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第32話 デート ~佑編~

 その日は課長と一緒に接待だった。相手は、50過ぎの専務とその秘書。専務は酒飲みで有名だ。酒を飲みながらの交渉は、僕には苦手なのだが、秘書がしっかりしていて、酒も一滴も飲まず、仕事の話も進んでいった。


「やあ、飲んだ、飲んだ」

 課長は専務のペースに合わせて、相当飲んでいたからな。帰りの電車でふらふらになっている。

「酒を飲まない君がいてくれて助かった。一緒に飲んだくれてたら、仕事の話なんか進まないからなあ」

「あの秘書、大した男でしたね」


「ああ、彼の方が仕事を進めているようだからね。ほんと、魚住君がいて助かった。やっぱり、君はすごいよ」

 課長はいつも人のことを褒めるが、酒を飲むとさらに褒めちぎるようにでもなるのか?

「部長が君を気に入っているのもわかる。真面目だし、仕事もできるし、娘の婿にしたいと言うのもわかる」

「は?」


 いきなり、何を言い出すんだ。

「うちにも娘がいてね、まだ高校生だが、君みたいな男なら、嫁に出してもいいなあって思うもんなあ」

 はあ?


「僕は課長から出世をできるとは思えないが、君だったらいくらでも出世するんだろうね。部長にでも本部長にでもなれそうだ」

「どうしたんですか?」

 褒めているわけじゃなくて、愚痴か?


「魚住君。君、結婚を真面目に考えたまえよ。菜穂さんは、いいお嬢さんじゃないか。今時珍しいくらいひかえめで」

「ああ、その話ですか」

 やっぱり、部長に言われているんだろうな。菜穂さんとの仲を取り持ってくれとかなんとか。


「どこか、気に食わないところがあるのか?そんなに結婚が嫌か?」

「嫌じゃないです。でも、結婚するなら、自分で相手は選びます」

「菜穂さんのどこがダメなんだ?」

「ダメってわけじゃないですが……」


「じゃあ、なぜだ」

 しつこいな。はっきりと理由を言わないと、これからもしつこくあれこれ言ってくるのか?

「じゃあ、はっきりと言わせてもらいますが、僕は今、お付き合いをしている人がいます」

「ええ?!」


 思い切り驚いたな。そんなに驚くことか?

「本当か?」

「はい」

「嘘をついているわけじゃないんだな?」

「そんな嘘つかないですよ」


「その相手と結婚もするのか?」

「…そうですね。結婚するとしたらその人とすると思います」

「まだ、結婚は決まっていないのか?じゃあ、菜穂さんのことも候補としてあげても」

「それって、二股かけろっていうことですか?」


「結婚は一生のことだから、将来誰と結婚したらいいのか、しっかりと考えたほうがいい」

「それは、今、お付き合いをしている女性と別れろっていうことですか?」

「いや、だから、一回、ちゃんと考えたほうがと言っているんだよ」

「………。結婚が一生の問題なら、僕は共に生きていくパートナーを、出世の道具として考えたくはないです」


「菜穂さんが出世の道具?まあ、部長の娘さんだから、将来のためにもなるが、だが、いいお嬢さんじゃないか。何が不足なんだ」

「菜穂さんのことなんて、僕は何も知っていませんよ」

「じゃあ、せめてお付き合いをしてだな、それから決めても」


「だから、課長。僕に二股かけろってことですか!?」

 なんか、腹が立ってきた。

「言っておきますけど、今、お付き合いをしている女性に対して、僕は誠実な気持ちしかないです。とても大事にしているし、悲しませたくなんかない。他の女性と会ったりして、彼女を不安にさせるようなことはしたくありません」


「……そんなに真剣に付き合っているのか?君は」

「もちろんですよ。適当に付き合ったりなんかしませんよ」

「そうか。そんなに大事な人なのか…。それは悪かったな」

 やっとわかってくれたか。やれやれ。


「でも、部長にはなんて言うんだい?部長は、結婚式はいつにするかなんて、そんなことまで考えているようだぞ」

「え?!僕と菜穂さんのですか?なんだって、そんなことになっているんですか?」

「それだけ、菜穂さんも部長も君を気に入っているんだよ」


 冗談だろ!2回会っただけだ。話だってほとんどしていない。

「付き合っている女性がいますだけじゃ、納得しないだろうな」

「なぜですか?」

「結婚するとまで決まっていたら別だろうけど」


「……結婚を?」

「でもなあ、それでも、納得するかどうか」

「はあ?」

「魚住君が付き合っている女性が、菜穂さん以上の人なら文句も言わないだろうけどね」

「菜穂さん以上とか、以下とか、部長の判断なんかでわかるもんなんですか?わかりっこないですよね。第一、僕にとっては、誰よりも一番の女性ですよ」


「相当、惚れ込んでいるんだね。そんなに素敵な女性なのかい?」

 う…。

 まいったな。どう返事をしていいか。


「まあ、はい。多分、惚れ込んでいると思います」

 やばいな。今、変な汗をかいた。

「ははは。女性より仕事優先にしそうな君が惚れ込むなんて、どんな女性なんだ?名古屋支店にいた頃からの付き合いか?あ、まさか、塩谷さん」


「違います」

「じゃあ、どんな女性なんだろうね。でも、菜穂さんとの結婚を断るとすると、君の出世にも響くかもしれないね」

「……。だとしても、菜穂さんとの結婚は考えられませんから」


「そうか。う~~~~ん。部長も菜穂さんとの結婚を諦めるような、逆に応援したくなるような女性ならねえ」

「応援?」

「たとえば、桜川さんとか」

「は?!」


 なぜ、伊織さんだと応援するってことになるんだ?!

 バクバク。心臓がいきなり早くなった。課長の口から伊織さんの名前が出るだけでもびっくりしたというのに。


「魚住君だって、桜川さんが君に気があるのはわかっているだろう?課の中でももっぱらの噂だよ。桜川さんは今まで浮いた噂もないし、付き合っていた男性もいないっていう噂だしね」

「……それで?」

「体壊したことがあるのは知っているよね?その頃から僕も、田子主任も、部長ですら心配していたんだよ。なんとか、仕事を続けてくれて、それも最近、君が来てから張り切っているしね。部長も、そんな桜川さんのことは見ているから、わかっているみたいなんだよね」


「何をですか?」

「え?だから、桜川さんが君に気があるのをだよ」

「……」

「菜穂さんのこともあって、僕は桜川さんのことを応援できないでいるけど、でも、菜穂さんのことがなかったら、全面的に桜川さんを応援するんだけどね」


「お、応援っていうのは、どうやって?」

「だから、陰ながらさ…。あ、しまった。君に話しちゃったら、陰ながら応援も何もないね。はははは」

「……」

 こういう場合、どう答えたらいいんだ?実はその桜川さんとお付き合いをしていますと言えばいいのか?いや、待て。部長は、僕と伊織さんの付き合いだったら、認めてくれるってことか?


「部長は、僕が桜川さんと付き合うことには、反対も何もしないってことですか?」

「そりゃ、可愛い部下が幸せになるんだ。喜ぶだろう」

「可愛い部下?僕がですか?」

「あははは。桜川さんだよ!だから、さっきから言っているだろう?みんなで彼女のことは心配しているんだ。北畠さんや溝口さんは、もっとしたたかに生きているから、心配無用だろうけど、桜川さんはどうも、不器用というか、危なっかしいというか、心配なんだよね」


「…なるほど」

「君みたいにしっかりしている男性と結婚できたら、いいんだろうけどね。ああ、でも、君が付き合っている女性がいると知ったら、彼女、ものすごく落ち込むんだろうな。しばらくは、桜川さんには言えないなあ。はあ」


 課長はいきなりため息を吐き、

「また、体壊すようなことがなければいいんだけどな」

とそう呟いた。


「そんなにみんな、心配していたんですか」

「そうだよ、淀川さんのことも、彼女に害が及ばないよう、みんなで注意していたし」

「じゃ、塚本さんのことは?」

「ああ。彼ね。女に手が早いと有名だね。え?塚本君はまさか、桜川さんのこと狙っているのか?」


「…そんなようなことを、ちらっと耳にしました」

「まずいな。まずいだろう。桜川さんがあんなやつの餌食になったら」

「………僕が、桜川さんのことはちゃんと守りますが」

「え?」


「大事な部下ですし」

「あ、そうだね。君の部下だもんね。でも、桜川さんが、変に誤解をしないといいんだけどね」

「誤解?」

「君が彼女に気があるって」


「……それでしたら、きっと大丈夫です」

「え?どうしてだい?」

「…変な誤解は与えませんから」

 付き合っている女性を守るんだ。誤解も何もない。


「そうか。まあ、桜川さんが傷つくようなことだけはしないでくれよ。頼むよ」

「はい。もちろんです」

 その時、課長が乗り換える駅に着き、降りて行った。課長は、やはり、酔っていたんだろうな。べらべらと桜川さんが僕に気があるなんて話をしてきたもんなあ。


 酔っていなかったら、そんな話を直接僕にはしてこないだろう。

 だが、驚いた。そこまで、伊織さんはみんなに、心配されているのか。彼女が前に体を壊した時、相当見ていても心配するくらいだったのか?


 もしかして、ギリギリまで彼女は我慢したり、頑張っていたんだろうか。人に甘えるのが苦手な人だから、周りが見ていてもハラハラするくらい、一人で踏ん張っていたのかもしれないな。

 適当に交わすこともできず、全部自分だけで背負い、体を壊してしまったのか…。


 家に帰ってから、明日の待ち合わせの時間と場所をメールした。伊織さんからは、

>はい。わかりました!

という、元気な返事が返ってきた。明日のデートを楽しみにしてくれているんだろうな。


「……」

 伊織さんからの返事を見ながら、ぼ~~っと僕は伊織さんのことを考えた。


 翌朝、出かける準備を整えた時、携帯が鳴り、伊織さんかと思って慌てて出た。すると、

「今日、また手伝いに来て」

という、姉からの電話だった。


「なんだってそう、人使いが荒いんだ。今日は行けない。人をいつでも暇だと思うなよな」

「何?どうせ暇でしょ?」

「約束があるんだ」

「また、映画?一人で?」


「人との約束がある」

「仕事?」

「とにかく、僕はもう手伝いに行けないから、さっさと早くに誰かを雇えよな!」

「ちょっと待って!母さんもまだあきらめてないわよ。あんたがうちらの会社に入ること」


「はあ?何言ってるんだよ。僕はもう就職もしている。今後も今の会社でやっていくよ」

「人並みに生きていくってこと?結婚もせず、一生独身で?」

「結婚するかしないかは、僕が決める。姉貴にも母さんにも関係ないだろ」

「ちゃんと、人並みに生きていくなら、結婚くらいしなさいよ」


「独身の姉貴に言われたくない」

「私はいいの。仕事に生きていくって決めているから」

「じゃあ、何で僕には結婚しろって言ってくるんだ?」

「心配だからでしょ?いろんなことに冷めて生きているし。私も母さんも、仕事が好きだし、今の仕事も人が好きだからしているの。あんたは、人と関わるのも嫌っているし、一人の時間だけを愛しちゃってるし、この先、どうなっちゃうのか心配だわ」


「いいよ。心配なんかしないでも」

「母さん、自分のせいじゃないかって、ずっと気にしているのよ。あんたが、人間嫌いになったのも、孤独を愛するようになったのも、結婚をやけに嫌うのも、自分と別れた父さんの責任じゃないかって」


「僕はそこまで人嫌いじゃないし、こう見えてもちゃんと人付き合いもしているし、そんなに心配しないでもいい。今日もちゃんと、一緒に映画を観る人だっているんだし」

「え?まさか、デート?」

「…」

 しまった。


「あんた、付き合っている人いるの?」

「もう、出ないとならないから切るよ」

「ちょっと!彼女いるなら、一回連れてきて」

「切るから!じゃあ」

 電話を切って時計を見た。やばい!電車の時間に遅れる。くそ!


 あ~~~。彼女がいるなんて知ったら、あの二人のことだ。会わせろってしつこく言ってくるんだ。


 駅まで全速力で行った。そして、ギリギリ電車に間に合った。

「はあ」

 息を調えながら、電車に揺られた。


 そしてまた、ぼ~~っと考えた。多分、僕は今、岐路に立たされている。結婚という人生の岐路。

 そろそろ、結婚を決意する時期に来ているんだ。


 伊織さんと、結婚か…。


 前だったら、考えられないことだ。結婚なんか一生しないと思っていただろう。でも今は…。

 ぼけっと外の景色を眺めた。今だったら、不思議と伊織さんとの結婚生活をイメージできる。そして、今すぐにでも一緒に住みたいとすら思う。


 待ち合わせの場所に着いた。今日も伊織さんは頬を赤らめ、嬉しそうに僕を見た。

 可愛い。思わず顔がほころぶ。


 映画を観る前に、串揚げ屋に行った。やっぱり伊織さんは嬉しそうに美味しそうに食べる。可愛い。

 本当に自分でも呆れる。ずっと伊織さんが可愛い。


 映画を観て伊織さんは涙を流した。ああ、感動しているんだな。隣でそんな伊織さんを感じてほっこりとした。

 今までは独りで映画を観た。それが何よりも贅沢な時間にすら感じた。だが、今は違う。いつでも隣に伊織さんがいてくれたらいいと思う。その時間こそが、僕にとっての贅沢な時間になっている。


 ずっと一緒にいられたらいい。このまま、伊織さんを家に帰したくないとすら思う。だが、

「僕だったら、明日まで空いていますよ。なんなら、泊まっていきますか?」

と、かなり本気で言っても、

「いえ。と、とんでもない」

と、伊織さんは真っ赤になって否定する。


 伊織さんには、一緒に暮らすどころか、泊まっていくことすら現実的なことじゃないんだな。


 いったい、僕はいつまでお預けをしていないとならないんだろうな。


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