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第73話 やきもち ~伊織編~

 夕飯もとても美味しかった。佑さんってやっぱりすごい。と思いながら後片付けを手伝っていると、佑さんの携帯が鳴った。

「…」

 携帯を見て、佑さんは嫌そうな顔をした。誰だろう。


「もしもし」

「佑!?」

 大きい声。携帯から佑さんが思わず耳を離している。


「結婚するんだって?!いつ、報告に来るの?週末も待っていたのに」

「週末は忙しいだろ?」

「そうだけど、電話くらいしてきなさいよ。薫から聞いてずっと待っていたのよっ」

 佑さんは、話しながらダイニングの方へと移動した。薫さんの名前が出てきたし、お母さんだよね。


 その後の会話は、聞こえなかったけれど、大きな声だったなあ。丸聞こえだったもんなあ。


「忙しいんだよ。それじゃ、切るよ」

 佑さんは、強引にそう言って電話を切ったようだ。

「……お母様からですか?」

 カウンターから佑さんにそう聞いた。佑さんは一瞬びっくりした顔をしたが、頷いた。


「すぐに挨拶に行った方がいいんですよね?」

 きっと挨拶に来いっていう電話だよね?

「いいんですよ。来週にでも行きましょう」

「でも」


「いいんですって。少し時間が空いた方が、向こうも落ち着くだろうし。今はまだ、興奮状態で」

「興奮?」

「結婚してほしかったようで、相当僕が結婚するって聞いて喜んでいると思うんです」

「そうなんですか」

 そんなに喜んでいるんだ。


「だから、今会うときっとテンション高すぎて伊織さんがまいっちゃいますよ」

 え?

「……テンション、高いんですか?」

「人よりかなり…。会うの、覚悟しておいて下さいね」


「え」

 覚悟って?なんの覚悟?

「まあ、向こうも忙しいでしょうから、そんなに時間が取れないと思いますよ」

「そ、そうですか」


「…あ、一つ忠告が」

「はい?」

「伊織さんの趣味を聞かれたら、フラワーアレンジのことは言わないほうがいいです」

「え、なんでですか?」


 まさか、下手くそだから?それとも、趣味のうちに入らないから?それとも…。

「落ち込まないでいいです。ただ、母がそれを聞いたら、伊織さんに仕事を押し付けようとするかもしれないので」

「は?」


「母がウェディングプランナーって話はしましたよね?で、フラワーアレンジメントを担当している人が今ひとりしかいなくて、もう一人欲しいってぼやいていたことがあったんです」

「え、そんなの、私絶対に無理です」

 できるわけないよ。


「いや、母はそんなことを言っても、無理やり押し付けようとしますから、だから、フラワーアレンジメントが趣味とか言わないほうがいいですよ」

「…はい。あ、じゃあ、なんて言ったらいいですか?趣味を聞かれたら」

「映画鑑賞とか?それで僕と趣味があったわけですから、それでいいと思いますよ」

「はい」


 そうか。そんなに強引な人なのか。ちょっと会うのが怖くなってきたな。


 それからお風呂に順番に入った。私の方がいつも先で申し訳ない気もする。今度は佑さんが先に入ってもらって…。あ、それともいつかは、一緒に入ったりするのかな。一緒に。


 なんて!きゃ~。そんなことあるわけないよね。裸見られるのも恥ずかしいし!


 待っている間にそんな妄想をして、ソファで丸くなっていると段々と眠くなってきた。テレビの音も子守唄のようだ。

「眠そうですね。寝ましょうか?」

 突然後ろから佑さんが声をかけた。わわ。いつの間にお風呂から出ていたの?


 びっくりしながら佑さんを見ると、

「大丈夫ですよ。今日は手を出しません。明日の仕事に支障が出たら困りますから」

と言われてしまった。

「は、はい」

 そういう心配をしたわけじゃないんだけどなあ。


 そして一緒に寝室に行き、ベッドに潜り込んだ時、サイドテーブルに置いた佑さんの携帯が鳴った。

「はあ。また母さんか?」

 佑さんはそうため息をつきながら、携帯を手にした。


「はい?!」

 わあ。かなり、嫌そうに電話に出たなあ。お母さんかなあ。

「明日会社で聞く」 

 会社?あ、塩谷さんから?!


「…なんか、ヘマでもしたのか?」

 仕事の話か。急用なのかな。こんな時間にかけてくるぐらいだし。

「だから、なんだ?」

 佑さんは、低い声でそう言ってから、

「伊織さんは寝てていいですよ」

と優しく私に言って、寝室を出て行ってしまった。


 なんだろう。仕事の電話だよね。急ぎで何かあったのかな。

 それにしても、塩谷さんってよく佑さんに電話をかけてくるんだな。名古屋にいた頃からそうなのかな。それに、佑さんって、塩谷さんにだけは話し方がきつくなる。他の人には丁寧だし、敬語なのに。


 そうだよ。私にですらいまだに敬語…。なんで?なんでかな。


 佑さんが携帯を手にして戻ってきた。顔、ちょっと怖い顔している。

「あの?」

「塩谷です。とんでもないことで電話をしてきて…。ったく、何を考えているんだか」

 とんでもないこと?


 思わず上体を起こしてベッドの上に座り込むと、佑さんも隣に並んで座ってきた。

「大学時代の男友達と飲んでいて、今日泊まっていこうと誘われたけど、どうしたらいいかっていう相談です」

 え?何それ。


「明日会社なんだし、さっさと帰れと言ったんですが…」

「そうしたらなんて?」

「金曜日だったら、なんて言うかと聞かれて、泊まっていこうが帰ろうがそれは塩谷の自由だと答えました」

「……」


「前に、彼氏でも作れと言ったので、男友達と飲むようになったみたいですね」

「え?佑さんが彼氏を作れと言ったんですか?」

「あいつも僕と同様仕事人間なので、彼氏でも作ってみたらどうだと言ったことがあるんです」

「……」


 塩谷さん、佑さんのこと好きなのにそんなふうに言われたらきついだろうな。

「塩谷さん、男友達に泊まるよう誘われて、どうしたらいいかっていう相談だったんですね」

「そうです。そんなことでわざわざ、電話をしてきたんですよ」


「それって、きっと佑さんに泊まらないで帰れって言ってほしかったんですね」

「だから、断れって言いましたよ?」

「でも、仕事に支障が出るからですよね?」

「そうですが」


「…そういう理由じゃなくて…、きっと塩谷さんは」

「塩谷がもし僕に好意を持っていたとしても、何もしてやれませんよ」

 そ、そうだけど。でも、そんなふうにバッサリ切らないでも…。


「塩谷は大事な部下です。そりゃ、変な男に騙されたりしたら、心配は心配ですが」

「きっと佑さんが彼氏を作れとか言ったから、塩谷さんも男の人と飲んだり、佑さんにわざとそんな相談事をしたりするんだと思います」

「僕のせいですか?」


「せいとかじゃなくて…。えっと、でも、そんなことを好きな人に言われたら、きっと悲しい」

「は?」

「悲しいって言うか、傷つくと思います」

「じゃあ、僕にどうしろって言うんですか?塩谷の思いを受け止めろとでも?」


「ち、違います。ただ、経験上…えっと」

「は?」

「佑さんにフラれた時、私も他の人と飲みに行ったりして、その…」

「………。ああ、お見合いパーティですか」


 う…。今、佑さんの声呆れてた。私のこともバカなことをしていると思っていたのかな。

 ああ、なんだか塩谷さんと私がだぶっちゃって、胸がズキズキ痛んできた。


「伊織さん」

 佑さんがすっと私の手を握ってきた。顔を上げて佑さんを見ると、なぜか優しい目をしている。呆れたり、怒ったりしているわけじゃなさそうだ。


「塩谷は、大事な部下ですが、恋愛感情が持てません。部下以上には思えないんです。他の男性社員と同じように接してきたし、それ以上には思うことができないんです」

「……」

「最初、伊織さんに対してもそうだと思っていましたが」


「え?」

「大事な部下だから伊織さんのことが気になったり、心配になったり」

「塩谷さんと私とって、どう違いがあるんですか?」

「…違い?」


「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって。でも、私にはずっと敬語だし、塩谷さんにはいつもくだけた口調だし、もっとずっと親しげっていうか、親密な感じがしてて。同じ部下でも佑さんは塩谷さんのことをずっと可愛がってて、信頼しててって、そんなふうに見えちゃって」

「僕が塩谷に対して、そう見えるんですか?」


「すみません。私が勝手にそう思っているだけかも」

「いいえ。そのとおりです」

 え?!

 どういうこと?どういうこと?!


 予想外の返事だった。うわ。胸が痛い。ギュってえぐられたみたいに。


「名古屋では塩谷以外にも部下がいました。でも、一番僕になついていたし、信頼してついてきてくれていたし、頑張って成果もあげてくれていました。だから、多分部下の中では一番可愛がっていたと思います」

 グサ…。胸に何かが突き刺さった。


「でも、部下としてですよ?」

「……」

「東京に来て、伊織さんも僕のために一生懸命仕事をしてくれているのを感じて、やっぱり嬉しかったんです」

「私が?」


「はい。僕に好意を持ってくれていると感じて、嬉しかったですよ。特に溝口さんと比べたら…。溝口さんは僕を嫌っているのが見てわかりましたし、そりゃ、好意を持ってくれている部下の方が可愛いに決まっているじゃないですか」

「はあ」


「だから、僕も最初は、塩谷のように伊織さんも部下として可愛いんだと思っていたんです」

 塩谷さんのように?そうなのかな。塩谷さんに対しての方がもっと距離感が近いような気もするけどな。


「風邪引いて寝込んだと聞いて、すごく心配になったり、ミスをした時にも必死でフォローしたり。そういうことをしている自分は、伊織さんが可愛い部下だからとそうしているんだと、そう思い込んでいたんです」

 そうだった。告白した時にそういうこと言われたんだった。あれは、傷ついたなあ。


「ですが、伊織さんと塩谷とではまったく違うことがあったんです」

「違う…こと?」

「はい。塩谷が他の男と付き合ったり、デートしたりしても、ああ、良かったなと思うだけですが、伊織さんだったら、ものすごく僕はその男に嫉妬します」


「え?」

「東佐野のことも嫉妬したし、お見合いパーティで知り合ったという、あのギラついてた男のことも嫉妬しました。伊織さんの肩を抱いたりしていて、本当にムカついたんです。そういうの、多分塩谷に対しては嫉妬なんかしないと思いますよ。逆に、彼氏ができてよかったなと祝福します」



「…東佐野さんにも、嫉妬していたんですか?」

「していましたよ。勝手に見舞いに行ったり、一緒に二人で飲んだりしたり、手なんか出していないだろうなって気が気じゃなかったし」

 うそ。そうなんだ。


 あれ?塩谷さんのことで傷ついていたのに、なんでこんな話にすり替わったんだっけ。ああ、そうか。私、結局塩谷さんに嫉妬していたんだ。それを佑さんも気づいていたんだな。


「塩谷も男性として好きっていうよりも、自分を認めてくれた上司だから僕に好意を持っているんだと思います」

 そうなのかな。

「女性として扱っていたら、あいつはこれほど僕になついていなかったと思うし、男性と同じように評価をしていたから、僕のことを信頼していると思いますよ」


「…そうか。そうですね。塩谷さんって女性扱いされるのを嫌がりそうですね」

「ずっとあいつは、男よりも仕事を頑張って認めてもらうんだと息巻いていましたからね」

「それで、佑さんは塩谷さんのことを認めているんですね」

「そうですね」


「…いいな」

「伊織さんも仕事を頑張ったのなら、ちゃんと認めますよ?退職するのをやめて、総合職になりますか?」

「無理です。そんなの」

 それに、そういうことを認めてほしいわけじゃないし。あれ?じゃあ、何を認めてほしいのかな。


 もっと近くなりたいのかな。敬語をやめてほしいのかな。大事にしてほしいのかな。可愛がって欲しいのかな。なんだろう。


「あいつは、そろそろ独り立ちをしていかないとならない時期ですね」

「独り立ち?」

「いつまでも僕にくっついていないで、いずれあいつにも部下ができるんだから、一人でもやっていけるようにならないと」


「塩谷さん、佑さんから離れたくないんじゃ…」

「そんなこと言ってて、一人前になれないでしょう」

「でもっ。私も離れたくないし」

「は?」


「一人前になれないけど、でも」

「何を言ってるんですか?」

 佑さんがいきなりギュッと抱きしめてきた。

「伊織さんは僕の奥さんになるんです。ずっと離したりしませんよ?独り立ちをしなくてもいいし、僕の隣にずうっといて下さい」


 耳元でそう佑さんは囁くと、頬にチュっとキスをした。

「え?あ、は、はい」

 うわ~~~。私、なんか変なことを口走ってた!


「離れたいって言っても離しませんから」

「は、離れたいなんて言いません」

「本当に?」

「はい」


 佑さんが私のほっぺを両手で押さえ、

「じゃあ、もう塩谷にヤキモチ妬かないですね?」

と聞いてきた。

「はい」


「じゃあ、塩谷の話はこれで打ち切りでいいですね?」

「はい」

 にこりと佑さんは微笑んで、優しくキスをしてくれた。


 ドキン。

「このまま、押し倒したいくらいなんですが」

「え?」

「明日の仕事に差し支えると困るので、なんとか我慢します」

「…は、はい」


 また二人でベッドに潜り込み、私は佑さんの胸に顔をうずめ、幸せに浸りながら眠った。


  


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