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第19話 飲み会 ~伊織編~

 そして、翌日。主任は朝から忙しく動いていた。課のミーティング、そのあとはまた外回り、会社に戻ったのは昨日と同じく5時を回っていた。


「主任、定時に出られますか?」

「いや、ちょっと難しいです」

 北畠さんの言葉に主任がそう答えると、

「じゃあ、私、お店知っているから、主任が終わるまで残って、案内しますね」

と北畠さんはにっこりと微笑んだ。


「…すみません」

 主任は少しだけ笑みを浮かべ、すぐにパソコンに向かいだした。


 ああ、私も知っているの、そのお店。だって、課で飲みに行くのってたいていそこなんだもん。だから、私が残って案内することもできたのに、先を越された。


 5時半、課長が、

「行ける人は先に行っちゃおうか」

と言いながら、席を立った。でも、ほとんどの人はまだ仕事が終わっていない状態で、終わっていたのは私と真広と、40代の独身男性だけだ。


「じゃあ、4人だけで移動しようか」

 課長にそう言われ、私たちはオフィスを出た。心の中で、「主任、あとでまた会いましょう」と言いながら。

 ちらっと出る時主任の方を見てみた。主任もこっちを見ていた。

 ドキ。私?私の方を見ていたりする?


「ああ、魚住君は、誰か連れてきてくれな」

 そう課長がみんなに向かって言うと、北畠さんが、

「任せてください」

と張り切った声で答えた。


 なんだ。主任、私を見たんじゃなくて、課長を見たのか。がっかり。

 自意識過剰かもしれない。


「桜川さんは、お寿司の何が好き?」

 突然、独身男性、淀川さんが聞いてきた。

「何でも好きです。でも、最近は光物が…」

「そうなんだ~~。しばらくぶりだよねえ、お寿司」


「そうでしたっけ」

「あ、前は僕、行けなかったからなあ。ちょうど、出張中で」

「あ、そうでしたね」

 まったく覚えていないけど。確か春頃にも、課で行ったけど、淀川さんがいたかどうかなんて、記憶にないもんなあ。


「伊織~~。ねえねえ」

 淀川さんにつかまっていたが、真広が突然私の腕を掴んで、私を呼び止めた。淀川さんの隣には課長が肩を並べて歩きだし、ようやく私は淀川さんから解放された。ちょっと苦手なんだよね、あの人。


「淀川さんさ、前から伊織を狙っているんだから、気をつけなよ」

「は?」

「前にね、桜川さんみたいな人、お嫁さんにいいなあって、そう言っていたんだってよ。野田さんが教えてくれた」


 うそ。

「こういう飲み会を狙っていたと思うから、気を付けないと。いい?なんとか主任の隣に座るんだよ。多分、北畠さんも狙ってくると思うけど、頑張ってね」

 そう言われても。


「とにかく、淀川さんの隣にはならないようにね」

「う、うん。気を付ける」

 課長たちから少し離れながら歩き、5分後お寿司屋さんに着いた。2階にはお座敷もあり、いつも予約をすると2階に通される。


 階段を上り、靴を下駄箱に入れ、座敷の部屋に入った。課長は奥に座り、淀川さんは、課長とは違うテーブル席に座った。

「こっち、こっち」

 真広は課長の近くに座ると、その横に私を座らせた。


「主任は、伊織の隣に呼ぶからね。課長と同じテーブルだし、きっと来やすいよ」

「…う、うん」

 なんだか、ドキドキしてきた。とりあえず、淀川さんから離れられたし良かったけど…。


「そっちの席ばかりに行っちゃうのか。寂しいなあ。僕もそっちに行こうかな」

 え。い、嫌だよ。来ないで。淀川さんが一回座った場所から立ち上がろうとすると、

「今日の主役は魚住主任だし、やっぱり、主任は課長のそばじゃないと。ですよね?課長。そうだ。私と伊織の間に入ってもらおうよ。両手に花の方が喜ぶし。ね?課長!」

と真広が言ってくれた。


 真広~~~。なんて、心強い頼もしい友達なんだ!


「うん、そうだね。今日は課での歓迎会も兼ねているしね。魚住君が来てからだいぶ経っちゃったけどね」

 課長も、ニコニコ顔でそう言ってくれた。

「ほら、伊織。一個ずれて」

「え?うん」


「間に挟んじゃえば、主任の隣にはもう誰もこれないし。ね?」

「う、うん」

 うわあ。そんなことしていいの?ドキドキがさらに増してきた。


 お刺身やお寿司が運ばれ、課長が、

「ビールと、ウーロン茶でも持って来ておいて」

と店員さんに頼み、それらが運ばれてきて少しすると、他のみんながやってきた。


「ああ、来た来た。待っていたよ」

「すみません、遅くなって」

 北畠さんが張り切ってそう言いながら一番に来ると、

「主任!どの席がいいですか?やっぱり、主任が今日は主役だし」

と、その場を仕切り出しそうになった。


「ああ、北畠さん。もう、溝口さんが主任の席は用意しているから。ここ、ここ。魚住君は両手に花のこの席だよ」

 課長が私と真広の間にある座布団を指差した。

「え?そこ?」

 北畠さんがあきらかにムッとした。でも、

「あ、すみません」

と、主任はクールな顔で私の隣に腰を下ろした。

 

 クールだ。ほとんど表情を変えず、主任は黙って目の前にあったおしぼりで手を拭きだした。

 それに比べて私はドキドキしている。主任がすぐ隣にいる。嬉しいやら恥ずかしいやら。ちょっと動くと足がくっつく。腕も微かに触れてしまう。

 顔、赤くなってないよね。どうしよう。さっさとお酒飲んで、酔ったふりでもしようか。


「主任は何飲みます?ノンアルコールビール?それとも、ウーロン茶?」

 真広がそう聞くと、主任が、

「え?ああ、ウーロン茶で」

と、ちょっとびっくりしながらそう答えた。


「ウーロン茶だって、伊織。そっちにあるから、グラスについてあげたら?」

 あ、なるほど。真広、私につがせるために聞いたのか。さすがだ。

「はい」

 ウーロン茶の瓶を手にすると、主任はコップを持った。それに、ウーロン茶を注ぎいれた。


 …やばい。手が震える。絶対に主任にばれている。

「すみません。桜川さんはビールですか?つぎますよ」

「いいえ。いいです。悪いです」

「いえ、手酌もなんだから」


 ビール瓶を手にして主任は、私のコップについでくれた。真広は課長にビールをつぎ、自分のコップにもビールをつごうとすると、

「僕がつぎますよ」

と、主任がその瓶を手にして、真広のコップについであげた。


「…あ、すみません。まさか主任がついでくれるとは思ってもみませんでした」

「どうしてですか?」

「なんか、嫌われているかもなあって思っていたので」

「まさか。嫌ってなんかいませんけど?」

 そう主任は、クールな顔で言うと、瓶をテーブルに置いた。


「さて、みんな揃ったところで、乾杯しようか」

 課長がそう言って、皆がグラスを手にして乾杯をした。主任は特に誰ともコップを合わせることもなく、さっさと口をつけ、すぐにグラスを置いた。


「主任、何がお好きですか?取りましょうか?」

 主任の前の席をキープした北畠さんが聞いた。主任は、

「大丈夫です。自分で取りますから。どうぞ、気にしないで、ご自分のを取ってください」

とすごく丁寧に断った。


 北畠さんは、にっこりと微笑んだ顔をキープしながら、自分の分を取り出した。主任は、すぐにお寿司には手を出さず、小皿にお醤油を入れ、なぜか私の小皿にも入れてくれた。

「あ、す、すみません。気が利かなくて」

 こんなことを主任にしてもらうなんて。普通逆でしょ。立場が逆。


「いいえ」

 主任はそう言うと、お寿司を取った。私が好きな光物だ。主任も好きなのかな。でも、私の場所からじゃ、ちょっと遠い。


「主任、光物が好きなんですか?」

 お醤油をお寿司につけている主任に聞いた。

「はい。桜川さんは?」

「私もです。美味しいですよね」


 お寿司をほおばった主任は、また光物をお箸で取ると、

「はい。箸に口はつけていないので、大丈夫ですよ」

と、私のお皿に乗せてくれた。


 え~~~。またもや、やってしまった。

「す、すみません」

「いいえ。そこからだと取れないでしょう?他に何がいいですか?」

「大丈夫です。取れます」


「遠慮しなくていいですよ。あと、何が食べたいですか?」

 うわ。これって、いつものパターンの気がする。主任って、本当にいろいろと至れり尽くせりしてくれちゃうから。


「あ、あの。じゃあ、甘えびと、サーモンと…。ホタテ…」

「はい」

 主任はすぐにそれらを取って、お皿に乗せてくれた。

「ありがとうございます」


「いいえ」

 主任も自分の分を取り、食べだした。

「……びっくり」

 それを見ていた真広が、主任に向かって目を丸くしてそう呟いた。


「何がですか?」

「主任ってそういうことしないのかと。なんかこう、デンと構えて、女子社員に全部してもらうっていうイメージがあって」

「どんなイメージですか、それ」


 主任はそうクールに言うと、ウーロン茶を飲んだ。

「じゃあ、すみませんが、あっちのお刺身とってもらってもいいですか、主任」

 真広がそう言うと、主任はなんとお皿ごと手にして、

「どうぞ」

と、その大皿を真広の前に差し出した。


「すみません」

 真広は手早くマグロのお刺身を取り、

「もういいです」

と、主任に申し訳なさそうにそう言った。


 主任はその大皿を、また元の場所に戻した。お皿ごと来るとは思ってもいなかったのか、真広は困った顔をしている。

「主任はお刺身食べますか?取りましょうか?」

 また、北畠さんが聞いた。でも、やっぱり、

「いえ。自分で取りますからいいですよ」

と断ってしまった。


 北畠さんは、ガッカリした顔を思い切り見せた。でも、課長にお刺身とってくれと頼まれ、課長のために取ってあげていた。


「……」

 私のお皿が空になった。

「お刺身は?」

 主任はお刺身を取って食べていた。

「美味しいですよ。マグロのお刺身」


「そうですか?じゃあ、私も」

 でも、いつの間にかお刺身のお皿が、課長の前に行ってしまい、遠くて手が出せない距離になっている。

 困ったな、と思っていると、主任は私のお皿を手にして、

「マグロでいいですか?」

と聞き、お刺身を私のお皿に乗せてくれた。


 うわあ。また…。

「すみません。なんか、私、全部取ってもらっている気が…」

「いいですよ。その席、ちょうど取りづらい席ですし。どんどん、遠慮なく言ってください」

「はい」


「………」

 無言の何かを感じた。真広だ。じいっと私と主任を見ている。もう一個視線を感じた。北畠さんだ。ちょっと怖い。


 その後、主任は美味しそうにお寿司を食べ、途中で出てきたお吸い物も、

「あ、この味、いいですね」

と満足そうにすすっていた。


「薄味で、上品な味で好みですよ」

「主任なら、もっと美味しいもの作れそう…」

「僕がですか?そうですね。お吸い物は得意ですよ」

 やっぱり?


 なんだか、主任の隣にいると、まるで主任のリビングにいるみたいだ。でも、ここまで接近することはないかな。ちょっと動くと触れる肩や足。そのたび、ドキッとしてしまう。きっと私だけが意識しているんだよね。


 お寿司も随分と減り、みんな、話に夢中になってきた。ほどよく酔い始め、声も大きくなっていた。そんな中、主任は私の話に耳を傾け聞いてくれたり、優しく笑ってくれた。

 いいなあ、この席。近すぎちゃうけど、ドキドキするけど、主任を独り占めにできて、まるで二人きりでいるみたいな…。


 ああ、でも、トイレに行きたくなってきた。

「あ、あの。ちょっと化粧室行ってきます」

 そう言ってカバンも持ち、化粧室に行った。口紅でも塗って戻ろうかなと、トイレから出て鏡を見ていると、

「ちょっと、何よ、あのいい雰囲気」

と、真広が赤い顔をしながら入ってきた。


「え?」

「主任と伊織、二人の世界作っちゃって~~。私が何とか話を盛り上げてあげようかと思っていたのに、二人の間には入れないくらい、いい感じだったよ~~」

 きゃあ、そうなの?


「本当に?そう見えた?」

「見えた。それに、伊織だけ特別扱いされてた。主任、伊織のこと絶対に気に入ってるよ。だって、伊織には優しかったもん」

「そ、そうかな。でも、私ってば、今日もまったく気が利かなくって、女子力ないことますます主任にばれちゃったし。呆れていないかな」


「いいんじゃないの?主任の方が世話焼いていたし。案外、そういうのが好きなのかもよ」

「え?」

「ことごとく、北畠さんが世話焼こうとしても、断っていたし」

「あ、そうだったよね」


「いいじゃ~~ん。あ、トイレ入るから待ってて。一緒に戻ろう」

「うん」

 私は、口紅を塗りなおして、髪をとかした。ああ、顔赤い。お酒のせいなのか、主任の隣にいたからなのか、自分でもわからない。


 真広と一緒にお座敷に戻った。すると、私の席には野田さんが、真広の席にはなんと北畠さんが座っていた。

「主任の隣とられた」

 真広と仕方なく、もう一つのテーブルのほうに行った。


 真広は、淀川さんの隣に自ら座りに行き、私は真広の前に座った。その二つしか席は空いていなかった。

 真広、ごめん。きっと私が淀川さんの隣になるのを阻止してくれたんだよね。


 この席からなら、主任が見える。ああ、ここからの角度の主任の顔も素敵だなあ。

 え?ちょっと!北畠さん!主任の腕を触んないでよ。なんで、ずっと触りながら話しているの?

 いい加減、手、離して!


 私だって、さっき、ほんのちょこっと肩や足が触れただけだよ。腕に触ったこともないよ。

 やめてくれ~。


 ムカムカしていると、なぜか私の隣に淀川さんが座ってきた。え、なんで?

 真広の隣を見ると、席が空いている。そうか、私の隣にいた人がトイレに立っちゃって、その隙に淀川さんが移動してきたのか。


「桜川さん、飲んでる~~?」

 うわ。すっごく酔っぱらってるよ、この人。

「はい、飲んでます」

「何飲んでるの?ビール?日本酒飲まない?頼もうか?」


「いいです。ビールだけで」

「じゃあ、焼酎は?これ、飲む?」

 それ、淀川さんが飲んでいるコップじゃないよ。やだよ、そんなの飲むわけないじゃん。

「いいです」


 なんだか、顔が近くない?ちょっと。やめてよ。

「桜川さんは~~、結婚適齢期じゃないの?」

「え?」

「そろそろ、そんなお年頃でしょ?」


「……どうでしょうか」

「桜川さんって~~、年上がいいと思うよ」

「は?」

「うんと年が離れているとか。なんか、甘えん坊さんみたいな感じするし」


 気持ち悪いんですけど。何その、甘えん坊さんって。

「そうでしょ?当たっているでしょ~~?」

「いいえ。私、年上はあんまり」

「桜川さんって、おっとりとしているし、結婚したらのんびりと家事をしていそうだよね~~」


「私、家事とか苦手ですから」

「またまた、一人暮らしもしているんだから、そんなことないでしょ」

 え?一人暮らしってなんで知ってるの?


 ちょっと!手!何で背中に回ってきたの?背中触ってない?これ、セクハラじゃないの?!!!

 やめてよ!


 なんで、主任の隣で、さっきまで幸せに浸っていたのに、今は、主任は北畠さんに迫られて、私はこんなオッサンにセクハラされてるの?最悪…!

 


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