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第67話 週末 ~佑編~

 今日は、デートだ。仕事をさっさと終え、とっとと伊織さんとオフィスを出た。映画館に行き、見たい映画を選ぶ。やっぱり、伊織さんとは見たい映画が一致した。


 映画が終わり、エンドロールの場面、他の人は席を立ったが、僕と伊織さんはまだ座っていた。

「グス」

 隣で伊織さんが鼻をすすった。見ると、ハンカチで目も抑えている。可愛い。泣いたんだな。

 そして電気がついてから、僕らは映画館を出た。


 寿司屋に入り、伊織さんはビールを飲んだ。顔がほんのりと赤くなり、目が少し色っぽくなる。そんな伊織さんを僕はしばらく黙って見ていた。

「美味しいですね、お寿司」

「そうですね」


 本当に美味しそうに食べるよな。

「くす」

「?」

 僕がなんで笑ったのか不思議そうに伊織さんは僕を見た。


「伊織さん、可愛いですよね」

 そう言うと、ぼわっと伊織さんの顔は赤くなった。

「食べている時の伊織さんを見ているのが好きなんです」

「え?」


「すごくおいしそうに食べるから」

「えっと。食いしん坊なんですね、私」

「そういうことじゃないですよ」

 あ、困ったっていう顔をしているな。


「そういう顔も可愛いですよね」

「え?ど、どんな顔ですか?」

「困った時に見せる顔です」

 そう言うと、もっと困り果ててしまった。くす。


 伊織さんは寿司屋を出る頃には、すっかり酔ったのか僕に寄り添いながら歩いた。ずっと、楽しそうに話をしている。なんてことのない、他愛の無い会話。でも、伊織さんの言う言葉がすべて可愛らしく、僕もとても楽しくなる。


 マンションに帰り、伊織さんにはリビングのソファで休んでもらった。その間に風呂を沸かし、リビングに戻ると、伊織さんは今にも眠りそうになっていた。

 その隣に座ると、伊織さんはとろんとした目で僕を見た。


「寝てもいいんですけど…、寝ている隙に僕が着替えをさせちゃってもいいですか?」

「ダメです。自分で着替えます」

 あ、慌てた。目が丸くなっている。


「あれ?私、泊まってもいいんですか」

 何を今さら聞いてくるんだ?

「週末、泊まっていって下さいと言いましたよね?」

「はい」


 伊織さんから風呂に入ってもらい、僕はシーツを新しいのに変えてみたりした。

「でも、眠そうだったし…、いきなり襲うのもなあ」

 なんて思いながらも、しっかりと枕の下に忍ばせている。


 リビングに戻り、ソファに腰かけた。やっぱり、伊織さんがいると、なぜか家全体があったかくなる。ほわんとした空気に包まれて幸せになる。


 しばらくソファでぼけっとしていた。暇なのでテレビをつけ、特に興味もない番組を眺めていた。

「伊織さん、随分と風呂が長いな。まさか寝ていないよな…」

 ぼそっと呟いて、テレビを消した。あ、ドアが開いた音がした。今、出てきたんだな。


 それから、ドライヤーを持って伊織さんがリビングにやってきた。

「じゃあ、風呂、入ってきます」

 伊織さんと交代で風呂に入りに行った。


 僕が風呂に入っている間、寝ちゃうんじゃないかな…。そんなことが気になり、つい、ゆっくり風呂にも入らず、僕はさっさと風呂から上がった。


 リビングに行くと、ドライヤーを膝の上に置いたまま、今にも伊織さんは寝そうになっている。隣に座り、軽くドライヤーで髪を乾かし、

「寝ましょうか」

と、半分閉じかかった目をした伊織さんに声をかけた。


「あ、は、はい」

 伊織さんは、少し驚いたように目を開いてそう答えた。今、夢の中にいきかけていたよな。


 寝室に伊織さんの手を引いて行き、電気もつけず、そのままベッドに潜り込んだ。伊織さんも寝転がり、

「じゃあ、おやすみなさい」

と、眠そうな伊織さんの頬にキスをした。


 伊織さんは、ポカンとしながら僕を見ている。寝ぼけているのかもな。僕は、そのまま仰向けになり目を閉じた。


 すぐ隣に伊織さんがいる。伊織さんのぬくもりが伝わってくる。それだけでも、満たされる。

 不思議だよな。


 ん?なんか、もそもそと伊織さんが寄ってきた。そして僕の腕に、ぴったりとくっついたぞ。

 すりすり…。僕の腕に、伊織さんが顔をこすりつけている。まさか、痒いってわけもないだろうし…。


「伊織さん?」

 不思議に思い、声をかけた。

「あ、ごめんなさい。なんか、寂しくて、つい」


「寂しい?こんなに近くにいるのにですか?」

「いえ。寂しいじゃなくって、えっと。甘えたくなったって言うか」

「そうなんですか…。へえ」

 今まで、そんなに甘えてくることもなかったのに。


 それにしても、甘えてくる伊織さん、なんて可愛いんだ。

「珍しいですね。…あ、そうか。酔っているからか。酔うと甘えてきますよね?」

「…酔いは、冷めているかも」

「あれ?そうなんですか?」


 僕は伊織さんを抱きしめた。伊織さんは僕の胸に顔をうずめてきた。そして、顔を上げ僕を上目づかいで見る。

 まずいな。


「いいんですか?」

「…はい?」

「そんなに可愛いことを言ったり接近すると、危ないですよ」

「危ないって?」


「だから、僕が理性を失います」 

 まだ、僕にくっついている。それも、僕の腕にしがみついてきた。これって、OKっていうことか?


「眠くなんですか?」

「はい」

「寝そうになっていましたよ?さっき」

「でも、目が覚めてしまって」


「そうか…」

 伊織さんの顔をのぞきこんで見た。伊織さん、目がどことなく熱を帯びている。

「ああ、まったく」

「え?」

「そんなに可愛い顔で見つめられたら、さすがに無理です」

 我慢の限界だろ。


「もう、我慢できませんから」

 そう言って僕は伊織さんにキスをした。

 

 伊織さんは、抱きしめるとぎこちなく僕のことを抱きしめてくる。その、どこかぎこちない感じも可愛い。


 多分、いや、相当僕は、伊織さんに夢中になっている。自覚している。仕事をさっさと終わらせて、デートのために定時に上がる。そんなことは以前の僕なら考えられないことだ。


 

 僕の腕の中で、伊織さんはすやすやと眠った。僕はしばらくそんな伊織さんを抱きしめ、幸せの余韻に浸っていた。


 入社して2年目、大阪支社に移って間もない頃、同期の子が食事に誘ってきたことがあった。同期入社は、入社して1週間、本社で研修がある。だから、その子とも面識があった。

 仕事帰り、食事に行く回数が増えて行った。周りの奴が、あいつらは付き合っているのかと噂していたのも知っていた。


 僕は特に意識していなかった。だが、彼女の方は違った。食事の回数が増えただけで、付き合っていると思っていたようだ。

 3か月が過ぎた頃、仕事が忙しくなり始めた。ほとんど毎日残業をしていたし、彼女の誘いも何回か断った。


 そしてひと月経った頃、どうしても話がしたいと言われ、食事に行く約束をした。

 だけど、僕はその日も仕事に追われ、7時の約束に間に合わなかった。


 いや、本当は間に合うように仕事を切り上げることも出来た。だけど、仕事を優先にしたかっただけだ。

 7時を過ぎてメールを入れた。仕事が終わりそうもないというメールに対し、彼女の答えは「別れましょう」だった。

 

 かなりびっくりしたのを覚えている。別れるも何も始まってもいないだろう…。そう思っていたのは僕だけだった。

 その後、僕は彼女もほっぽらかして仕事をする仕事人間というレッテルを貼られた。


 まあ、自分でもそういう人間なんだろ…と思っていたし、その後は、1~2回食事に行っても、それ以上は断って、相手が勘違いしないように気を付けるようにした。


 そんな僕が、まさか、一人の女性にこれだけのめり込み、仕事よりデートを優先させるとはな…。


「んん」

 僕の腕の中で、伊織さんが寝言を言った。なんだろう、どんな夢を見ているのか。

 寝顔は相変わらず、子供のように可愛い。


 伊織さんの髪を撫で、ギュッと抱きしめてみた。一瞬、伊織さんの寝息が止まり、そしてまた、すーすーと可愛らしい寝息を立て始めた。


 ああ、本当に、僕はまいっている。伊織さんの可愛らしさに。


 朝起きても隣で寝ている伊織さんの顔を眺めた。ふっと、伊織さんが目を開けた。僕をぼんやり眺め、幸せそうに微笑んだ。

「おはようございます」

 僕は伊織さんにキスをして、

「朝ご飯、作ってきますね」

とベッドから出てキッチンに行った。


 可愛かったな。キスをした時の伊織さんのくすぐったそうな表情。あれ、たまにするんだよな。と、伊織さんのことを思い出しながら、朝ご飯を作った。


 伊織さんは、洗面所で顔を洗ったり歯を磨いている。

「朝食できましたよ」

と、声をかけると、慌てたようにすっ飛んできた。面白いよな。すっ飛んでこなくてもいいのにな。


「まだ、すっぴんですよね?」

「はい」

「じゃあ、今日はすっぴんでいいですよ。可愛いですから」

 そう言うと伊織さんは赤くなった。


 化粧をしている時より、すっぴんのほうが幼くなる。そっちのほうがより、身近に彼女を感じられる。


 掃除や洗濯も済ませ、ソファに座りようやく僕らは落ち着いた。さあ、これから思い切りいちゃつける時間だ。と、いちゃいちゃモードにスイッチが入ったところで、いきなりチャイムが鳴った。


「…宅配か?」

 なんてタイミングで来るんだよ。と、心の中でぶつくさ言いながらインターホンを出ると、とんでもない声が聞こえてきた。


「佑!いた!!」

「え?!なんで来てんの?!」

「いいから開けて!」

 嘘だろ。なんで、マンションまで来てるんだよ。

 

「…伊織さん」

「はい?」

「すみません。いきなり厄介なのがやってきてしまって」

「…は、はい」


「姉です。玄関で追い払えたら追い払いますから」

 そう言うと、伊織さんも目を丸くして、ソファの上で姿勢を正した。


 なんだって、連絡もしないでいきなり来るんだ。またあれか。手伝えって言いに来たのか?

 玄関のチャイムが鳴り、ドアを開け、

「どうしたんだよ、連絡もせずいきなり」

と、中に入ってくるのを阻止しながらそう聞いた。


「電話をしても出なかったのはそっちでしょ」

「……は~~~。まさか、今日手伝いに来いって言うんじゃないよな?」

「違うわよ。新人も入ったし、あんたに来てもらわないでももう大丈夫」

「じゃあ、なんで来たんだよ」


「入れてよ。喉乾いちゃって、お茶でも頂戴…」

 強引に僕の体を押しのけて玄関に入ってきた。いつもながら、なんて力だよ。

「って、何?彼女でもいるの?女性の靴よね?これ!」

 ああ、ばれた。こりゃ、もう帰れって言っても絶対に無理だな。

 

 勝手に靴を脱ぎ、上がろうとしている姉をなんとか引き留めようと、

「姉さん、勝手に入るな」

と怒鳴ってみたが、まったく効き目はない。

「会わせなさいよ」

とズカズカと廊下をすでに歩いている。


 リビングのドアを開け、姉が先に中に入った。

「あ、あ、あの」

 伊織さんの慌てたような声が聞こえた。僕も急いでリビングに入ると、伊織さんはソファから立ち、直立不動になっていた。


「一緒にまさか、住んでるの?!」

 姉がでかい声でそう言うと、伊織さんはさらに固まった。

「あ、佑の姉の魚住薫です」

「あ、私は、桜川伊織です。初めまして」

 

 伊織さんは頭を下げた。そして、下げたまま動かなくなった。

「おっどろき!本当に佑、彼女出来たんだ!」

「あ~~、うるさいよ。いったい、何の用?」

 そう言いながら僕は、伊織さんの隣に行った。伊織さんは安心したように頭を上げ、僕の後ろにそっと隠れた。


「一切電話にも出なくなったから、心配してきたんでしょう?」

「…大人なんだから、そんな心配しないでも」

「するわよ。まあ、私より母さんが心配して、すごく気にしているから私が見に来たの。それで?いつから一緒に住んでるの?」


「一緒に住んでいないよ。今日はたまたま…」

「ああ、昨日泊まったのね?」

 姉はそう言うと、僕の後ろに隠れている伊織さんの方に近づき、

「で、いったいどこで会ったわけ?」

と、僕と伊織さんを交互に見た。


「言わないといけない?」

「当たり前でしょ。ちゃんと紹介してよ」

「は~~あ」

 くそ。面倒なことになった。きっとあれこれ、根掘り葉掘り聞いてくるんだ。


 大学の時にも、一回彼女がいる時に姉と鉢合わせになり、彼女にあれこれ問いただしていたもんな。あいつは、姉に負けず劣らずの図太い神経をしていたから、ほっておいたけど、伊織さんはそうはいかない。


 この図々しくて、お節介で、小うるさい姉に、伊織さんの神経がやられなければいいが。


「なんか、元カノとは雰囲気違うじゃない?」

 小声で言ったつもりだろうけど、伊織さんに丸聞こえだ。ほんと、無神経な姉だよな。


 伊織さんは、まだ固まっている。それも、青い顔をして。やばい。ここはさっさと説明して、さっさと姉には帰ってもらうしかないな。


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