」

 また、佑さんが聞いてきた。これはもう、言うしかないよね。

「母に、お付き合いをしている人がいるって言っちゃったんです。そう言わないと、お見合いを勧めてきてうるさかったので」

「はい」


「そうしたら、母がその…。あの…」

「挨拶に行かないと…ですね」

「え?!」

「一度連れてらっしゃい…と言われたんじゃないんですか?」


「そ、そうなんです。ごめんなさい」

 どうしよう。行きたくないって思っている?

「何で謝るんですか?」

「…」


「あ、僕を親に紹介するのが…何か、問題でも?」

「ええ?!そんなことありません。佑さんだったら、親も喜んじゃいます。特に母、素敵な人だって大喜びしちゃいます」

「…そ、そうですか」

 あ、変なこと言ったかも。佑さん、困った顔しちゃった。


「あれ?じゃ、何か他に問題でも?」

「佑さんに迷惑じゃないかなって」

「結婚するんですから、一回挨拶に行かないとと思っていたところです」

「え?本当に?」


「挨拶に行って、日取りなど決めて行かないとならないですし。あ、そうだ。人事には来年度辞めると報告しますか?」

「…」

「それとも、仕事続けたいですか?」


「私は…」

 寿退社、したい。でも、それってやっぱり、この先佑さんによっかかっていくって思われるのかな。塩谷さんが言うみたいに、結婚に逃げるって思われる?


「仕事、続けたいのであれば、僕はそれでもかまいません。ただ、同じ課で仕事を続けていくのは難しいと思いますが」

「え?」

「僕か、伊織さんが移動になると思います。事務職が移動はあまり前例がないようなので、僕が移動に」


「支店に行く可能性もあるんですか?」

「そうですね。ないとは言えないですね」

「それじゃ、遠距離?」

「あ、そうですね…」


 ええ?結婚したのにすぐに遠くに?


「嫌です!絶対に嫌です。だったら、辞めます」

「いいんですか?仕事したいって言うのなら、僕の都合で辞めないでも」

「違うんです。私も、真広と同じように寿退職に憧れていたんです。だけど、仕事辞めたら、佑さんによっかかって生きていくことになっちゃうから、それで」


「いいですよ?よっかかってくれても」

「そんなわけには…」

「じゃあ、何か他の仕事でも…。あ、伊織さん、フラワーアレンジの先生があるじゃないですか」

「あれは、趣味に毛が生えたくらいのもので、収入にもつながらないですし」


「材料費プラス、少し受講料をもらったらどうですか?会社を辞めても教えに来たら、習いたいっていう人もいると思いますよ」

「…だけど、そんなの、たいした収入には」

「いいんです。僕が仕事を頑張りますから」


「……だ、だけど、私、料理も得意じゃないし…。あ、いえ。これから勉強します」

「いいですよ。僕が作りますから」

「そんなわけには!私、何もすることなくなっちゃいます」

「料理以外の家事をしてくれればいいですよ。あと…、子供が生まれたら、育児もありますし」


「………」

 子供?

「あ、子供、欲しくないですか?」

「欲しいです。だけど、佑さんは?結婚も考えていなかったんですよね。それなのに、子供…」

「くす」


 なんで笑ったのかな?

「そうなんです。家族を持つことなんて今までの人生の中で、考えたことが一度だってなかったんです」

「……」


「伊織さんに会うまでは」

「私に…?」

 私に会ってから?


「はい。なぜか、伊織さんとだと、当たり前のように家族を持つことが容易に想像できる」

「え?」

「伊織さんと僕と子供とで、スーパーに買い物に行くことも、揃ってご飯を食べることも、運動会に行くことすら想像できるんです」


「そ、そうなんですか?」

 そんなに先のことまで、想像していたの?なんだか、そんなことも信じられないよ。

「それで、いつにしますか?」

「は?」


「伊織さんの家に行く日ですが、いつにしますか?」

「週末…」

「今週の?」

「急ですよね?!じゃあ、えっと」


「いいですよ。わかりました。今週末、行きましょう」

「…ほ、本当に本当にいいんですか?」

「いいですよ?」

 びっくりだ。佑さんにどう言ったらいいか、悩んでいたって言うのに、こんなに簡単に事が進んでいっちゃうなんて。


「僕はいいですが…。伊織さんは?」

「え?!」

「僕はもう心の準備もできていますが、伊織さんはどうですか?」


「私ですか?えっと。あの…」

「……」

「あの…。佑さんが私の家に一緒に行ってくれるというのであれば、それは本当に、嬉しいことですけど」

「けど?」


「あんまりにも、とんとん拍子にいっているので、ちょっとびっくりって言うか、信じられないって言うか」

「信じられない?」

「佑さんに断られるんじゃないかとか、嫌がるかもとか、いろいろと、その、考えていたので」


 佑さんが黙って私をじっと見ている。ドキン。

「僕の方こそ、もう伊織さんは僕との結婚を嫌がっているんじゃないかと思っていたので、こんな展開になってすごく嬉しいんですが」

「え、そうなんですか?」


「それに、焦ってもいます」

「焦って…って?」

「伊織さんの気が変わらないうちに、さっさと籍だけでも入れたいって焦ってます」

「そそそっ、そんな焦らなくても、私、気が変わったりしません。どっちかって言ったら、佑さんの方こそ、途中で、やっぱり私と結婚なんかしたくないって、気が変わったりするんじゃ…」


「しませんよ」

「でも、もっと他にもいい人がいるかもなって、なったり」

「しません」

「でも、やっぱり、独身がいいってなったり」

「しません」


「だけど、結婚は人生の墓場だって、そう思ったり」

「伊織さんにそばにいてほしいって、心の底から思っていますよ」

 うそ。うわ~~~。

 ダメだ。また、泣きそう。


「いい加減、僕の言うこと信じてもらえましたか?」

 コクンと頷いた。同時に涙がまた溢れ出た。

「あ、もうこんな時間だ。席に戻ります。伊織さんは仕事終わったんですよね」

「はい」


「一緒に帰りたいんですが、まだ仕事が残っているので」

「はい」

「……でも、1時間もかからないので、僕のマンションで待っていてくれますか?」

「……え、えっと」


「はい?」

「帰ります。すみません。帰って母に電話をしたり、美晴に連絡したりするので」

「わかりました。じゃあ、僕は土日どちらも空いていますから、ご両親の都合を聞いてもらえますか?」

「はい。聞いてみます」


「では、僕はまだ報告書に記入をしないとならないので、先に帰ってていいですよ?」

「はい」

「……伊織さん」

「え?」


「OKしてくれて、ありがとうございます」

 ええ?お、お礼言われた。

「お礼を言うのは私の方ですっ。ありがとうございますっ!」

 私はそう言って、思い切り頭を下げた。


 頬に伝っていた涙を拭きながら部屋を出た。

 まだ胸が熱い。ドキドキしている。夢の中にいるみたいだ。


 まさか、夢ってことはないよね。


 デスクに戻り、泣き顔を見られないよう顔を伏せたまま、帰り支度をものすごいスピードで済ませた。真広はいなかった。もう帰ったのかな。

「お先に失礼しま…」

 早口で最後まで言い終わらないうちに、私はとっとと部屋を出た。


 ロッカールームに行くと、真広が椅子に座っていた。

「どうだった?」

「真広~~~~~~!」

 私は座っている真広に抱き着いた。


「わ。危ない。こける!」

 そう言われて、真広から離れた。真広は椅子から立ち上がり、

「お茶でもしていく?」

と聞いてきた。


「うん」

 グスッと鼻をすすりながら頷いた。


 真広とビルを出て、駅近くのカフェに入った。あまりうちの社員が入らないお店だ。わざとこの店を選び、店の奥に行った。


 ソファに座り、店員さんにコーヒーを頼み、水を飲んで一息ついた。

「その様子だと、うまくいったみたいだね」

 真広にいきなりそう言われ、私はまた頷いた。


「OKの返事できたんだ?」

「うん。できた」

「よかったね」

「うん。週末にはうちに来てくれるって」


「そうなんだ。じゃ、お見合いは…」

「しないよ」

「結婚の挨拶ってやつ?いつ結婚するの?」

「それはこれから決める」

「二人もうちの課、辞めちゃうんだね」

「…うん」


 二人でほっと溜息を同時に着いた。

「いよいよ、寿退社だね。あ、今日の塩谷の言ってたことなんか、気にしないでいいからね」

「ああ、うん」

 真広、私が気にしていたのわかっていたのかな。


「真広は、結婚したら仕事は?」

「パートとか出るかもね。岸和田だけの稼ぎじゃやっていけないかもしれないし。主任の方が絶対稼ぎいいでしょ」

「わかんないけど…」


 でも、仕事頑張りますって言ってた。

 ああ、さっきの佑さんの言葉を思い出すと胸が熱くなっちゃう。


「にやけてるよ、伊織」

「え?」

 やばい!


「信じられなくって。自分に起きていることじゃないみたい。これ、夢だったりしない?」

「それは私もだよ。明日の朝目覚めたら、全部夢でした…なんてならないよね?」

「真広、結婚式呼んでね」

「もちろん。でも、主任は呼びたくない」


「………」

 真広、本当に佑さんのこと毛嫌いしているんだな。


 それにしても、26までに彼氏を作りなって、そう美晴が言っていたのはついこの間のことなのに、まさか、彼氏どころか、結婚までしちゃうなんて自分でもびっくりだ。


 これから、どうなるんだろう。考えただけでも胸が高鳴っちゃって、ドキドキだ。

 それは真広も同じみたい。


 私たちは、1時間も話していた。これからの未来に想いを馳せながら。



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