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第22話 部長の娘さん ~佑編~

 野田と昼を食べ、オフィスに帰ったのは2時。桜川さんは、パソコンを見ながら仕事に集中しているようだ。顔色は悪くない。

「桜川さん」

「はいいっ?!」


 あ、ものすごい驚きようだ。相当集中して仕事をしていたのか。声をかけて悪かったかな。みんなに注目されてしまったし。

「…具合はどうですか?もう大丈夫ですか?」

「はい。ご心配おかけして、すみませんでした」


 桜川さんの顔、真っ赤だ。こっちまで、顔がにやけそうだ。なんとか、真顔でいないと…。

「いいえ。体調管理もしっかりとしてください。あまり、会社を休まれても困ります」


「…はい。気を付けます」

 あ…。思い切りシュンとしてしまったな。クールにいようとして、きつく言い過ぎたか。難しいな。


 そのあとも、桜川さんの顔は暗いままだ。具合は悪くないよな。それとも、あまり調子がいいわけではないのか。

 ブルルル。

「はい、△△電気です」

 デスクの電話が鳴りすぐに出た。


「○○電工ですが、魚住主任ですか?」

「はい。魚住はわたくしですが」

「すみませんが、先月の請求書がまだ届いていないので、経理で処理ができないと言われまして」

「え?請求書がですか?申し訳ありません。急いで確認します」


 そう言って電話を切った。○○電工の請求書は、桜川さんの担当だよな…。う~~ん。また、ミスしたのか?

「桜川さん」

「はいっ」

 また、桜川さんは名前を呼ばれただけでも、飛び上がった。


「今、○○電工から請求書が届いていないと電話がありましたが、送っていないんですか?」

「え?お、送っています。○○電工は月末締めで、月の初めには送ったはずなんですが」

「すぐに送ってあるか調べてください」

「はい」


 慌てて桜川さんは、引出しをあけファイルを取りだした。そして、

「す、すみません、主任。○○電工だけ、送るのが漏れていたみたいで」

と青い顔をして僕に言った。


 そうか。追い打ちをかけるようだが、毅然とした態度は取らないとな。

「送っていないんですね?」

 冷静に僕は桜川さんに聞いた。


「すみません!送っていません。すぐに出力して速達で送ります。あ、ファックスのほうがいいですか?」

「請求書は現物を送ってほしいと言われています。早急に出してください。先方には僕から電話をしますから」

「はい。すみません」

 真っ青になりながらも、桜川さんは作業をし始めた。


 部下のミスだ。ちゃんとフォローをしないと…。そう、部下のミス。いくら付き合っているとはいえ、甘い顔もできないし、他の女性社員と同じように、ちゃんと注意もしないとならないよなあ。


 そんなことを考えつつ、また先方に電話を入れた。

「申し訳ありません。部下のミスで送っていませんでした」

「そうですか。困りましたね。今日中にどうしても必要なんですが」

「わかりました。これからすぐに持っていきます」


「桜川さん。請求書できましたか?」

 電話を切りながら、桜川さんにそう聞くと、「はい」とすぐに返事が返ってきた。 

「今日中でないと間に合わないそうなんです。僕が今から届けに行きますので」

「え?主任が?で、でも、私のミスなので私が」

「いいですよ。○○電工は近いですし、特にこのあと用事も入っていないので行ってきます」


「すみません。ご迷惑ばっかりかけて、あの、私…」

「……」

「すみませんでした」

 泣きそうだな…。だが、ここであんまり優しくしても…。


「主任!○○電工からお電話です」

「はい」

 北畠さんに言われ、電話を替わった。すると、

「経理の担当のものが、すでに請求書を受け取りに御社に向かいました」

と、営業の担当から言ってきた。


 僕は、そのままオフィスで待っていることにした。

 桜川さんの様子は…、かなり落ち込んでいるのが見てわかる。


「主任、受付に○○電工の経理の方が見えました」

 早いな。そんなに急ぎだったのか、申し訳ないな。

「北畠さん、通してくれますか?」

「はい」


 しばらくすると、営業部の入り口に○○電工の人がやってきたらしい。北畠さんが電話に出ると、すぐにドアを開けに行った。僕はまだ、他の電話に出ていた。桜川さんはすでに、お茶を入れに行ったようだった。


「主任、○○電工の方、応接室にお見えです」

「はい。今、行きます」

 電話を切った僕は、北畠さんにそう言って、請求書を持って応接室に向かった。経理の担当者とは初めて会う。男性なのか女性なのかもまったくわからない。


 トントン。ノックをしてドアを開け、僕はすぐに頭を下げて謝った。そして顔を上げると、なんとそこには部長の娘さんがいた。

「あ?」

 思わず、固まっていると、

「こんにちは、魚住さん」

と、恥ずかしそうに部長の娘さんが小声で挨拶をしてきた。確か、菜穂って名前だったよな?


「なぜ、菜穂さんが?」

「わたくし、○○電工の経理担当なんです」

「あ、そういえば、課長がそう言っていたかも…」

 ……。菜穂さんと僕を桜川さんが交互に見て、不思議そうな顔をしている。


「部長は今、会議中です。もうすぐ終わると思うので、呼んできましょうか?」

「いいえ。父に会い来たわけではないので大丈夫です。それより、請求書が届いていないことに気づかず、迷惑をかけました」

「いいえ。こちらのミスです。こちらこそ申し訳ありませんでした」


 僕はまた頭を下げた。隣で慌てて桜川さんも同じように頭を下げた。

「いいんです。そのおかげでこうやって、また魚住さんに会えたんですし…」

 やばいな。桜川さんが変に誤解をするかもしれない。

「桜川さん、もう仕事に戻っていいですよ」

「え?あ、はい。では、失礼します」


「魚住さん、この前は緊張のあまり、わたくしあまりお話ができなくって、後悔しました。もっといろんな話がしたかったんです。今度、お食事にでも行きませんか?」

 バタン。菜穂さんがそう話した後で、ドアの閉まる音がした。今の、桜川さんに聞かれたよな。


「すみませんが、そういう話を社内でしないでもらえますか?」

「え?」

「誰が聞いているかわかりませんので」

「すみません」


 ガチャリ。ドアのあく音とともに、

「やあ、菜穂ちゃん、いらっしゃい」

という課長のすっとぼけたように明るい声が聞こえた。


「課長、いらっしゃいって…。菜穂さんは請求書を取りに来ただけですよ。別に遊びに来た訳では」

「まあ、まあ、魚住君、硬いこと言わないで。今、部長も来るからね」

 そう言いながら課長は僕の隣の椅子に腰かけた。


「…父が?」

「会議終わったから。今、桜川さんに部長を呼んでもらっているからね」

 桜川さんがか?ああ、なんか勝手に勘違いして落ち込まないでくれたらいいが。


「たまには、お父さんの職場なんだし、遊びに来てもいいんだよ?菜穂ちゃん。魚住君もいることだし」

「え?そ、そういうわけには」

 課長、なんだってそんなことを言うんだ。菜穂さんが誤解するだろ。


「いいよねえ?魚住君」

「い、いえ。やはり、職場ですし、それは…」

「ははは。魚住君は真面目だからなあ」

 バシンと背中までたたかれてしまった。


 そしてまたドアが開き、今度は部長が入ってきた。

「菜穂、ああ、魚住君もいたのか」

「部長、申し訳ありません。僕の部下がミスをしたせいで、菜穂さんにわざわざお越しいただくことになってしまって」


「ああ、桜川さんに聞いたよ。請求書を送り忘れたんだって?でも、そのおかげでこうやって、魚住君にも会えたわけだし、なあ?魚住君」

 また、そういうことを。ほら、もっと菜穂さんが赤くなった。


「部長…。桜川さんはなんて言っていましたか?」

 ここはすぐに話題を変えないとと思い、そう聞いてみた。

「え?ああ。請求書を送り忘れたので、部長の娘さんがわざわざ、取りに来てくれましたと言っていたけど?それが?」


「あ、いえ」

「桜川さん、随分と暗かったが、魚住君、まさか叱り飛ばしたんじゃないだろうねえ?」

「え?…いえ。注意はしましたが」


 部長は菜穂さんの隣に腰を下ろした。そして僕の顔を見て、

「魚住君は、女性社員に厳しいところがあるから。まあ、それだけ真面目なんだろうけど、叱るばかりじゃなく、たまには褒めたり、優しくしてあげてもいいと思うよ?飴とムチだよ、魚住君」

と話を続けた。


「……はい」

 部長はそう言った後、はははと笑ったが、その横で菜穂さんは、少し顔を引きつらせた。

「魚住君は、見た目はなかなかの男前なんだが、女性社員にはモテないねえ。どちらかと言えば嫌われているようだし」

「はい。名古屋でもそうでした」

 正直にそう告げると、また菜穂さんが引きつった。


「もう少し、女性社員に優しくなると、モテるだろうに」

 そう課長まで言い出した。

「僕は別に、女性社員の気を引くために仕事をしているわけではありませんから。きちんと仕事をしてもらわないと、会社の業績や信頼にも影響します」


「真面目だねえ…。まあ、そういう男だから気に入ったんだが。なあ?菜穂」

「え?あ、はい」

「仕事しか興味がない仕事人間と、周りの人にはよく言われます。なので、面白みのない人間かもしれません」

「ふむ…。何か趣味でも持ってみるのはどうだ?」


「仕事が趣味です」

 僕はそうはっきりと告げた。

「それでは、人生つまらないだろう?」

 部長の言葉に、南部課長も頷いた。


「そうですか?仕事が面白いので、十分、人生を楽しめていますが…」

 そう切り替えすと、部長も課長も笑ったが、菜穂さんだは下を向き、肩をすぼめていた。

 

 僕の印象が悪くなったのかもしれない。たとえば、こんな仕事しかしない面白くない男なんてつまらないわ。こんな人とお付き合いなんかできないわ…とか。そう思ってもらえたら、思惑通りだ。


「では、わたくしはこれで失礼します。菜穂さん、今日はわざわざ来ていただき、本当に申し訳ありませんでした。今後、こんなことがないよう、部下には十分気を付けさせますので」

 椅子から立ち上がりそう言って、僕は応接室を出た。


「じゃあ、部長、申し訳ないですが、私もこのあと客が来るので失礼します」

 すぐに課長も僕に続いて応接室を出てきた。

「魚住君」

 課長は先にデスクに向かった僕の肩を叩き、

「桜川さんには、あんまりきつく言わないでくれよ。彼女、ああ見えても繊細だし、体も丈夫な方じゃないからね」

と、小声でぼそぼそとそう言った。


「体が丈夫じゃないっていうのは?」

「前にね、神経やられて、体壊したこともあるんだよ。まあ、ミスしたのだから注意はしないとならないとは思うんだけど、でも、お手柔らかに頼むよ」

「……はい」

「よろしくね。部下に病気になってもらったら、困るからね」


 課長は先にデスクに戻った。桜川さんは席にいなかった。

 そして、そのあと15分、桜川さんも溝口さんも席を開けたまま…。


「北畠さん、桜川さんと溝口さんは?」

「溝口さんは、コピーを取りに行ってまだ戻ってきてないです。桜川さんは…、トイレかな?」

 まさか、泣いているわけじゃないだろうな。


 僕は気になり、まずコピー室に向かった。溝口さんは何をしているんだ。いや、もしかしたら、桜川さんのことを知っているかもしれない。


 そして、コピー室の前に行くと、ぼそぼそと女性の話声が聞こえた。

「だからね、部長の娘にとられる前に、なんとかしないと。やっぱり、伊織から仕掛けて行けば?」

「できないよ」

 溝口さんと桜川さんだ…。コピー室にこもっていたのか。


「でも、このままでいいの?」

「…私、主任の信頼に応えたいし、仕事も頑張りたいし…。なのに、ミスばかりして、呆れられることばっかりしてる。仕掛けるとか、そういう以前に、もう嫌われているかもしれない」

 は?僕に?


 嫌った覚えもないし、呆れてもいないが…。


「伊織~。仕事がどうのって言ってる場合じゃないよ?このままじゃ、部長の娘さんと付き合っちゃうよ。結婚までしたらどうすんの?」

 はあ?僕がか?!

 なんだって、そんな勝手なことを言っているんだ。そんなことを言って、桜川さんを追い詰めるなよ。


 トントン。

「溝口さん、コピーに何十分かかっているんですか?」

 僕は、わざと今来たかのようにドアをノックし、溝口さんに注意した。

「すみません。もうできました」

 そう言って、慌てたように溝口さんはドアを開け、

「あの、主任。伊織…、桜川さんにもコピー手伝ってもらってて」

と、作り笑いをしながら、コピー室から出てきた。


 その後ろで、目を赤くさせた桜川さんも現れた。

「す、すみません、主任」

「桜川さんには、今日の件で話もあるので、ちょっと残ってもらえますか?」

 僕はそう言って、溝口さんだけを席に戻し、桜川さんにはコピー室に残ってもらった。


 溝口さんは、桜川さんの方をちらちら見ながら、席に戻って行き、僕は桜川さんとコピー室に入りドアを閉めた。


「桜川さん」

「はい」

 ビクッと、桜川さんは肩をすぼめた。視線は下を向き、僕とは目を合わせようとはしていない。


「今日のことですが」

「申し訳ありませんでした」

「ああ、いいです。請求書の件は、今後気を付けてもらえれば、それで」

「え?はい」


 一瞬、桜川さんはきょとんと首を傾げた。だが、また視線を下に落とし黙り込んだ。

「菜穂さん…、部長の娘さんのことです」

「…え?」

 相当びっくりしたのか、桜川さんは青い顔をして顔を上げた。


 ……。目、真っ赤だし、鼻の頭も赤い。さっきまで泣いていたんだろうな。

「すみません。僕がきつく言って泣かせてしまいましたか?」

「あ…。いえ、これは違います。じ、自分が情けなくて泣きました」

「泣くことはないですよ」


「ごめんなさい。泣いたりして」

「いえ、責めているわけじゃなくて…」

 はあ…とため息をつくと、桜川さんは、また泣きそうな顔をして俯いた。


「仕事のことは、気にしないでください。あ、もちろん、なるべくこれからはミスしないようにしてほしいですが。ただ、ミスをしても大丈夫ですよ。僕がちゃんとフォローします。桜川さんの上司なんですから」

「え?」

「僕のことは信頼してください。どんどん頼ってもらってかまいませんから」


「……」

 あ、また泣きそうだ。目が潤んでいる。

「仕事のこととは関係ない話なんですが。もし、桜川さんが変に誤解しているといけないと思って、念のため言っておきます」

「え?」


「部長の娘さんと僕は、別に付き合うこともしないですし、二人で会って食事をすることもないですので、安心してください」

「え?!」

「それを心配していませんでしたか?」


 かあっと桜川さんの顔が赤くなった。そして俯くと、

「あ、あの。それは、その…、はい」

と、相当慌てたようだ。


「心配無用ですから。…仕事のことも、菜穂さんのことも気にしないでいいです。ですから、桜川さんは泣くこともないですし、落ち込まなくてもいいですよ」

「……すみません。あの、私のことを元気づけてくれているんですよね?」

「え?はい、まあ」


「主任、ありがとうございます」

 そう言って、桜川さんはぺこりと頭を下げた。

「………」


 う~~~ん。桜川さんも真面目な性格なのか。付き合っている僕に対して、そこまで丁寧に接してくれなくてもいいんだが。それとも、ここが会社だから、上司と部下という関係をちゃんと保っていてくれているのか。


「じゃあ、席に戻って仕事を再開してください」

「はい」

 桜川さんは笑顔になり、デスクに颯爽と戻って行った。



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