表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/171

第74話 同じ服 ~伊織編~

 翌朝も一緒に出社した。またも朝は佑さんに起こしてもらい、すでにお弁当も朝食も用意されていた。服も、クローゼットを開け、

「ああ!このブラウスくしゃくしゃ。どうしよう」

と騒いでいると佑さんが来て、

「このワンピースにカーディガン、いいと思いますけど」

と、またもデート用にとっておいた服を選んだ。


「はい、それにします」

 デート用とか、仕事用とかもう関係ない。一緒に出社するだけでデート気分だし。

 って、ダメ!そんな気分で会社に行ったりしちゃあ。


 だいたい、朝から私はまた何もできなかった。洗濯物だけは私がやろうと思っていたのに、そんな余裕もなかった。そう思うと、どっぷりと落ち込んでしまった。

「あの、朝、すみません。洗濯物も干せないし、なんにも手伝えなくて」

「いいですよ。でも、あと10分くらい早く起こしたほうがいいですか?」


 え?そんな!起こしてもらうなんてやっぱり悪い。

「すみません!ちゃんと自分で起きます」

「え?いえ。起こしますよ?大丈夫です。そんなに気にしないでも」

「う…」

 

 そんなふうに言ってくれているけど、実は呆れているよね?絶対に呆れているよね?

 マンションから駅までの道、佑さんにこわごわ聞いてみた。

「呆れてますよね、佑さん。なんか、朝から落ち込んじゃって」


「自己嫌悪ですか?また」

「え?いえいえ。そのっ」

しまった。自己嫌悪に陥るの、佑さん嫌がっていたんだ。

「レッドカードですね」

 やっぱり。でも、即ベッド行き、即抱かれますって、こんな朝からどうやって、そういう状況に…。


「ここでは襲いませんよ?」

「そそそ、それはわかっています」

 ひょえ~~。私、もしかして挙動不審にでもなっていたかな。

「くす」


 あ、笑われているし。それも、しばらく佑さん、くすくすと笑い続けているし。

 私がまた、落ち込んでいると、すっと佑さんは手を繋いできて、

「毎朝、デート気分になれていいですよね」

と、にっこり微笑みながらそう言った。


「え?そ、そうですね」

 そうか~~~。佑さんもデート気分なんだ。よかった~~。と、にやけていると、また佑さんにくすくすと笑われた。


 会社に着いてからは、佑さんは思い切り仕事モードになる。そんなクールな佑さんも好きだけど、顔を見ちゃうと私が赤面しちゃうから、あんまり見れない。

 でも、ちょっとだけ。


 ちらっと顔を左に向け、佑さんを見た。真剣な目でPCを見ている。かっこいい。

 もっとずっと見ていたい。でも、佑さんの隣にいる南部課長がこっちを見ているのに気が付き、慌てて私は目を伏せた。


 ああ、やばい。佑さんのことが見たい!

 いやいや、伊織、仕事だよ、仕事~~!!


 PCを睨みつけていると、真広が席にやってきた。

「おはよう、真広」

「おはよ。早いね。あれ?今日何かあるの?お出かけ用ワンピースじゃないの」


「なんにもないけど」

「ああ、そっか。帰りに主任とデートか」

「…別にそういうわけでもないけど」

 真広に会社の行き帰りが、もうデートなの。なんて言ったら、なんて言われるかな。バカじゃないの、単なる通勤時間じゃないのって言われるかも。


 なんてぼけっと考えていると、

「北畠さん、塩谷からなにか連絡入っていますか?」

という佑さんの声が聞こえた。


「え?いいえ」

 北畠さんがそう答えると、佑さんは私を見て、

「…桜川さんも連絡受けていないですか?」

と聞いてきた。


「はい」

「…」

 佑さん、顔、怖い。怒っているのかな。塩谷さん、二日酔い?それとも、体調が悪いのかな。


 バタバタ…。駆けてくる足音。塩谷さん?

「すみません」

 やっぱり。ずっと駅から走ってきたのかな。息を切らして前髪もくしゃくしゃだ。

「塩谷!遅刻だ!!」

 佑さんの怖い声。


「すみませんでした」

 塩谷さんは頭を下げ、顔を上げると、

「二日酔いか?」

と佑さんが聞いた。


「いいえ。大丈夫です」

「大丈夫って顔じゃないだろ。酷い顔しているぞ」

 佑さんも気が付いたんだ。塩谷さん、顔、むくんでいる。

「え?」


 塩谷さんはコートのボタンを外し、脱ごうとして、

「あ、すみません。やっぱり、少し気持ち悪いのでトイレに行ってきます」

とまたコートで服を隠すようにして、部屋を出て行った。


「今、見た?」

 こそっと北畠さんが私に近づき、そう聞いてきた。

「い、いいえ」

「塩谷さん、シャツのボタン掛け違えてた」


「そうですか?」

 実は、私も見えていた。それに気が付いて、慌ててコートで隠して塩谷さんはトイレにすっ飛んで行った。相当慌てて朝、シャツを着たのかな。


「二日酔いだな、あれは」

 佑さんの声が聞こえた。佑さんの席からは、塩谷さんの服は見えなかったんだろうな。

「塩谷さんの服、昨日と一緒でしたね」

 え?野田さん、そんなことに気が付いたの?


 っていうより、昨日と一緒ってことは、塩谷さん、まさか。

「……そうでしたか?でも、毎日ほとんど、あのスーツですよね?あいつは」

 佑さんの言葉に、

「いえ。ブラウスですよ。ブラウスが一緒でした」

と野田さんが答えた。


「野田さん、そんなところまでチェックしているの?怖いわ~」 

 冗談っぽく北畠さんがそう言った。でも、私はそんなことよりも、塩谷さんが昨日泊まったってことが、ショック。


「女性社員の服まで見ているなんて、細かいんですね、野田さんは」

 私がショックを受けているのなんか気にも留めず、真広がそう野田さんに言った。


「そうですか?見ている男性社員多いと思いますけど。それで、あ、なんか派手になってきたから彼氏出来たかなとか、男が変わったかなとか、そういうチェックを入れているんじゃないですか。多分、独身男性はさらにチェック入れていると思いますよ。ねえ?主任」


 野田さん、佑さんに振った!聞きたいような、聞きたくないような。

「いえ。僕はそういうのどうでもいいので、気にしていませんが」

 あ、そうなんだ。気にしないんだ。でも、そんな感じもする。


「え?本当に?桜川さんの服が今日はいつもと違う。まさかデートか?とか、気になっていませんでしたか?」

 きゃ。野田さん、やめて。私のこと持ち出さないで。

「別に、気にならないですよ。っていうか、今日も桜川さんの服、僕が選んだし…」

 ぎゃ~!ばらした!!!


 一気に課のみんなが私を注目した。恥ずかしい。顔、絶対に真っ赤だ。

「そうなんですか…。あ、そうじゃなくってですね。一緒に住む前ですよ。まだ付き合う前の話ですって」

「ああ…、その頃は…」

 そこまで言うと佑さんは、黙り込んだ。


 そして、

「別に…」 

と一言言うと、また黙り込んだ。何か、言いづらいことでもあるとか?


「塩谷、もう大丈夫なのか?」

 佑さんのその言葉に、みんな塩谷さんが戻ったことに気が付き、今度は塩谷さんに注目した。 

「はい」

「仕事、ちゃんとできるんだよな?」

「はい」


 塩谷さんにしては珍しく、声も小さいし目も伏し目がちだ。やっぱり、様子が変だと思う。

 あの電話の後何かあったのかな。男友達とホテルに泊まっちゃったのかな。


 胸が痛む。自分のことじゃないけど、でも、やっぱりチクチクする。それに、佑さんはどう思ったのかな。


 昼休憩になり、休憩室に行った。今日も真広はおにぎりを二つ。それに比べて私のお弁当は今日も豪華。

「ねえ、おかずどれか頂戴」

 え…。嫌だ。と思いつつも、

「じゃあ、卵焼き食べる?」

と一つだけ真広にあげた。


「美味しい!」

「だよね。すごいよね、主任…」

 嬉しいような、自分が情けないような、複雑な心境。そんな複雑な気分になっているのに、

「伊織じゃ、卵焼きすら作らないもんね。作ってもゆで卵じゃない?」

と言われてしまった。その通りだけど、かなりグサッと来た。


「いいなあ。料理ができる旦那さん」

 いつの間にか私たちのテーブルに鴫野ちゃんが来ていた。

「あの主任がこんなに料理上手とはね~。びっくり」

 鴫野ちゃんはそう言いながら、私のお弁当を見つめている。


「鴫野ちゃんのお昼は?」

「あるよ」

 鞄から出てきたのは、すごく小さなお弁当箱。

「私にも、卵焼き頂戴」

「え?う、うん」


 あげたくないんだけど。断りきれない。

「うわ。美味しい~~。ダシがきいているの?」

「うん、多分」

「もしかして、こだわりがあるの?魚住主任って仕事も細かいって言うし」


「そうだね。主に和食が好きで、和食ばっかり作っているし」

「綺麗好きでしょ」

「うん」

 コクンと頷くと、真広が、

「そういえば、服も主任が選んでいるんだって?」

と言ってからお茶を飲んだ。


「え?伊織ちゃんの服を?」

 鴫野ちゃんが、ミニトマトをフォークに突き刺したまま聞いてきた。

「今日のも僕が選んだって言ってたもんね」

「そうなの?可愛いワンピースだよね。やっぱり、そういう服を魚住主任も着てほしいんだね」


「可愛いのなんて、私には似合わないのにね…」

 謙遜でなく本音を言うと、

「似合うよ。昨日のピンクのスカートも似合ってた。もっと、伊織は可愛らしい服を着るべきだよ」

と真広は声を大にしてそう言った。


「うんうん。それで、主任を喜ばせなくっちゃ」

「喜ぶのかなあ」

「喜んでいるから、この服を選んだんじゃないの?」

 そうなのかな。そういえば、昨日のスカートを選ぶ時もこのワンピースも、迷うことなく選んでいたっけ。こういう服を着てほしいってことなのかな。


「そう言えば、塩谷さん。昨日と同じ服って、お泊りかな」

 お弁当を食べ終えると、真広がそうぼそっと言った。

「え?昨日と同じ服で来たの?」

 鴫野ちゃんは、小声でぼそぼそと真広に聞いた。


「うん。昼休憩の前に主任が会議室に連れて行ったね。今日、塩谷さん、仕事もミスしていたみたいだし、主任にしぼられたんじゃない?」

「…」

「伊織?」


「あ、ごめん。ただ、いつも仕事はちゃんとしているのに、どうしちゃったのかなって思って」

「いつも伊織がミスすると嫌味たっぷりだったくせにね。今度嫌味言ってきたら言い返しちゃいなよ。自分だって、ミスしたり遅刻しているじゃんって」

 まさか。言えないよ。それが佑さんが原因だとしたらよけい言えないってば。


「お泊りってことは、男ができたってこと?あ~~。なんか、私も頑張らなきゃって思うわ」

 鴫野ちゃんは、一人で何やらショックを受けていた。でも、その相手が彼氏だかどうかもわからない人で微妙なのに。


「伊織ちゃんも、真広ちゃんもいいなあ」

 ぼそっと鴫野ちゃんは呟くと、もっと声を潜め、

「今宮さんはさ、もう主任から他の人に切り替えたみたいなんだけどね」

と、私と真広に顔を近づけそう言った。


「え?もう?早っ」

 真広が驚いた。私もびっくりだ。でも、ちょっと安心した。


 休憩を終え、私と真広はコーヒーの入ったマグカップを手に、デスクに戻った。塩谷さんはすでにデスクで仕事をしていた。

 なんだか、いつもよりも体が小さく見える。


 佑さんはと言うと、南部課長と話をしている。そして、ふっとこっちに視線を移し、

「溝…」

と真広の名前を呼ぼうとしてから、

「あ、桜川さん」

と、私の名前を読んだ。


「はい!?」

「午後、忙しいですか?」

「いいえ、今日は特に…」

「では、エクセルでちょっと作ってもらいたいんですが、頼んでもいいですか?」


「はいっ」

 仕事頼まれた!ちょっと喜びながらすぐに、佑さんのデスクに駆け寄った。ガツン。

「いたっ」

「ちょっと、ちゃんと下見て歩いてよ」


 塩谷さんのデスクの引き出しが開いていて、そこに足をぶつけてしまった。

「すみません」

 塩谷さんに謝って、佑さんのデスクまですごすごと行くと、

「大丈夫ですか?」

と佑さんが、私の足元を覗き込みながら聞いてきた。


 ひゃ。足、そんなガン見しないで。

「ああ、思い切りぶつけてますね。赤く腫れちゃっていますよ。ほんとに、伊織さん、気を付けて下さい。僕が呼んでも走らないでいいですからね。そのたびにどこかにぶつけて、青あざ作っているでしょう」

「すす、すみません」


「じゃあ、これ、そんなに急がないので今日中でいいですよ」

 佑さんは優しい顔で、私に資料をくれた。

「わかりました」


 席には急がずに戻った。そして椅子に座ると、

「足、大丈夫?」

と真広が聞いてきた。


「うん。ちょっとまだ、ヒリヒリしているけど…」

「青あざ作っているの、主任に見られたんだ…」

「え?」

「今も、思いっきり主任足を見たんじゃない?女子社員の足をじっくり見るなんて、セクハラ」


「は?…ちょ、何言ってるの。セクハラじゃないよ」

「なんちゃってね。旦那なんだから、足、見られたっていいよねえ」

 ペロッと舌を出し、おどけながら真広がそう言った。


 もう~~~。何が言いたいんだ、真広は。それにまだ、「旦那」って言われてもピンとこない。入籍だってまだなんだし。あ、でも、木曜が大安だから、その日に入籍するんだよね。

 ドキン。いきなり、ドキドキしてきた。うわあ。緊張。


 って、ダメダメ。今は仕事に集中。


「桜川さん」

「はいい?」

 いつの間に後ろにいたの?佑さん。

「表なんですが、こんな感じで作ってもらえますか?」

 私のマウスを持って、顔を近づけて佑さんが指示を出してきた。


 ち、近い。佑さんの匂いが…。近すぎるよ~~~~~。

「聞いていますか?」

「はは、はい。いえ。もう一回お願いします」

「ここをですね…」


 私のすぐ後ろから手を伸ばし、指で画面を指しながら、佑さんが説明をした。ドキドキ。鼓動が半端ない。でも、必死で説明を聞いた。

「わかりました」

「じゃあ、お願いします」


「はい…」

 すっと佑さんは何事もなかったような顔つきで、席に戻って行った。

 私は、きっと真っ赤だ。顔が熱い。もう~~。近づくとやばいって、そう言ってあったのにな。なんだって、あんなに接近してくるのかな。


 顔もにやけそうだったよ~~~。


 なんだか、ちょっとだけ悔しいような気もする。真っ赤になるのは私ばかりで、佑さんはいつも余裕なんだもん。

 私ばかりが佑さんを好きなのかなあ。なんて思っちゃったり…。


 帰りにロッカールームで、なんとなく真広にそうぼやいたら、

「何言ってるの。どこからどう見たって、主任のほうがべた惚れでしょ」

と言われてしまった。


「は?べた惚れ?」

「前はうまく隠していたんだと思うけど、最近の主任は隠しきれていないもんね」

「隠す?何を?」


「表情だよ。伊織を見る時だけ目じりが下がって、にやついているし。さっきだって、わざとべったり近づいて指示出したり、足だってちゃっかり覗きこんで見たり、いやらしいったらありゃしない」

「い、いやらしい?主任が?」


「ベタベタじゃん。課のみんなも言ってるよ。主任、桜川さんにべた惚れですねえ。可愛くてしょうがないんでしょうねえって」

 可愛くてしょうがない?!!!

「ちょ、何それ!」


 顔から火が出た!

「真広、からかわないで」

「からかっていない。本当にみんなそう言ってるし、実際そうだと思うもん。あの主任が、あんな優しい顔するんだって、みんなびっくりしているんだから。私だってびっくりだよ」


 ひゃ~~~。そんなことみんなが言ってるの?

「でも、ちゃんと伊織のこと大事にしているんだってわかって、ほっとしたけどね」

 真広はそう言うと、

「じゃ、お先」

と、ロッカールームを出て行った。


 少し待ってて下さい。1件メールをしたら帰れます。と言われ、私は先に真広とロッカールームに来た。

「顔、あつ」

 確かに、佑さん、会社でも優しい顔を見せてくれるし、笑ってくれるし、それはすごく嬉しい。


 もっと、私、佑さんに好かれているって自信持っていいんだよね…。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ