第21話 またも発熱 ~伊織編~
翌日、朝、頭が痛かった。だるいし、関節の節々も痛い。まさかと思うが熱を測ると、37度8分。
「また熱?」
あ~~~。会社に行きたいのに!主任に会いたいのに!
8時40分。課長か、主任か、悩んだ末、ドキドキしながら主任に電話を入れた。
「はい。△△電気です」
ドキーーーッ!主任だ。
「あ、お、おはようございます」
「……おはようございます。どうしましたか?遅刻ですか?」
「え?」
「あ、魚住ですが、桜川さん、具合でも悪いんですか?」
わあ!名前言っていないのに私だってわかったんだ。
びっくりして言葉が出なくなった。でも、
「桜川さん?大丈夫ですか?」
という主任の声で我に返り、
「あ、すみません。熱が37度8分あって、今日休みます」
と、主任に告げた。
「熱?昨日ちゃんとあのあと寝たんですか?」
「…実は、お風呂のあと、座椅子に座ったまま寝ちゃって」
「……あれだけ、大丈夫ですかって聞いたのに…」
あ、呆れてる。
「すみません。本当にすみません。ゴホッ」
「風邪、ぶり返しましたか?」
「かもしれません。でも、明日には必ず会社に行きます」
「無理はしないでください」
「はい。迷惑かけて本当にすみません…」
「お大事に」
ガチャ。主任はさっさと電話を切った。最後なんてぶっきらぼうだった。
ああ、きっと呆れたんだ。
は~~~~。果てしなく落ち込む。なんだってこう、私は体調管理ができていないんだ。
布団に潜り込み落ち込んでいると、ブルルルっと携帯が振動した。
「メール?また美晴かな。来てもらってご飯作ってもらおうかな」
布団から手をだし、畳の上に転がした携帯を手に取った。そしてメールを見てみると、なんと主任からだった。
>本当に大丈夫ですか?ご飯は食べれますか?定時に上がってお粥作りに行きますから。
ええ?!うそ!また来てくれるの?!
>大丈夫です。妹に来てもらうし、主任にそんな何度もお見舞いに来てもらったら悪いです。
慌ててすぐに返信した。すると、
>それ、けっこう傷つくのでやめてください。とにかく、ちゃんと寝ててくださいね。帰りに寄りますから。
という返事が返ってきた。
それ、傷つくって?え?どれが?
>傷つくって、私、主任を傷つけていたんですか?ごめんなさい。でも、何が傷つけているのか、わからなくて。迷惑をかけていることでしょうか?
>僕の好意を素直に受け取らないことです。もう少し頼ってください。
え?頼る?
そ、そうか。上司として信頼し、もっと頼りにしていいってことか。
じ~~~ん。なんて器の大きな上司なんだ。でも、できたら、恋人として頼っていいよ、甘えていいよ、なんて言ってほしい。
いや、贅沢だよね、そんなの。だって、私のこと心配して来てくれるんだよ。それも、頼ってくださいなんて言ってくれているんだよ。部下だとしても、すごく喜ぶことだよね。
午前中は寝ていた。午後になり私は起きだし、前に東佐野さんが持ってきたレトルトのお粥をあっためて食べた。
「まだ頭痛い」
熱を測ると37度3分だった。
「少し下がった…」
私はなんとか洗濯物を畳んだり、昨日和室に入れた雑誌を片付けたりした。それから、また布団に入り込んだ。
そしてまた、寝てしまった。次に目が覚めると、
「お姉ちゃん、会社は?」
と美晴が座椅子に座っていた。
「なんでいるの?美晴」
「夕飯でも作っておいてあげようかなって思って」
「え?今何時?」
「5時半だよ」
「夕飯はいい。熱があって休んだの。さっきお粥も食べたし、大丈夫だよ、もう帰っても」
「何それ。妹がせっかくの休みの日に来てやったのに」
頼んでないし。いつも気まぐれでやってくるだけなのになあ。
「また熱出してんの?大丈夫なの?」
「うん。37度くらいだし、微熱だから大丈夫だよ」
「じゃあ、なんか作ってあげるよ。材料も買ってあるし」
ええ?でも、もうすぐ主任が来るのに!
5時半ぴったりに会社を出たら、6時半にはうちに着いちゃうかもしれない。どうしよう。美晴と鉢合わせになっちゃう。
ブルルル。
あ!電話?主任からだ。
「もしもし」
「熱、どうですか?」
「37度まで下がりました」
「そうですか。すみませんが、ちょっと遅くなるかもしれません」
「え?」
「名古屋から営業の人が来ていて、課長交えて話をするので。30分もかからないと思うんですが、少し遅くなります」
「私だったら大丈夫です。それに今、妹の美晴もご飯作りに来てくれているし」
「え?」
「だから、大丈夫です」
「妹さん、呼んだんですか?」
「え?いえ、あの…」
「あ、すみません、課長が呼んでいるのでこれで」
ツーツー…。電話が切れた。
そうか。主任、来れないのか。なんだ…。
「誰から電話?」
「主任」
「え?あの主任?なんの電話だったの?」
「熱大丈夫かって」
「心配してくれたの?やっぱり、脈ありじゃない。そうだ。あのあと、どうなったか気になって聞きたかったんだ」
「美晴は?二階堂さんとどうなった?」
「う~~ん」
美晴は手にしていたおたまをクルクルと振り回すと、
「二階堂さんって、いろいろと私のために尽くしてくれるんだよね」
と、そんなことを言い出した。
「へえ、そうなんだ」
「ゴルフ教えてくれたり、高級レストラン連れて行ってくれたり、来週は温泉に行く予定」
「へえ」
「で、お正月休みはハワイに連れて行ってくれるって!」
「何それ。二人で行くの?」
「うん」
「……なんか、幸せそうっていうか、ラブラブなんじゃないの?」
「う~~~~~ん」
また、おたまを振り回しだした。
「私、思ったんだよね。結婚って、愛されてする方が幸せかもって」
「…なるほど。愛されちゃってるわけだ」
「うん。二階堂さん、優しいし、紳士だし。大事にされているってわかるんだよねえ」
「のろけ?」
「まあね!結婚はまだ考えられないって私は言っているんだけど、でも、しばらく付き合ってみようって思っているの」
「ふうん」
「で、お姉ちゃんの方は進展したの?」
「ううん。相変わらずだよ」
「え~~~。でもさ、心配してくれてるんじゃない」
「でも、部下として大事って言うだけで…」
「そっか。その壁はまだ乗り越えていないのか」
「うん」
「で、お姉ちゃん、お色気で迫った?」
「まさか!あ、でも、飲み会の帰りに、主任、部屋に上がってくれた」
「え?!それで!?」
「お茶飲んで帰ったけど」
「それだけ?」
「……うん」
「なんでそこで、押し倒さない?」
「そんなことするような人じゃないよ」
「主任がじゃなくて、お姉ちゃんが」
「するわけないでしょ!!!」
あ、でも、抱きしめたらどうしますか?なんて、意味深な台詞言っていた。あれって、どういう意味かな。美晴に聞いてみようかな。いや、やめておこう。
結局美晴が夕飯を作ってくれて、私はそれを食べた。美晴も一緒に食べてから、帰って行った。
時計を見ると9時。もう、主任は家に帰ってるよね。
メールしてみようか。でも、なんて?今日はすみませんでした。休んでしまってってメールする?
ううん。本当は声が聞きたい。顔も見たい。会いたかった。来てほしかった。ああ、私っていつも素直じゃない。本当はもっと主任に頼りたいし、会いたいし、甘えたいし…。
だけど、単なる部下の私が甘えたって、うっとおしいだけだよね。彼女とかじゃないんだから。
…でも、部下として、電話をするのはいいよね?!
思い切って勇気をだし、主任の携帯に電話を入れた。
「もしもし?桜川さん、どうしたんですか?」
あと一回コール音が鳴ったら、切ろうと思っていた時に主任が電話に出た。
「あ、あの。今日はすみませんでした。それで、あの、熱も下がったみたいだし、明日は会社に行きます。それから…」
帰りに寄ってくれると言ってくれて、嬉しかったです…と、言葉を続けようとした。でも、
「魚住主任!次行きましょう。次の店!」
という女性の声が聞こえてきて、私は黙り込んだ。
「桜川さん?」
主任が私の名前を呼んだ。
「主任!誰?誰と電話してるの?早く切って、次のお店も付き合って!」
ドキン。誰の声?
「あ、あの、すみません。おやすみなさい」
私は慌てて電話を切った。
聞いたことのない女性の声だった。まだ若そうな…。誰?主任って呼んでいたから会社の子だよね。
真広でもない。北畠さんでもない。営業にいる女性社員の声でもない。じゃあ、誰?
ドクン。私のアパートに来るのをやめて、その女性と一緒にご飯食べに行ったんだ。仲よさそうだった。
誰?!気になるよ~~~~。
気になって気になって、寝不足になった。でも、熱は下がっていたので、会社に向かった。
ちょっと頭が痛いし頭がもわっとする。でも、心の方がもっともやもやだ。霧がいっこうに晴れやしない。
電車は相変わらず混んでいた。ギュギュウと押され、気持ちが悪くなり、途中の駅で降りてホームのベンチで休んだ。
ああ、この分じゃ遅刻だ。
時計を見た。まだ、主任は会社についていないだろう。どうしよう。主任に電話を入れる?それともメール?それとも、真広にメールしておこうか。
もやもや。主任の声が聞きたいけど、昨日の女性のことが気になり、やっぱり電話をする気になれない。じゃあ、メールしてみようかな。
>途中の駅で気持ち悪くなり、今、休んでいます。すみません。気分が良くなったら出社しますが、少し遅刻します。
そう主任にメールをした。それから、ベンチで休んでいると、主任からの電話が鳴った。
「お、おはようございます」
「桜川さん、大丈夫ですか?会社来ないで休んだ方がいいんじゃないですか?」
「いえ。仕事も溜まっていますし、ちゃんと出ます。でも、もうちょっとここで休みます」
「無理はダメですよ」
「大丈夫です。ちょっとギュウギュウ押されたから、それで気分が悪くなってしまって。でも、もうかなり良くなっていますし、大丈夫です」
「じゃあ、無理しないで来てください。遅くなってもいいですから」
「はい。わかりました」
「桜川さん」
「はい?」
「昨日は、お見舞いに行けずすみませんでした」
「え?いいえ。全然気にしていないですから」
「……そうですか」
主任は小声でそう言うと、電話を切った。
ベンチに30分座っていた。電車も空いてきて、私は立ち上がり電車に乗った。
時々、私の言葉に主任は暗い声で答えることがある。私、なんか失礼なことを言ってしまっているのかな。
「はあ…」
私の気持ちを素直に言って、アピールしていこうと思っているのに、全然素直になれていないのかもしれない。本当はお見舞いに来てほしかったとか、会いたかったとか、そういうこと、素直に云えないし…。
会社につくと、主任はすでに外出していていなかった。課長に遅刻したことを報告しに行き、席に戻って仕事を始めた。
「大丈夫?」
「うん、心配かけてごめんね」
真広に小声で聞かれたので、私も小声で返事をした。
お昼休憩になり真広と休憩室に行くと、
「昨日さあ、名古屋から営業の人が来たんだけど、その人がうちの課に入ってくるかもしれないんだって」
と、真広が教えてくれた。
「うちの課に?また人が増えるの?」
「ううん。どうやら、淀川さんが転勤になるみたい」
「え?そうなの?」
「もしかすると、主任が課長に言ってくれたんじゃない?淀川さんを転勤させるように」
「主任が?」
「たださ~~、名古屋から来る営業の人、昨日5時半近くに来たんだけどね」
「うん」
「名古屋でも魚住主任の部下だったらしいんだけど、魚住主任のこと崇拝している感じでさ~~」
「へえ。じゃあ、東京に、それも主任と同じ課に配属されるの嬉しいんじゃない?」
「そうなの。もろ、そんな感じだった。テンション高かったし」
「へえ。そうなんだ。まだ、若いの?」
「主任よりは年下かな。なんかさ、さすが総合職やってるだけあって、大柄で、男っぽくて、体力ありますって感じの体育会系の人だったよ」
「へえ、主任とは全然違うタイプだね」
「うん。でもあれは、主任が好きなんじゃないかな」
「え?!あ…、尊敬しているってこと?」
「いや。あれは、主任が好きだね。主任もまんざらじゃないって感じだったし。また、ライバル現れちゃったじゃん、どうすんの?」
「え?」
まさか、男のライバルってこと?
「ああいう女性は主任、好きなのかなあ」
「え?!女性!?」
「そうだよ。私言わなかった?総合職の女性社員だよ」
あ!じゃあ、昨日の電話の人がそう?やけに馴れ馴れしい感じだったあの女性の声が。
ドクン。そういえば、名古屋で営業の女性には好かれているようなことを前に主任が言ってたっけ。その人のこと?家にも来たようなこと言っていたような…。
その人が東京に来るの?それも、同じ課に?!
ガーーーン。なんだか、ショックだ。ライバル登場だ。そんな人がやってきちゃうなんて…!!




