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第21話 またも発熱 ~佑編~

 翌朝、いつもと同じ時間に会社に着いた。上着を脱ぎハンガーにかけ、椅子に座った。そして、パソコンを開き仕事を始めようとした時、デスクの電話が鳴った。

「はい、△△電気です」

「あ、お、おはようございます」


 桜川さん?電話をしてきたっていうことは、遅刻か?

「……おはようございます。どうしましたか?遅刻ですか?」

「え?」

「あ、魚住ですが、桜川さん、具合でも悪いんですか?」


 桜川さんからの返答がない。

「桜川さん?大丈夫ですか?」

「あ、すみません。熱が37度8分あって、今日休みます」

「熱?昨日ちゃんとあのあと寝たんですか?」


「…実は、お風呂のあと、座椅子に座ったまま寝ちゃって」

「……あれだけ、大丈夫ですかって聞いたのに…」

「すみません。本当にすみません。ゴホッ」

「風邪、ぶり返しましたか?」

「かもしれません。でも、明日には必ず会社に行きます」


「無理はしないでください」

「はい。迷惑かけて本当にすみません…」

 あ、課長が来た。このまま、電話をしていたらまずいな。

「お大事に」


 そう言って僕は早々に電話を切り、課長には桜川さんが風邪で休むと告げた。そして、携帯を持って廊下に行き、桜川さんにメールを打った。

>本当に大丈夫ですか?ご飯は食べれますか?定時に上がってお粥作りに行きますから。

>大丈夫です。妹に来てもらうし、主任にそんな何度もお見舞いに来てもらったら悪いです。


 まただ。遠慮しているんだろうけど、あまりにもいつも僕の好意を受け取ってもらえないと、実は迷惑なんじゃないかって、変に疑いたくもなる。

>それ、けっこう傷つくのでやめてください。とにかく、ちゃんと寝ててくださいね。帰りに寄りますから。

 つい、大人げない返事をしてしまった。

 

 だが、彼女からは、

>傷つくって、私、主任を傷つけていたんですか?ごめんなさい。でも、何が傷つけているのか、わからなくて。迷惑をかけていることでしょうか?

と言う返信が来た。ガク…。まったくわかっていなかったんだな。


>僕の好意を素直に受け取らないことです。もう少し頼ってください。

 正直に僕はそう送信した。桜川さんからの返事は来なかった。


 帰りに桜川さんの家に寄るために、その日は猛スピードで仕事をした。そして、なんとか5時半に、今日するべき仕事を終わらせようとしていると、

「魚住君、塩谷さんがもうすぐ出先から戻ってくるから、そのあと30分くらい、塩谷さん交えて話をしよう」

と課長に言われてしまった。


「え?これからですか?」

 嘘だろ。5時半ピッタリに会社を出るつもりだったのに。しょうがない。30分遅くなることを桜川さんに電話しておくか。


「もしもし、魚住ですが。熱、どうですか?」

 電話に出た桜川さんにまず聞いてみた。

「37度まで下がりました」

「そうですか。すみませんが、ちょっと遅くなるかもしれません」

「え?」


「名古屋から営業の人が来ていて、課長交えて話をするので。30分もかからないと思うんですが、少し遅くなります」

「私だったら大丈夫です。それに今、妹の美晴もご飯、作りに来てくれているし」

「え?」

 妹さんが?


「だから、大丈夫です」

「妹さん、呼んだんですか?」

 僕が帰りに寄るって言ったのに?

「え?いえ、あの…」


「魚住君、塩谷さん来たから、会議室に行くよ」

 廊下まで課長が僕を呼びに来た。

「あ、すみません、課長が呼んでいるのでこれで」

 そう言って僕はすぐに電話を切り、課長の後に続いて会議室に向かった。


 課長の話は、人事に相談をして、淀川さんの福岡支店への移動が決まったことと、2課に正式に塩谷が配属になることが決まったこと。そして、今取り組んでいるプロジェクトにも塩谷に参加してもらうことになったことなど、決定事項の話だった。


「淀川さんには早くに福岡支店に行ってもらう。塩谷さんにも来月と言わず、今月中には東京に来てほしい。名古屋での引継ぎなどもあると思うが、なんとか25日前には来てもらえないかな」

「え?そんなに早くにですか?」

「できれば」

「わかりました。なんとかしてみます」


 11月になる前に、塩谷は東京に来ることとなった。そして、僕はまた塩谷に、

「明日名古屋に帰るから、今日の夕飯一緒に食べましょう」

と誘われ、帰りに桜川さんのアパートに行く予定もなくなったので、僕は塩谷に付き合うことにした。


「南部課長はどんな人?」

 ビールを1杯飲むと、いつものごとく塩谷は敬語を使わなくなった。

「温厚な人だよ。いつでも穏やかだ」

「じゃあ、主任が見て、課で最も優秀な人は?」


「まあ、みんなぞれぞれ頑張っているが、一番フットワークが軽いのは野田さんかな」

「事務の人は?事務員は3人いるみたいだけど」

「北畠さんが一番の古株。引き受けたことをしっかりとやってくれるし、世話を焼きたがる。溝口さんは、何度も注意をしているが、あんまり仕事に対しての熱意は感じられない」


「…後の一人は?」

 桜川さんか…。塩谷は時々鋭いからな。僕と桜川さんが付き合っていること、ばれないようにしないとな。

「桜川さんは、けっこう頑張ってくれているが、たまに抜けているところもある」

「ふうん。で、3人は主任のこと、嫌っているの?」


「…溝口さんには好かれていないかもな」

「へえ。じゃあ、他の二人は?」

「う~~~ん」

 僕はわざとらしく首を傾げた。


「どうもね、こんなことを言うのもなんなんだが、あ、やっぱりやめておくよ」

「え?何?気になる。一緒に仕事をすることになるんだし、教えて、主任」

「北畠さんがね、どうも、僕を気に入ってくれているようで」

「え?!北畠さんって一番の古株…ってことは、主任より年上?」


「ああ」

「主任は年上女性にはなぜか、人気あるもんね。名古屋でも主任のこと気に入っていた人いたよね?やたらと世話焼きたがって」

「ああ、そんなタイプかもな」


「ふ~~~~~ん、へ~~~~え」

 これで、塩谷は北畠さんにだけ注意を向けるだろう。桜川さんのことは気に留めないはず…。

「あれ?で、もう一人の人は?」

 ……。なんだ。なんで、思い出すんだよ。


「もう一人?」

 わざとすっとぼけてみた。

「そう。えっと、桜なんとかさん」

「桜川さんだったら、可もなく不可もなく…」


「何それ」

「だから、害もないし、別に問題もないし」

「ふ~~ん、そっか。溝口さんは、やりにくそうだね。気を付けようっと」

「そうだな」


 ゴクンとウーロン茶をクールに飲んだ。多分、塩谷は桜川さんに関心を示さないはずだ。


 その店を出ると、かなり塩谷は酔っ払っていた。もう1件行こうと言い出す前に、駅に連れて行かないとな。これ以上飲むと、やっかいなことになりそうだ。

「明日、朝早くに名古屋に帰るんだろ?今日はもう帰るぞ」

「嫌。まだ飲み足りない」


 ああ、すでにやっかいなことになっているな。

「朝、名古屋支店に行くんだろ?寝坊するわけにはいかないだろ」

「主任の家に泊まれば平気」

「ばかなことを言うなよな。荷物もないくせに」


「大丈夫。ちゃんと、ロッカーに入れてあるから」

「持ってきたのか?」

「毎日、いつでも主任の家に行けるように」

 なんだよ、それは。まったく。名古屋みたいに泊まれると思っているのか?


「無理だよ。塩谷一人を泊めるわけには…」

 そう言おうとしたときに電話が鳴った。

「電話だ…。課長からかもしれないから出るぞ」

 塩谷に電話に出ることを告げ、電話をポケットから出した。すると、課長からではなく桜川さんからだった。


 なんだ?まさか、具合が悪くなったとかか?

 僕は慌てて塩谷から離れ、電話に出た。

「もしもし?桜川さん、どうしたんですか?」

「あ、あの。今日はすみませんでした。それで、あの、熱も下がったみたいだし、明日は会社に行きます。それから…」


「魚住主任!次行きましょう。次の店!」

 塩谷が僕の後ろに来て、でかい声を上げた。ああ、うるさい。桜川さんの声が聞こえないだろ?そう思い、思い切り耳を澄ませてみたが、桜川さんの声は聞こえなかった。

「桜川さん?」


「主任!誰?誰と電話してるの?早く切って、次のお店も付き合って!」

 また、でっかい声で塩谷が言った。それも僕の腕を掴みながら。

「あ、あの、すみません。おやすみなさい」

「え?ちょっと、待って」


 ツーツーツー…。すでに電話は切れていた。

「塩谷!電話切れただろ?!」

「誰からよ。大事な電話だったの?」

「大事って言うか…、まあ、用件は聞けたが…」


「じゃあ、いいじゃない。次、どこの店行く?」

「行かない。帰るんだ。行くなら一人で行けよ」

「え~~。一人は嫌」

「じゃあ、帰るぞ」


 そうきつく言うと、しぶしぶ塩谷は僕のあとからついてきた。塩谷は一人で飲むことはできないようで、いつも誰かを無理やり引っ張って、居酒屋をはしごしていた。

「名古屋では最後まで、主任も付き合ってくれたのに」

「他にも部下がいたからな。塩谷の世話を焼くのは大変だから、僕も残っていたんだよ」


「私の世話?」

「そう。飲んだくれて、店で寝ることもあったし。男二人がかりで、僕のマンションまで連れて帰ったことも数回…。東京では面倒見ないからな。課には独身男性もいないし、塩谷に付き合って飲めるほど、酒の強い男もいないし」


「つまんない。じゃ、主任だけでいい」

「僕一人じゃ、面倒見きれない。東京では酒ももう少し控えろよ。とにかく、もう面倒見きれないからな?」

「主任、東京来て変わった。冷たい」

 駅に着くまで塩谷は、ぶーぶー僕に文句を言った。ああ、もうなんとでも言え。


 はっきり言って、面倒くさい女だ。仕事ができなかったら、絶対に関わったりしない。酒飲んでいるからとはいえ、上司に対してのこのため口…。たまに、ムカッとくる。だが、まあ、仕事中は敬語をしっかりと使うし、甘えることもないし、毅然とした態度で仕事をしているのだから、酒飲んだ時くらいは…と大目に見ていたが、他の女性社員が見たら、文句を言うかもな。


 いつも、いろいろと注意するくせに、塩谷さんだけは特別扱い?

 そんなことを名古屋でも、事務の女性がぼやいていたっけ。まあ、どうでもいいと、ほっておいたが。


「ほら、ちゃんと家まで帰れよな?」

「送ってくれないの?主任」

「千葉まで送れるわけないだろ」

「名古屋では、泊めてくれたのに」


「だから、あれは他の男性社員もいたから泊めたんだ。女性社員を一人だけ泊めるわけにはいかないだろ?」

「なんで?」

「問題になっても困る。僕にも立場っていうものがある。部下の女性を一人泊めたとなっては、いろいろと困るんだよ。そういうのくらい、塩谷もわかるだろ?」


「………。わかるけど」

「じゃあ、ちゃんと帰れよ。お疲れ様」

 塩谷を千葉方面の電車に乗せ、僕はホームで電話を手にした。桜川さんからメールも入っていないし、電話も入っていなかった。

「もう、寝たかな…」

 気になったが、その日は電話もメールもするのをやめた。


 見舞いには来なくていいと言った。でも、わざわざ電話をしてきた。多分、メールでも事足りる内容だ。だが、わざわざ電話をしてきたのには理由があるのか。そんなことを考え、眠れなくなるところだった。だが、無理やり僕は、何も考えないようにして眠った。


 翌日、朝、会社に行く途中で桜川さんからメールが来た。

>途中の駅で気持ち悪くなり、今、休んでいます。すみません。気分が良くなったら出社しますが、少し遅刻します。

 具合悪いのか?大丈夫なのか?電車を降り、改札口を抜けてから桜川さんに電話を入れた。


「桜川さん、大丈夫ですか?会社来ないで休んだ方がいいんじゃないですか?」

「いえ。仕事も溜まっていますし、ちゃんと出ます。でも、もうちょっとここで休みます」

 声、辛そうじゃないか…。

「無理はダメですよ」


「大丈夫です。ちょっとギュウギュウ押されたから、それで気分が悪くなってしまって。でも、もうかなり良くなっていますし、大丈夫です」

「じゃあ、無理しないで来てください。遅くなってもいいですから」

「はい。わかりました」

「桜川さん」

「はい?」


「昨日は、お見舞いに行けずすみませんでした」

「え?いいえ。全然気にしていないですから」

「……そうですか」

 僕は電話を切った。

 

 桜川さんの、まったく気になんかしていません…と感じられるほどの躊躇の無い返事が、僕を落ち込ませた。なぜ、落ち込んだのか自分でもわからなかった。


 会社に着くと、

「主任、□□商事から、急いで打ち合わせがしたいとメールが来てます」

と、野田さんが言ってきた。

「わかりました。何時に行ったらいいか聞いてみます」

 電話を入れると、10時までには来てほしいと言われ、急遽野田さんと行くことになった。


 桜川さんのことが気になった。具合はよくなったのか。かなり気になった。だが、すぐにでも会社を出ないとならず、

「課長、桜川さんが具合が悪くて遅刻するようですので、よろしくお願いします」

と告げ、会社を後にした。


「桜川さん、最近、よく休みますね」

 駅に行くまでの間、野田さんがそんなことを言ってきた。

「前は?そんなに休む方じゃなかったんですか?」

「そうですね。冬場は風邪引いて休むこともありましたが」


「体、弱いんでしょうか?」

「そんなこともないと思いますけど。一人暮らしだと、体調管理してくれる家族がいないから、不摂生になったりするのかもしれないですね」


「ああ、なるほど」

「溝口さんも、今よりもしょっちゅう、遅刻してましたよ。朝、低血圧で弱いんですって、田子主任に言ってました」

「それ、本当ですか?」

「さあ?でも、夜更かしをしちゃうようなことを言っていたから、単に起きれないだけじゃないんですか?」


 まったく。溝口さんにも困ったもんだ。まあ、最近は遅刻しなくなったからいいが。って、それより、桜川さんだ。やっぱり、自炊をしないでコンビニの弁当なんかで済ませるから、体が弱くなっているんじゃないのか?ちゃんと、栄養のあるものを食べさせないと。


 週末だけじゃなく、桜川さんには毎日、手料理を食べさせないとなあ…。

 ぼんやりとそんなことを、僕は思っていた。





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