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第34話 会議室にて ~佑編~

 日曜は、何をするのにも力が入らなかった。ボケッとしながら、掃除をし、洗濯物を干し、料理をした。

「はあ」

 午後3時、コーヒーを飲みながらソファに座ってぼ~っとした。


 ブルルル。携帯が振動した。また、姉貴か?ああ、違った。塩谷だ。

「もしもし?」

「主任!今、東京に着きました」

「ああ、明日から東京勤務だよな。こんなギリギリに戻ったのか?」


「はい。引っ越しに手間取っちゃって。主任、家ですか?今日お暇ですか?」

「暇と言えば暇だが…」

「じゃあ、これから行ってもいいですか?主任、今どこに住んでいるんですか?」

「ダメだ。家には呼ばないと言ったよな?」


「え~~~~~~~~~~」

「え~~じゃない。とっとと家に行けよ。明日から仕事だぞ。きっと外回りとかいっぱいあるだろうし、今日くらい家でゆっくりとしろよ」

「それは無理。だって、いろいろと買い物とかもしたいし」


「だったら、うちに来ないで買い物に行け。あ、まさか、僕に買い物を手伝わせる気じゃないよな?」

「…こっちで頼れるのって、主任だけだから」

「あのなあ。会社では部下なわけだし、いろいろと頼ってもいいが、プライベートまで面倒見れないよ。休みの日に買い物行きたいって言うなら、彼氏でも作れ」


「彼氏!?私に!?」

「いいんじゃないのか。彼氏くらい作って、デートでもしても」

「仕事人間の私に?!」

「………別にいいだろ?」


「主任だって、仕事以外興味ない。恋人だの奥さんだのいらないって言っていたじゃないですか」

「言っていたっけな。別に僕がそう言ったからって、合わせなくてもいいぞ」

「主任は?恋人欲しいんですか?」

「僕のことは別にいいだろ?用はそれだけか?明日、遅刻はするなよ」


「はあい」

 プツ。こっちから電話を切った。まさか、塩谷から電話が来るなんてな。仕事以外の用事で電話を掛けるなって、名古屋でも言っていたんだけどなあ。


「は~~~あ」

 なんで、彼女である伊織さんは電話をしてこないんだ。買い物に行きたいと誘ってくれても構わないのに。いや、なんの用事がなくてもいい。電話でもメールでもしてきてくれていいじゃないか。


「一応、付き合っているんだよなあ」

 凹んだ。何がどうしてどうなったら、もっと恋人らしくなるんだろう。


 結局、何の気も起きないままその日は終わり、月曜日になった。

 いつもの電車に乗っても、伊織さんの姿はなく…。


 会社に着いた。パソコンを開き、仕事をしていると携帯にまた塩谷から電話が来た。

「主任、すみません。寝坊しました」

「は?!」

「9時までには絶対に間に合わせます」


「遅刻するなって言っただろ?なんで寝坊しているんだよ」

「すみません。こっちの友達と地元で会って、遅くまで盛り上がっちゃって」

「言い訳はいい。全速力で来い!」

「はいっ」


 まったく。時間を厳守していた塩谷が、何をしているんだ。気がたるんでるんじゃないのか?

 ああ、なんだか、イライラする。


 8時55分になっても、塩谷は来なかった。そのうえ、溝口さんと伊織さんもだ。みんなして遅刻か?と思っていると、速足で、それも静かに溝口さんと伊織さんがやってきた。

「おはようございま~~す」

 溝口さんのやる気のない挨拶…。


 ……ん?いつもなら、伊織さんも挨拶をするのに、今日は何も言わないで座ったな…。

 具合がまた悪いのか?

 そっと伊織さんの方を見た。だが、息を切らしながら塩谷が部屋に入ってきたのが見えて、慌てて席を立った。


「塩谷、早く来い」

「はい。すみません」

「しょっぱなから、たるんでるぞ!」

「はい。すみませんでした!」


「言い訳はいいから、部長の所に挨拶に行くぞ」

「はい!」

 塩谷を伴い、部長の席まで挨拶に行った。部長はニコニコしながら塩谷を向かい入れ、僕と塩谷はまた2課に戻った。


 塩谷を伊織さんたちに紹介した。事務の3人は塩谷に対してちゃんとお辞儀をしたが、塩谷は頭を下げることもなく、偉そうにふんぞり返っている。

 ああ、こいつ、名古屋でもそうだったもんなあ。事務の女子から嫌われていたっけ。まあ、僕もそうだったが。


 塩谷を連れて、外回りをした。淀川さんが担当していたところを、今後は塩谷が担当する。

「淀川さんは、あまり商談もしていなかったようだし、淀川さんの担当の会社はどこも、伸び悩んでいる状態だ。塩谷、これからガンガン売上伸ばせよな。いいチャンスなんだからな?」

「はい」


「それから、淀川さんの担当していた会社の数も少ない。お前はもっとどんどん顧客を増やしていいからな?遠慮なく頼むぞ」

「もちろんです。遠慮なんかするわけないじゃないですか」

 やる気満々だな。


「それはよかった。寝坊なんかするくらいだから、すっかりやる気もなくしたのかと思ったぞ」

「すみません。つい、調子に乗っちゃって」

「あのなあ、買い物にいきた~~い、なんて甘えたこと言っているからだろ。気を引き締めてしっかりやれよ」

「主任が、彼氏でも作れって言ったんじゃないですか?」


「男と一緒だったのか?」

「高校時代の友達と、4人でカラオケしていたんです。男も一人混ざってましたけど」

「ま、プライベートのことまで口は挟まないが、遅刻はするなよな」

「はい。気を付けます」


「それと、こっちでは事務の子たちと問題を起こすなよな」

「え?なんのことですか?」

「名古屋で一人泣かせてただろ?きついことをしょっちゅう言って」

「ああ、あの子。だって、仕事全然できなくて、主任もよく怒っていたじゃないですか」


「まあな。仕事もできないんなら、とっとと結婚でもしてやめれば?ってお前が言って、本当に辞めちゃったんだよな。ああいうのはあとが大変なんだ。派遣の子を入れたけど、派遣の子も仕事をなかなか覚えなかったし、周りの連中がフォローするんだから、正社員を簡単に辞めさせるなよな」

「正社員なんだから、もっとまともに仕事してくれなきゃ。本当に、事務の子って、腰掛けOL気分で頭に来るって、主任も言ってましたよね?」


「確かに、言っていたけどな。だが、辞めるんだったら、新人の子を入れてからにしてほしい。途中でいきなり辞められるのが一番やっかいなんだからな。今度は、辞めさせるようなことをするなよ」

「今の課でってことですか?でも、あの3人、もう入社して何年も経っていますよね?じゃあ、多少きつく言ったって、簡単に辞めたりしないですよね」


「きつく言わなくてもいい。上司は僕だから、僕から注意をする」

「はい。なるべく気を付けます。でも、あんまりひどいようなら、私だって注意しますよ」

「……」

 こいつ、本当にきついからなあ。伊織さん、傷つかないといいんだが。


 まさか、伊織さんは弱いから、きつく言うな…なんて言えないしな。そんなことを言ったら、塩谷のことだ。逆に伊織さんをいじめそうだな。そんな弱い人間、とっとと辞めたほうがいいとか言って。体育会系の中で生きてきたから、精神の弱い人間はいらないって、そこまで思い込んでいるところがあるからな。


 外回りが終わり、午後からはミーティングだ。会議室にコーヒーを持って、伊織さんがやってきた。

 伊織さんか。北畠さんか、溝口さんだったらよかったのにな。


 静かにみんなが資料に目を通している最中、伊織さんも静かにコーヒーとミルク、砂糖を置いて行った。すると、

「なんだっけ、あなた」

と、つっけんどんに塩谷が伊織さんに聞いた。


 出た。注意したばかりだろ。塩谷、伊織さんに絡むなよ。だから、伊織さん以外の子に来てほしかった。


「桜川です」

 伊織さんは静かにそう答えた。

「ああ、桜川さん、私、ブラックなの。ミルクとお砂糖邪魔だから下げて」

「え?はい」

「そういうの、聞いてから置いていってよね」

「すみません」


 おいおい。そんなことくらいで、文句を言うな。みんな静かに資料を読んでいるって言うのに…。

「あと、これ、コピーを至急10部してきて」

「あ、はい」

 伊織さんは塩谷から頼まれ、会議室を出て行った。


「今回のミーティングで必要な書類、今、コピーさせに行かせましたから、もうちょっと待ってください」

 塩谷はそう言うと、資料に目をやった。

「必要な書類?なんだ?それは」

「あ、野田さんからプロジェクトのことで、朝、話を聞いていて、この資料もあったほうがいいかと思いまして。すみません、独断で決めてしまって」


「いや。積極的にそういうことをしてくれるのは構わないが…」

 それからしばらく、その資料が来るのをみんなが待ち、会議室はしんと静まっていた。

 ガチャリ。伊織さんが息を切らしてドアを開けた。コピーをして走ってきたんだろう。だが、

「遅いわよ。至急って言ったでしょ?」

と塩谷は、伊織さんにいきなり怒鳴った。


「すみません」

 伊織さんは頭を下げた。塩谷は椅子にふんぞりかえり、伊織さんは塩谷のところまでコピーしたものを持っていき、また静かに会議室を出て行った。


「お待たせしました。資料配ります」

 塩谷は椅子から立ちあがり、資料をみんなに配った。僕のところにも持ってきたので、

「塩谷、こういうのは自分で前もってコピーしておけ。会議が始まってから事務の子に頼むなんて、段取りが悪すぎる」

と、そう注意した。


「すみません。時間がなかったもので」

「…じゃあ、これから気をつけろ。あと、走って持って来てくれたんだ。礼くらい言えよな」

「え?誰にですか?」

「桜川さんにだよ」


 僕がそう言うと、隣の椅子に座っている野田さんもうんうんと頷いた。

「至急って言ったのに、遅くなったのは桜川さんが悪いからでしょ?」

「あのなあ。この会議室からコピー室まで距離があるだろ。頼んでおいてその態度はおかしいだろ」

「すみませんでした」


 塩谷は頭を下げ、自分の席に戻った。

「じゃあ、会議を始めます」

 僕は資料を見ながら、会議を進めた。塩谷は、意見をどんどん出し、意欲的な態度で会議に臨んだ。仕事のこととなると、その辺の男性社員よりやる気を見せる。今迄よりずっと会議は活気あるものになった。


 会議を終え、みんなは2課に戻った。

「主任、戻らないんですか?」

「ああ。塩谷の作った資料、もう一回見直したいから。もう少しここで見ているよ」

「何か間違いでもありました?」


「いいや。さっき、あまりよく読めなかったんだ。それだけだ」

「わかりました。じゃあ、私は先に戻っています」

「ご苦労さん。塩谷のおかげで、いろんな改善策も見えた。やっぱり、塩谷はすごいな」

「ありがとうございます。主任、いつもそうやって褒めてくれるから、またやる気が出ます」


 塩谷は頭を下げ、会議室を出て行った。こういう時には、礼儀正しいんだよな。多分、あいつの中で、人に対しての上下関係って言うのがしっかりとできているんだろうな。そういうのも学生時代のくせが抜けないのか。部活動の中で培われたものか。


 自分より上の人間には、礼儀正しい。だが、下の人間には態度がでかい。先輩にはぺこぺこして、後輩にはふんぞり返っていたんだろう。なんとなく、あいつの学生時代が想像できる。


 僕は特に体育会系ではない。高校時代、部活動はしていなかった。中学の時は陸上部だったが、上下関係の厳しい部ではなかったしな。


 トントン。ドアをノックして「失礼します」と伊織さんが入ってきた。

 少しだけ僕は、伊織さんが片付けに来るんじゃないかと期待していた。それもあって、会議室に実は一人で残った。


 伊織さんの顔は、どことなく暗い。まさか、また塩谷が何か言ったんじゃないよな。

「塩谷に、なんか言われましたか?」

「え?いえ。片付けに行ってと、命令されただけです」

「ああ、すみません。塩谷の口調、いつもあんなだから」

「…」


 あれ?もっと顔が暗くなったな。

 黙って、伊織さんは片づけを始めた。僕も資料に目をやった。だが、

「あ、あの」

と伊織さんが、話しかけてきた。


「はい?」

「土曜日はすみませんでした」

「…何がですか?」

「い、いろいろと、そのご迷惑を…」


 迷惑?まさか、キスを拒んだことを言っているのか?僕は伊織さんの顔をじっと見た。

「あ、あの?」

「迷惑はかけられていませんが?」

「…え、えっと」


 伊織さんは俯き、黙り込んでしまった。

「僕こそ、謝らないとならないんじゃないですか?」

「え?」

「僕のほうが迷惑をかけたんじゃないんですか?」

「いいえ。そんなことはまったく」


 そう言いながらも、表情は暗いよな。

「そうですか」

 やっぱり、困らせたんだろうな。そんなことを思いつつ、また目は資料の方に向いた。だが、まったく文字が入ってこない。


 伊織さんはテーブルを拭きだした。なんとなく、二人きりでいるのも重い雰囲気だ。

 伊織さんが、朝から挨拶をしないのも、今の表情が暗いのも、僕が原因なのか?

 ああいうことをして、ますます僕を警戒するようになったのか?それとも、嫌われたとか…。


 まいったな。伊織さんが何を考えているのか、さっぱりわからない。

 一点を見つめながら、そんなことを考えていると、いつの間にか伊織さんは僕のすぐ横にいた。

 いつの間に?こんなに近くに?それも、なんとなく何か言いたげな顔をしている。


「桜川さん?」

「はい」

「どうしたんですか?」

「……」

 だんまりだ。不安そうな表情をしたまま黙っている。そして、僕も黙っていると伊織さんはもっと顔を下げてしまった。


 まさか、泣いてる?気になり僕は席を立った。そして、俯いている伊織さんの顔を覗き込んだ。

「泣いていますか?」

「いいえ」

 伊織さんは顔を上げた。ああ、泣いていない。良かった。


 とほっとしていると、僕の目の前でどんどん伊織さんの顔は赤くなっていく。

 ?なんでだ?照れているのか?それに、なんだってこんなに僕の近くまで来たんだ?


「なんで、僕のそばに来たんですか?」

 単刀直入に聞いてみた。だが、

「それは…」

と伊織さんは、また俯いた。


「土曜も、なかなか車を降りようとしなかったのはなんでですか?」

「……それは、降りたくなかったからです」

 車から?それって、帰りたくなかったのか?

 怒っているわけでも、嫌われたわけでもないのか?


 いちかばちか、僕は伊織さんの腰に手を回した。これで、逃げられたら…。と一瞬手が止まったが、逃げられないようにと、思わず力も入った。

 ビク。伊織さんの体が固まった。だが、逃げようとはしていない。


 しばらくそのままでいると、伊織さんはもっと真っ赤になった。

 照れているのか。緊張しているのか。嫌がっているわけじゃないよな。


「僕が近づくと逃げるくせに…」

「え?」

「今も、逃げようとしていますか?」

「…そ、そ、それは…」


 少し伊織さんは慌てたように、目を泳がせた。

 だが、上目づかいでちらっと僕の顔を見て、すぐに真っ赤になって目を伏せた。


 可愛い。


 僕の腕の中で、小さく少しだけ震えている。でも、どうやら逃げないでいてくれている。

 キスを拒んだのは、嫌がってなわけじゃないのか。こうやって、掴まえてしまえば、逃げ出そうとはしないんだな。


 …。やばいな。

 耳まで真っ赤になっている伊織さんが可愛い。


 凹んでいた気持ちが、一気に上がっていく。目の前にいる伊織さんが、思い切り愛しくなる。

 あ~~あ。会社だというのに、まさか、この僕が職場で、好きな女性にキスをしようとしているなんてな…。


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