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第11話 いろんな思い ~伊織編~

 主任とレンタルショップでDVDを借りて、電車に二人で乗り込んだ。車内で主任は、またアレンジメントを教えてほしいと言ってきた。

 また主任の部屋に行ってもいいの?主任には、彼女がいるのに。


 思い切って聞いてみようか。

「その…。い、嫌がりませんか?」

「僕がですか?嫌だったら、誘ったりしませんが」

「主任がじゃなくて…、その…。主任の彼女…じゃなくって、えっと」


「彼女?ああ、僕には彼女なんていませんから安心してください」

 彼女じゃないの?でも、部長の娘さんと会うんだよね。お付き合いをするんだよね?

「あ、あの。でも」

 主任は吊革に掴まって、隣にいる私の顔を見ている。私の話にしっかりと耳を傾けているのがわかる。ここは、聞くべき?


「主任、部長の娘さんとお付き合いをするんじゃ…」

「……え?!なんで、それ」

 あ、びっくりしている。やっぱり、そうなんだ。


「すみません。盗み聞きをしたわけじゃなくって、たまたまフラワーアレンジをするために、少し前に会議室に行った人が偶然、部長と主任の話を聞いてしまって。そ、それで、フラワーアレンジをしている時に、その話をその子がして…。ごめんなさい。変なこと言っちゃって。でも、やっぱり、もしお付き合いをするとしたら、部屋に他の女性がのこのこと行くのは、悪くないかなあって、その…」

 無言で主任は、呆然と私を見ている。でも、しばらくすると、ふっと静かに笑った。


「大丈夫です。桜川さん、気を使い過ぎですよ」

「え?」

「まだ、お付き合いどころか、部長の娘さんとは一回も会ったこともないですし」

「…でも」


「そんなに気にしたりしないでください。アレンジの先生として呼ぶわけですから、別に桜川さんとどうにかなるわけでもないですし、そんなつもりもないし」

「…え?」

 それって、私のことなんてどうも思っていないってこと?


 …そうだよ。やっぱり、主任は私をただの部下として思っているだけで、たとえ部長の娘さんとお付き合いをしなかったとしても、私とのことなんて考えられないんだよ。

 ダメだ。ショックを受けた。でも、主任にはばれないように笑顔を作らなきゃ。

「ですよね?私、気にし過ぎですよね?すみません。じゃ、じゃあ、いつにしますか?私、明日でも明後日でも暇だから大丈夫ですよ」


 そう言うと主任も微笑み、

「じゃあ、明日の午後にでも。明日は夕飯をご馳走します」

と言ってきた。


「え?そんな悪いです」

「いいですよ。教えてもらうんですから、そのお礼です」

「すみません」

 ああ、女子力ないから、こんな時に「私が作ります」と堂々と言えない。


 せめて、頑張っていいアレンジメントを作ってもらおうと思い、奮発して花を買った。両手いっぱいになった花を持ち、主任のマンションに行った。一回駅の出口を間違い、うろうろしてしまったので、約束の時間を過ぎてしまっていた。


 でも、主任は優しく出迎えてくれた。その笑顔は、会社では見ることのできない笑顔だ。

 クラッとする。つい、勘違いしそうになる。でも、この優しい笑顔は部下として向けられているものなんだ。もう、勘違いなんかしちゃダメだよ、私。


 自分に言い聞かせ、主任の部屋に行き、さっそくフラワーアレンジを開始した。主任は今日も、すごい集中力でアレンジをしていった。

 はあ。その顔もかっこいいんだけどなあ。隣でそんなことを思い、主任にわからないよう小さなため息をした。


 でも、いくら思っても仕方ないんだよなあ…。


 そしてやっぱり主任は、今日も気遣いが素晴らしく、美味しいコーヒーを淹れてくれたり、ケーキまで用意してくれていたりと、至れり尽くせりだった。

 

 コーヒータイムには、主任が借りたDVDを観た。面白い内容だったが、すぐ隣に座っている主任のことを意識してしまい、ずっとドキドキしていた。

 緊張があったからだろうか。そのあと、主任が夕飯の準備をしている間に、私はテレビを観ながらつい、うとうととしてしまった。


「桜川さん、起きてください」

 遠くで主任の声がする。

「夕飯ですよ」

 え?夕飯?


 ぱちりと目が覚め、主任と目が合った。あれ?ここどこ?何で主任が…。しばらくボケッとしながら考えた。そして、主任の家にいることと、寝ちゃったことにようやく気が付いた。

「ごめんなさい」

 慌ててソファから立ち上がった。


 うわあ。恥ずかしい。よだれとか垂れていないよね?もう、信じられない。寝ちゃうだなんて!

 うたた寝どころか、かなり本格的に寝ちゃったかも。


「夕飯、冷めちゃうので、食べましょう」

 にこり…。優しくまた主任は微笑んだ。

「はい」

 ダイニングに移動した。テーブルにはすでに夕飯の用意がしていて、ほかほかの炊き立てのご飯もよそってあった。


 美味しそうだ。でも、寝ちゃった恥ずかしさで、ご飯を食べるのも気が引ける。

「す、すみませんでした。寝ちゃって」

「いいですよ。疲れちゃいましたか?」


「いえ、あの。昨日あまり寝れなかったから」

「そうなんですか?」

「実は、隣の住人が来て、いろいろと話し込んでしまって」

「隣?って、男…。あ、まさかまた、部屋に上がりこんだとか?」


「お酒は飲みませんでした。仕事の話とかも真面目にしていたし…。ほんの少しだけ話すつもりが、長くなっちゃって」

 昨日、家に帰るとすぐに、部屋に東佐野さんが来た。芝居の稽古に知り合いが差し入れを持ってきてくれたらしく、それを半分以上も持ち帰って来たらしい。で、そのおすそ分けをしに来たのだ。


 美味しそうな押寿司で、夕飯がまだだった私は、帰りにコンビニで買ったお弁当とその押寿司を、東佐野さんと、我が家で食べていたのだ。


 その時、東佐野さんはすっかり主任とお付き合いをしていると思っていたらしく、私を思い切りひやかしてきた。

「違うんです。主任は部長の娘さんとお付き合いをするから、私のことは部下としか思っていないんです」

 そう言うと、東佐野さんはしばらくびっくりしたのか、目を丸くしていた。


「その主任が、部長の娘さんと?」

「はい。お付き合いするみたいです。私、それを今日偶然知ってしまって、ものすっごく落ち込んでいるんです。だって、そもそも、東佐野さんが、喜ばせたりするから…」


 そう言って、は~~~~~っと暗いため息をついた。

「いや、だってさ、まさか自分の部屋に呼んじゃうなんてありえないよなって思ってさ。でも、部長の娘と本当に付き合うのか?それもないんじゃないのか?」

「なんで、そう言い切れるんですか?」


「話を聞いていると、そういうタイプじゃなさそうだから」

「どんなタイプですか?じゃあ」

「結婚なんかしたくないって、そう思っているようなやつ」

「じゃあ、私とだって、付き合いたいなんて思わないんじゃないんですか?」

「だから、そんなやつなのに、家に呼んだりしちゃうから、もしかしてって思ってさ」


「もういいです。東佐野さんの話を本気にした私がバカだったんです」

 落ち込み過ぎて、目の前にあった押寿司にくらいついていた。ヤケ酒ならぬヤケ食いだ。

「酒ないの?ビールとか」

「飲まないです。飲んだら、思い切り悪酔いしそうだし」


 そう言ってから、男の人を家にあげたりするなと言っていた主任の言葉を思い出した。でも、どうでもいいじゃないか、私のことなんて。

 って、思っているあたり、やばいなあ。やさぐれてきているんじゃないの?私。


「あ~~~~。落ち込む~~~~」

 テーブルにうつっぷせると、私の髪をなでなでしながら、

「だからさ、だ~れも嫁にもらってくれなかったら、俺がもらってやるから安心しなって言ってるじゃん?」

と東佐野さんは言ってきた。


「そういう慰めもいいです。だいいち、東佐野さんに彼女がいることも知ってますよ」

「…美也のこと?」

「美也さんっていうんですか?」

「あいつは、腐れ縁。劇団入ってからのね」


「彼女なんでしょ?」

「いいや」

 嘘だ。泊まっていくし、それに夜だってエッチしてるよね?ベッドのきしむ音聞こえてるんだからね。

「田舎帰るみたいだしなあ、あいつ」

「え?」


「女優目指して頑張っていたんだ。バイトしながらね。でも、なかなか芽が出なくてさ。バイト先のママさん、あ、スナックで働いているんだけど、ママさんが、このままここで働いてくれないかってそう言ってきたらしくて…。でも、美也は田舎のお母さんから帰って来たらどうだって言われててさ…」

「それで、帰るんですか?」


「年も年だしね。田舎帰って見合いするかもってさ」

「いいんですか?帰しちゃって。美也さんと結婚しないでも」

「俺が?なんで?言っただろ?そういう関係じゃないって」

 でも、じゃあ、何だって平気で泊まらせたりするの?


「お互い、最初の頃は夢追いかけていた仲間だった。バイトも最初はあいつ、牛丼屋とかだったんだ。でも、時給悪いっていうんで、スナックで働きだして、どんどんケバくなっていって。平気で男の家に泊まりこむようなさ…。で、やばいのに一回引っかかりそうになって、そんなんだったら、俺のところに転がり込んで来いって、つい面倒をみちゃって」

「それで、よく泊りに来るんですか?」


「まあね。そのうち、酒飲んだ勢いでつい」

「え?」

「俺も、他に付き合っていた人がいたのに、つい出来心で体の関係も持っちまったから、そのままずるずると…」


「じゃあ、東佐野さん、お付き合いしている人いるんですか?」

「いない。別れた。向こうの方が年上で、向こうは結婚も真面目に考えていたから。俺の稼ぎで養っていけないし、だから別れた。一回、やり直そうってやってきたけど、きっぱり別れたよ」

 あ、年上の女性が来たことがあったっけ、そういえば。


「それで、美也さんとお付き合いをする気は?」

「ないよ。あっちもそんな気ないよ。そろそろ、ちゃんと美也とも縁を切らないとって思っていたところだったしね」

「縁を切る?腐れ縁っていうのをですか?」


「う~~ん。まだまだ、お子ちゃまの伊織ちゃんにはわからない大人の事情」

「なんですか?それ。私だってもう、25ですよ?クリスマスケーキだったら、賞味期限ぎりぎりの」

「何それ?」

「妹に言われたんです。26までに…。って、いいです、その話は。それより、私だって大人ですって言う話です」


「はは~~ん。賞味期限切れる前に、彼氏が欲しいってわけだ」

「…私の話はいいんです」

「大人ねえ。じゃあ、はっきり言うけど、ドン引きしない?」

「は、はい」


「俺と美也はいわゆる、セフレってやつだな」

「……は?」

「体の関係だけの関係。お互い今付き合っているやつもいないしね。あいつの場合、ふらふらと変な奴にひっかかりそうだったから、だったら俺が面倒見てやるよって…、そう言う意味」


「…は?」

「だからさ、欲求不満解消相手…みたいな?お互いのね」

 ええ?!

「だけど、田舎帰るって言うし、俺も、真面目に役者としてやっていく決心つけたいところだし。あいつとは縁を切らないとね」


「……」

 付き合っているわけでもないのに、体の関係を持てる…っていうのは、さすがに私には理解できない。いくら、彼氏がいないとはいえ、彼氏じゃない人とセックスなんて。


「……真面目になるつもりですよ、俺は」

 突然そう東佐野さんは言って、私をじっと見た。

「そうなんですか?頑張ってください」

「はい、頑張りますよ」

 なんで敬語?


「30になるまで独り身でいたなら、その頃には俺も、立派な役者になっているから、安心してくださいな」

「はあ…」

 何を言われているかわからなかった。でもすぐに、東佐野さんは笑って、

「まあ、でも、その主任のこと、もうちょっと頑張ってみれば?」

とそう言ってくれたのだ。


 そんなことがあった昨夜、東佐野さんが部屋に戻って行ったのは夜中の2時を回っていた。そのあと、お風呂に入り、寝たのが3時。今日の支度をするために、起きたのは7時。だから、寝不足だったんだ。


「桜川さん…」

「はい?」

 昨日のことを思い出していたから、いきなり名前を呼ばれてびっくりした。

「おせっかいかもしれませんが」


「…隣の人のこと…ですか?」

「はい。あまりむやみに信用するのもどうかと…」

「え?」

「男なんですから、一応…。家に上がらせないほうがいいと思いますよ」


「はあ…」

怒られちゃった。


 夕飯は美味しかった。茄子の煮付けも美味しかった。私が美味しいと言うと、主任は嬉しそうに微笑んでいた。その微笑みに私も微笑みを返していた。でも、心の奥ではいろんな思いが交差していた。


 私の気持ちは封印しておいたほうがいいんだよね。とか…。

 どうアピールしたところで、私なんか相手にされないよね。とか…。

 頑張ってみれば?って言われたって、どう頑張っていいかもわかんないし。とか…。


 美晴ならどうするかな。可愛い仕草でもして、言い寄るかな。あ、褒め殺しもするって言っていたっけ。だけど、いったいどこをどう褒めていいのかもわからない。


 帰りは、主任が駅まで送ってくれた。主任は機嫌が良かった。いつもよりおしゃべりになり、家庭菜園ついてあれこれ、本やネットで調べたことを話していた。

 私はそれに相槌をうったり、知っていることについて説明をした。主任は、私の話も嬉しそうに聞いていた。

 主任にとって私は、自分が興味あることをよりよく知っている人…、くらいなもんだ。気が合う…と、好きになるは、イコールじゃないんだ。


 私は、どんどん主任に惹かれていったのになあ。


 暗い。アパートに戻り、ビールを開けた。携帯には美晴からのメールが来ていた。ああ、話を聞いてほしいって言っていたっけね。明日にでも会って、話を聞くか。

 こうやって私は、人の恋バナだけを聞いて、終わっていく人生なのかな。


 ふと、昨日の東佐野さんの言葉が脳裏に浮かんだ。30まで嫁のもらい手がなかったら、もらってやるよ…みたいなこと言っていたっけね。ふ…。なんか、売れ残ったら仕方ないからもらってやるか…みたいな?

 酔っ払ったままお風呂に入った。お風呂から出て、ろくすっぽ髪も乾かさず、エアコンをつけっぱなしにして、タンクトップとパンツで寝てしまった。


 翌日、鼻水と咳が止まらなくなり、結局美晴には我が家に来てもらうことになった。

「夏風邪?こじらせたら大変だよ、明日病院に行ったら?」

 栄養ドリンクと料理の具材を持って、美晴は来てくれた。ありがたい。料理上手な妹がいると、こういう時に便利だ。


 ちゃちゃちゃっと、何品か美晴は料理をして、

「多めに作ったから、ちゃんと冷蔵庫にしまってね。3日は持つかな」

と、今食べる分だけを、テーブルに持ってきてくれた。

「助かる~~~」


 朝から、ヨーグルトしか食べていなかった。美晴の作ってくれたご飯にありつけて、美味しく食べていると、

「ねえ、お姉ちゃん。私、どうしたらいい?」

と突然すがるような目で、美晴は言ってきた。


「んへ?」

「結婚」

「ああ、したくなくなったとか?」

「そうじゃないけど、ううん。そうかな」


 なんか思い切り迷っている感じ?

「もっといい人でも現れた?」

「もっといい人じゃない。最悪な人」

「え?」


「大学の時付き合っていた人だよ。覚えてる?紀伊明宏。結婚なんて考えられないからってそう言うから、私がふってやったやつ」

「ああ、いたね」

「偶然、会っちゃった。昨日職場の人と飲みに行ったら、偶然そこに飲みに来てたの。声かけられてびっくりしちゃった」

「そんな偶然あるんだね」


「明宏、仕事が楽しいんだって。お前は仕事楽しいのか、ずっと仕事をしていくのかって聞かれちゃった」

「それで?」

「…仕事なんてやめて、年収1千万の男と結婚するって言ってやったら、バカにした顔でおめでとうって。でも、つまらない女だよなって言われた」


「つまらない?」

「そんな男つかまえて喜んでいるなんて、つまんない女だなって」

 美晴、顔、すっごく沈んでる。

「私、あいつと別れてから、もっといい男つかまえて、見返してやるって思っていたの。だから、偶然会って、結婚のことを明宏に言って、ざまあみろって言ってやりたかった」


「うん」

「なのに、なのにずっと明宏の仕事の話を聞いていたら、すごく情熱持って仕事していて、本当に私ってつまらない女だなってそう感じちゃって」

「うん」


「それでね?」

 美晴はビールを飲みながら、今にも泣きそうな顔をして、

「私、明宏ってやっぱりかっこいいって、そう思っちゃったんだ」

と呟くようにそう言った。


「え?」

「悔しいよ、お姉ちゃん。ふってやったやつのこと、私、まだ思っていたのかな。ずっと明宏のこと引きずっていたのかな…」

 明宏君のことを見返したいって思いだけだったのかな、美晴は。


「じゃあ、結婚どうするの?」

「悩んでる。どうしよう。もう、どうしていいかもわかんない。どうしよう」

 美晴はとうとう泣き出してしまった。


 ずっと、女子力アップさせ、いい男を手に入れるってそれだけを目標にしていた美晴。でも、やっと自分の本当の想いに気付いたのかな。

 


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