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第33話 落ち込み ~伊織編~

 夕飯はすきやき。佑さんと二人で食べるご飯は、なんでこうも美味しくて幸せなんだろう。佑さんは、会社では見せないような笑顔や、優しい表情で私に話しかけてくれる。

「くす」

 あ、また笑った。嬉しい。


 ほわわん。毎日こうだったらいいのにな。自分のアパートだと、お弁当を買って一人でテレビ観ながら、寂しく食べるだけだもん。

 佑さんと一緒に暮らせたらいいのに。


 ……なんて!ちょっと今、妄想モードになってた。

「伊織さん」

「はい?」

 何かな。いきなり改まった顔をして…。


「うちの課にいる塚本さんなんですが」

「え?」

「変なこと言われたり、言い寄られていませんよね?」

「あ…」


 佑さん、知ってるの?塚本さんが女に手が早いとか、私が狙われているってこと。

「まさか、もう言い寄られましたか?」

「いえ。大丈夫です」

「本当に?」


「えっと。たまに、からかわれたりもするんですけど」

「え?」

 あ、佑さんの顔、怖くなった。

「でも、大丈夫です。私、そういうの無視するし。ただ、コーヒー淹れてとか、コピー頼まれたりとか、私の上司でもないのに、頼みごとをしてくるのが、ちょっと…」


 あれ?佑さん、口がへの字…。

「まったくそうですよね。桜川さんは僕の部下であって、塚本さんの部下でもなんでもないのに」

 桜川さん?

「……あ。会社モードになって、つい苗字で呼んでいました。伊織さん」

 え?そうだったんだ。


 佑さんは、夕飯も食べ終わり、お茶をすすりながらまた話しかけてきた。

「うちの課、事務職が3人ですよね。伊織さんは僕の部下になるし、僕の担当している顧客の発注を担当していますよね」

「はい」


「で、溝口さんも僕の部下で、北畠さんも…」

「あ、北畠さんは違いますよ」

「え?」


「え?知らなかったんですか?」

「…はい。僕の方の担当に3人も事務の人がいるのかと…」

「北畠さんは、隅田主任のほうの担当をしています」

「え?でも、隅田主任は、本当にたま~~にしか用事を頼まないですよね」


「はい。いつも、コピーもなんでも自分でしちゃうんですよね。遠慮しているのかわからないんですけど。影も薄いし、その分、隅田主任の部下である塚本さんの方がいばっちゃっているっていうか」

「そうか~~~。悪いことをしたな。ずっと北畠さんにあれこれ頼みごとをしてしまって」

「でも、北畠さん、佑さんに頼まれると嬉しそうだし…」


 そう言うと、佑さんはじとっと私のことを黙って見つめてきた。

「あ、あの?」

 変なこと言ったかな?

「まあ、北畠さんにやたらと気に入られているっていうのは、わかっていましたけど」


「……そ、そうですか」

「知っていましたか?伊織さん」

「え?何をですか?」

「課の男性みんなが、伊織さんも僕に気があるって、そんな噂をしているのを」


「え?!」

「昨日は課長にまで言われてしまいました。桜川さんは魚住君のこと、相当好きみたいだなあ…とか言われて、どう答えていいのやら」

 うそ。何それ。


「まさか、もう付き合っていますなんて言えないですしね」

「そ、そうですよね」

「……」

 もしや、困らせてるのかな。それとも、呆れてる?


「ごめんなさいっ」

 私はいたたまれなくなり、思い切り謝った。

「は?」

「私がきっと、佑さんの前で真っ赤になったり、にやけたり、佑さんのことつい見ちゃったり、それもきっと、うっとりと見ちゃったりしているからばれちゃったんですよね!?」


「……」

 うわ。佑さん、目が点…。私、アホなこと言っちゃったかな。

「ご、ごめんなさい。これからは気を付けます」

「くす」

 あ、笑った。


「もう遅いと思いますよ?」

「え?」

 遅い?今さら気を付けても遅いってこと?

「いいですよ。確かに、そういう話になると、返答に困りますが…。でも、伊織さんが僕に気があるという噂が嫌なわけじゃありませんから。それに、真実ですしね?」


「う…」

 確かに、真実です。

「他の男に気があるなんて噂だったら、苛立ちますけど」

「そんなこと、あるわけないですっ」

「くす」


 あ、また笑われた。

「ずっと、思っていたんですけど」

「はい?」

「もしかして、そんなに伊織さんって、僕のことを…」


 ドキッ!

「あ、あの。そ、それは…。その…」

 どうしよう。佑さんのことがすごく好きだけど、でも、そんなこと言ったりして引くかな。

「め、迷惑ですか?」

 ドキドキしながら聞いてみた。すると、佑さんはまた、くすっと笑って、

「いいえ」

と優しく言ってくれた。


 良かった。ほっとした。

「コーヒー淹れますね。リビングのソファで待っててください」

 そう言って佑さんは、食器をキッチンに運び出した。


 私は言われたとおりにソファに座った。でも、やっぱりこの時間は、手持無沙汰…。毎回、いいのかなあ、私、なんにもしていない。

「はい。コーヒーとイチゴ大福…。あわないですかね?」

「いいえ。多分、あいます」


 隣に座ってきた佑さんにドキッとしながら、私はそう答えた。そして、二人でイチゴ大福を食べ、コーヒーを飲みながらテレビを観た。

 ドキドキ。いまだにすぐ隣に座られると、心臓が早くなる。テレビなんか、全然内容が入ってこない。


「もう、風邪は大丈夫ですか?」

「はい」

 コーヒーも飲み終え、私はモジモジしながらそう答えた。手のやり場に困り、膝の上で両手を組んだり外したり、手の甲をさすったりしていると、

「寒いですか?」

と、佑さんが聞いてきた。


「いいえ」

 寒くなんかない。どっちかっていったら、ドキドキして顔が火照っているくらいだ。

  

 す…。佑さんの手が私の左手に伸びてきて、私の手を握りしめてきた。

 うわ。


 ドキドキドキ。

「手、冷たいですよ?」

「いつもなんです。冷え症みたいでっ!」

 ああ。やたらと緊張して声が大きくなってしまった。恥ずかしい。


「冷え症?女性って冷え症の人が多いんですね」

「え?他にも誰か?」

 あ、やばい。聞かなかったら良かった。元カノが…とか言われたらどうしよう。


「姉がそうだったんですよ。母親は暑がりですけどね」

 姉?なんだ。ほっとした~~~。

 と思いつつ、まだ私の手を握っている佑さんの手があったかくって、離してほしくないような、でも、ドキドキして離してほしいような…。複雑な心境だ。


 ドキ。ドキ。佑さんが黙り込んだ。私は、テレビに視線を向けた。でも、すぐ横で私を見ている佑さんの視線を感じる。

 ど、ど、どうしよう。何で黙って私のこと見ているのかな。う…。耐えられないくらい、恥ずかしい。


「あの?」

 思わず、佑さんの方を見て聞いてみた。でも、まだ無言で私を見ている。

 ど、ど、ど、どうしよう。


「あ、あの?」

「伊織さん、まつ毛長いですね」

「そそそ、そうですか?」

 まつ毛?まつ毛を見ていたの?


 って、なんか、顔、近づいてきてる?!まさか、キス?!!!

「あ、このお笑い芸人、私、好きなんです!」

 私は思い切り顔を乗り出して、テレビの方を向いた。佑さんは、ぴたりと動きを止め、

「へえ、そうなんですか」

と、クールな声でそう言った。


 ドキドキドキドキ。今のは、やばかったかな。キスを拒んじゃったみたいになったよね。

 っていうか、もし、キスだったとしたら、何だって私、拒んだの?


 あ、佑さん、握っていた手も離しちゃった。それどころか、

「片付けてきます」

と、コーヒーカップを持って、キッチンに行っちゃった。


 ああ!私の、バカバカバカ。大ばか者!!!!!せっかくのラブラブモード。ファーストキスのチャンスを、自ら壊してしまった。


 テレビを観ながらも、私はどっぷりと後悔した。もういっぺん、お願いします。今度は拒んだりしません。ちゃんと、目も閉じて、覚悟決めますから…。なんて、そんなこと言えないし。


 ああああああ。私のバカ………。


 そのあと、佑さんは片付け物をし終え、

「送ります」

と、クールな声でそう言ってきた。


 怒ってるの?まだ、帰りたくないんだけどな。でも、

「はい」

と、私はソファを立ってしまった。


 まだ、本当は一緒にいたいんです。一緒にいると心臓がドキドキして、緊張するけど、でも、それでも佑さんの隣にいたいんです。

 まだまだまだまだ、一緒にいたいんです。


 心でそう言い続けながら、佑さんと車に乗り込んだ。そして、佑さんは無言のまま車を運転し、私も何も話せず、気まずいまま車は私のアパートの横で止まった。


「今日は、ありがとうございました」

 そう言って、ぺこりとお辞儀をした。それから、まだ帰りたくないから、のろのろとシートベルトを外そうとすると、

「外れないんですか?」

と、佑さんが聞いてきた。


「え?あ、なんか、引っかかっているのかなあ」

 嘘だ。まだ、車を降りたくないの。それだけなんだけど、言えない。

「貸してください、僕が外してみます」

 え?


 うわ!ドキドキ!!佑さんが体を寄せて、私のシートベルトを外しだした。でも、カチっと簡単に外れてしまった。

 ああ。もう、車を降りないと…。


 しん。佑さんは、またハンドルに両手をかけ、黙って私の方を見た。私がまったく動く気配を見せないからか、しばらく無言で私を見ていた佑さんも、

「降りないんですか?」

と、不思議そうに聞いてきた。


「あ、えっと」

「ん?なんか、忘れ物でも?」

「いいえ」

「……気分でも悪いんですか?」


「いいえ」

 まだ、一緒にいたいんです。せめて、キスだけでも…。

 ダメだ。そんなこと、言えるわけがないよ。


「お、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

「……、降りますね」

「はい。気を付けて」


「佑さんも気を付けて」

「はい。また月曜日」

「あ、はい。また、会社で」

「はい」


「……」

 のろのろと、ゆっくりドアの取っ手に手をかけた。すると、なぜか佑さんが私の手を取っ手から外した。

「え?」

「もしかして、まだ、一緒にいたいんですか?」


 ドキーーーッ!

「あ、あの」

 かあ~~~。顔が思い切り火照った。きっと真っ赤だ。

「でも、一緒にいると、危険ですよ」

「き、危険って?」


「僕は、また伊織さんにキスしそうになりますよ」

「え?!」

 ドキン。キス?

 どうしよう。いいですって言えばいいの?それとも、目を閉じればいいの?それとも、どうしたら。


「……」

 黙ってじいっとしていた。佑さんの顔を見ることもできず、ずっと俯いていると、

「すみません。困らせたりして。もう、僕も帰ります。おやすみなさい」

と、私の手を離し、佑さんはそう言った。


 ………キスは?

 しばらく佑さんの顔を見た。でも、佑さんは黙ったまま、動かないでいる。

「お、おやすみなさい」

 最後にそう言って、私はとうとう車から降りてしまった。


 そしてすぐに、佑さんは車を発進させた。車が見えなくなるまで見送り、がっくりしながらアパートの階段を上った。


 バタン。部屋に入り、おもむろにカバンを投げ捨て、ヘナヘナと床に座り込んだ。

「あ、アホだ。私…」

 思い切りの後悔。なんだって、キスしていいですって言えなかったの?


 いや、言えない。そもそも、最初にキスされそうになった時、なんだって拒んだの?


 あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 佑さんも、キスしてくれてもよかったのに。


 後悔しまくりのまま、その夜は更けていった。


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