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第15話 正直な気持ち ~伊織編~

 駅の改札口を抜け、ホームに続く階段を上った。すると、主任が一人で立っていた。

 ドキン。追いついてしまった。


「…」

 黙って主任に近づくと、主任も私に気が付きこっちを向いた。

「あ、あの」

 なんて言い訳をしよう。デートなんかじゃないんです。なんていきなり言ったらバカだよね。


「一人ですか?彼氏は?」

 主任の方から聞いてきた。顔、無表情だ。私になんて何も、感情持ち合わせていませんよ…。彼氏がいようがどうでもいいですって顔つきだ。


「一人です。それに、さっきの人はか、彼氏じゃないですし」

「…そうなんですか」

 声までクールだ。

「あ、あの。真広が婚活パーティに行くって張り切っていて、その付き添いで行って」


「……溝口さんも一緒だったんですか」

「はい。一緒でした」

 本当言うと、パーティのあとは別行動したけれど、そんなことばらさなくてもいいよね。


「……。溝口さんは、岸和田とデートもしているようですし、お付き合いしているのかと思っていました」

 え?真広?

「いいえ。岸和田君のことは真広、なんとも思っていないし。この前のもデートってほどのものじゃ」

「ああ、そうか。岸和田とは結婚できそうもないから、婚活パーティに行ったってことですか」


 主任、なんか言い方が嫌味っぽい。なんで?真広のことが気になるの?

「そんなに、溝口さんは結婚したいんですか」

「え?」

「……桜川さんもですか?結婚してくれるなら、誰でもいいんですか?」


 グサ!

 なんか、今の言葉、すっごく傷ついたんだけど。

「そ、そう言うわけじゃない…です」

「岸和田がダメなら次…。僕がダメなら次ですか…」

 

 グサグサッ!


「いや。そういうのが、婚活っていうものかもしれないですよね。まあ、頑張ってください。それじゃあ」

 主任はそう言うと、背中を向けて颯爽とホームの前の方に歩いて行ってしまった。

「……」

 一緒の車両に乗ってくれないんだ。私、相当呆れられたか、嫌われたのかな。


 う…。涙でそう。

 まあ、頑張ってくださいって言われた。それって、まったく私なんかに関心がないってことだよね。

 あの人は彼氏じゃないんです…なんて、言い訳なんかしなくたって、主任はなんとも思っていないんだよね。


 ダメだ。

 とめどなく落ち込んだ。


 自分のアパートに帰るまでは、頑張って泣かないようにした。でも、部屋に入った途端、涙が溢れ出た。

 告白なんか、しなかったら良かった。

 ボロボロと涙が溢れてくる。止まらない。


「伊織ちゃん、お帰り」

 ドアの外から、ノックの音とともに東佐野さんの声がした。

 今、泣いているから見られたくない。でも、東佐野さんだったら、泣き顔見られたってかまわないか。


 そんなことを思いながらドアを開けると、

「あれ?なんかあった?」

と、東佐野さんは驚いた。


「き、嫌われました」

「え?」

「主任に、嫌われました。もう、なんかもう…、消えたいくらい」

「伊織ちゃん?」


 ボロボロと泣きながらそう言うと、東佐野さんは背中をぽんぽんと優しくたたきながら、

「何があったかわかんないけど、そうだなあ。泣きたいときは泣きたいだけ泣けばいいよ。うん。…で、何があった?」

と優しく聞いてくれた。

 東佐野さんに部屋に上がってもらい、今日の出来事を聞いてもらった。


「何それ。魚住の奴最低。っていうか、アホだな、アホ。ただの間抜けでアホな奴だ」

「……しゅ、主任は別にあほなわけじゃ」

「アホなんだよ!あいつ、何、伊織ちゃんのこと傷つけてんの」

「……」


 東佐野さん、本気で怒ってる。

「そんなこと言ったら、伊織ちゃんが傷つくのわかりきってるじゃん。そこまで女心がわからないやつだなんて思わなかった」

 東佐野さん、そう言って私を慰めてくれているんだよね。


「そうですよね。女心がまったくわからない、アンポンタンですよね」

「そうそう。アンポンタンだ」

 くすっと笑うと、東佐野さんはほっとした表情で、

「あんなやつの言うこと真に受けて、泣くことないって」

とそう言った。


「さっきは泣きたいだけ泣くといいって言いましたよ」

「あ、そうだったっけ?ははは」

 私も笑った。涙は引っ込んだ。


「…さっさと魚住のことなんか忘れて、次の恋をするか…。諦められないなら、押して押しまくるか…。まあ、それは伊織ちゃんが決めることだから」

「はい」

「そんじゃ、俺、これからジョギングに行くところだったんだ。伊織ちゃん、大丈夫かなって気になったから来てみたんだよね。また、なんかあったらいつでもはけ口にしていいからさ、俺のところおいでね」


「はい。いつもありがとうございます」

「いえいえ、なんのこれしき。そんじゃ」

 東佐野さんは、手を振りながら部屋を出て行った。


「はあ…」

 気持ちが落ち着いた。


 次の恋なんてできそうもないな。でも、きっと次の恋をするまで主任のこと引きずりそうだ。

 美晴も、元彼を引きずって、二階堂さんと結婚はできないんだろうな。


 私も…。さっさと主任のことなんて嫌いになれたらいいのに。あんな冷たいこと言われたんだから、あんなやつ大っ嫌いって言えたらいいのに。

 

 月曜日、会社に行くのが憂鬱だな。もう辞めちゃおうかな。

 なんて、会社を辞める勇気もないくせに。辞めたって、他の仕事はない。なんにもないんだもん、私には。


 日曜日、また美晴がやってきた。

「お姉ちゃん、結婚やめたよ」

 来ると突然、美晴はそう切り出した。


「そうなんだ」

 そのあとの言葉が見つからない。

「でも、二階堂さん、諦めたわけじゃないって」

「え?」


「私、はっきりと言ったんだ。元彼を見返したくて、年収いい男を見つけて結婚しようとしていたって。それが元彼と再会してわかったから、二階堂さんにも悪いし結婚をやめるって言ったら、結婚は白紙にするけど、お付き合いは続けようって」

「どういうこと?」


「自分のことをちゃんと見て、それでも結婚したくないなら別れようって。年収とか、仕事とか、そう言うこと関係なしに、僕を見てくださいって」

「……それで、付き合いを続けるの?」

「うん」


「え?いいの?明宏さんは?」

「……明宏とは付き合わないよ。だいたい、あっちが私と付き合うわけもないし。今、仕事が楽しくて女なんてどうでもいいって、この前も言っていたし」

「そ、それも、ほら、強がりだったり」


「ううん。あいつの顔、キラキラしてた。あれは本音。本音か嘘かくらい見分けられるよ。あいつ、嘘いう時は顔が強張るからすぐわかる。表情隠そうとするんだよね、わざと」

「表情…を?」

「そう。あんなにキラキラした目なんかできないよ。もし、嘘ついていたらね」


「………。あのさあ、美晴に聞いてもらいたいことがあるんだけど」

 私はそこで初めて主任の話をした。

「はあ?」

「……私、諦めたほうがいいよね?もう見込みないよね。押すだけ押したって、嫌われるだけだよね?」


「僕がダメなら次ですかって言ったの?」

「真広のことも気にしてた。主任、真広が好きだったのかな」

「お姉ちゃんのば~~か」

「え?」


「なんでそこで、ちゃんと私はあなたのことが好きですって言わないの?」

「え?」

「僕の次なんてありません。主任のことだけが好きですって言わなきゃ」

「でも」


「なんでそこでアピールしないの?ちゃんと気持ちをぶつけないの?」

「…ぶつける?」

「バカだなあ。もう僕のことなんて、どうでもいいんですね。僕のことを好きだって言ったくせに、もう次の男を探すんですね…って、主任はただ拗ねただけじゃん」


「す、拗ねた?」

「そう。けっこう男なんて、みみっちい生き物なんだから。僕のことを好きって言ったくせに~~~。って、女々しいこと思っているんだよ」

「主任がそんな女々しいわけ…」

「男の方が女々しいって。まあ、明宏みたいなやつもいるけど。二階堂さんは、諦めが悪くって、チャンスをくださいって堂々と言ってくれた。女々しい奴ですよねとも言ったけど、そんなもんだし、そう言う気持ちをちゃんと向けてくれたから、私もちゃんと二階堂さんと向き合おうって思えたんだもん」


「そうなんだ」

「その主任は、まだお姉ちゃんとも自分の気持ちとも向き合えていないのかもしれないけど、ここで諦めちゃダメ。本気で主任を落としたいなら、ここは踏ん張りどころ。まだまだ、頑張れる。土俵の上にまだいるよ、お姉ちゃんは」


「え?」

「自分から降りちゃダメ。まだ好きなんでしょ?じゃあ、もうちょっと頑張ってみたら?東佐野さんの言うとおり、脈あるよ」

「アンポンタンって言ってたよ、東佐野さん」


「押すだけ押すか、諦めるかはお姉ちゃん次第って言っていたんでしょ?諦めたいの?とっとと他の男つかまえる?」

「無理」

「なんだ。即答じゃない。じゃあ、押せば?」


「…どうやって?私、美晴みたいな女子力も持ち合わせていないし」

「ちゃんと素直になればいいだけだよ」

「……え?」

「他の男とフラフラしないで、一途になればいいじゃん」


「フラフラなんかしてないよ」

「婚活パーティなんか行ってないで、主任だけ見てろって言ってるの。聞けば、お姉ちゃんにはもったいないいい男じゃん。若いのに主任。将来有望。料理も家事も完璧で、お姉ちゃんの数少ない趣味の園芸を向こうも好きだなんて、絵に描いたような理想の男じゃないよ」


「だよね?」

「だよねって…。もう、自分でもわかっているなら、絶対に振り向かせな!私も協力するよ。いい?狙った獲物は逃がさない!大丈夫。私が助言するから。大船に乗ったつもりで頑張って!」

「わ、わかった」


 なんか、すっごく心強いような気もするけど、かなり怖いというか、不安というか。


 美晴は、私もここからが正念場と言っていた。二階堂さんと向き合って、本当にこの人でいいか見極めるから、お姉ちゃんも、今からが勝負どころ、二人して未来のために頑張ろうと、そう言って帰って行った。


 未来のために頑張る…か。私にはそんな気負いはないかな。ただ、主任が好き。それだけ。隣にいられたらいい。たったそれだけのこと。

 それが結婚っていうことになると、人生の分岐点にいきなりなってしまって、ものすごい大変なことっていう気がしてしまう。ただ、隣にいたい。それだけの願いなのにな。


 もうすでに、当たって砕けた感があるんだけど、まだまだ、粉々になるまで当たってみろっていうことなんだよね…。粉々のチリチリになったらどうしよう。

 ……。それを考えると怖くて何も動けなくなる。でも、その時はその時で、また考えたらいいか。


 先のことを考え、不安になって進めなくなる…なんてことは、しょっちゅうしてきた。仕事も、まあ、今の仕事でいいか。他の仕事となると、見つかるかわからないし。と、尻込みして今の仕事を続けているってところもある。


 今までまったく付き合いたいという男性に出会わなかったと言ったら嘘になる。会社に入りたての頃は、同期にもいけてる男性はいた。でも、こっちから話しかけるのもなかなかできず、もたもたしている間に、みんな転勤して行ったり、彼女作ったりしちゃったし。


 同期の子で、彼女持ちの男性社員を射止めた子もいたな。彼女と別れさせ、結婚しちゃった子。当時略奪愛結婚だって、同期の子たちの中で盛り上がったっけ。私には無理無理って思ったけど、確か真広は、私もやってみたい、略奪~~って、ウキウキしていたな。


「……そこまでの力、私にはないけど、ただ、素直になるだけなら」

 ぼそっとバスタブにつかりながら私は呟いた。でもきっと、その「素直になる」ことが、一番難しいんだよね。


 翌朝、意を決して会社に行った。早めに着き、コーヒーを淹れデスクに行くと、すでに主任はデスクにいて、何やら書類に目を通していた。

「魚住主任、10時アポ取れていますから、9時過ぎには出ましょう」


 課の男性社員、野田さんがそう言うと、

「わかりました」

と主任は静かに答えた。


 そうか。もうすぐ今日は出ちゃうんだな。そう言えば最近主任、外回りばかりだ。わざと外回りをしているわけじゃなくて、仕事が忙しいんだよね。


「桜川さん」

 ドキーーー!声、かかると思わなかったから、びっくりしてしまった。

「は、はい?」

「すみませんが、この資料、至急コピーしてもらえますか?今日持っていくものですので」

「あ、はい」


 慌てて席を立ち、主任から資料を受け取り、猛ダッシュでコピー室に向かった。

 ドキ。ドキ。ドキ。ドキ。昨日のことがあって、まともに主任の顔は見れなかった。でも、昨日の美晴の言葉のおかげで、今朝は落ち込んでいない。


 頑張れるところまで頑張ろう。粉々になってもいいや。くらい、開き直っている自分がいる。

 

 全部コピーをし終わった頃、主任がコピー室まで取りに来た。もうカバンも持っているから、すぐに出るのかもしれない。

「あ、すみません。遅くなって。コピー終わりました」

 そう言って主任に渡すと、主任はしばらく黙り込み、

「あ、ありがとうございます」

と丁寧に言ってから、私の顔を見つめてきた。


 ドキン。目、合った。でも、私はすぐに視線をそらしてしまった。

「すみませんでした」

「え?」

 謝られた?


「すみません。時間がないから、ちゃんと話ができませんが…。また、時間を作ってちゃんとお話しします」

「え?」

「…それじゃあ、行ってきます」

「あ、はい」


 ドキ。ドキドキ。何の話?

 まさか、私が当たって砕ける前に、ガツンと断られちゃう?迷惑だって言われちゃう?もう、いい加減僕のことは諦めてください…とか?


 ああ、仕事が手につかないくらい気になる。


 5時半近くになり、真広が電話を取った。私は他の電話に出ていた。

「はい?あ、主任…。お疲れ様です」

 主任って言った?

 

 他の電話を受けながら、真広の話が気になって耳を傾けた。

「はい、わかりました。課長に言っておきます。はい。お疲れ様でした」

 そう言うと真広は電話を切った。


「南部課長、魚住主任と野田さん、直帰だそうです」

「ああ、はい。遠いところまで行っていたからね、そうなると思っていたよ」

 そう南部課長は、真広に答えた。


 …直帰。なんだ、戻ってこないんだ。話って言うのは、今日のことじゃないのね。

 なんだ。


 ほっとした。と同時にがっかりもした。主任の話がなんだろうと、やっぱり、私は主任に会いたいし声も聴きたいし顔も見たい。


 その日、定時に終わり、私と真広はお茶でもしようということになった。駅の近くのカフェに入り、コーヒーとケーキを頼んだ。

「お昼、北畠さんが一緒だったから聞けなかったんだけど、どうだった?あの弁護士とうまくいった?」


 ケーキを食べながら真広が聞いてきた。

「ううん、もう会うこともないと思う」

「なんで?帰りに飲みに行ったんでしょ?断られたの?」

「ううん。ただ、タイプじゃないから」


「ええ?弁護士で年収よさげだったし、顔だってまあまあだし、体格いいし、男らしいし」

「あ、そこがダメ。私、筋肉質の人嫌いなの」

「そうだったっけ?」

「もっと、線の細い人がいい」


「…主任みたいな?」

 ドキーーーーッ!なんでそれ。

「あ、赤くなった。図星だ。やっぱりね」

「なななな、なんで、真広」

 なんでばれてるの!?



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