第27話 付き合っている ~佑編~
アパートに着き、僕は車を道路わきに停めた。
「送ってくれてありがとうございます」
伊織さんは恥ずかしそうにそう言った。
「……はい」
そんな一つ一つの仕草も表情も可愛いよな。
「あ、あの。私、お付き合いをしているのもわかっていなくって、本当にごめんなさい」
「いいえ」
「あの。佑さんも、この前、アンポンタンでいいんですかって聞いてきましたけど、私も、こんなにボケてて、おっちょこちょいで、おバカですけど、いいんですか?」
「くす」
一生懸命にそう聞いてくる伊織さんが、やけに可愛い。
「僕はどうやら、そういうところに惹かれたようなので、そのままでいてほしいですよ」
「え?こんな私がいいんですか?」
「はい」
頷くと、伊織さんは赤くなって俯いた。
「部屋まで送って行かなくて大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。じゃ、じゃあ、月曜日」
「はい。また月曜日」
伊織さんが車から降りて、僕は車を発進させた。伊織さんはしばらく僕の車を見送ってくれていた。
自分の部屋に戻ると、ふわっと伊織さんの香りがした。いや、香りというか、存在感かな。何か甘いようなあったかいような、そんな空気が残っていた。
「はあ」
ソファに座り、しばらく僕はぼ~っとした。
そして知らぬ間に僕は、ソファで眠っていた。
ブルルル、ブルルルル。テーブルに置いた携帯が振動し目が覚めた。
「電話?」
ぼ~~っとしながら、電話に出た。すると、
「佑?」
という姉の声がして、思わず反射的に電話を切りそうになった。
「あんた、明日暇?」
「また?いい加減、僕に頼るのはやめてくれ。人が足りないならバイトでも探せばいいだろ」
「生意気言ってないで手伝いに来なさいよ。パーティは4時から。準備も人が足りないから3時には会場に来て。場所はメールで送る。よろしくね!」
「まだ行けるか言ってない」
「バイト代は出すわよ。じゃあね!」
それだけ言って姉は電話を切った。
むかつくなあ、いつもながらなんて勝手なんだ。こっちの都合なんか聞きやしない。だいたいバイト代だって、1日働いて2~3千円だ。飯代も出しているんだから文句言わないとか言ってくるけど、冗談じゃない。
「名古屋にいたら、さすがに呼ばれることもなかったのにな。それにしても、僕が大阪と名古屋にいた頃は、人が足りない時どうしていたんだ」
ぶつくさ言いながら、僕は外に買い物に出た。
昼飯を作る気もなくなったので、駅の近くのカフェで昼飯を食べた。
こんなことなら、昼も伊織さんと食べればよかったな。ぼけっと隣の席のカップルを見ながらそんなことを思った。
それにしても…、それにしてもだ。なんだっていうんだ、僕は。伊織さんが帰ってしまったら、いきなり萎んだ風船みたいに元気がなくなった。
「はあ…」
まいった。彼女がそばにいるのといないのとでは、こんなにも違うのか。情けないなあ。
相当僕は、伊織さんに癒されているのかもしれないよなあ。
翌日、いつもの日曜だ。一人で食べる朝飯、一人でする家事。バルコニーに出て野菜に水を上げ、曇り空を見上げた。あ~~あ、昨日は横に伊織さんがいたのになあ。
2時になり、車で姉に指示されたレストランに向かった。道が混んでいたので、約束の3時を5分まわり会場に着いた。
「遅い!」
レストランに入ると、僕を見つけた姉が怒って飛んできた。まったく、休みの日に手伝いに来たって言うのにいきなり怒ってきやがった。
「すぐに準備手伝って。それから、あとでこれに着替えてね」
「はいはい」
黒のスーツだ。ビデオ係を頼まれることもあれば、写真撮影を頼まれることもある。さすがに司会は頼まれないが、その時々でいきなり頼んできやがる。
大学時代は、裏方全般手伝っていたので、まあ、何を頼まれようが困ることもないが…。
「女性スタッフが突然妊娠して辞めちゃったのよ。つわりがひどくて続けられないんですって」
「それは大変だね」
僕はまったく気持ちのこもっていない返事をした。
「だから、あんた今日は花嫁さんの方についてあげてね」
「は?」
「控室から会場への誘導や、サポートしてあげて」
「無理。そういうのは女性がするべきだろ。姉貴がしたらいいじゃないか」
「私は、全体を見ながら指示をする役目なの」
「じゃあ、母さんが」
「お母さんは、新郎新婦の親戚やお客さんを見ないとならないから、あんたしかいないのよ」
「だったら、新郎の方を見るよ。新婦はだれか、女性スタッフに…」
「いないって言ってるでしょ?それに新郎は誰もつかないから。だって、誰もいなくたって平気だし。新婦の方がいろいろと大変なのよ。よろしくね」
よろしくってなんだよ。今までいろいろと手伝ってきたけど、新婦の世話係はしたことがないし、いつも女性スタッフがしていただろ。
「はあ」
会場の準備の手伝いを終え、ため息を漏らしながら、着替えをしに行った。それから、新婦の控室に挨拶に向かった。
トントン。ドアをノックすると中から「はい」と返事が聞こえてきた。
「今日、新婦のお世話をさせていただく、魚住と言います」
そう言うと中から、新婦のお母さんらしき人がドアを開けた。
「本日はおめでとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてから、中に入らせてもらった。
新婦はすでに準備万端。ヘアメイクも着替えも済ませていた。
「ありがとうございます。新婦の母です。よろしくお願いします」
やはり、お母さんか。ぺこりとお辞儀をすると、新婦も僕を見て軽く頭を下げた。
真っ白なウェディングドレスは、いたってシンプルな形。どうやら、年齢は僕よりも上のようにも見える。
「お母さん、私、似合っているのかな」
「似合っているわよ、とっても」
「そうかな。こんなドレスを着てもいいのかな」
「いいに決まってるじゃない。もっと派手にしてもいいくらいだったのに」
「だって、もう私30過ぎだよ?地味婚にしたのに、いいのかなあ、こんなドレスを着て」
地味婚?の割には会場の飾りつけも派手だったし、姉貴も力入れていたけどな。
「一生一回のことなんだから、いいのよ」
「…でも、向こうは2回目…」
ああ、新郎はバツイチか。
「いいのよ。あんたにとっては、一回きりなんだから」
「一回だけならいいんだけどね」
「縁起でもないこと言わないの。ほら、魚住さんが困ってるわ。あ、そういえば、プランナーの方も魚住さんってお名前だったけど、弟さん?」
「はい」
「おいくつ?まだお若いの?結婚は?」
「は?」
矢継ぎ早にそう聞かれ、思い切り戸惑うと、
「ほら、困っているわよ、お母さんったら」
と、新婦が止めに入った。
「ごめんなさい。この子の妹が、いい人いないもんだから…。今28歳で、この子みたいに行き遅れたら困るし」
「行き遅れでごめんね」
「あ、ごめんね。ちゃんと今日結婚できるんだもの。行き遅れじゃないわよね。じゃあ、魚住さん、この子のことお願いね。私、親戚のみんなに挨拶に行ってくるわ」
「はい」
お母さんが部屋を出て行き、僕は新婦と二人になった。
「お茶を入れましょうか」
「すみません」
新婦にお茶を入れた。新婦はそれを一口飲んで、
「あの、緊張しているから、お話でもして気を紛らわせていいですか?」
と聞いてきた。
「はい、どうぞ」
僕は新婦の座っている前にあった椅子に腰かけた。
「相手の人は8つも年上で、バツイチなんです。派遣先で知り合って、向こうからお付き合いを申し込まれたんですが、最初、まったくそんな気もなくて」
「へえ。そうなんですか」
「でも、私、来年で32なんです。これを逃したらもう、一生結婚できないような気がして」
「そうなんですか…」
「実は20代の頃、大学の時から付き合っていた人がいたんです。7年付き合っていました。25を過ぎても、向こうが結婚を考えてくれないものだから、不安になってしまって、焦っちゃったんです」
「同じ年ですか?」
「はい。結婚する気あるのかないのか、私問い詰めちゃったんです。そうしたら彼、今はとても考えられないって言って…。すぐに別れなかったんですけど、さすがに27になった年に、結婚を考えてくれない彼に嫌気がさして、別れるってこっちから言っちゃったんです」
「そうしたら、彼の方はなんて?」
「すぐに、別れようって言いました…」
「そうなんですか」
「別れるって言ったら、結婚しようって決意してくれるかなって、私、そう思っていたんですよね。だから、けっこうショックでした」
「ああ、なるほど」
「30になっても私には、新しい彼ができなかったんです。でも、風の噂で、元彼が結婚したって聞いて、別れなかったら良かったってすごく後悔して…」
「…そうですか」
「だけど、私と付き合ってても、彼が結婚を決意したかどうかわからないですよね?結婚ってやっぱり、タイミングかもしれない。だから、今回はそのタイミングを逃さないよう、結婚を決意したんですけど、やっぱり揺らいじゃって。こういうのって、マリッジブルーって言うんでしょうか?」
「さあ?僕は男性ですし、それに結婚の経験もないのでわかりませんが」
「失礼ですけど、彼女は?」
「います」
「結婚は考えていないんですか?」
「…正直、今のところは…」
「でも、将来は今の彼女と結婚を?」
「……そうですね。すると思います。多分、そう遠くない未来に」
「なんだ。じゃあ、早めにプロポーズして掴まえておかないと。相手の人は今おいくつ?」
「25です」
「じゃあ、結婚を考えだす年齢ですよね。しっかりと掴まえておかないと、ふられちゃうかもしれないですよ。私もその年齢になって、ものすごく結婚を意識しましたから」
「そうですか」
「結婚するかしないかわからない男性と、この先付き合ってていいんだろうか…とか、そういうこと考えているかもしれないですよ」
「え?」
「結婚の話とか、彼女さんしないですか?」
「はい。今のところは」
「魚住さん、真面目そうだから、安心しているのかな?」
「………」
結婚は考えていない…と、前に言ってしまった。かなりはっきりと。それに対して伊織さんも、考えていないと言っていたけど、そんなわけないよな。親から見合いの写真も送ってくると言っていたし。
僕が呑気にしているうちに、見合い写真の相手と見合いをするかもしれないよな。何しろ婚活パーティにも行ったくらいだ。
ああ、そうか。なんかどっかで僕は、付き合えただけでも有頂天になっていた。彼女は婚活パーティに行ったってことは、結婚したいんだよな…。
姉からインカムで、新郎新婦の入場の時間と合図があった。僕は新婦を連れ、すでに会場の入り口で待っていた新郎のもとに行った。
新郎は、少し髪が後退しかけているおじさんだった。いや、おじさんって言ったら悪いか。年相応ってところだ。
そして、二人腕を組み、パーティ会場に入って行った。
無事、パーティは終わった。かなり、緊張もしたので疲れ切り、夕飯を母親におごってもらってすぐに僕は帰宅した。
夕飯は他のスタッフもいて、まあ、打ち上げみたいなものだったから、母や姉に話をいろいろと突っ込まれることもなく済んでほっとした。
帰りがけに、
「佑、仕事はどう?」
と母に聞かれた。
「まあ、なんとかやってるよ」
「そう。で、あんたはまだ、独身主義者?彼女いるんでしょ?」
「また文句?母さんも姉さんも独身でいるくせに、僕には結婚しろって言うのか?」
「いたら紹介してって言いたいだけよ」
「悪いけど、疲れてるから帰るよ」
他のスタッフもいたから、話はそれだけで済んだ。ここで、付き合っている人がいるなんて言ったら、式は私がプラン立ててあげるとか、いろいろと言ってくるだろう。それだけは避けたい。母や姉に、僕の結婚式のプランを立ててもらうだなんてまっぴらごめんだ。
それに、この母や姉に伊織さんを会わせるのも、伊織さんが可哀そうな気すらする。こんな姑と小姑がいるなんて、伊織さんも苦労するかもしれないよなあ。
そんなことを思うと、絶対に会わせたくなくなってきたな。
自分のマンションに帰り、風呂に入った。ああ、仕事より疲れる。それも新婦の世話だなんて、思い切り気を使った。
それにしても、新婦も新郎も本当に結婚したかったのかな。ずっと作り笑いを浮かべ、幸せなんだかどうなんだかもわからなかった。新婦の両親は感極まって泣いていたけどな。新郎は2度目だからか、親も親戚もまったく盛り上がっていなかった。
何度も手伝わされたから、いろんな結婚式を見てきた。母も姉も、かなりこだわって、いつもけっこう派手に会場を盛り上げるが、今日はもっと地味に静かにしたほうが良かったんじゃないかな。
僕が結婚するとしたら、やっぱり、地味でいい。厳かに神前で式を挙げ、近い身内だけで披露宴をする。それだけでいい。
とはいえ、伊織さんはそれで満足するかわからないけどな。
そんなことを考え、伊織さんだったら、和装でも洋装でも似合いそうだ…なんて想像までして、知らぬ間に僕は伊織さんとの結婚を現実のようにとらえていた。
ああ、結婚するとしたら、伊織さんは会社辞めないとならないのかなあ。それは、寂しいな。なんて、そこまで想像もしていた。




