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第31話 社内恋愛 ~佑編~

 マンションに着き、エントランスを開け、足早にエレベーターに乗った。そして、8階のボタンを押し、早くに着かないかと心待ちに待った。8階に着くと、僕は自分の部屋まで駆け足で行った。


 ガチャリ…。鍵を開け、玄関のドアを開いた。すると、

「おかえりなさい」

と頬を高揚させ、伊織さんが玄関まで走ってやってきた。


 伊織さんの顔は、満面の笑顔。僕が帰るのを今か今かと待っていてくれたんだろうか。ものすごく嬉しそうにすっ飛んできた。


 可愛い。

「ただいま」

 そう言ってくすっと笑うと、伊織さんは恥ずかしそうに照れた。


「お腹すいたでしょう。すみませんでした、遅くなってしまって」

「いいえ」

「じゃあ、すぐに行きましょうか」

「え?少し休んだりしないでもいいんですか?」


「はい。僕もお腹すいたので、すぐに行きましょう」

「わかりました。カバン持ってきます」

 また伊織さんはリビングにすっ飛んで行き、すぐにカバンを持って玄関に来た。僕も玄関に荷物を置き、伊織さんと玄関を出て、今度はゆっくりと歩きながらエレベーターに向かった。


 ふと横を見ると、伊織さんがウキウキしているのが見て取れた。

「ご機嫌ですね」

 エレベーターに乗っても、嬉しそうにしている伊織さんにそう聞いた。


「外食が嬉しいんですか?」

「いいえ。佑さんに会えたから、それで嬉しくて…」

「ああ、それでなんですか」

 くす。可愛い。真っ赤になった。

「僕も嬉しいですよ」

と言うと、さらに伊織さんは赤くなり、恥ずかしそうに俯いた。


 まいったな。伊織さんが可愛いやら愛しいやらで、顔がにやけるのをこらえるので精一杯だ。

 

 車に乗り、隣にいる伊織さんを感じた。やっぱり癒される。ほっこりとする。ほっこりした気分のまま、お好み焼き屋で車を停めた。

「お好み焼きでいいですか?」

と聞くと、伊織さんは嬉しそうに頷いた。


 二人でテーブルをはさみ、僕がお好み焼きを焼いた。かなり僕はハイテンションだ。本当は鼻歌でも歌いたいくらいだが、ぐっとこらえてお好み焼きを焼いた。伊織さんはいつものように、

「美味しい」

と嬉しそうにお好み焼きを食べた。


「久しぶりの名古屋、どうでしたか?」

 お好み焼きも食べ終わると、伊織さんが聞いてきた。

「変わってなかったですよ。営業のみんなからは歓迎されました」

 僕はお茶を飲んで、すっかりほっこりと寛ぎながらそう答えた。


「あ、あの、塩谷さんって女性も?」

「はい。今回は塩谷の仕事の応援で行っていましたし」

 そう言うと、伊織さんは湯飲み茶わんを見つめながら、黙り込んだ。


「あ、そうだ。塩谷って言えば、彼女かなり事務職の女性に厳しいんです」

「え?主任…、佑さんみたいにですか?」

「はい。もしかすると、僕よりも…」

「そそ、そうなんですね」

 あ、顔が引きつったな。

 

「…それで、もし、伊織さんが傷つくようなことがあったら、僕に言ってください」

「…え?」

「まあ、塩谷にもあまりきつく言わないよう注意しておきますが、どうも、彼女は仕事のこととなると鬼みたいになるので」

 さらに伊織さんの顔が引きつってしまった。

 

「伊織さんが傷ついたら……」

 僕は、安心させてあげようとして、伊織さんが傷ついたら慰めますよ…と言おうとした。でも、いったいどう慰めたらいいのか具体的にわからない。

「そうですね。僕にどうしてほしいですか?」

「は?」


「う~~ん。名古屋では、事務職の女性が塩谷に厳しく注意されていたとしても、他の事務職の子や、同僚から慰められていたので、僕はほっておいたんですが」

「……はい」

「だから、どうやって慰めていいかも、あまりわからないのですが」

「大丈夫です。私、あの…。とにかく頑張ります」


 大丈夫です?頑張る?

「……。僕は必要ないですか?」

「そそそ、そういうことじゃなくって。えっと」


「頼ったり甘えていいですよ?」

「あの!で、では、私も正直に言うと、男性と付き合った経験があまりないので、甘えるってことがそもそもよくわからなくって」

「………え?」


 ああ、そうか。だから今まで、頼ってくれたり甘えてくれなかったのか。

「あ、ああ。なるほど」

「ごめんなさい」

「謝らないでもいいです。でも…、そうだな」


「………」

 じゃあ、どうしたら甘えてくれるようになるんだろう。

「う~~~ん。そうですね」

 悩みながら伊織さんを見ると、伊織さんが不安げな顔をして僕を見た。あ、その顔も可愛いんだよな。


 くす。

「まあ、いいです。その時、その時でなんとか僕が尽くします」

「つ、尽くすって?」

「僕なりに、なんとか伊織さんを慰めます。僕もあまり経験がないので、今はまだ、どうしていいかわかりませんが」

「……あの、もう、その気持ちだけでも十分」


「嫌です。十分じゃないですよ」

「え?」

「僕はまだ、何もしていませんから」

「はあ」


 悩んでいてもしょうがないよな。お互い、付き合った経験があまりないから、わからないことだらけだけど、その時々で最善を尽くせばいいことだし。


「お腹いっぱいになりましたか?」

 お茶を飲んでほっとしている伊織さんにそう聞くと、

「はい。美味しかったです」

と満足げにそう答えた。


「じゃあ、そろそろ送ります」

「すみません」

「……」

 すみません…かあ。そんなに恐縮しないでもいいんだけどな。


 それに、僕がレジでお金を払っていると、

「あ、あの、ご馳走様です。…じゃなくって、私も払います」

と伊織さんは慌てたようにそう言ってきた。


「え?いいですよ。おごります」

 僕がそう答えると、伊織さんは少し戸惑いながらお店を先に出た。そして、

「ご馳走様でした」

と僕が店を出ると、深々と頭を下げた。


 このやり取り、どう見ても恋人じゃないよな。上司におごってもらった部下…だよなあ。


 お互い、付き合った経験が浅いからこうなるのか?いや、違うような気もしてきた。なんでこう、付き合っているのに恋人の雰囲気にならないんだろうか。


 車に乗り込みながら、そんなことを考えた。

「僕ら、思うんですけど」

「はい?」

「他人が見ても、恋人同士には見えないですよね」


「え?」

「あ、この敬語がいけないのか。もっと、普通に話せばいいんですかね」

「……そ、そうですね」

 し~~~ん。伊織さんは黙り込み、俯いてしまった。


「……なんでかなあ。どうも、二人でいても、上司と部下の関係が拭えないのかなあ」

 僕の態度がそうさせているのか。僕が怖いとか?とっつきにくいとか?

 車を運転しながらも、そんなことを考えていると、

「あ、あの。名古屋でも美味しいもの食べたんですか?」

と伊織さんが、ようやく口を開いた。


「いいえ。普通に定食屋で食べましたよ」

「定食屋?」

「よく塩谷と行っていた店です」

「塩谷さんと?」


「はい。あいつ、おやじみたいなキャラなんですよ。定食屋とか焼鳥屋とかが好きなんですよね」

「そうなんですか」

 し~~ん。あ、また黙り込んで、それも俯いてしまった。


「今日は僕の趣味で、お好み焼き屋に入りましたが、今度は何が食べたいですか?伊織さんの好きなもの食べに行きますよ」

「私ですか?なんでもいいです」

「なんでも?」


「あまり好き嫌いないので」

「そうですか」

 伊織さんは、どんな店が好きなのか…。やっぱり、お酒が飲める方がいいのかな。


「今度、ジャズが聞けるバーがあるので行きますか?僕は、酒は飲めないですけど、ジャズを聴くのが好きなので」

「わ、お洒落ですね!」

 あれ?なんだか、喜んでる。

「お洒落ってわけでもないですけど。けっこう、ジャズ好きなオヤジも多い店ですし」

「そうなんですか」


「…お洒落なお店に行きたいですか?そういうの詳しくないんですが」

「いいんです。別にそういうお店に行きたいわけではないので」

 あれ?お洒落な店に行きたいわけではないのか?それとも、僕に気を使ったとか?

「そうですか。すみません。和食の美味しい店ならわかりますよ。割烹料理の店とか」


「割烹?行ってみたいです」

「じゃあ、今度」

「はい」

 あ、嬉しそうだ。


 伊織さんのアパートに着いた。車を停めると、

「お疲れのところ、すみませんでした」

と伊織さんは申し訳なさそうにそう言った。

「いいえ。十分、癒されましたから大丈夫です」


「私が、ですか?私、なんにもしていませんけど」

「いいんです。会えたらそれだけで、幸せになれますから」

「わ、私もです。昨日とか、1日寂しくて萎れてました」

「萎れていたんですか?」


「はい。でも、もう元気になりました」

「そうですか、それはよかった。じゃあ、明日は元気に出社しますよね?」

「もちろんですっ」

 あ、思い切り本当に元気だ。くす。


 よかった。ほっとしている自分がいる。俯いて寂しげにしている伊織さんより、やっぱり元気なほうがいい。

 帰り道、ほっこりとした気持ちのまま車を走らせた。マンションに帰ってからも、僕は鼻歌交じりだった。


 さっきまで、この部屋にいた伊織さんの空気をなんだか感じる。

 ソファに腰かけ、ぼ~~っと伊織さんのことを考えた。

「やっぱり、癒されるんだよなあ」

 

 疲れも一気にふっ飛ぶ、伊織さんの「おかえりなさい」の言葉と笑顔。マジックだな。

 

 翌朝、目覚めも良かった。名古屋まで出張したとは思えないほどに疲れも感じていない。いつもの時間に家を出て、いつもの電車に乗ると、車内に伊織さんがいるのを見つけた。

 あ!

 と…。今、思い切り顔がにやけたかもしれない。


「お、おはようございます」

「おはようございます」

 頬を染め、嬉しそうに僕を見る伊織さん。今日も朝から可愛い。やばいなあ。絶対に僕はにやついているだろうなあ。


 電車では二人の時間を楽しみ、電車を降りてからは一人で会社に向かった。また、後で会うことにはなるが、会社ではそうそう話もできない。

 

 たとえば、コピーを頼むのも、伊織さんを避けるように僕は北畠さんにお願いしてしまった。

 エクセルで表を作るのも、なんとなく溝口さんに依頼した。なんだかこう、伊織さんのことは意識してしまって、声がかけづらい。

 

「桜川さん、○□産業の資料って、資料室にあったかな?わかる?」

 午後、課長が伊織さんにそんなことを聞いているのが耳に入ってきた。

「あ、はい。探してみます」

 そう言って伊織さんは、資料室に向かった。


 僕は、さも一息入れるかという雰囲気を漂わせ、席を外した。そして、コーヒーを入れるコーナーを通り抜け、資料室に向かった。資料室は、営業2課のブースからは離れた場所にある。


 課の連中に誰からも見つからず、資料室に到達し、僕はドアを開けた。中では伊織さんが、ファイルを探している最中だった。

「あれ?探し物ですか?」

 伊織さんは僕に気が付き、そう聞いてきた。


「はい」

「何をお探しですか?私、探しますよ」

 伊織さんに会いに来たのに、気が付いていないのか。

「もう見つけました」


 そう言って僕は、伊織さんのそばに寄った。

「え?この棚にあるんですか?」

「いいえ。ここに」


 伊織さんのすぐ前まで行き、

「すみません、伊織さんとあまり話せないので、ちょっと」

と、伊織さんの空気感に触れた。ほっこり。あ、癒される…。


「え?ちょっとって?」

 伊織さんが目を丸くして、真っ赤になりながら僕を見た。

 可愛い。思わず抱きしめたくなるのを堪え、

「夜、接待なんです。課長と一緒に行かないとならない」

と僕は伊織さんの耳元で話し出した。


「そうなんですか」

 さらに伊織さんの顔が赤くなった。

「だから、一緒に帰れないんです」

「そうなんですね」


「……。でも、明日と明後日は空いています」

 僕はさらに顔を近づけそう言った。

「は、はい。私もです」

「映画見に行きましょうか。観たい映画、明日からですよ。もしよかったら、席リザーブしておきます」


「は、はい。お願いします」

 伊織さん、フリーズしているな…。真っ赤になってさっきから、体が固まっている。

「じゃ」

 僕はそんな伊織さんを残し、資料室を出た。そして何食わぬ顔をしてコーヒーを入れ、席に戻った。


「あら?主任、コーヒーを入れに行っていたんですか?」

 北畠さんが聞いてきた。

「はい」

「私もコーヒー飲みたくて行ったんですけど、いませんでしたよね?」


「トイレにも行っていましたから」

「あ、ああ、それで」

 ……。まさか、僕が席を外したからあとを追って来たとか?資料室に入ったのは見ていないよな。


 とそこに、顔をまだ真っ赤にしたままの伊織さんが戻ってきた。

「課長、このファイルでいいですか?」

「ああ、悪かった。ありがとう。探すのに手間取らせて」

「い、いいえ!すみませんでした。遅くなって!」


 伊織さんはさらに顔を赤くして、課長に謝った。

「…いや、いいんだよ」

 課長は少し驚きながら、伊織さんにそう言っていた。


 …伊織さんの顔を赤くさせたのは、僕だよな。伊織さんは、僕の方は避けるようにしてわざわざ遠回りをして自分のデスクについた。そのあとも、僕の方を見ることもなく仕事をしていた。


 だが、たまにパソコンの画面から目を上げると伊織さんが、ぼけっとしながら宙を見ているのが見えた。そして、ふっとそのあと僕の方に視線を向け、目が合うと、ハッとした顔で真っ赤になり、またパソコンに目を向けていた。


 わかりやすいなあ。


 会社で話をすると、伊織さんは赤くなるし、そのあともたまに仕事に手がつかなくなるようだし。やっぱり、あまり話しかけないほうがいいのか。

 とか思いつつ、つい、二人きりになれる時間を取ろうとしたり、つい、あの真っ赤になったり、恥ずかしそうにする伊織さんが見たくて、わざと顔を近づけて話したりしてしまう。


 まいったな。


 なんだってこうも、伊織さんを意識してしまうのか。

 それも、なんだってこうも、可愛く見えてしまうのか。


 そして、なんだってこうも、伊織さんがいると思うだけで、胸が弾んでしまうのか。まるで、中学生みたいだよな。


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