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第64話 昨日と違う ~伊織編~

 目ざまし時計が鳴った。ぼんやりと目が覚めると、目の前に素肌が。

「え?」

 ドキッ!なんで佑さんが裸?


 一瞬、心臓が飛び出そうになってから、思い出した。そうだった。私、昨日…。

 バチン!

 佑さんの手が伸びて、目ざまし時計を止めた。


「朝か」

 ぼそっと佑さんの声が聞こえた。私はまだ恥ずかしさから、佑さんの胸に顔をうずめたまま、動けずにいた。

 ああ、目の前に佑さんの素肌。それだけでも、心臓がやばいことに。


 キュウ…。

 あ、あれ?

 ドキン!!!


 佑さんが抱きしめてきた!!!


「あ、あの、お、おはようございます」

 腕の中でおたおたと慌てていると、

「起こしちゃいましたか?すみません」

と、佑さんが抱きしめる腕を緩めてそう言った。そして、私の髪にキスをした。


 わあ。

 恥ずかしくて、顔をあげられない。


「もう、僕は帰りますが、伊織さんはゆっくり寝てください。寝坊しないよう目覚ましセットしますが、7時でいいですか?」

「はい」

 佑さんは、上半身をお越し、目ざまし時計を取るとセットをして、また元の位置に戻した。


「じゃあ、また会社で。あ、同じ電車に乗れますよね」

「はい」

「じゃあ、車両を変えましょう。いつものより一つ後ろの車両で」

「え?」


「今宮さんに邪魔されたくないですから」

 ドキ。

「は、はい」

「寝坊はしないでくださいね」


 そう言うと佑さんは、顔半分布団に潜り込んでいた私のおでこにチュっとキスをして、くすっと笑うと布団から出た。

 うわ。佑さん素っ裸。慌てて頭まで布団に潜り込んだ。


 佑さんは静かに和室を出て行った。私はしばらくそのまま、布団の中で丸まっていた。佑さんが着替えをしたり、洗面所で顔を洗っている音が聞こえてきた。そして、バタンと玄関のドアが閉まる音も…。

 ああ、行っちゃった。

 寂しいな。


 一緒に起きて、朝ご飯食べて、一緒に家を出て、一緒に会社に行きたかった。

 ああ、それって、一緒に住めば叶うことだよね。


「今すぐにでも、一緒に住みたい~~~~~~~~~~」

 布団の中でそう叫び、しばらくジタバタした。そんなことをしていたから、結局眠ることもできず、7時前には布団から出て、会社に行く準備を始めた。


 顔を洗いに洗面所に行き鏡を見る。

「私、どっか、変わった?」

 なんとなくだけど、肌が昨日よりしっとりしているような気もする。

「気のせいかな」


 着替えをしている時にも、昨夜のことを思い出し、赤面した。佑さんが触れた首、肩、胸…。

 

 佑さん、優しかった。優しかった。優しかった。

 

 限りなく優しかった。


 ほわ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。


 あ、いけない。ぼ~~っとしちゃった。早く支度しなきゃ。

 朝ご飯は、トーストとオレンジジュースで済ませ、化粧、髪、洋服、どれも気合を入れた。


 外は、曇空。朝晩冷えるようになったので、トレンチコートも羽織った。これからもっと寒くなる。寒がりの私にはつらい季節。

 でも、佑さんと一緒に寝ると、あんなにあったかいんだ。真冬だって、ずっとあったかいんだよね。


 ひゅ~~っと冷たい風が吹いた。葉が落ちている街路樹が、さらに寒さを増して見せた。突然、佑さんが恋しくなり、駅までの道も早歩きになった。

 ホームで電車を待っている間も、電車が早くに来ないかそわそわした。


「あ、そうだった。車両、一つ後ろ…」

 思い出して、慌てて車両をずらした。一つ後ろの車両は、若干、空いていた。


 ドキドキドキ。さっきまで佑さんといたというのに、会うのが恥ずかしいような、でも、早くに会いたいような…。


 隣の駅に着いた。ドアが開くと、佑さんが一番に乗ってきた。

 はう。佑さん、かっこいい。


 他にもスーツ姿の男性が数人乗って来た。若い人もその中にはいるけれど、誰よりも佑さんはかっこよくって、輝いちゃってる。

「おはようございます」

 とろんと佑さんに見惚れながらそう言うと、佑さんはどこかはにかんだような笑みを見せた。


「ちゃんと起きれたんですね」

「寝てません。なんか、あのあと目が冴えちゃって眠れなくて」

「すみません。僕が起こしちゃったからですね」

「いえ。そういうわけじゃ」


 すぐ横に佑さんが立った。それだけで、心臓が躍る。嬉しくて、顔がにやける。

「あ、あの。実は、佑さんが帰ってから、一気に寂しくなったと言うか」

「え?」

「恋しくなったって言うか」


 そう言いながら、私は知らぬ間に佑さんの腕にペタッとくっついていた。そして、手が触れると、すっと佑さんが手を繋いできた。

 ドキ。


 あれ?私、いつの間にこんなに佑さんに接近しちゃったのかな。いつも、たとえ混んでいたとしても、肩がぶつからないよう、気を付けて乗っていたんだけど。それに、揺れて腕が当たるようなことがあると、そのたびドキッとして、慌てていたこともあった。


 なのに、今日はなんだって自分から、こんなにべったりと近づいたんだろう。それも、無意識のうちに。


 でも、佑さんもさりげなく手を繋いでくれた。

 キュキュン。繋いだ手があったかい。やばい。また、昨夜のことを思い出しちゃう。佑さんの手、指…。

 優しかったな~~~~~~~~~~~~~~~。


 なんだろう。こう、ガラス細工を扱うような、壊れないようにそっと触れるような、すごく大事に思ってくれているのが伝わってきた。

 それに、優しい眼だった。声も優しかった。


 ダメだ~~~~~~~~~。思い出しただけで頬が熱い。


「伊織さん」

「は、はい?」

「今日と明日は、一緒に帰れないですが」

 あ、そうだった。うわ。寂しい。


「金曜から、泊まりに来ませんか?」

「え?」

 ドキ。佑さんのマンションに?金曜から?週末ずっと?


「はい」

 ドキドキしながら、はいと答えた。佑さんは何も言わず、ただ繋いでいた手に力がこもった。

 なんだか、照れる。頬を熱くさせたまま、私は佑さんの横顔を見ていた。


 佑さんは、窓の外を見ている。でも、時々すっと視線を私の方を向けた。その目は、とっても優しかった。

 ドキ。ドキドキ。


 繋いだ手も熱い。なんだか、昨日とは全然違う。恥ずかしいのに、ドキドキするのに、繋いだ手を離したくないし、佑さんのすぐ隣からも離れたくない。もっと、べったりとくっついていたいくらいだ。


 電車を降りると、佑さんは手を離した。でも、一緒の速度で歩いてくれた。会話は、たわいもないことだった。だけど、会社までの道も、すっごく幸せだった。


 雑踏も、車の騒音も、どっかに消えちゃうくらい、佑さんと二人の世界…。

 それにしても、今日の佑さんもなんて素敵なんだ。今日のスーツも超似合っているし、髪型も決まっている。靴もカバンも時計も、全部が似合っていてかっこいい。


 声も、笑顔も、横顔も、素敵だ。

 はあ。幸せだ。


 エレベーターホールに行くと、人事部の女性がいた。確か、佑さんと同期だったよね。

「おはよう、魚住さん、今日も早いわね」

「おはよう」

 佑さん、言葉少なっ。それに、愛想もない。さっきまで、あんなに優しい笑顔でいたのに、今、ものすごくクール。


「悔しいなあ。絶対に魚住さんに先を越されることはないと思っていたのに」

 エレベーターに乗り込むと、その人は佑さんの隣に並びそんなことを言った。

「結婚のこと?」

 佑さんはクールに聞き返した。


「そうよ。同期で独身女性は、残りあと3人だけになっちゃった」

「女性は?男性はけっこういるだろ」

「いるけど。やっぱり、悔しいなあ」

 その人はそう言うと、ちらっと私を見た。いや、睨んだかもしれない。もしかして、佑さん狙いだったのかな。


 多分そうだ。人事部でも佑さん、人気あるって言っていたし。


「一緒に出社もしちゃうのね」

 エレベーターを降りる時、ぽつりとそう言ってその人は先に廊下を歩いて行ってしまった。


 佑さんも、背筋を伸ばし、廊下を闊歩し始めた。さっきまでの佑さんとは違っている。話すのもやめて、顔つきも引き締まっている。


 でも、IDカードをかざすとドアを開き、私がIDカードをかざすのを待ってくれた。おたおたと慌ててカードをかざして、

「ありがとうございます」

と先に中にはいる時、佑さんの顔を見ると、にっこりと微笑んでいた。


 わわわ。一気に優しい佑さんの顔になってた。


「伊織さん、じゃなくて、桜川さん。席にも早めについて下さいね」

「あ、はい」

 今の声も、すんごく優しい。またにこりと佑さんは微笑むと、颯爽と2課の方に行ってしまった。


 私は佑さんの優しい笑顔の余韻に浸りながら、ロッカールームに行った。コートを脱ぎ、カバンをしまいながらも、顔がにやけそうになり、抑えるのに必死になった。


 そこに、今宮さんが来た。

「あれ?同じ電車ですか?」

 私を見つけて今宮さんが聞いてきた。

「え?…どうかな」


 曖昧にそう答え、さっさと私はトイレに行ってしまった。

「やばい」

 鏡を見ると、顔が赤い。ダメだ。今日1日、どんな顔をしていたらいいんだろう。多分、佑さんの顔を見るたびに顔が赤くなる。ううん、声を聞いただけでも反応しそうだ。


「って、今さらかな」

 ぼそっとそんな独り言を言っていると、真広がやってきた。


「おはよっ」

 真広、元気だ。

「おはよう」

「あれ?なんか、元気ないね」

「私?ううん。そんなことないけど」


 ただ、意識がぼ~~っとしているだけで。

「真広は元気だね」

「昨日、美味しいもの食べたし」

「デート?」

「うん。馬刺し食べちゃった。美味しかったよ。今度主任と行って来たら?」


 真広の言葉に、横にいた女性社員がこっちを向いた。総務部の子だ。確か今年で2年目。

「私、先に席に行くね。遅くなるとまた怒られるから」

「主任に?彼女にも怒るなんて、心狭いよね」

 そう真広が言うと、総務部の子が私を鏡越しに睨んできた。


「じゃ、じゃあ行ってるね」

 慌てて私はトイレから出た。あの総務部の子、もしや佑さん狙いの子?

 なんか、みんなが佑さんを狙っているんじゃないかって思えてきた。私の思い込みかな。


 2課に行くと、北畠さんも塩谷さんもいた。

「おはようございます」

 目立たないようにそう言って私は席に着いた。佑さんはすでに仕事をしていて、PCを睨んでいた。まったく、こっちを見る様子もない。


 あ、課長と話し始めた。時々佑さんの声が聞こえた。それだけでも、ドキっと心臓が鳴る。

「塩谷、ちょっと」

 あ、塩谷さんを呼んだ。その声はクールだ。


 それから、課長、野田さん、塩谷さんと4人で何やら話しだし、佑さんは突然、こっちを向いた。

「あれ、桜川さん、今日は早かったですね」

 どわ。いきなり、そんなことを言ってこないで。不意打ち。


「ははは、はい」

 慌ててそう答えると、

「来てそうそう悪いんですが、コピーお願いできますか?」

と、佑さんは涼しい顔でそう言ってきた。

「はいっ!」


 席を立って、佑さんから原紙を受け取った。それからすぐにコピー室に飛んでいった。

 ああ、ドキドキした。ものすごく意識してしまった。もう、私ったらおかしいよ。佑さんの指を見ただけで、ドキッとしたりして。目が合うだけでも、声をかけられただけでも、心臓飛び出しそうになるし。


 意識し過ぎ。こんなじゃ、課のみんなが変に思うよ。今さらだけど、でも、昨日よりも変だって、気づかれちゃうよ。


 冷静に。平常心で。佑さんを見習って、私も顔を引き締めて…。深呼吸までしてから、私は二課に戻った。

「どうぞ」

 佑さんのデスクの上に、コピーしたものを置いた。佑さんは小声で「ありがとう」と言ってから、また課長たちと話を始めた。


「じゃあ、すぐに出張に行ってきますので、これで」

「頼んだよ、魚住君」

 そんな声が聞こえて、佑さんは野田さんと席を立った。


 そうだった。意識しないようにも何も、今日は佑さん、出張だ。

 がっかりだ。

 ああ、がっかりだ。


 颯爽と出かけていく佑さんの背中を見送りながら、ああ、背中もかっこいいなあ、なんて思ったりもした。

 

 帰ってくるの、遅いんだよね。ううん、直帰かもしれない。

 マンションで待っているっていうのはダメかな。ダメだよね。そんなこと言われていないし。


 寂しいなあ~~~~~~。


 その日は、一気に元気をなくし、1日寂しく仕事をした。昼休憩中も、ため息ばかりが出て、

「はあ。寂しいなあ」

とぼやくと、真広に、

「たった1日の出張じゃない。何を寂しがっているの」

と言われてしまった。


「だよね。でも、主任の顔が見れない、声が聞けないってだけでも、十分寂しいんだもん」

「はあ?だから、一緒に住めって言ってるの。出張でも、家には帰ってくるから会えるでしょうに」

「だよね。そうなんだよね」

 そう言ってからまたため息をつくと、真広に呆れられた。


「どこまで惚れてるの」

「だよね」

「そんなに、しょっちゅう会っていたい?私、2~3日岸和田が出張でも、寂しくないよ?」

「そうなの?なんで?」


「いや、こっちのほうが、何で寂しいのか聞きたいわ」

「そ、そんなもん?」

 確かに、今日の私はいつも以上の寂しがり屋だ。


 朝まで一緒にいて、佑さんの温もり感じていたのに、もう恋しくて会いたくてしかたないなんて、自分でも異常だって思う。


 でも、会いたいものは会いたい。

「はあ」

 結局午後も、ため息交じりに仕事をしていた。そして、

「桜川さん、主任がいないからって、そんなに寂しがらないで。明日には会えるっしょ?」

と、課の男性に言われてしまった。


「……そうなんですけどね」

 ぼそっと言うと、みんなに笑われた。なぜか、北畠さんにも笑われ、

「しょうもないわね。仕事はちゃんとしてよ。ミスなんかしないでよね」

と、塩谷さんには突っ込まれた。


「はい」

 小さく返事をした。ふんっと塩谷さんには鼻で笑われた。

 


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