第67話 週末 ~伊織編~
デートだ。金曜日の夜、私は定時に仕事を終わらせた。
「野田さん、○△電工の見積書、月曜日までにお願いします。あと、塩谷、□□物産のデータ、入力すんだか?」
「はい。できたから、主任にファイル送ります」
「家で観る。家のPCに頼む。じゃ、僕はこれで」
佑さんはカバンを持ち、私の席に向かってやってきた。
「帰れますか?」
「はい」
「では、お先に失礼します」
私が席を立つと、佑さんは課のみんなにそう言って颯爽と歩き出した。
「お、お先に失礼します」
私も慌ててみんなに挨拶をして、佑さんのあとを追いかけた。
「お疲れさま」
「デート楽しんでね」
そんな声が課から聞こえてきた。
楽しんでって…。もう、恥ずかしいなあ。
佑さんと映画館に行った。二人して観たい映画は一致して、見終わっても、しばらく席に座っていた。
「グス」
鼻をすすると、
「あ、やっぱり泣いた」
と隣で佑さんがくすっと笑った。
「良かったですよね。音楽も映画に合ってた」
「はい」
映画館から出てお寿司屋さんに入り、しばらく映画の話をした。私は佑さんに勧められ、ビールを一杯飲んでいた。
お腹が空いていたからか、すぐに酔いが回った。食べ終わるとフワフワした足取りで、佑さんのマンションへ帰った。マンションのエントランスからエレベーターに乗ると、もっと力が抜けたようになり、佑さんの腕につかまった。
「酔いましたか?」
「はい。ビール1杯だけだったのに」
「くす」
あれれ、また笑われた。
8階に着くと、佑さんは私の背中に腕を回して廊下を歩き出した。そして、玄関のドアを開け、私を抱きかかえるようにリビングに行くと、優しく私をソファに座らせた。
「大丈夫ですか?」
水をコップにくみ、佑さんはテーブルの上に置いた。
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、お風呂の用意をしてくるので、ここで休んでてください」
「はい」
水を飲み、コップをテーブルに置き、ソファに深く腰掛けた。
「まだ、フワフワしてる」
眠りそうになった。でも、佑さんがバスルームから戻ってくると、
「寝てもいいんですけど…、寝ている隙に僕が着替えをさせちゃってもいいですか?」
と、顔を近づけ聞いてきて、目がぱちりと覚めた。
「ダメです。自分で着替えます」
そう言った後、
「あれ?私、泊まってもいいんですか」
と、聞いてみた。
「週末、泊まっていって下さいと言いましたよね?」
「はい」
実はお泊りセットはちゃんと持ってきている。
「コート、ハンガーにかけますよ」
コートを着たままだったので、もそもそと脱ぐと、佑さんがハンガーにかけてくれた。
「ちょっと寒いですよね」
そう言って佑さんは、エアコンをつけた。
「朝晩冷えてきましたよね。もう12月ですもんね」
やっと佑さんは、隣に座ってくれた。佑さんはスーツの上着は脱いでいて、Yシャツの上からカーディガンを羽織っていた。
ビト。私は隣にいる佑さんに寄り添った。ああ、あったかい。
「寒かったですか?」
「ちょっと」
そう言うと佑さんは、私の肩に手を回して引き寄せた。
ドキ。
思い切り接近しちゃった。でも、離れたくないからそのままでいた。
ドキドキするのに、くっついていたい。
今日の私大胆?あ、お酒飲んだからかな。もっと距離を開けて座っていたのに、今、べったりだよね。
「実は、週末が来るのが待ち遠しかったんです」
佑さんは優しい声でそう言った。
「そ、そうだったんですか?」
「はい」
佑さんはそう言うと、ギュッと私を抱きしめた。
ドキン。
抱きしめたまま、佑さんは話し出した。内容はたいしたことのない内容だ。
私は佑さんの胸に顔をうずめたり、時々佑さんの顔を見たりしながら相槌を打った。
「あはは」
佑さんが笑った。ああ、笑った顔が可愛い。思わず、チュッと頬にキスをしてしまうと、
「あ」
と、佑さんが私を見た。
「ごめんなさい」
「いいえ」
くすっと笑って佑さんから、私の唇にキスをしてきた。ドキドキ。
その時、お風呂が出来た合図の音がして、
「先に入ってきていいですよ」
と、佑さんは私から離れてしまった。
「はい」
もう少しイチャイチャしていたかったな。と、残念に思いながら、佑さんからパジャマを受け取り、お泊りセット一式を持ってバスルームに行った。
でも、待てよ。もしかして、今夜ももしかするかもしれない。じゃあ、念入りに洗わなくっちゃ。
しっかりと体も髪も洗い、お風呂から出た。リビングでドライヤーで髪を乾かしている間、佑さんがお風呂に入りに行った。
そして、佑さんもお風呂から出てきて、髪をさっと乾かすと、
「寝ましょうか」
と、ソファに座って少し寝かかっていた私に声をかけてきた。
「あ、は、はい」
いけない。目が半分閉じかかっていた。
そして、佑さんに腕を引かれ、寝室に行った。佑さんは寝室の電気もつけないまま、
「お風呂長かったですね。湯船で寝ちゃったかと思いましたよ」
とそう言ってベッドに先に入った。そして掛布団を上げ、
「どうぞ」
と言ってきた。
ドキ。なんか、目、一気に覚めた。
「はい」
お風呂で酔いも冷めた。ドキドキしながらベッドの上に乗り、佑さんの隣に寝転がった。
「じゃあ、おやすみなさい」
え?
そう言って佑さんは布団をかけ、私の頬にキスをして仰向けになった。
あれ、寝るの?
そうか。寝るのか。うわ。恥ずかしい。期待しまくっていたかも。
「伊織さん?」
佑さんの方を向き、ピトっとくっついて、佑さんの腕に顔をこすりつけていると、佑さんが不思議そうに聞いてきた。
「あ、ごめんなさい。なんか、寂しくて、つい」
「寂しい?こんなに近くにいるのにですか?」
「いえ。寂しいじゃなくって、えっと。甘えたくなったって言うか」
「そうなんですか…。へえ」
へえ?ってなに?
「珍しいですね。…あ、そうか。酔っているからか。酔うと甘えてきますよね?」
佑さんはもそもそと横を向き、私の髪を撫でた。それからその手をずらし、背中を抱きしめてきた。
「…酔いは、冷めているかも」
「あれ?そうなんですか?」
うん。わかってる。こんなこと今迄だったらしない。ベッドの隅っこで、なるべく佑さんにくっつかにようにしていたし。
私自身も、驚いている。なんで、こんなにくっついて、甘えているのか。
胸はドキドキなのに。でも、甘えたい。
「いいんですか?」
「…はい?」
「そんなに可愛いことを言ったり接近すると、危ないですよ」
「危ないって?」
「だから、僕が理性を失います」
…そうなの?でも、いいのに。
って、私、また思い切り期待をしてる!
こんなこと言えないよね。いいんですなんて言えない。
でも、でもでも。ああ、どうしたらいいんだ。
「眠くなんですか?」
「はい」
「寝そうになっていましたよ?さっき」
「でも、目が覚めてしまって」
「そうか…」
一言そう言うと、佑さんは私の顔を間近でじっと見てきた。ドキドキ。見つめ合っちゃってる。恥ずかしいけど、視線を外せない。
「ああ、まったく」
「え?」
「そんなに可愛い顔で見つめられたら、さすがに無理です」
無理?
「もう、我慢できませんから」
ドキン。
佑さんはそう言うと、キスをしてきた。
ドキドキ。ドキドキ。心臓が早く鳴ってる。
でも、嬉しい。
今日も佑さんの温もりも声も優しかった。佑さんの優しさにうっとりした。
そして、佑さんの腕の中で朝まで眠った。
目が覚めると、隣に佑さんがいた。
「おはようございます」
優しい目でそう言うと、佑さんはチュッと私にキスをして、
「朝ご飯、作ってきますね」
と言ってベッドから出て行った。
ほわん。まだ、夢心地だ。
佑さんのベッド、寝心地いい。ううん、佑さんの腕の中が寝心地いいのかもしれない。
着替えをして顔を洗っていると、
「朝食できましたよ」
という声がして、私はダイニングに行った。
「まだ、すっぴんですよね?」
椅子に座ると、そう佑さんが聞いてきた。
「はい」
「じゃあ、今日はすっぴんでいいですよ。可愛いですから」
ええ?
「か、可愛くないですよ。すっぴんなんて恥ずかしいだけで」
「いいんです、今日は1日家でまったりするって決めていますから」
そうなんだ。
佑さんも椅子に腰かけ、一緒に朝ご飯を食べた。それから、洗濯や掃除を二人でしてから、ソファに座ってまったりとした。
うわわ。また、佑さん、抱きしめてきた。
ドキドキ。
ピンポーン。
二人でべったりとくっついていると、いきなりチャイムの音が鳴った。
「…宅配か?」
そう言って佑さんは、インターホンに出た。
「はい。…え?!なんで来てんの?!」
佑さんは思い切り驚いている。まさか、また塩谷さん?
「いいから開けて!」
そう女の人の声が聞こえた。塩谷さんの声じゃないみたいだ。
じゃあ、まさかまた元カノ?!
「…伊織さん」
「はい?」
「すみません。いきなり厄介なのがやってきてしまって」
「…は、はい」
厄介?
「姉です。玄関で追い払えたら追い払いますから」
姉?え?お姉さん!!?
うわ。うそ!
玄関のチャイムが鳴り、佑さんは玄関のドアを開けに行った。私はリビングにいていいと言うので、ドキドキしながらソファに座ったままでいた。
いきなり、どうしてお姉さんが来たんだろう。
「どうしたんだよ、連絡もせずいきなり」
「電話をしても出なかったのはそっちでしょ」
「……は~~~。まさか、今日手伝いに来いって言うんじゃないよな?」
「違うわよ。新人も入ったし、あんたに来てもらわないでももう大丈夫」
「じゃあ、なんで来たんだよ」
「入れてよ。喉乾いちゃって、お茶でも頂戴…。って、何?彼女でもいるの?女性の靴よね?これ!」
思い切りびっくりしているお姉さんの声が聞こえてきた。
あわあわ。入ってくるの?どうしよう。私、すっぴんだし、どうしよう。
ソファから立って、うろうろとしていると、
「姉さん、勝手に入るな」
という佑さんの声と、
「会わせなさいよ」
というお姉さんの声が近づいてきた。
そして、バタンとお姉さんがリビングのドアを開けた。
「あ、あ、あの」
自己紹介をしようとして、慌てまくった。でも、
「一緒にまさか、住んでるの?!」
と、お姉さんの方が大声を出し、そして、私がびっくりして固まっていると、
「あ、佑の姉の魚住薫です」
と元気にそう言ってきた。
「あ、私は、桜川伊織です。初めまして」
頭の中グルグルしながらそう答えた。でも、そこまでが限界。あとは何も出てこなかった。ただ、頭をぺこっと下げ、困惑した。
一緒に住んでるの?と聞かれたよね。しまった。まだですと言えばよかった。
「おっどろき!本当に佑、彼女出来たんだ!」
「あ~~、うるさいよ。いったい、何の用?」
「一切電話にも出なくなったから、心配してきたんでしょう?」
「…大人なんだから、そんな心配しないでも」
「するわよ。まあ、私より母さんが心配して、すごく気にしているから私が見に来たの。それで?いつから一緒に住んでるの?」
「一緒に住んでいないよ。今日はたまたま…」
「ああ、昨日泊まったのね?」
お姉さんは目を輝かせ、私を見た。
「で、いったいどこで会ったわけ?」
「言わないといけない?」
「当たり前でしょ。ちゃんと紹介してよ」
「は~~あ」
佑さんは思い切りため息をついた。
ドキ。今のため息は何?やっぱり、私って紹介しづらいのかな。




