表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/171

第32話 デート ~伊織編~

 席に戻り、課長にファイルを渡した。主任の顔を見るとまた顔が赤くなりそうで、わざと遠回りをして席に戻った。

 さっきは本当にドキドキした。佑さんはわざわざ私のことを探しに来てくれたのかな。

 あ、会社では主任。


 主任、主任。心の中でもそう呼ばないと、とっさに佑さんと言ってしまいそうだ。

 ちら…。主任の真剣に仕事をしている姿、見ちゃったりして。あ、パソコンを真剣に打ちこんでいる。かっこいい。


 またすぐに視線を戻して、私も仕事をした。でも、つい、さっきの主任を思い出してしまう。

 顔、近かったなあ。耳元で話しかけられてドキドキしちゃった。


 ちら。もう1度主任を見た。すると、主任と目がばっちり合ってしまった。

 あわわわ。びっくりした。すぐにパソコンに視線を戻したけど、きっと私、今顔が真っ赤だ。

 主任、なんでこっち見ていたのかな。ドキドキ。


 その日の帰り、真広は定時に、

「お先に」

と帰って行った。北畠さんも、

「料理教室があるから、今日はもう帰るわ。桜川さんは残業?」

と帰り支度をしながら聞いてきた。


「いえ。私もそろそろ上がります」

「そう。桜川さんは、お料理するの?」

「いいえ。あまり得意じゃないんです」

「まあ。じゃあ、一緒に通う?」


「料理教室にですか?それも無理かも。きっと初歩から習わないと…。北畠さんの行っている教室って、上級クラスなんじゃないんですか?」

「そうねえ。みんな料理がもともと好きで、もっと上手になりたいとか、先生を目指したり、料理研究家目指したり、あとは、お店出したい人とかが来ているわね」


「わあ。じゃあ、絶対に無理です」

「あら、だけど、料理は花嫁修業になるじゃない?」

「…そうですね。料理できなきゃ、結婚も無理ですよね」

 そうぼそって言うと、それを聞いていた男性社員が話に加わってきた。


「あれ?桜川さん、料理得意じゃないの?けっこう家庭的なのかと思ってた」

「一人暮らしだよね?自分でお弁当作ったりしているんじゃないの?」

 そう聞いてきたのは、塚本さんだ。

「冷凍食品ばかり詰めて来てます」

 私はあっさりとそう答えた。すると、

「そんなんじゃ、お嫁にいってから大変だよ?」

と、ハンガーから上着を取りながら、なぜか課長までが話に加わってきた。


「やっぱり、料理が得意じゃないと、婚活には不利になるかもしれないし。世の男性ってお料理が得意な女性が好きですよね?課長」

 北畠さんが、上着を着ている課長にそう聞いた。

「う~ん、まあ、料理が出来る女性を嫌だとは言わないだろうねえ」

 課長は、はっきりと断定しないような口調だ。


 そして、椅子から立ち上がり、ハンガーから上着を取っている主任にまで、

「主任も、結婚するならお料理ができる女性の方がいいですよね?」

と、北畠さんは聞いてしまった。


「まあ、結婚相手の条件には、そういうのも入っているもんだよねえ、魚住君」

 課長がそう言うと、周りの男性も、

「下手よりは上手なほうがいいよなあ」

と言っている。


 塚本さんですら、

「まずいもん食わされるのは、嫌だからね」

 なんて、笑いながら言い出した。それも、

「うちの奥さん、あんまり料理上手じゃないんだよね」

と、奥さんの愚痴までこぼしている。


 だけど、主任はクールな顔をして上着を羽織り、

「別に、僕は気にしませんけど」

と、素っ気ない返事をした。

「料理下手でもいいんですか?」

 野田さんが聞いた。


「はい。別に」

「まずいもん食わされても?」

「…自分で作れますから」

「え?」


 塚本さんの言葉に主任がそう答えると、塚本さんは不思議そうに聞き返した。

「料理、自分でしますから。奥さんがたとえ料理できなくても、特に不都合なことはないです」

「主任、料理するんだ。へ~~」

 野田さんも他の男性社員もびっくりしている。


「課長、そろそろ行かないと時間ですよ」

「あ、そうだった。それじゃ、お先にね」

 課長と主任は、さっさとカバンを持って出て行ってしまった。


「驚いた。魚住主任、料理までできちゃうのか」

「そうは見えないよな。家じゃ、家事も何にもしなさそうだし」

「一人暮らしだよな。きっちりした性格しているから、部屋もきれいにしているんじゃないの?」

「神経質っぽそうだもんな」


 男性陣はそんなことを言いながら、仕事の続きをし始めた。

「それじゃ、失礼します」

 北畠さんがそう言って席を立ち、ちょうど帰り支度を終えた私も一緒に席を立った。

「お先に失礼します」

 そう言うと、

「あ、僕も帰ろうかな。一緒に帰る?桜川さん」

と、塚本さんが声をかけてきた。


 わ。真広に注意されたばかりだよ。ここはしっかりと、断ろう!

「用事があるので、すみません」

 そう言って私は、ロッカー室に向かっている北畠さんのあとを追いかけた。


「主任って、お料理上手なのかしら」

 北畠さんはロッカー室で上着を着ながら、私にそんなことを聞いてきた。

 はい。すっごく。と答えるわけにもいかず「さあ?」と私は首を傾げた。


「どんな女性が好みなのかしら。今度聞いてみようかな」

 え?まじで?聞いちゃう?

「さて。私は遅れちゃうからもう行くわ。じゃあね」

「はい。お疲れ様でした」


 そして私も家路に着いた。明日は佑さんとデートだ。前は、何の予定もない週末だったけれど、これからは違う。これからは、いつも佑さんと一緒。

 きゃ~~~~~~~~~~~~。嬉しい。明日は何を着ていこう。


 わくわくしながら帰り、念入りにお風呂に入り、髪もしっかりとブローをした。夕飯はつい、また、お弁当を買ってしまったが、明日のために早くに寝た。

 朝も早くに起きて、念入りに化粧もした。歯もきれいに磨いた。だって、キスをすることもあるかもしれないし。


 と、鏡を見ながらそんなことを思い、顔を火照らせた。付き合っているのだから、そんなことがいつ起きてもおかしくないんだよね。

 っていうか、今迄二人きりでいる機会が多かったのに、キスも何もなかったほうがおかしいかも?


 キス。キス?でも、いったいどんなシチュエーションでそういうことは起きるわけ?

 経験がないから、妄想もできないけど。ってうか、この年までキスをしたことがないっていうのは、かなりドン引き?


 家を出る前に、鏡でもう1度、顔も服装も髪もチェックした。今日はデートだし、スカートを履いてみた。少し朝夕は冷えてきたので、カーディガンも羽織り、女らしい装いにしてみた。

 ドキドキ。主任はどんな格好かな。私服もかっこいいんだよね。


 待ち合わせの時間は昨日のうちに、メールで決めた。その時間の5分前に私は待ち合わせ場所に着いた。映画館のある駅の改札口。まずはお昼を食べてから、映画を観る予定だ。

 改札口に着くと、佑さんはいなかった。でも、すぐにやってきた。どうやら同じ電車だったみたいだ。


「お待たせしました」

 私を見つけると、佑さんはにこりと笑ってそう言った。

「待っていません。私も今きました」

「じゃあ、一緒の電車かな」

「車両が違っていたんですね」


「あ、そうかもしれない。急いで階段下りてすぐのところに飛び乗ったから」

「…珍しいですね。佑さんが急ぐって」

「そうですか?ちょっと家を出るのが遅くなってしまって、ギリギリだったんです」

「珍しいですね。家を出るのが遅くなるって…」


 なんだか、いつも時間に余裕持って行動しているイメージがあるのに。

「出る寸前、電話が鳴ったので、遅くなったんですよ。出なかったらよかったです」

「え?」

「あ、こっちの話です。お昼は何を食べますか?」


「えっと。なんでも」

 電話って誰かな。女性からだったりするの?まさか、塩谷さんから…とか?

「じゃあ、映画館のビルに串揚げ屋があるんですよ。昼から串揚げはヘビーですかね?」

「いえ!全然大丈夫です」


 映画館のビルの最上階に行き、串揚げ屋に入った。

「美味しい」

 串揚げのランチ、美味しい。喜んで食べていると、また「くす」と佑さんに笑われた。


「いいですよね。伊織さんっていつも美味しそうに食べるから」

「食いしん坊なんです」

「僕は好きですよ」

 ドキッ!


 好き?

「美味しそうに食べる人…」

 あ、そういう意味でか。そりゃそうだよ。話の流れからいって、いきなり私を好きだとは言わないよ。

 でも…。そういえば、大事ですとか、特別ですとか言われたけど、好きとは言われていないかも。


 お昼ご飯も食べ終わり映画館に移動した。飲み物を買い、佑さんが予約しておいてくれた席に行った。

「そういえば、僕らの出会い、映画館でしたね」

「あ、それはあまりいい思い出じゃないかも」

 あの時、佑さんのことすごく嫌な奴って思っちゃったし。


「でも、今思うとすごい確率でしたよね。同じ日に隣で映画を観るなんて」

「そうですね」

 だけど、あの時に出会わなくても会社で出会うことになっていたんだよね。でも、やっぱりあの出会いがあったから、今があるのかなあ。


「伊織さん」

 映画の予告が始まると、佑さんは私の耳元に顔を近づけ、

「もう、一人で映画を観に行くこともないですよね?」

と、そう小声で言ってきた。


 ドキ!!!顔、近い。息が耳にかかった。うわ~~~~~~~~~~~~~!!!

「え?」

「僕と一緒に観に来たらいいですから、一人で観に行くこともないですよね?」

「あ、は、はい」


 ドキドキドキ。なんだか、佑さん、時々顔を近づけたりして接近してくる。そのたびドキドキしちゃうよ。

 すぐ隣にいる佑さんのことを、やたらと意識してしまう。でも、幸せだ。

 出会った時は、隣にいる佑さんに頭に来て、わざと意識しないようにして映画を観ていたと言うのに。不思議だ。あの時には、佑さんと付き合うだなんて夢にも思わなかったのに。


 映画は感動した。思わず涙がこぼれた。それをハンカチで拭くと、ちらっと佑さんがこっちを見た。泣いているのばれちゃった。ちょっと恥ずかしい。

 

 エンドロールが流れた。席を立って行く人たちの中、私と佑さんは照明が灯るまで座っていた。そして、照明が灯ると、

「出ましょうか」

と佑さんが席を立った。


「はい」

 その時にはもう、涙も引っ込んでいた。

 

 映画館を出て、佑さんとカフェに入った。コーヒーを頼み、のんびりと寛ぎながら、

「いい映画でしたね」

と、映画の話をし始めた。


「どのシーンが良かったですか?」

 佑さんに聞かれ、正直に答えていると、

「あ、僕もです」

と、佑さんはにこりと笑った。


「やっぱり、伊織さんとは感動するところが一緒なんですよね」

「そうですね…」

 それからも、映画の話は尽きることなく、カフェに2時間も居座ってしまった。


「もう6時になる…。夕飯はうちで食べますか?」

 佑さんが時計を見ながらそう言った。

「え?でも、まるまる1日、佑さんの時間を割いちゃうことになりますよね?」

「はい」


「せっかくの休みの日なのに、申し訳ないです」

「は?」

「……。えっと、一人でのんびりしたいとか、何か他に用事があるとか…、ないんですか?」

「ないですよ。まるまる1日、伊織さんとのためにあけておいたんですが…」


 え?そうなの?

「ああ、もしかして、伊織さんの方が用事があるんですか?」

「ないですっ!まったくありません」

 慌ててそう言うと、佑さんはちょっと拗ねたような表情をした。


 なんで?

「僕だったら、明日まで空いていますよ」

「え?」

「なんなら、泊まっていきますか?」


「いえ。と、とんでもない」

「……」

 あれ?佑さん、顔、そっぽむいちゃった。なんで?

 まさか、本気だった?怒った?


 ドキ。泊まる?お泊り?一泊?佑さんの部屋に?

 いやいやいやいや。それはまだ、早すぎる。

 でも、待って。大人なんだし、あまりじらさないほうがいいようなことを、誰かに言われたような。


 でも。でも。でも~~~~~~。


「帰りにスーパーに寄るんで、付き合ってください」

「え?あ、はい」

 佑さんは、いつの間にか私の方を向いてそう言った。その顔はもう、優しいいつもの表情だった。

 よかった。怒っていなかった。


 だけど、いつかは、佑さんの部屋に泊まっていく日が来るんだよね。

 前に熱出して泊まったけど、あの時は佑さん、ソファで寝てた。だけど、今度泊まる時は違うんだよね。


 ドキ。それを考えただけでも、ドキドキする。胸が苦しくなるくらい。

  

 佑さんとスーパーに行って、買い物をした。また佑さんがカートを押し、食材をカゴに入れていった。私はその隣をちょこちょことついて行くだけ。


 前もこうだったよなあ。でも…。今日は前と違うことがある。それは、なぜだか、佑さんが時々私の顔を見るのだ。それも、

「今夜はすき焼きにしましょうか」

とか、

「野菜は何にしましょうか」

とか、私に聞いてくれた。


 それらを一緒に選んだりもした。それがとっても楽しかった。

「あ、そうだった。歯磨き粉がなくなりそうだった。買ってもいいですか?」

「え?はい」

 どんな歯磨き粉を選ぶのかな。あ、それなんだ…。けっこうミントの味が濃いんだよね。


 それに、炭酸水も買っている。そして、

「あ、これ、美味しいんですよね」

と言いながら、和菓子コーナーでイチゴ大福まで…。なんだか、可愛い。

「私も好きです。イチゴ大福」


「じゃあ、食後に一緒に食べましょうね」

「はい」

 わあい。なんか、とっても嬉しい!


「冬は伊織さんの部屋で鍋…。楽しみですね」

「え?あ、はいっ」

 覚えててくれたんだ!


 一緒にスーパーで買い物をして、一緒に佑さんのマンションに行く。これぞ、恋人!って感じだよね!

 佑さんは「恋人に見えない」と言っていたけど、今の私たちは立派に恋人に見えるよね?

 なんて思いながら、佑さんと一緒に佑さんの部屋に入って行った。


 佑さんは、

「すぐに用意しますね。ソファで休んでいてください」

と言いながら、キッチンに行ってしまった。


 いつものように何もすることがない。

「あの…。洗濯物でも取り込みましょうか?」

「あ、すみません。お願いします」

 やった!頼まれた。これで少しはお役にたてる。


 喜びながら、洗濯物を取り込みに行くと、佑さんのパンツまで干されていて、ドキドキしてしまった。

 こ、こういうパンツ、履いているんだ。黒のボクサーパンツ。そんなイメージあると言えば、あるけど…。

 ドキドキしながら洗濯物を取り込み、それらを丁寧に畳んだ。


「あ、畳んでくれたんですか?」

「はい。もし、佑さんの畳み方とかあったら、直してください」

「特にないですよ。あ、すごく丁寧に畳んでくれたんですね。ありがとうございま…」

 そこまで言うと、佑さんはなぜか黙り込んだ。


 やっぱり、畳み方が変だったのかな。

「パンツも畳んでくれたんですね」

「あ!!!は、はい。すみません。これは畳まないほうが良かったですか?」

「いえ、いいんですけど…」


 平気で男のパンツ畳むんだ…。とか思われたかな。

「じゃあ、もっと甘えてもいいですか?」

 そう言って佑さんは、畳んだ洗濯物を持って、

「僕の服や下着、どこに何をしまうか覚えてもらってもいいですか?」

と、そう聞いてきた。


「はは、はい。もちろんですっ」

 すごい!それって、これから私が洗濯物をしまってもいいってこと?それって、恋人って感じ通り越して、奥さんみたい!!


 ちょこちょこと、ドキドキしながら佑さんの後ろを歩き、寝室に行った。そして、クローゼットの中の引き出しを佑さんは開けると、

「ここが下着を入れる引出しです。この上が、靴下とかそういう小物。あとここが…」

と洗濯物をしまいながら説明してくれた。


 すごく綺麗に整頓されている。やっぱり、佑さんって課の男性社員が言っていたように綺麗好きだよね。だけど、神経質っていうのとはちょっと違うような…。

「いつか、タンス、増やさないとですね」

「…え?」

「あ、なんでもないです。独り言です」


 タンスを増やす?ここだけじゃ、しまいきれないのかな?

 なんて、私にはその時、佑さんの言った意味がわからず、特になんにも気にしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ