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第75話 甘えん坊 ~伊織編~

 ロッカールームにいると、トントンとドアのノックの音がして、ドアの近くにいた総務の子がドアを開けた。

「はい?」

「あ、桜川さんいますか?」

 ドキ。佑さんの声だ。慌ててカバンを持って、ドアに駆け寄ると、

「すみません。急に接待が入りました。先に帰っててもらえますか?」

と言われてしまった。


 え?一緒に帰れないの?う、いきなり落ち込んだ。

「…はい」

「夕飯は、食べちゃっていいですよ。あ、溝口さんと帰りにどこかに寄って食べたらどうですか?」

「はい、そうします」

「じゃあ、あんまり遅くなるようだったら、先に寝ててもいいですからね?」

「はい」


 バタンとロッカールームを佑さんは閉めた。

「はあ」

 なんだ。真広は帰っちゃったし、一人寂しくコンビニ弁当かな。

 あ~~~~~~~~~~~~。寂しい~~~~~~~~~~~。


 がっくりと肩を落とし、ロッカールームの椅子に腰かけると、

「今の、魚住さんですよね?えっと、桜川さん、ご結婚するんですか?」

と、総務部の子が聞いてきた。この子、今年入社した子だよね。大人っぽくてそう見えないけど。

「はい」


「羨ましい~~。憧れの的なんですよ、魚住さんは!」

「え?どこで?あ、総務部で?」

「はい。それに同期の子も憧れてた子いっぱいいて」

 まじで?


「やっぱり、同じ課って有利ですよね」

 有利?

「私なんて、知り合うきっかけすらないですし。今初めて口をききました。近くで見てもイケメン」

「……」

 なんて答えていいのやら。


 戸惑っていると、そこにいつもはロッカールームになんて来ない塩谷さんが入ってきた。コートも男性社員と同じように、営業2課の専用ハンガーにかけているし、カバンはいつでも持って出られるようにと椅子の近くに置きっぱなしだから。


「あ…」

 私を見て、一瞬塩谷さんはバツの悪そうな顔をした。そして私の隣にある椅子に腰かけ、

「溝口さんは?」

と聞いてきた。


「帰りました」

「ああ、そっか。主任待っているのか。でも、主任、接待があるから、待っていても無駄だよ」

「はい、知っています。そろそろ帰ろうかと思っていたところです」


「じゃあ、一緒にご飯でも食べる?」

「え?」

「付き合ってよ。私、一人で帰る気分じゃないんだよね」

 え~~~~~~~~。嫌だよ。塩谷さんと二人でご飯とか…。


「主任のことで聞いてほしいこともあるし」

 ますます嫌だ。また、認めないだのなんだのって、文句言われるんじゃないの?

「こんな話、誰にもできないし…。桜川さんなら聞いてくれそうだし」

「え?」


「だって、主任のことわかってるでしょう?他の人は主任のうわべだけしか見ていないから、話したくないんだよね」

「………はあ」

 いったい、どういう話?


 二人でご飯とか嫌だ。と思いつつ、結局とぼとぼと塩谷さんの後をついて行った。塩谷さんは、

「あんまり会社の人と会いたくないから、駅近くの店でいい?」

と言うと、また大股で歩き出した。

「はい」

 ちょっとついて行くのが大変。私は小走りになった。コンパスの差かなあ。それとも、いつも歩くのが早いのかな。


 駅の反対側に抜け、とあるお店を見つけ、

「ここでいいか。静かそうだし、美味しそうだし」

と、塩谷さんはさっさと店の中に入った。そこは、天ぷら屋さんだった。


 店の奥へと店員に通され、一番奥の席に着いた。塩谷さんは手ぬぐいで手を拭きながら、

「私、上天丼にする」

と即行決めた。慌てて私はメニューを見て、

「あ、天ぷら定食にします」

と言うと、塩谷さんはさっさと店員を呼び注文をした。


 他の女子と店に入ると、決めるまでにも時間がかかり、注文までにも時間がかかるのにさすがだ。男らしいと言うかなんというか。


 水をぐびっと塩谷さんは飲んだ。

「二日酔いって、喉乾くんだよね」

「まだ、二日酔いなんですか?」

「う~~~ん。まあね」

 そんなに飲んだのか。


 天丼と定食が運ばれ、いただきますと食べた。二日酔いのわりには、しっかりと食べれるんだなあ。

「主任に怒られた。当たり前だけど…。っていうか、怒られたかったのかも」

「え?」

 先に食べ終えると、お茶をすすっていきなり話し出した。それまでは、黙々と食べていたのに。そして、食べるのも早くて私は焦ってしまった。


「あ、ゆっくりでいいよ。私、いつも出先でかっこんで食べる癖ついているから、早食いなの」

「はい。すみません」

「主任も早いでしょ?食べるの」

「いいえ」


「ああ、そうなんだ。じゃあ、桜川さんに合せて食べているんだね」

「……」

 なんか、目の前に塩谷さんがいると、食べても味がしない。美味しいはずの天ぷらが…。それにしても、怒られたかったってどういう意味なんだろう。


「今でも信じられないんだけどね。主任が結婚なんて」

 ドキッ。うわ。せめて食べ終わるまで待ってほしい。心臓がバクバクして喉通らないよ。

「だって、ずっと言っていたんだよ。僕は結婚には興味ない。仕事が楽しくて、一生仕事だけしていてもいいって」


「………」

「そう言っていた人が、本社に転勤したらいきなり変わっていたから、びっくりした。初めは出世のために結婚を考えだしたのかとも思ったけど、主任、そういう姑息な真似はしそうにないし…」

「……」

 ゴクン。なんとか口の中にあるものをお茶で流し込んだ。


「私、主任が名古屋に来るまでも必死に頑張ってた。それなりに評価はされていたけど、どこかで女だからって見下す人がほとんどで。でも、主任は最初から、男と同じように私を扱っていたし、認めてくれたし、ダメなときは叱り飛ばしてくれたし…。それに、本当に他の奴らより仕事出来るし、頭キレるし…。尊敬に値する人だなって、すぐにわかった」

「……」


 やっぱり、塩谷さんは佑さんのことが…。

「で、最初は、結婚相手にあなたを選んだことが信じられないし、なんでこんな女を?腹が立ったし」

 グサ。


「だけど、他の事務の子は、主任の良さなんてわからないような男を見る目ない女ばかりの中で、あなただけは違うのかもなって思えてきたし」

 え?

「主任が変わったのがショックだったけど、でも、もしかすると、主任は今までよりさらに器がでかくなって、一回りも大きな上司として変わったのかもって思えてきて…」


「……」

 そうなの?そういうふうに感じたの?なんか、嬉しいかも。

「それって、桜川さんの影響大きいのかもって思ったら、主任の結婚、祝福することなんだなって、そう素直に思えてきたんだよね」


「え?」

 祝福?

「思えたのは、ついさっきなんだけどさ」

 そう言うと、

「ああ、ちょっと1杯だけビール飲んでいい?」

と、店員を塩谷さんは呼んだ。


「でも、二日酔い」

「迎え酒だよ。すきっ腹じゃないし、酔わないから安心して。一緒に飲む?」

「私はいいです。飲むとすぐ眠くなるし」

「そう」


 塩谷さんはビールを飲みながら、また話し出した。その頃には私もようやくご飯を食べ終え、お茶をすすりながら聞いていた。


「さっき、会議室で、主任に頼りにしているって言われた」

「…」

 すごく嬉しそうな顔を塩谷さんはした。

「大事な部下だとも言ってくれた」

 大事な…。その部分に引っかかった。


「大事な部下って言われるのが嬉しいんだよね。私、結局主任に、仕事とか、一社会人としての自分とか、認めてほしかったんだって、再確認した」

と、塩谷さんはまた嬉しそうにそう言った。


 それからは、ビールを手酌で飲みながら、名古屋でのエピソードや、自分の失敗の話をしてくれた。主任はこんなふうにフォローをしてくれたとか、とっても嬉しそうに。

「主任の作る料理美味しいでしょ。何食べた?」


「え、いろいろと。あ、鍋焼きうどん美味しかったです」

「ああ!冬場最高だよね。あ~~~、主任の手料理食べれなくなったのは超残念だ」

 残念そうにそう言ってから、豪快に塩谷さんは笑った。

「桜川さんさあ、料理とかできなくてもOKだからね。だって、主任って絶対に自分が作ったものを食べさせたいってとこあるもん。そんで、美味しいって喜ぶと、超嬉しそうだし」


「わかります。私が美味しそうに食べているのが、嬉しいんだろうなって顔しています」

「だよね?超嬉しそうだよね?そっか。桜川さんって、美味しそうに食べるんだ。そういうところが、主任は好きなのかもねえ」

 うわ。何それ。いきなり、そんなことを躊躇なく言われると、めちゃくちゃ困る。


「私も、一回りでかくならなくっちゃ。器が小さすぎなんだよね、私は」

 それからは、自分のこういうところがダメなんだよねって話になった。うんうんと聞き役に徹していると、桜川さんって、癒し役だね。そこがいいのか。と言われた。


 ほろ酔い気分になった塩谷さんと店を出て、ケタケタ笑いながら塩谷さんは駅に向かって歩きだし、

「もしさあ、なんか悩むことあったら相談に乗るから。主任の浮気とか~~。それはないか。浮気なんかしそうにないもんねえ」

と、そんなことまで言っている。


 改札を抜け、「お疲れ様」と元気に手を振り、塩谷さんは反対側のホームへと消えた。

「………?」

 この展開は何?と、まだ頭の中にクエスチョンマークをいっぱいにしながら、私は佑さんのマンションへと向かった。


 合鍵で部屋に入る。静まり返った部屋。寂しいし寒々しい。急ぎ足でリビングに行き、電気をつけた。静か過ぎるのでテレビをつけ、コートを脱ぐ。肌寒さを感じてエアコンのスイッチもリモコンで入れた。


 脱いだコートをウォークインクローゼットにしまいに行き、その足でお風呂の準備をしてから、リビングに戻った。ソファに座り、つけたテレビも観ず、時計を眺めてしばらく過ごした。

「まだかな。まだかな」

 そればかりを思いながら。


 ガチャリ…。鍵の開く音がした。佑さんだ!

「ただいま、伊織さん」

「おかえりなさい!」

 バタバタと佑さんを迎えに玄関にすっ飛んで行くと、佑さんはカバンを床に置き、なぜか両手を広げた。そこに私は飛び込んだ。


 ギュ。思わず佑さんを抱きしめてしまった。すると佑さんも私を抱きしめてくれた。

 あ~~。佑さんだ~~~~~~~!!!!


 寂しかったから、会いたかったから、嬉しさ倍増だ。


 リビングに行ってから、今日は塩谷さんと一緒に夕飯を食べたことを話した。佑さんの驚きは半端なかった。目を丸くして、それから思い切り心配そうに私の顔を見た。


「塩谷さん、嬉しそうでした」

「は?」

「佑さんに頼りにしているって言ってもらえたこととか、大事な部下だって言ってもらって」

「…そんなことをあいつが?」


「はい。それに、結婚を祝福するって」

「え?!」

「そう言ってくれたんです」

「………え?まじでですか」


「はい」

「どういう風の吹き回しだ?あいつ、昨日は酒飲んでおかしくなっていたのに」

「…怒られたかったって言ってましたけど?」

「え?」


 佑さんはソファに座ったまま、しばらく頭を抱えた。

「さっぱり、わからん」

 そう言って、私の顔を見て、

「じゃあ、伊織さんを傷つけるようなことはなかったんですね」

と、静かにそう言った。


「はい。大丈夫です」

「よかった」

 心底ほっとしたような顔をして佑さんは優しく微笑むと、私にチュッとキスをした。


 それから私の手を取り、佑さんはテレビを観た。私は佑さんの肩にもたれかかり、一緒に前を向いた。

 さっきまで、あんなに寂しかったのに、佑さんが隣にいるだけでこんなに満たされる。


「ドラマ、観ていたんですか?」

「いいえ。つけたけど、観ていませんでした。だから、あんまり内容もわかっていなくって」

「……そうなんですか」

「回していいですよ?」


「じゃあ、消しましょうか」

 テレビを消すと佑さんは、繋いだ手を離して私の膝の上に頭を乗せてきた。


うわ~~。これって、膝まくら!きゃ~~~~。どうしよう。ドキドキだ。私はどうしたらいいんだろう。


「接待してきたんですけど」

「あ、はいっ」

「契約取れたんですよ」

 佑さんは嬉しそうに私を見ながらそう言った。


「よかったですね」

「はい」

 そう言うと佑さんは、私の首に手を回して私の顔を引き寄せ、またキスをした。


 ドキドキドキドキ。こ、これは、なんだか、こっぱずかしい。どうしよう。佑さんの顔、見れない。視線をそらしたけど、どうやら佑さんは私の顔をじっと見ているようだ。


「お願いがあるんですけど」

「はい?」

 思わず佑さんの目を見た。佑さんは、少しだけ恥ずかしそうに、

「契約取れたんで、ご褒美もらえますか?」

と、そう言って私の手を取り、自分の頭に持っていった。


「え?ご、ご褒美?」

「頭…」

 え?まさか、撫でてほしいとか?まさかね。とか思いつつ、ナデナデと撫でると、佑さんは満足気に顔を横に向けた。


 うわ。ちょっと。何それ!!可愛いんですけどっ!!!!

 甘えてるの?甘えてるよねっ。


 きゃ~~~~~~~。


 ど、どうしよう。可愛いからもうちょっと撫でちゃえ。ナデナデ。ナデナデ。佑さんの髪って、サラサラ…。

 ナデナデ。ああ、どうしようもなく可愛い。


「そろそろ、風呂に入らないと。このままだと、完璧寝ちゃいますね…」

「あ、は、はい。そうですね」

 残念。残念過ぎる。


「でも、あと5分…」

 そう言うと佑さんは、目を閉じた。その間も私は、佑さんの頭を撫でていた。

 

 こんな甘える佑さんを、会社の誰も想像できないよね。私しか知らないよね。ああ、優越感!

 

 甘える佑さんは、可愛過ぎて、愛しすぎて、胸がキュンキュンした。


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