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第9話 カラオケ ~伊織編~

 なんだか、気まずいな。今日の主任、あまりおしゃべりじゃないし。

「魚住さん、すごいですね。その若さで主任だなんて」

 なぜか、岸和田君が主任に声をかけてきたぞ。


「君だって、ずいぶん早くに支店から本社に戻ってきたじゃないか」

「僕は出世したわけじゃないっすから」

「そうかな。支店めぐりをさせられず、戻ってこれるなんて、本社の営業部で鍛えられて出世するコースなんじゃないのかい?」


「どうですかね。またすぐに移動になるかもしれないですから、わかんないっすよ」

 そんな会話を繰り広げたあと、

「え~~っと」

と岸和田君は私の方を見た。


 無理やり思い出そうとしてる?

「名前、なんていったっけ?」

「桜川です」

「いつ入社?僕よりあとだよね?」

「いいえ、1年先ですけど?」


「あ~~。そうですよね。うん。僕が入った時、確かにいた、いた!」

 うわ。何この適当さ…。絶対に覚えていないよね。覚えていないって言われた方がまだましかも。

「いいですよ、覚えていなくたって当然です。私は、真広みたいに目立った美人じゃないですし」

「い、いや。あはは。覚えているってば。うん。溝口さんと同期の、桜川さんっすよね?」


 なんだか、ムカつく人だな。やっぱり、この人苦手かも。

「桜川さんと魚住さんは、仲いいんすね」

 は?

「な、何を言ってるの?上司だから話をしていただけで、仲がいいとかそういうのじゃ…」

 びっくりした。隣に主任もいるっていうのに、いきなり何を言い出すのよ、この人!


「上司と部下が仲がいいって、別に変なことじゃないっすよ。ただ、魚住さんが女性社員と話をしているのが、ちょっと意外だったもんで…」

「意外?」

 主任が低い声で聞き返した。


「あ~~、でも、そんなに話が盛り上がっているようにも見えなかったし?すみません、仲がいいっていうのは、僕の勘違いっすね」

 何が言いたいわけ?主任が女性社員と話しているのが、そんなに気になったわけ?意外って何?意外って。


「桜川さんって、溝口さんと同期って言ってましたけど、溝口さん、付き合ってる男とかいるか知ってますか?」

 え~~~?今度は何?真広に気があるっていうわけ?この人の思考回路、よくわかんない。

 

 結局私は、真広のもとに岸和田君と戻った。

「岸和田君、何を主任と話していたの?」

「ん~~、軽い挨拶程度」

 軽い挨拶?


「どんなにすごい人なのか、ちょっと興味あるしね」

 どういうこと?

「そう…。あ、伊織、怒られなかった?今日のミスしたこと謝ってきたんでしょ?」

「え?うん。怒られなかった」


 そういえば、前だったら、「こんなミス、絶対にしないようにしてください」くらいのことを、目を吊り上げて言われていたのに、今日は穏やかだったなあ。機嫌が良かったとか?

「そう。良かったね。虫の居所が良かったのかもね」

 真広までがそんなことを言った。


 主任はそのあとも、静かに一人で食べたり飲んだりしていた。あまり人と関わらないようにしているようにも見えた。


 会が終わり、みんなでビルの外に出た。なんとなく部の若手メンバーが集まり、

「2次会はカラオケへ」

という雰囲気になっていた。


「僕はこれで失礼します」

 カラオケボックスへと向かいだしたみんなに、主任がそう言った。

 あ、帰るんだ。そっか。じゃあ、私も。


「私も失礼します」

 真広が私を引き留めようとしたけれど、他の人、特に岸和田君が、

「桜川さん、お疲れ様」

と私に手を振ったので、真広も無理に私を引き連れていこうとしなかった。


 それにしても、岸和田君、真広の肩に手なんて回してセクハラじゃん。だけど、真広もまんざらじゃない感じだし、カラオケ嫌いの真広が、あっさりと岸和田君とカラオケボックスに向かって行ってしまった。


「桜川さん、送りますよ」

 え?


 うわ。びっくりした。まだ主任いたんだ。私を置いてとっとと帰ったかと思ったのに。

「え?まだ、主任いたんですね」

「いましたよ。とっとと帰ったかと思いましたか?」

「はい。あ、すみません。別に、主任が冷たいとかそう言っているわけじゃ…。ただ、二人でいるところ、あんまり見られたくないかもなあって思って、その」


 なんか、苦しい言い訳になってる?

「そうですね。変な噂がたっても困りますしね。岸和田みたいに、仲がいいなんて言い出すやつがいても困りますからね」

「ですよね」

 変な噂って、私と主任の仲がいいっていう噂?私とじゃ、そんな噂が流れたら困るのかな。


「ですが、帰る方向も一緒ですし、もう、部の連中もいないですし、二人で帰っても問題ないと思いますし」

「やっぱり、いいです。隣駅のカラオケに行きますから」

なぜだか、主任と一緒に帰ることに気が引けて、そんなことを言ってしまった。


「は?」

「なんとなく歌いたい気分なんで。酔っぱらっているせいもあって」

「カラオケ、苦手なんじゃ?」

「いいえ。好きです。ただ、みんなの前で歌うのが苦手ってだけで」

「じゃあ、まさか、一人カラオケですか?」


 あ、ドン引きしてる。

「変ですか?変ですよね」

 変な女だって思われたかも。


「いいえ。変じゃないですけど、寂しくないですか?」

「はい。別に。好きなように歌えるし、気兼ねもいらないし、ストレス解消になりますよ」

「ビール飲みながらですか?」

「はい。もうちょっと飲みたいなって思うし」


 あ、さらにドン引きしたかも。やばい。また呑兵衛だって思ってる?

「付き合いますよ」

「は?!」

 今、なんと?


「カラオケ。僕も歌いたい気分になってきました」

「でも、主任、カラオケ苦手だって」

 さっき、みんなにそう言って断ってたけど?

「歌うのは嫌いじゃないです。ただ、大勢で行って盛り上がったりするのは嫌いですけどね」 


 だからって、私と一緒にカラオケ?さっき、思い切りドン引きしていたよね。

あ、そっか。私、同情されられちゃったかも。


「隣の駅にカラオケボックスあるんですか?」

「え?はい。行くとしたらいつもそこなんです。よく行くから店員にも顔、覚えられていて」

「そんなによく、一人カラオケに行くんですか?」

「はあ…」

 さらに、同情された?


「そんなによく、ストレスがたまるんですか?」

「…ええ、まあ」

 すごい寂しいやつって思われてる?


「それじゃ、行きますか。あ、今日も何かストレスたまったんですか?」

「なんとなく。あの、岸和田君に…」

「ああ。彼は確かに。ああいうタイプが苦手だと、ストレスたまりそうですね」

「主任、わかってくれます?苦手なんです、ああいう類の人間って」


 良かった。ほっとした。

「僕とは正反対のタイプですね」

「あ、そうですね。なんとなく私もそう感じてました」

「そうですか」


 電車に乗り、隣駅で降りた。カラオケボックスは駅からすぐのビルにある。

「いらっしゃいませ」

 いつもの店員に明るく挨拶された。そして、私の横に主任がいて、一瞬驚いたように目を丸くした。今日は、一人じゃないの?って、今、思ったよね?


 部屋に行き、カバンを置いて、ソファに座り、改めて主任と二人きりなんだと実感した。

 狭い個室に二人きり…。う、なんだか、すっごく意識してしまう。この前も、主任の家で二人だったとはいえ、もっと狭い空間だ。


「何を頼みますか?ビールですか?」

「あ、やっぱり、カクテルで」

 ちょっとは可愛らしいカクテルを頼もう。ビールばっかり飲んでいたら、それこそ女捨ててるように思われそうだ。


 私は可愛らしい甘目のカクテルを。主任はウーロン茶を頼んだ。そして、

「どうぞ、先に曲入れていいですよ」

と、言われてしまった。

「え?主任からどうぞ」


「いえいえ、桜川さんからどうぞ」

 困った。やっぱり、来なかったらよかった。ここで、下手な歌を披露するのもなんだか気が引ける。

「主任はいつも何を歌いますか?」

 なんとか、主任から歌ってもらおう。


「僕は…、乗らない曲です」

「は?」

「静かめの曲です」

「はあ…」


 どんなのだ?

「たとえば、誰の曲ですか?」

 そう聞くと、ようやく、

「ミスチルとか、スピッツとか…」

と答えてくれた。


 ミスチル?スピッツ?すごい、聞きたい!

「ぜひ、歌ってください。私、ミスチルもスピッツも好きです」

「そうですか」

 主任は、とってもクールにそう答え、さっさと曲を入れてしまった。


「じゃあ、桜川さんも次に入れてください」

「あ、はい」

 どうしよう。熱唱系なんて歌ったら引くかな。ここは可愛らしく、AKB?いや、きゃりーぱみゅぱみゅ?う~~ん、そんなのかえって私らしくなくてドン引きするかな。


 じゃあ、そうだ。西野カナ。いつもはあまり歌わないけど、歌ってみようかな。どの曲にしよう…と、迷っていると、主任がミスチルの「しるし」を歌いだした。


 わ~~~~~~~~~~~~。わ~~~~~~~~~~~。

 桜井さんの声に似ているし、すっごく上手!!!何これ!何この声!何このクオリティの高さ!

 なんだって、みんなの前で歌わないの?こんなに上手なのに!!!


 ぽかんと口を開け、歌い終わるまで主任のことを見ていた。そして、歌い終わると、思い切り拍手をしてしまった。

「主任、すごいです」

 主任は特に照れもせず、

「桜川さん、もう曲入れましたか?」

と聞いてきた。


「え?いえ、まだ。聞き惚れていたので」

「……次は桜川さんの番ですよ」

「あのっ。スピッツも聞きたいです。どの曲が得意ですか?私はロビンソンも、チェリーも好きです」

「……じゃ、空も飛べるはず」

 え…。


「その歌も好きですっ」

「そうですか」

 またクールにそう言うと、主任はさっさと曲を入れた。

 

 私はわくわくしながら、主任が歌いだすのを待った。歌い始めると、綺麗な透き通るような綺麗な歌声で歌いだした すごい。ミスチルの曲とは違う声だ!


 どうしよう。びっくりだ。衝撃だ。主任の歌声、すっごく好きかも。

 歌い終わり、私はまた大きな拍手をして、

「他は?ミスチルとスピッツ以外だったら、誰の歌を歌いますか?」

と聞いてみた。が、

「次は桜川さんですよ」

と言われてしまった。


 仕方ない。西野カナの歌を入れた。そして歌ってみて、自分の下手さを再確認してしまった。

「すみません、下手で」

 落ち込んでしまい、運ばれてきていたカクテルを、半分くらい一気に飲んだ。


「そんなことないですよ」

 主任はそう言ってくれたが、今のは慰めの言葉だよね。

「主任、歌ってください。主任の歌が聞きたいです」

「…何がいいですか?リクエストは?」


 うそ。リクエスト?

「じゃ、じゃあ、えっと。ケツメイシとか、コブクロとか、ゆずとか…」

「う~~ん、蕾、歌いましょうか」

 コブクロの?!

「はいっ」


 わくわく。わくわく。思い切りわくわくしながら私は歌いだすのを待った。主任は、

「すみません、この歌、座って歌えないので立ってもいいですか」

と言い出した。

「はい、もちろんです」


 主任はすくっと立ち上がると、静かに歌いだした。でも、さびの部分は熱唱してくれた。

 すご~~~~~~~い!

 歌い終わり、私はまた拍手をして、

「すごいです、主任!!!」

と大騒ぎをしてしまった。


「私、コブクロ大好きです。あ、あの歌も好きで、よく一人カラオケで歌うんです。絢香とコブクロのWINDING ROAD」

「ああ、いいですよね、僕も好きですよ。歌いますか?」

 え?!主任と?!


「ははは、はい」

 ど緊張。私の下手さが目立つかも。でも、主任と歌いたい。


 ドキドキしながら、歌いだした。主任の声は隣で聞いていても、すごく通るいい声だ。その声を聞いていて、思わず気持ちよくなって、それに酔いも回ってきて、思いっきり熱唱してしまった。

 恥ずかしい。歌い終わって、熱唱したことが恥ずかしくなった。


「……上手ですね、桜川さん」

「ひょえ!?」

「上手ですよ。さすが、一人カラオケで歌ってきただけのことはある」

「いえいえいえ。下手ですよ。みんなの前で歌うと、ドン引きされるんです」


「え、そうですか?ちゃんとはもっていたし、気持ちよく歌えましたよ?」

「主任も?私も気持ち良かったんです。だからつい、熱唱しちゃって」

「ははは」

 あれ?笑われた。なんか変なことを言ったかな。


「上手ですって。きっと、一人カラオケしている間に、腕を上げたんじゃないですか?絢香の曲、他にも歌えますか?」

「はい。三日月とか」

「聞きたいです」


 まじで!?ええ?!

 こんな歌の上手な主任の前でなんて、恥ずかしい。と思いつつ、アルコールのせいか、私は熱唱してしまった。すると、主任に思い切り喜ばれた。


 そのあと主任も、森山直太郎や、平井堅の歌を熱唱し、二人で気持ちよくカラオケボックスを出た。


「歌った~~~!楽しかった~~~。すっきりした~~~~」

 そう晴れ晴れとした気分で言うと、

「ストレス解消されましたか?」

と主任に聞かれた。


「はい。思い切り!主任の歌声聞いてるだけでも、気持ちがすっきりしちゃいました」

「そうですか、それはよかった」

 主任は優しく微笑んだ。


 わあ、わあ、わあ。その主任の笑顔が大好きだ。

 さっきは、話が弾まなくなってどうしようかと思ったりもした。でも、やっぱり主任とは気が合うなってそう感じる。


 真広が主任の歌声を聴いたらびっくりするだろうな。でも、内緒にしておきたい。私しか知らない秘密に。


 甘いもの好き、お料理好き、そして歌がめちゃくちゃ上手。私しか知らない主任。誰にも知られたくない、仕事以外の主任の顔。

 そんなことを思うと、主任と二人の時間は、ものすごく大事な、宝物のような気がしてきた。




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