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第4話 笑顔 ~伊織編~

 土曜日。DVDと茄子を持って、会社近くまで行った。だが、やっぱりいきなり茄子をあげに行くのも、呆れられるだけだろうと思い、DVDを返して、『レインマン』を借りて、家に帰った。


 ぼ~~っとしながら、『レインマン』を観た。魚住主任は、どのシーンが好きかな。私は、トム・クルーズが、ダスティン・ホフマンと踊るシーン。ここが一番好きだ。


 翌日、日曜日。しばらく服を買っていなかったが、セールになっていることもあり、洋服を買いに出かけた。真広を誘うと、服買いに行きたかったんだ!と喜んで一緒に行ってくれることになった。


「婚活パーティ行くわけだし、そういう服、買わない?」

 真広が、待ち合わせ場所に私が行くと、唐突にそう言ってきた。

「そういうのって、どんなの?」

「だから、お嫁さんにしたいって思わせるような服」


「どんなのよ、それって」

「私の場合は、いつも派手になるから、大人しめのを。逆に伊織は、地味な感じのばかり着ているから、派手目のものを」

「ダメ。派手なのも可愛いのも似合わないから」


「じゃあ、せめて、女らしいのとか買ってみたら?」

 二人で綺麗目のワンピースを買った。それを着て、早速お見合いパーティ行こうねと、真広はわくわくした目で言ってきた。


「私、そうだった。会社に着ていく服を買いに来たんだった」 

 真広の勢いで、つい、一緒にワンピースなんか買っちゃったけど。

「いいじゃない。この服着ていけば、他の部署の若い子から声かけられるかもよ」

「無理でしょ。もう、おばさんだし」


「やめてよ。まだまだ、若い気でいるんだから」

 そうは言ってもなあ。もう、アラサーって言う年齢に突入していると思うんだけど。

「そういえば、同期の川西君、大阪支店に転勤だって。知ってた?」

 洋服を買って、真広とカフェでお茶をしている時、真広がそんな話題を持ちかけてきた。


「川西君かあ。マーケティング部だったっけ。同期で狙っている子多かったよね」

「でも、大学時代から付き合っている人がいて、みんながっかりして…。あ、その彼女とは、とっくに別れていたらしいよ」

「そうなの?」


「私はああいう、顔がいいだけのタイプ嫌いだけど。性格チャラそうだし、伊織も苦手でしょ?」

「う、うん」

 アイスコーヒーをゴクンと飲んで、私は相槌を打った。


 実は、けっこう顔だけは好きなタイプだ。私、面食いだからなあ。でも、高校の頃付き合った、二股かけてた人に、どこか雰囲気が似ていて、そこが苦手なんだよね。


「彼女と別れたって聞いてから、アプローチしている子多いみたい。転勤しちゃうんだから、今さら頑張ったって遅いのにね」

「いつ転勤?」

「来週水曜には大阪に行くってさ」


「え?そんなに急に?」

「2週間前に移動決まったらしくって、この週末でバタバタと引っ越したとか。引継ぎとかあるから、明日明後日は、本社に出るようなこと聞いたよ」

「詳しいね」


「知りたくもない情報、教えてくれるんだもん。隣の席の40歳独身男が」

「あの人、男のくせに、噂好きだよね」

「そうそう。知ってた?魚住主任って、お酒飲めないんだって」

「そんなことまで噂になるの?」


「名古屋支店でも、大阪支店でも、お酒の席に出るには出ていたけど、あまり楽しんでいなかったらしい。なのにさあ、うまく取引先の人と仲良くなっちゃうらしいんだよね」

「へえ」

 すごいなあ、魚住主任って。


「なんか、裏で変なことしてるんじゃないの?」

「え?へ、変なことって?」

「わかんないけど。ちょっと偏屈っていうか、変わっていそうじゃん。何考えているかわからないけど、計算高そうだし。あ~~~~。明日会社に行って、魚住の顔見るの嫌だなあ。憂鬱。とっとと会社辞めたいよ。ね?伊織」


「え?う、うん」

 複雑。

 真広に主任の名前、呼び捨てにされた時、ムカッと腹が立った。なんでだろう。

 それに、あんまり悪口も言ってほしくないって思っちゃった。


 真広は、しっかりとお見合いパーティの情報をかき集めていて、早速、今度の週末、行くことになった。年齢は、20代後半から30代前半の人が良く集まるパーティらしく、真剣に結婚を考えている男性が来そうな予感がすると、真広は張り切っていた。


 真剣に結婚を考えているということは、切羽詰っているってこと?そういう男性は嫌だなあ。

 なんて、呑気に考えていられないか。そもそも、私の場合、賞味期限ぎりぎりなわけだし。


 そうだった。美晴に言われたことを、いきなり思い出した。26歳まであと半年。それまでに、彼氏を作り、あげないとならないんだ。


 いや、待てよ。待て待て。鮮度が落ちるとか、勝手なことを言われたけど、やっぱり、そんなの美晴が勝手に言っているだけじゃん。


 だけど。25歳にもなって処女だとか、ほとんと男性と付き合った経験がないっていうのは、男の人はどう受け取るんだろう。気持ち悪いとか、ドン引きされたり?


 そんな男ばかりじゃないよねえ。


 月曜。魚住主任と映画の話をいつできるかな…と、ドキドキしながら会社に行った。いつもより早くに目覚め、化粧も念入りにした。どの服にしようか本気で悩み、髪型も毛先のはねを、しっかりとヘアアイロンで直した。


 靴も、ぺったんこの靴ばかり履いていたが、パンプスを履いた。まあ、会社ではサンダルに履き替えちゃうんだけどね。


 デスクに座り、ちらっと魚住主任を見た。主任はすでに、パソコンを開き、何やら打ちこんでいた。

「おはよう、桜川さん」

 隣に北畠さんが座った。私はくるりと北畠さんのほうを向き、

「おはようございます」

と挨拶をした。


 北畠さんに話しかけられ、私は主任側ではなく、反対側を向いて話すことになった。ああ、主任の顔が見れなくなってしまった。

 北畠さんは時々、私ではなく、私の後ろの方に目線を向けた。ああ。ずるいな。主任を見ているんだ、きっと。


「今日の魚住主任のネクタイ、かっこいいわね。彼、絶対センスいいわよね」

「え?そ、そうですか?」

 実は私もチェックしていた。それに、時計も似合ったものをしている。確か、映画館でしていた時とはまた違う時計だ。


 仕事用と、プライベート用に使い分けているのかもしれない。それだけ、おしゃれに気を使っていると思う。

 靴だって、きれいに磨いているのを知っている。何気にそういうところは、目がいってしまう。


「彼女いるのかしら。もし、名古屋で付き合ってた女性がいたとしたら、別れてきたのかしらね。それか、遠恋か」

 北畠さんも、人のことをいろいろと詮索するのが大好きな人だ。だから、要注意。うっかりした事を言えない。


「おはよ」

 前の席に、始業時間ぎりぎりになって、真広が座った。前髪乱れているし、息も切れているから、遅刻しそうになって走ってきたんだろうな。


「溝口さん」

「は、はい?」

 真広が座った途端、魚住主任が真広を呼んだ。


「今、何時だかわかっていますか?」

「え?8時…59分です」

「そうです。せめて5分前には席に着き、仕事の準備くらいしていてくれませんか」

「すみません。以後気を付けま~~す」

 また、明るく真広はそう言うと、すぐに真顔になり、私に向かって、「嫌な奴」と口だけ動かした。


 こりゃ、ランチタイムはまた、主任の悪口大会だな。


「桜川さん」

 ドキ!わ。主任に呼ばれた。また私、へましたかな。

「はい!?」

「すみませんが、至急、コピーを20部ずつお願いします」

「は、はい」


 私は慌てて魚住主任の席に行き、書類の束を受け取り、コピー室に駆け込んだ。

 へましたわけじゃなくて良かった。でも、主任と普通に話をするって、なかなか難しいもんなんだな。会社では、話をするのは無理かしら。


 ん?ってことは、いつ話をするんだ?残業でもしない限り、話もできないってことかな。


 トントン。その時、コピー室のドアのノックをする音がした。

「はい」

 ガチャリとドアが開くと、魚住主任が顔を出した。

 わあ。主任だった。ドキ!


「すみません。さっきのに追加でもう1枚、これも20部、コピーをお願いします」

「はい」

「一人で大丈夫ですか?かなりの量ありますけど」

「大丈夫です」


「………」

 ?主任、なんで出て行かないのかな。もしかして、手伝ってくれるとか?


「あの映画ですが」

「え?」

「フィールド・オブ・ドリームス。良かったですよ」

「本当に?」


 ドキドキ。なんだか、嬉しいかも。

「あ、私も『アンタッチャブル』、感動しました」

「そうですか」


「……そのあと、『レインマン』も借りたんです」

「やっぱり?」

「え?」

「いえ。なんでもないです」


 主任はなぜか、くすっと笑った。そして、

「どのシーンが好きですか?」

と突然聞いてきた。

「主任は?」


「僕は…。ああ、せいので言いますか?」

「せいの…?」

「はい。レインマンの好きなシーン」

「あ、はい。じゃあ、えっと。いっせいの…」


 一呼吸して、

「トム・クルーズがダスティン・ホフマンと踊るシーン」

と言うと、主任と声がはもっていた。

「魚住主任も、あのシーンが好きなんですか?」

「はい。あのシーン、感動的ですからね」


「ですよね!」

 わあい。嬉しい。

 主任はまたくすっと笑い、

「じゃあ、なるべく早くにコピーをお願いします」

とそう言って、コピー室を出て行った。


 ドキドキ。どうしよう。主任のあの「くす」って笑う顔、素敵だって思っちゃった。

 いつもの、愛想のない主任からは、想像もできないような笑顔。


 きっと、みんな知らないよね。

 少しだけ、優越感。


 ランチタイム、私はまだ、ウキウキしていた。隣で、ずっと真広が主任の悪口を言っていようとも。

「でさ、なんか、ぎゃふんと言わせてやりたいんだよね」

「え?なんのこと?」

「魚住だよ。なんか、弱点掴んでさ」


 また、呼び捨てにしている。ここにも、会社の人いるかもしれないのに。


 私と真広は、向かいにあるビルの地下で、パスタを食べていた。席が空いていないので、カウンター席だ。隣に腰かけた真広は、パスタを食べながらも、ずっと主任の悪口を言い、やっとパスタを食べ終わると、そんなことを言い出したのだ。


「むしゃくしゃする。なんかさあ、スカッとすることないかなあ」

 真広はそう言って、私の顔を見た。

「伊織のストレス解消法は、一人カラオケだっけ?」

「うん」


「それって、スカッとするの?」

「するよ」

「私、歌うたうの得意じゃないしな」

「得意じゃなくたって、一人なんだもん。下手でも全然平気」


「え~~~。一人でカラオケボックス入る勇気ないしなあ」

「いるよ、けっこう、一人カラオケって」

「むなしくない?」

「全然」


「そうか。私は…、遊園地行って、ジェットコースターに乗って喚くか、ライブに行って喚くか…」

 そんなに喚きたいのかな。

「でも、一人で行くのはさすがに。ってことで、伊織、遊園地付き合って」

「嫌だよ。ジェットコースター嫌いだもん」


「しょうがない。大学時代の友達誘うとするか」

 良かった。この人、平気で何回もものすごいジェットコースター乗るからな。前に同期のみんなで、遊園地に行った時、私は一回だけジェットコースターに乗って、腰抜かしたけど、真広は、何回も乗っていたからなあ。


「真広はさあ、女子力高い男性ってどう思う?」

 オフィスに戻りながら、そんな質問を投げかけてみた。

「やだやだ。気持ち悪いよ。私、普通に家事も手伝ってくれて、子育てにも参加してくれたらそれでいい。仕事もまあまあ、真面目にやって、収入もまあまああって。そんな人でいいんだけど、いないんだよね」


「普通の人ってやつ?結局、普通の人って一番いないもんだよね」

「私なんて、普通の普通、普通ど真ん中の女なんだけど」

「あはは。そうだね、真広は。普通に料理も作れて、普通に遊びもして。私の場合は、女子力欠けているからなあ」


「伊織、料理ほとんどしないもんね。グリーンサラダくらいでしょ?私、伊織の家に遊びに行った時、びっくりしたもん。夕飯のメニューが、ご飯とおかずがグリーンサラダって、何これって、ほんと、びっくりしたんだよ」

「ごめん。それで、真広がもう一品作ってくれたんだもんね」

「そうそう。簡単なオムレツだけ。だって、卵とサラダくらいしかないんだもん、伊織の冷蔵庫」


「ダメだよね。そんなじゃ、結婚は無理かなあ」

「女子力高い人と結婚したら?でも、いるかな?そんな男。私はまだ、出会ってないわ」

「そう?」

 案外近くにいるよ。あの、魚住主任がそうなの。なんて、さすがに言えないけどね。真広が知ったらまた、気持ち悪いって悪口言いそうだし。


 トイレに行き、歯を磨き、いつもより念入りに化粧をした。すると、

「おや?なんで、今日は念入り?」

と、真広に聞かれてしまった。


「こ、婚活最中だから。だって、どこで誰に出会うかもわからないじゃない?例えば、取引先の人がやってきて…とか」

「ああ。同期でいたよね。取引先の人に見初められ、結婚しちゃった人。相手、かなりのボンボンだったらしいし」


「そ、そうだよ。婚活しているんだから、毎日気を抜かないようにしないとね?」

 私の苦しい言い訳を、意外とすんなり真広も信じ、

「私も、しっかりとメイクしちゃおう」

と、真広まで、化粧直しに時間をかけた。


 そして、ギリギリの時間に席に着くと、

「桜川さん、溝口さん、時間!」

と、魚住主任に注意を受けた。


 ああ。誰のために念入りに化粧直しをしているかって、わかってないよね。うん。わかるわけないね。

「は~~~い」

 真広はとうとう、可愛い子ぶるのも、やめたようだ。思い切り、ふてくされた声で返事をした。

 私は、「すみません」と小声でそう言った。ちらっと主任の顔を見ると、私ではなく、真広を見ていた。


 あ、呆れた顔をしている。それから、主任は私のほうを向き、目がばちっと合ってしまった。そして、思い切り視線を逸らされた。

 

 ちょっと、ショック。いや、怒られたわけだし、また笑ってくれるわけないか。

 魚住主任の笑顔ってもしや、思い切り貴重なものかもしれない。




 


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