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第3話 映画の趣味 ~伊織編~

 レンタルショップに着いた。会社からは徒歩5分。その間、どんな映画を借りるんですかと、主任に聞かれ、私は観たい映画をいくつか例に挙げた。

「あ、それ!僕も観たいと思っていたんですよ」


 ほとんど私が挙げた映画を、主任も観たいとそう言った。話を合わせてくれているのか、だとしたら、仕事中の主任とは打って変わって、人とのコミュニケーションを上手にするよう心掛けている人なのかもしれない。


 だって、私は話しに夢中になり、まったく会って間もない人だと言うのに、窮屈もせず、楽しく会話が弾んだから。こういうことは、とても珍しいことだ。特に男性との会話は、気の利くことも言えず、会話が弾まないで終わることがほとんどだったし。


 だが、レンタルショップに入り、主任と、どの映画を観て感動したか…などショップ内を歩きながら話してみると、なんと、映画の趣味がまるかぶりなのがわかり、私の話に合わせていたわけじゃないことが判明した。


「昔の映画も捨てがたいですよね。僕は、「シャーシャンクの空に」も感動したし、ロビン・ウィリアムスの「いまを生きる」も感動しました」

「私もです。ロビン・ウィリアムスは大好きな俳優です。それに、シャーシャンクの空にと言えば、モーガン・フリーマンですね」


「モーガン・フリーマンはいいですよね。彼の出ている映画、けっこう観てますよ」

「私、ミュージカルも好きで。昔の「雨に唄えば」や、「サウンド・オブ・ミュージック」も大好きなんです」

「いいですよね。あれは観ましたか?「天使にラブソングを」…」

「観ました!とっても良かったです」


 やばいかも。魚住主任との映画の話、すっごく楽しい。

「主任、どれかお勧めの映画ありますか?」

「う~~ん。歌がいいっていう点で言ったら、「スタンド・バイ・ミー」や、「ゴースト」なんて、いいかもしれない」


「感動的な映画ですよね。その曲を聞いただけで、映画のシーンが蘇ってきて」

「あ、やっぱり観ていますか。逆に桜川さんのお勧めの映画、ありますか?」

「私は、「フィールド・オブ・ドリームス」が大好きです。でも、主任、もう観ましたよね?」

「ケヴィン・コスナーの映画ですよね。まだ観ていないんです。彼の映画で僕が好きなのは、「アンタッチャブル」ですが」


「それ、まだ観ていないです。観てみたいなあと思いつつ」

 私がそう言うと、魚住主任はなぜか嬉しそうな顔をした。

「かっこいいんですよ、ケヴィン・コスナーも、ショーン・コネリーも。特にベビーカーに乗っている赤ちゃんを助けるシーン。あっと。言わないほうがいいですね。これ、お勧めです」


「わかりました。私はそれを借ります!わあ。楽しみ!」

 そう言って、わくわくしながら「アンタッチャブル」のDVDを手にした。主任は「フィールド・オブ・ドリームス」を手にして、

「これはどんな映画ですか?」

と聞いてきた。


「ちょっと不思議なお話です。でも、根本にあるのは、家族愛だと思います」

「家族愛?」

「はい。主人公と父親の…」

「…父親とのですか。なるほど。そういう映画を僕が今観るっていうのも、意味があるかもですね」


「え?」

「いえ、こっちの話です」

 なんだろう。お父さんと何か問題でもあるのかな。


 私たちは、DVDを借りて、お店を出た。そのあと、1階に下りると、

「ああ、1階はカフェなんですね。まずいなあ。つい、寄りたくなりますね」

と、主任は言い出した。


「……主任は、ご実家に住んでいらっしゃるんですか?」

 私は、もし一人暮らしだったら、食事でも…と遠まわしに誘ってみようかと聞いてみた。

「いいえ。一人暮らしです」

「そうなんですか?私もなんです。仕事から帰ってご飯を作るのが面倒で、ついついお弁当買ったり、外食しちゃったりしますよね」


 同意を求めてそう言うと、意外にも、

「僕は自炊しますよ。手料理のほうが体にはいいですから」

という言葉が返ってきた。


「あ、そ、そうなんですか。すごいですね。じゃあ、今日も家に帰ってから自炊を?」

「はい。朝、ちゃんとご飯も夜の7時に炊き上がるようセットしてきたし。昨日、多めに茄子の煮付けも作ったので、家に帰って食べますよ」

「…茄子の煮付け?ご自分で作ったんですか?」


「はい。そうですが…」

「すごいですね」

「別にそんなことないですよ。簡単にできますし。作りませんか?茄子の煮付け」

「私、料理が不得手なので…」


「しないだけでしょう。レシピ通り作れば、なんでもできますよ。簡単に」

 グッサリ。バカにされているようにしか聞こえないんだけど。女のくせに、料理もできないのかって、そう思っているよね。


「女子力ゼロなんです」

「は?」

「女子力ないって、よく妹にバカにされます」

「妹さんに?」


 突然話を変えたのにもかかわらず、主任は話に合わせてくれた。

「あ、すみません。話が飛んで」

「いいえ。女性は一般的に、話が飛びやすいですよね。構いませんよ。続けてもらって」

 また、バカにされたのかなあ。


 私たちはカフェの前を通り抜け、駅に着いた。結局一緒に夕飯を食べて行くと言う提案はできなかった。だが、最寄の駅を聞くと、私の駅の隣の駅。そんなに近くに住んでいたのか。だから、行った映画館が同じだったのかな。


 そんなわけで、同じ方向に帰るのだからと、一緒に途中まで帰ることになった。電車を待っている間も、私は妹がもうすぐ結婚することや、その相手が歯科医で、年収1千万あることや、妹の女子力について主任に話をした。


 電車が来た。少し混んでいるから、主任とすぐ近くに並ぶことになった。時々腕がぶつかり、

「すみません」

とそのたびに、私は謝った。


「いいえ」

 主任は、表情をまったく変えず答えると、

「僕には、女子力っていうのがいったいどんなものなのか、わかりませんけどね」

と、そうクールな表情で言った。


「妹は、男性の胃を掴めば、簡単に落とせるって言っていました。でも、本当に妹の作る料理、上手なんです」

「へえ。それは一度食べてみたいですね」

 やっぱり?やっぱり、主任も料理好きな女性がいいんだ。男の人ってみんな、そうなんだな。


「妹さんは、どんな料理が得意ですか?」

「妹ですか?すごいですよ。一時、料理教室にも通っていたし。家に圧力鍋もあるし。ビーフシチューも美味しいですし、パスタも、あ!パエリアも作ります。あと、パンも手作りで」


「和食は?」

「和食は…。そういえば、あまり妹の作る和食食べたことないなあ。あ!この前は、スパイスだけでカレーを作ってくれました。インドカレー屋で食べたみたいな、そんなカレーで」

「ふうん。それはあまり、興味ないな」


「は?」

「もし、和食を作るのであれば、料理対決してみたかったけれど」

「たい…けつ?」

「僕とどっちが上手に料理を作れるか。桜川さんに判定してもらって、対決したかったですね」

「え?!」


 何それ。

「冗談ですよ」

 あ、冗談だったんだ。真顔で言うから、本気なのかと思った。


 ガタン!いきなり、電車が揺れて、私は思い切り主任にぶつかった。主任の胸に顔がうずまり、慌てて体勢を直し、謝った。

「顔、ぶつかってましたけど、痛くなかったですか?」

「はい。すみません。あ!主任のYシャツに、口紅つけた。ごめんなさい」


「いいですよ。こんなの簡単に落ちますから」

「でも」

「簡単なんですよ。油汚れ、インク、口紅、そういった類が落ちるという洗剤がうちにはあるので、安心してください」


「え?」

 自分で洗濯もするの?クリーニングとか出さないで?

「あの…。家事、得意なんですか?」

「得意ですよ。掃除も好きですし」

 掃除が好き!?


「じょ、女子力高いんですね、主任。仕事もこなすし、家事もこなすなんて、すごいんですね」

「そうですか?たいしたことないと、自分では思っていますけどね」

 今、私、見下された?なんか、バカにされたような気がするのは気のせい?


 主任のほうが一駅早く電車を降りた。そのあと、私は一駅分、ほんのちょっとすいた電車に揺られ、駅から徒歩15分の我が家に帰った。我が家は、2Kのアパートだ。4畳半と6畳の和室、それと小さ目のキッチンがある。

 

 ただ、広めのベランダがあり、そこに何個もプランターを置き、野菜を育てている。日当たりも上々で、そのベランダが気に入ったので、このアパートを借りたのだ。


 主任は、きっと広めのマンションに住んでいるのかもな。主任だもん。私より給料はいいだろうし。

 そんなことを考えつつ、アパートの階段を上り、自分の家に入ろうとした。すると、隣の部屋の人が顔を出し、

「荷物、受け取っておいたよ。伊織ちゃん」

と、私に声をかけてきた。


「いつもすみません」

「いいって。お互い様だし。はい、実家からかな?」

「あ、本当だ。ありがとうございます。また、おすそ分けできそうだったら、持っていきますね」

「悪いね」


 隣の人は、役者の卵さんだ。今、28歳の男性。脱サラして役者をめざし、劇団に入った。最近になって主役クラスを演じられるようになり、どうにか役者だけで生計を立てられるようになったらしい。


 時々、派手な女性が泊まりに来る。でも、この前は、年上っぽい、真面目そうな女性が訪ねてきていた。偶然、私が帰ってきた時に、玄関先でその人と口論していて、気まずい雰囲気の中、私は慌てて自分の部屋に飛び込んだ。


 薄い壁だから、隣の声も聞こえてきてしまう。その女性はすぐに帰ったようだった。だが、時々来る派手な女性が来た時には、ベッドがきしむ音まで聞こえてくるから、聞こえないようヘッドホンをして音楽を聞くようにしている。


 きっと、お隣さんは「伊織ちゃんのところ、男が来たことがないな」と思っているに違いない。


 冷えたビールを冷蔵庫から出し、途中のコンビニで買ってきたお弁当をあたため、リビング(勝手にそう呼んでいるが、4畳半の和室にテーブルと座椅子が転がっているだけだ)に座り、DVDを見始めた。


 お弁当も途中で食べるのを忘れるくらい、映画に没頭した。魚住主任が言っていたように、かっこいいしびれる映画だった。


 古い映画が好きだ。きっと、魚住主任もたくさん映画を観たんだろう。もっと、話がしたかったな。映画の話をしている時は、すごく楽しかったし、主任も楽しそうだった。

 「フィールド・オブ・ドリームス」はどうだったかな。主任、感動したかな。


 私は、「アンタッチャブル」感動しましたと、早くに主任に会って伝えたい。ああ、携帯電話の番号か、メアドわかっていたら、すぐにでも、そう伝えるのに。


 女子力高いなんて、いつも難しい顔をして仕事をしている主任からは想像できないな。それに、怖いむすっとした顔をしている時も多いから、笑った時の顔がやけに可愛く見えた。


 って、なんだって、私はずっと魚住主任のことばかり、気にしているんだろう。

 いくら、映画の趣味があったとしても、どうも主任は私をバカにしているところもあるし、なんとも思われていないのは丸わかりだし。いや、私だって、主任のことはなんとも思っていないんだし…。


 いろんなことを思いながら、そうだった。実家から荷物が届いたんだったと思いだし、段ボールを開けてみた。中から、野菜の種、フルーツの缶詰、レトルトのカレー、煎餅が出てきた。えっと。野菜の種は父からだろう。これで、野菜を育てなさいということだと思う。それは嬉しい。


 だが、他のは母からだろうけど、前は、生のフルーツや、料理に使う調味料の類、たまに5キロのお米も送られてきたが、とうとう、料理をしない私に諦めを感じたらしい。レトルトと缶詰を送ってくるようになってしまった。


 まあ、いいけどね。これ、重宝するし。本当に調理とか、しないしね。


「あ、手紙?封筒が入ってる」

 中を開けると、母からの手紙と、写真が1枚。

『伊織へ。たまには家に帰りなさい。それから、今度美晴が結婚しますよ。あなたもお見合いでもしたら?この方、近所の人が持ってきてくれた写真です。気に入ったなら、電話しなさい』


 う~~~~ん。文面も、前よりあっさりとしてきているような。それに、写真の人、どう見ても40歳くらいじゃない?紹介文も入っているけど、やっぱり、バツイチ…。

「そういう人しか、見合い相手もいないってこと?私、まだ、25だよ」


 だけど、半年したら26だ。


「は~~~~~~~~~~~~~~~~~~あ」

 長いため息が出た。


 婚活、まじめにしてみようかな。母からこんな写真がどんどん送られてくるようになっても困るし。私は私で、東京で探してみるか。


 真広にさっそく電話をした。真広が、

「よっしゃ。お見合いパーティ行ってみよう!探しとくから」

と、のりのりになり、すぐに電話を切った。


 明日には、リサーチしてすぐにお見合いパーティに行くことになりそうだ。


 ふっと、また頭に、魚住主任の顔が浮かんだ。でも、ぐるぐると首を振り、主任の顔を消した。


 それにしても、この世に女子力ゼロでもいいって言ってくれる男性は現れないかな。料理なんかできなくてもいいって、そう言ってくれる男性。


 やっぱり、男性はみな、料理が上手な人と結婚したいものなのかな。


 また、ふっと魚住主任の顔が浮かんだ。主任は妹が料理上手だと言ったら、勝負をしてみたいなんて言ってたな。それだけ、主任は料理が上手なんだろうな。

 和食が好きなのかな。主任の作った茄子の煮付け、食べてみたかった。


 ベランダにある野菜を見に行った。茄子もある。これ、主任にあげたら喜ぶかな。

 ぼけっとそんなことを考え、また私は魚住主任のことを思い出していた。


 主任、明日は出社だよね。私も会社行こうかな。でも、茄子や野菜をあげに行くのも間抜けだよね。でも…。

 アンタッチャブル、面白かったです。勧めてくれてありがとうございます。そのお礼です。


 うん。やっぱり、変だ。そのためだけに、野菜を持って会社に行くなんて。

 そう思い、私はもう一缶ビールを開け、グビグビと飲んで、そのまま布団を敷き寝っころがった。

 その日の夢は、変な夢だった。アンタッチャブルの映画の中に、主任が登場した。主任は階段を落ちて行くベビーカーを助けた。


 私はそのベビーカーに乗っている赤ちゃんのお母さんで、魚住主任にお礼を言いながら、茄子をあげていた。

 主任はニヒルに笑いながら、

「ありがとう。これで、茄子の煮付けが作れるぜ」

とそう言った。


 茄子の煮付け…、美味しそう。夢の中でも私はそう思っていた。



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