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第81話 新入社員 ~佑編~

 2課に入った新人の女性社員は、初日から昼休憩のあと、遅れて戻ってきた。しっかりと注意をすると、中山さんのほうが、何一つ返事をしない。

 怖いですだの、どうやら伊織に愚痴をこぼしているのが聞こえてきた。


 怖いという前に、ちゃんとしろと言いたい。時間くらいしっかり守れ。それも、入った早々…。


 翌日からは、電話に出てもらった。鶴原さんはなんとかやっている。だが、どうも中山さんは電話に出てもしどろもどろだ。

「はい。お待ちください」

 そう言って、なにやら伊織に聞いてから、

「あ、あ、あの。魚住主任にお電話なんですが」

とこっちを向いて言って来た。


「僕にですか?繋いでください」

 だったら、伊織に聞かないで直で僕に言えよって感じだが…。

「はい。魚住です」

と電話に出た途端、ツーツーツーと切れた。


「切れましたが誰からですか?」

「え?!き、切れたんですか?!」

「切れましたね。誰からですか?」

「え?桜川さん、私、変なところ押したんですか?」

 真っ青になって中山さんは、伊織に聞いた。


「中山さん!誰からだったか聞いているんですが」

「え、えっと。あの。なんとか電工さんです」

「なんとか電工?電工って名がつく取引先が何社あると思ってるのよ」

「塩谷、お前が出てくるとかえってこんがらがるから黙ってろ。それで、なんとか電工の誰からですか?」


「あ、はい。えっと、石川さんか、石田さんか」

「じゃあ、△△電工さんですね。確か石川さんって営業がいる…」

「あ、そうかも」

「本当に?主任、○□電工には石田さんって人も工場にいますよ」


「え?じゃ、じゃあ、そっちかも」

 野田さんの言葉に、中山さんは自信のなさそうな返事をした。

「どっちなの?結局!」

「塩谷!」


 塩谷をじろっと睨むと、塩谷は大人しく自分の仕事を再開した。

「中山さん、石川さんですか?石田さんですか?」

「え、えっと。す、すみません。早口だったから聞き取れなくて」

「聞き取れなかったら、もう1度聞いてください。相手が誰か確認ができてから電話を繋いでくれますか」

「はい」


 そこに、また電話が鳴った。だが、なかなか中山さんは出ようとしない。

「中山さん、電話出てください」

 そう言うと、暗い顔のまま電話に出た。

「はい。△△電気です。はい。あ、すみません。もう1度お願いします」


 会社名をもう1度聞いているらしい。注意したことはちゃんと守ったわけだ。

「はい。魚住さんですね、お待ちくださいませ」

 え?魚住さんだと?


「あ、あの。魚住主任、○○電工の石原さんです」

「ちょっと。石原さんじゃないよ。石田でも石川でもなくて」

 そう突っ込みを入れたのは塩谷だ。確かにそこも突っ込みを入れたい箇所だが。


「はい、魚住です。先ほどは電話が切れてしまい申し訳ありませんでした。はい」

 やっぱり、さっきの電話、中山さんが間違えて切ったんだな。まったく。そのことで謝りもしなかったぞ。


 電話を切った後、

「中山さん、ちょっといいですか」

とデスクの横まで来てもらった。

「石原さんからまたわざわざ電話をくれたんだから、まず切れたことのお詫びをして下さい」


「は、はい。すみません」

「それから、自分の会社の人間にさん付けはしないように。呼び捨てでいいんですよ。っていうか、そういうの習っていますよね?今までにどこかで」

「は、はい。習っています。すみません。とっさにさん付けしちゃって」


「今後は注意してください。わかりましたか?」

「はい」

「ああ、返事。今日はちゃんとしますね。昨日、注意しても返事しなかったですよね」

「す、す、すみませんでした」


 中山さんは頭を下げ、しばらく頭を上げなかった。

「もういいですよ、席に戻って」

「は、はい」

 よろよろと中山さんは席に戻っていった。

 

 言い過ぎたか?ちらりと中山さんを見ると、手前にいる伊織が心配そうに中山さんを見てから僕を見た。そして目が合うと、ぱっと視線を外した。

 中山さんはうつむいたままでいる。


 う~~ん。言い過ぎたか…。


「中山ちゃん。ドンマイ。コーヒーでも飲んで一服したら?コーヒー入れてこようか?あ、一緒に行く?気分転換にいいかもよ」

 はあ?

 

 1課にきた新人社員だ。お前、勝手に席は離れているし、隣の課まで来て声をかけているし、ほら、1課の課長が呆れた顔をしてこっちを見ているぞ。確か、昨日もランチに行こうとでかい声で誘ったよな。そのうえ、僕に注意されたらふてくされた顔をした。


「君、名前なんだったっけ?」

「え?僕っすか。山本ですけど」

 僕っすか?お前はまだ学生か。


「山本か。自分の課で何か仕事の指示を受けているんじゃないのか?勝手にコーヒーを飲む時間にしてもいいのか?」

「え?コーヒー、飲んじゃダメなんすか?」

「別にいいが、一応上の人に聞いてからにしたらどうだ?それから、わざわざ2課まで来ることないだろ。課に戻れ」


「……。や、でも、コーヒー。っていうか、そんなことまで課長に許可取るんですか?」

 こいつ!

「山本!コーヒータイムにはまだ早いぞ。頼んだものはできたのか?」

「まだです。コーヒーでも飲んでからしようと思っていたんで」


「まずこれを済ませてから、コーヒーを飲め。ほら、まだ教えている最中だったんだぞ」

「でも、課長が電話していたから」

「そのくらい、待っていろよな。魚住君、悪かったね、迷惑かけて」


 1課の課長が謝ってきた。

「いいえ」

 そう返事をすると、1課の課長はまた山本を怒った。

 

 この部は、あまり若いやつに怒ることをしない。南部課長も怒ったのを見たことがない。でも、だれかがちゃんと注意するべきだ。さすがにほかの課の主任が怒れば、1課の課長も黙っていられないよな。


「あの、主任。中山さんにコーヒーの入れ方とか、給湯室の場所とか、いろいろと教えたいので、コーヒー入れに行ってもいいですか?」

 伊織?

「ああ、そうですね。これから会議とかで入れてもらうこともあるんだし、教えておいてもらえますか」

「はいっ」


 伊織は元気に返事をした後、

「あ、たす…。じゃなくて主任はコーヒー、飲みますか?あとコーヒーいる人いますか?」

と僕や課のみんなに聞いた。すると、

「はい。桜川さん、私にも頂戴」

と塩谷がさっと手を上げた。


「伊織、私もほしい。ミルク入りで」

「じゃあ、僕も貰おうかな」

「僕にもお願いします」

 何人かが手を上げた。もちろん僕もだ。


「わかりました」

 伊織はにこりと微笑み、

「行こうか」

と中山さんに言うと席を立った。


 伊織なりの配慮かな。確かに、中山さんにも少し気分転換は必要だったかもしれないよな。


 伊織がそれなりにフォローをしてくれたんだろう。中山さんは、さっきよりも顔が明るくなっていた。そして僕のデスクの上にコーヒーを置いた。


「ありがとう」

 そう言うと、ビクッと中山さんは驚いたように両肩をあげた。

「い、い、いいえ」

「…そんなに怯えなくても」


 そう言って顔を見ると、目が合った。

「お、怯えていません。すみません」

 いや、顔、引きつっているぞ。


「コーヒー飲んで少し落ち着いてから、仕事をして下さい。そのままだとまたヘマしそうですよ」

「すみません」

 青ざめたまま、中山さんは席に戻っていった。


「大丈夫?嫌味言われた?気にすることないよ。主任は誰にでもああなの。口を開けば嫌味ばっかりの嫌なやつなの。だから、みんな嫌っているんだし、気にしないでいいよ。中山さんにだけじゃないからね」

 溝口。今のフォロー、全部聞こえているからな。いや、わざと聞こえるように言ったんじゃないのか?あいつは。


 ムカつくよなあ。伊織の友人じゃなかったら、もっと手厳しくするんだが。


「中山さん、今の嫌味じゃないからね?落ち着いてコーヒーを飲んでもいいですよって言ってくれたんだよ。だから、コーヒーでも飲んで、リラックスしてね?」

 そういう伊織の声も聞こえてきた。


 ほら!どうだ。僕の奥さんはちゃんと僕を理解している。僕が言いたいこともきちんとわかっているじゃないか。

「わ、主任がどや顔した」

 そんな声まで聞こえるぞ。溝口。


 午後になり、ひとつ中山さんが請求書を作成したらしく、

「主任にはんこお願いしますって言って、この書類を渡してきて」

と、伊織に教えてもらっているのが聞こえてきた。


「主任にですか?私がですか?」

「うん」

 中山さんが、おずおずと僕のところにやってきた。それも、聞こえるか聞こえないかの音量で、

「はんこお願いします」

と口にした。


「はんこですね?」

 大きな声で聞き返し、返事がないので、

「はんこですよね?」

と、また聞いた。


「はい」

 ようやく、焦ったような返事が聞こえた。僕は請求書を見て、

「中山さん。ここ、重複していますよね?」

と指摘した。


「あ、本当だ。すみません。打ち間違えました」

「打ち間違え?」

「すみません。すぐに直し…」

 小声で中山さんが泣きそうになりながらそう言おうとした。その言葉を遮るように、

「ごめんなさい。どこか、間違っていましたか?」

と、伊織がでかい声で聞いてきた。


「20日の分が重複しているようですよ。桜川さん、ちゃんとチェックしましたか?」

「はい。一緒にやったから」

「一緒に?一緒にやって間違えた?」

「すみません!!すぐ、すぐに直します。それから、中山さんを怒らないで下さい」


「怒りません。桜川さんがこれからは、ちゃんと指導してくれればいいですから」

「はい」

 いつもの勢いで伊織は僕のところまですっ飛んできて、ぺこりとお辞儀をしてから請求書を受け取った。

「あ、本当だ。気づけなかった」


 間違いの箇所を見て、伊織がそう言いながら落ち込んでいくのがわかった。

 ぽん。伊織の頭に手を置き、

「仕事中は仕事に集中ですよ。ほかの事は考えないように」

と顔を近づけそう言うと、伊織は真っ赤になって、

「はい。仕事に集中します」

と元気に返事をした。


 そして、中山さんを引き連れ、席に戻っていき、中山さんにもぺこりと頭を下げ謝っている。

 

 それにしても、いったいどんな考え事をしていたんだ?仕事に集中できなくなるようなことは、昨夜はなかったぞ。一昨日はあったが。それがいまだに尾を引いているとか?それとも、会社を辞めるのがまだ寂しくて…とか?

 

 僕は夕方、野田さんを呼んでミーティングをしに会議室に行った。その途中、伊織の席の後ろから、

「何か悩み事でもありますか?」

と聞いてみた。

「え?!うわ。主任、びっくりした。突然後ろにいるから」


「で、何か悩み事?」

「いいえ。なんでもないです」

「本当に?考え事でもしていたんじゃないですか?」

「いいえ。別に何も…」


「そうですか。じゃあ、いいですけど。何かあれば話を聞きますよ?」

「はい。あ、でも、ないんです。だから、大丈夫なんです」

 そう元気に返事をしてきたので、一応安心し、会議室に向かった。


「ね?本当は優しいし、部下のことを大事にしてくれるから、大丈夫だよ」

という伊織の声が後ろから聞こえた。

 ああ、中山さんに言っているのか。っていうことは、中山さんが僕のことを嫌っているとかか。それが、伊織の悩みか?



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