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第7話 家庭菜園 ~佑編~

 映画が終わり、アレンジメントを教わることになった。花瓶は食器で代用する。

 桜川さんは買ってきた花を新聞紙に並べ、

「自分の好きなようにアレンジしてみてください」

と、やんわりとすごいことを言った。


 自分の好きなように?そんなんでいいのか?もっとこう、手法とかないのか?それから、高低差を出すとか、生け花っていうのは、いろいろとあるだろう。だいたい、好きなようにと言われると、かえって考え込んでしまう。


「難しそうですね」

「インスピレーションで大丈夫です」

 にこりと微笑みながら、また簡単にすごいことを彼女は言ってのけた。


 インスピレーション?ってことは、やっぱり才能がないと無理ってことか。


 隣に桜川さんが座り、簡単なやり方だけを教えてくれる。あとは、自分の好きに花を挿してくださいと、ほぼ丸投げだ。これは難しい。どこに花を挿すのかとか、こうすると見栄えが良くなるとか、いろいろとアドバイスが細かくあるものだと思っていた。


 僕は、花や葉っぱを見ながら、どこに挿すかを考え込みながら、挿していった。これは、ストレス解消どころか、悩み過ぎて逆に脳みそが疲れるんじゃないのか?

 と思ったのも、最初の15分程度。だんだんと花を挿すのも楽しくなり、最後にはどんなものができあがるのか、わくわくしながら僕はアレンジをしていった。


 ふっと視線を感じ、なんとなく隣の桜川さんを見てみる。桜川さんはすでに、ほとんどの花を挿し終え、僕がアレンジするのを見守っている感じだった。


 不思議だ。隣にいて違和感がない。僕がアレンジメントに夢中になっていたから、桜川さんのことが気にならなかったのか、それとも、桜川さんの雰囲気が柔らかいからなのか。


 出来上がって見ると、桜川さんのアレンジとは比べ物にならないくらい、僕のはお粗末な出来だった。

「やっぱり、難しいですね。桜川さんのアレンジみたいに、格好のいいものができませんでした」

「そんなことないです。主任のも素敵です。人それぞれの個性が出るから、楽しいんですよね」

「個性?」


「はい。これが正しいなんていうのがないので、好きに作ってもらって構わないんです」

「そうか。うん、そう聞くと自由でいいですね」

「主任、今日、楽しかったですか?」

 いきなりの質問に、少し戸惑った。楽しかったかなんて聞かれるとは思ってもみなかった。


 だが、その質問の答えはすぐに出た。

「楽しかったですよ。ものすごく集中できたし、こういう時間って大切ですよね」

「え?」

「何かに没頭する時間です。その時間は、仕事のこととか、他のいろんなこと考えないで済むし。ストレス解消になりますね」


 そう答えると、桜川さんの表情が沈んだ。あれ?なんかまずいことでも言ったかな。

「ストレス…。やっぱり、主任ともなるといろいろと大変なんですね」

 ああ、僕のことを心配したのか。

「そうですね。部下は時間に遅れてきたり、ミスも多かったり。大変ですよ」

「それって、もしや、私…のことですか?」


 あ、顔、もっと暗くなった。わかりやすい人だよなあ、本当に。

「桜川さんは、きちんと仕事してくれていますよ。最初はミスも目立っていましたが、そのあと頑張ってくれているのがわかります」

「本当に?!」


 ああ、今度は思い切り喜んでいる。満面の笑顔じゃないか。わかりやす過ぎだろ。

「……桜川さんは、なんだか、小学生みたいですね」

「え?ど、どういうことですか?」

「褒められて無邪気に喜ぶなんて、まるで子供みたいだなあって」


 そう言うと、今度はいきなりシュンとしてしまった。あ、まずかったかな、今のたとえは。

「あ、すみません。たとえが悪かったかな。なんだか、純粋で素直なんだなって思ったんです」

と、慌てて言い直し、自分の言葉になんだか照れた。


「アレンジメント、本当に楽しかったです。…で、急がせて悪いんですが、バルコニーのプランター、あっちも教えてもらってもいいですか?」

照れ隠しに、椅子から立ち上がりバルコニーの方に歩いて行った。桜川さんは、

「え?あ、家庭菜園の方ですね。はい、任せてください」

と、一気に元気になった。


 軍手とエプロンを桜川さんに貸した。それを身に着けた桜川さんはおもむろに、バルコニーにある土の袋を持ち上げようとしゃがみこんだ。

 うわ。それ、かなり重いぞ!


「僕がしますよ」

 桜川さんの隣にしゃがみこみ、袋を持とうとすると、

「大丈夫です。いつも家でもやっているし」

と断られた。


「でも、僕の方が力もあるし…。ここは、男に任せてもらっていいですよ」

「……。だけど、主任もずっとご飯作ったり、洗い物したりって、一人でしていましたけど」

「は?」

 それとこれと、どう繋がるんだ?


 しばらく彼女の顔を見ていると、彼女は眉を潜めた。なんか、怒っているとか?う~~ん、よくわからない。たまに彼女が言っている意味が理解できないことがある。


「やっぱり、ここは任せてください」

 僕は強引にそう言い、土の袋を持ち上げ、プランターに入れた。そのあとは、桜川さんも僕に指示を出すだけで、自分で手を出そうとはしなくなった。


 そして、プランターに土を入れ終え、指示を待ったが、いっこうに桜川さんからの指示がない。どこか一点を見つめ、彼女は暗い顔をしている。

 まさか、まだ、怒っているとか?それとも、何か傷つけるようなことを言ったか?


「土を入れました。次は種まきですか?」

「え?はい」

 桜川さんは我に返ったように顔をあげた。何か考え事でもしていたんだろうか。


 それから桜川さんは、バルコニーから部屋に行き、そして野菜の種の袋を持ってまたやってきた。袋は二つ。ミニチンゲンサイと、小松菜だった。

「あまり難しくないので、これを育ててみましょう」

 そう言った桜川さんの顔は、また優しい微笑になっていた。


「はい」

 思わず、嬉しくなり元気に返事をした。すると、桜川さんまでが嬉しそうな顔をした。


 外は夕方になっていたが、まだ蒸し暑かった。土を入れた時点でもかなり汗をかいたが、種をまき始めてからも、額に汗が流れた。だが、そんなこともかまわず、僕は夢中になっていた。


 ふと、桜川さんの視線を感じた。

「……はい?」

「え?」

「あ、なんか、言いましたか?」

「いえ、何も!」


 あれ?相当驚かせたかな。

「すみません。夢中になっていたので、話しかけられても無視したかもしれないです」

「いえ。本当に何も言っていません。主任、夢中になってるなあって思っただけで…」

「すみません」

「いえ!いいんです」


 一人で夢中になりすぎたか。でもなあ、さっきのアレンジメントと同じで、隣に桜川さんがいてもまったく違和感がないから、集中しやすいんだよなあ。


 ふともう1度桜川さんを見た。すると、顔を赤くさせ、手で顔を扇いでいた。

「種まきも終わったし、部屋に入って涼みましょうか。あ、冷たいお茶入れますね」

「はい」

 桜川さんも、暑かったんだな。


 軍手を外し、僕たちは順番に手を洗った。僕は顔も汗をかき、土もついていたので、顔も洗ってから洗面所から出た。

 

 そして、キッチンの中に入って行くと、

「あ!お茶は私が入れます」

と、慌てたように桜川さんが後ろからついてきた。


「いいですよ。僕が入れてきます」

「でも、それは女の私に任せてください!」

「は?」

 女のって?


 しばらく僕は、意味がわからず桜川さんの顔を凝視した。すると、桜川さんは困ったという表情をして、下を向いてしまった。

「くす。いいんですよ。桜川さんは座っていてください。そうだ。甘いもの好きですか?」

「はい!好きです」


 あ、いきなりの笑顔。

「じゃあ、お茶と一緒に持っていきます」

 僕は水ようかんとお茶を持って、ダイニングに行った。水ようかんを見た彼女は、しばらく目を点にしている。


「あ、嫌いでしたか?」

「いいえ!大好きです」

 そう言うと彼女は、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「そうですか。それはよかった」


 本当に桜川さんは、なんでこうも表情がくるくると変わるのか。面白いよなあ。

 

 そう思いながら僕もダイニングテーブルにつき、一緒に水ようかんを食べた。桜川さんは「美味しい」と喜んでいた。

 うん。これだ。美味しいと言って、本当に美味しそうに食べる顔がいい。


 つい、嬉しくなり、くすっと笑うと、彼女の顔から笑顔が消えた。あれ?笑ったりしてまずかったかな。

「すみません。いろいろと気を使ってもらって」

「え?」

「水ようかんまで用意してもらって」

「ああ。それは、僕が好きだから買っておいただけです」


 なんだ。気を使わせたと思って、表情を暗くしたのか。

「え?主任、甘いものお好きなんですか?」

「はい。甘党なんです。酒、飲めないし」

「そうなんですか?お酒似合うのに」

「は?」


 酒が似合う?僕がか?

「ワインとか、ウイスキーとか飲んでいそうです。あ、ビールとか、焼酎ってイメージはないかも」

 ふ~~む。それって、どういう風に見られているんだろう。ソファに座り、ワイングラスのワインを回しながら飲んでいるような、キザな男…とか?


 それはないか。こうなったら、直接聞いてみるか。

「じゃあ、僕はいったいどんなふうに、桜川さんに映っているんですか?」

「え?どど、どんなふうって、それは」

 おっと。いきなり桜川さんが慌てて言葉を濁している。どうしてだ?そんなに僕の印象が悪いとかか?


「あ、あんまりいい印象じゃないんですね。それもそうか。出会った時から印象悪いですもんね」

「いえ。そんなことないです。主任、お洒落だし、服のセンスいいなって思ったし」

「え?いつですか?」 

 僕の服のセンス?今日もたいした恰好していないけどな。


「映画館で見かけた時」

「……あ、そうなんですか」

 あの時か。でも、僕の印象は悪かったんじゃないのか?


「あ、あの。会社では、クールだなって思います。だから、映画の話とかすると熱く語ったり、夢中になる主任とのギャップがあって、面白いなって」

「面白いですか?」

 なんだか、微妙だな。


「いいえ。興味深いって言うか」

 興味深い…。まあ、悪い意味で言ってるんじゃないよな。

「僕も桜川さんは、興味深いですよ」

 僕もそう言ってみた。すると、桜川さんは驚いた表情をして、僕のことをじっと見てきた。


 変なことを言ったのか?興味深いっていうのは、変だったか?でも、先に桜川さんが言ったんだよなあ。

「映画の趣味も合うし、僕の興味を持っているものが、桜川さんの得意なものだから、いろいろと伝授してもらいたいって思うし」

「そうですね。主任とは本当に気が合いますもんね」

「……」


 そう桜川さんも思っているのか?

 気が合う。よく考えてみると、気が合うっていうのは、どういうことだ?桜川さんといると、違和感がないとか、安心するとか、そういうのも気が合うって言うことなのか…?


 だとしたら、本当に桜川さんと僕は気が合うのかもな。

「そうですね」

 そう言った後、ふと不思議な感じがした。最初は絶対に気が合うわけがないと思った。関わりたくもないと思った存在だったのにな。


「不思議ですね」

 僕はぼそっとそう呟いていた。それに対して桜川さんは、何も答えず、少しだけ首を傾げた。


「私、そろそろ」

 そう言いながら、桜川さんは、水ようかんを食べ終わってしばらくすると、席を立った。

「駅まで送ります」

 僕の口からは、違和感なくすんなりとそう言葉が出ていた。


「いえ!大丈夫です。いろいろと本当にご馳走様でした」

 また、頑なに断られた。だが、

「買い物もあるので、駅まで行きますよ」

と僕は手に鍵を持ち、リビングのドアを開けた。


 桜川さんは、ことごとくと言って言いほど、男性の助けを必要としない。というか、こっちからの申し出をあっという間に断ってくれる。男性との付き合った経験があまりないからなのか、男性に甘えるのが嫌いなのか。いや、嫌っているわけではなさそうだ。どちらかと言えば、女性として扱かわれることに慣れていないのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、駅までの道を歩いていると、隣で何やら悶々と暗くなりながら歩いている桜川さんに気が付いた。そういえば、言葉数も減り、顔色も悪いような…。


「大丈夫ですか?」

「え?!」

「なんだか、ずっと俯いて気分悪そうにしていたから。今日、無理させてしまいましたか?」

「いいえ。全然!すみません。考え事していたんです」

「……そうですか」


 今日のことでも考えていたのか?何か、僕が桜川さんの気を悪くするようなことでもしてしまった…とか?

「楽しかったです。それに、お料理も本当に美味しかったです」

 唐突に彼女はそう言った。

「いいえ。こちらこそ」

 なんだか、僕が不安に思っているのが伝わったように思えた。


「あの、いろいろと、その…。気を使っていただきありがとうございます。私、何も本当にできなくて、すみませんでした。その、今、駅までの間、反省したって言うか」

「は?」

 反省?反省って?


「女子力なくって、すみません。全部、主任にしてもらっちゃって」

「え?」

「女としてダメだなあって、改めて思いました。主任は、すごいなあって改めて思ったし」

「僕のどこが?」


「スマートなんですもん」

「は?」

「することがすべて。だから、すごいなあって」

 スマート?また、わけのわからないことを言いだしたぞ。


「……。すみません。言ってる意味がよく…。僕のどこがスマートなんですか?」

「料理も手際いいし」

「ああ、それは、まあ。毎日作っていますから」

「でも、私に対しての配慮も…」

「配慮?」


「いろいろと、気遣ってくれて」

「そうですか?」

 そんなつもりはなかったな。どちらかと言えば、気を使わないで済んだと言うか、楽だったと言うか。


「もしかして、よくお客さんが来るんですか?」

 客?客は来ないけどな。来ると言えば…、東佐野くらいか。

「う~~ん、客って言うより、友人が。まったく気を使わないで済むような男友達ですけど」

「男友達?」


「はい。我が家のように寛ぐ、図々しい男が…。桜川さんも、うちではそんなに気を使わないでもいいですよ。自分の家のように寛いでくれても」

 気を使っていたのはきっと、僕よりも桜川さんのほうだよな。


「そういうわけには…」

「いいんですけど。別に…」

 そう言うと、やっと桜川さんの表情が和らいだ。


「桜川さん、今日は僕の方こそありがとうございました。アレンジだの、家庭菜園だの、いろいろと教えてもらって」

「いえ!そんなことだったら、いつでも呼んでください。それくらいしか、私、できないから」

「はは。それくらいって、どれだけ謙遜しているんですか。十分すごいことですよ?」


「い、いえいえ。主任に比べたら、まったく何もできませんから。女子力ほんと、ゼロですし」

「……」

 また、女子力か。僕には理解できないな。彼女は本当にすごいと思うんだが。その才能に女子力とか関係ないと思うんだけどな。


「あの、ご馳走様でした。送ってもらってありがとうございました。それでは失礼します」

 桜川さんはそう言うと、そそくさと改札口を抜けた。

「気を付けて」

 慌ててそう言うと、彼女はこっちを振り向いた。なんだかその顔は、不安げな子供みたいに見えた。


 ?

 なんだって、そんな表情をしたのか。帰り道も彼女の顔が脳裏から消えず、ずっと気になってしまった。


 今日、桜川さんは楽しかったのかな。もしや、本当に楽しんでいたのは僕だけだったとか?でも、何度か嬉しそうな顔、見せてくれたよな。


 そんなことを気にしつつ、ぼんやりと僕は、彼女が作って我が家に置いて行ったアレンジメントを眺めていた。


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