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第53話 身勝手 ~佑編~

 その週は、忙しかった。野田さんもだが、とにかく塩谷が仕事を張り切りだして、

「主任、○△電気の営業の人とアポが取れました。一緒に行ってもらえますか?」

と、どんどん新規を開拓していっている。


「張り切ってるな、塩谷」

「もちろんですよ。だって、主任のパートナーですよね?」

「仕事のな」

「前主任が失敗して損した分、盛り返さないと」


「さすがだな」

 そう言うと塩谷は嬉しそうに笑い、

「やっぱり、主任は仕事の出来る人が好きですよね」

と聞いてきた。


「ああ、そりゃあな。しっかりと仕事を頑張って、そして成果を出す。そんな部下が一番頼もしいしな」

「ですよね?」

 にこっと塩谷は微笑んだあと、

「適当に仕事している人や、ミスばっかりしている人は、会社のお荷物ですよね」

と、誰のことを言っているのかわからないが、そんなことを言い出した。


「主任が言っているように、ほんと、営業部の事務、みんな適当ですよね。仕事中も私語ばっかりで、何しに会社来ているの?って感じだし」

「ああ、そうだな。注意してもなおらないのはなんでだろうな」

「うちの課の溝口さんと桜川さんだってそうですよね」


「……溝口さんは、前から手を焼いている」

「桜川さんもでしょう?主任。ミスもよくしているじゃないですか」

「そうか?」

「そうですよ。主任がフォローすることも多いんじゃないですか?そんな時間もったいないというか、無駄ですよね」


「……。だが、部下の仕事のフォローも上司としては」

「有能な部下だったら、フォローなんかしなくて済むじゃないですか」

「…まあな」

「もっと厳しくしたらどうですか?」


「溝口さんは何を言っても聞かないぞ」

「桜川さんですよ。溝口さんはミスしていません」

「……」

 こいつ、なんだってそう伊織さんのことばかりを言うんだ?やっぱり、見ていたんじゃないのか?僕と伊織さんが一緒にいるのを。


「お前は余計なこと言うなよ」

「え?」

「桜川さんに余計なことは言わないでいいからな。課長からも桜川さんに関しては、いろいろと言われているんだ」


「何をですか?」

「……。前に体を壊したこともあるから、そんなに強く注意できないんだよ」

「なんですか、それ。まさに課のお荷物ですよ。そんな弱い人間いらないでしょ?」

「だからお前には、あんまり言いたくなかったんだ」


「何をですか?」

「いいか?余計なことをするなよな。桜川さんに直接何か言うようなことはするなよ。わかったな?」

 念を押すように強く言った。塩谷は特に返事もせず、ムスッと黙り込んだ。


 しばらく塩谷は見張っておいた方がいいかな。伊織さんにも塩谷に何か言われたりしていないか、聞いてみるか。


 水曜日、会議が終わって会議室にいると、お茶碗を片付けに伊織さんがやってきた。

「失礼します」

 会議室にはまだ課長も残っていて、そこで話しかけるわけにはいかなかった。だが、なんとなく、伊織さんが元気がないような気がした。


 会議は主任以上の役職だけの会議で、塩谷はいなかった。まさか、僕が会議で席を離れている間に、伊織さんに何か言ったりしなかっただろうな。


 会議室から2課に戻ると、塩谷は野田さんと話をしていた。

「お疲れ様でした」

 北畠さんににこやかにそう言われ、「はい」と頷いて席に着いた。


 しばらくすると、後片付けが終わった伊織さんが席に戻った。そして僕の方をちらっと見て、すぐにパソコンの方を向き、仕事を再開した。

「……」

 何か言いたげな目をしていたな…。


 5時半、仕事が終わりデスクの上を片付けている溝口さんに、

「すみませんが、ちょっといいですか」

と声をかけた。


「はい?」

 明らかに溝口さんは嫌そうな顔をしている。

「なんですか?私、なんかヘマしましたっけ」

「いいえ。ちょっと確認したいことがあるので、応接室までいいですか」

「はあ」


 伊織さんがちらりとこっちを見た。

「伊織、ちょっと待っててね。一緒に帰れるから」

と溝口さんは言うと、僕の後をついてきた。


 応接室のドアを閉め、ソファに座った。溝口さんはソファに座ろうともせず、

「なんですか?」

とぶっきらぼうに聞いてきた。


「伊織さんと帰るんですか?」

「え?あ、はい。一緒にご飯食べに行く約束しているので。あと、買い物も」

「そうですか」

「なんか問題でも?」


「今日、伊織さんが元気がないように見えたんですが」

「え~~。そうかな?」

 おや、僕の勘違いか。

「あ、もしかして」


 何やら思い当たる節があるのか、ポンと溝口さんは小さく手をたたいた。

「…塩谷ですか?」

「は?」

「塩谷が何か伊織さんに言いましたか?」


「…いいえ。それはないと思いますけど」

「…そうか。だったらいいですが」

 ほっと胸を撫で下ろした。


「え?塩谷さんがどうかしたんですか?」

「あいつ、どうも伊織さんを目の敵みたいに悪く言うので、伊織さんに攻撃的に何か言ったりしていないか気になっていたんです」

「この前みたいにですか?」


「あの時は、溝口さんがフォローしてくれたので助かりました」

「へ~~~。びっくり!え?確認したいことってそのこと?!」

 目をまん丸くして溝口さんは僕を見た。


「はい。そうですが?」

「え~~~~!!そうなんだ!」

 なんでそんなに驚くんだ。

「塩谷さん、ほんと、きっついですもんね。私もたまに腹がたっちゃうけど、伊織はきついこと言われると真に受けちゃって、凹んじゃうからなあ。あ、ちゃんと私、塩谷さんから伊織のことガードするんで安心してください」


「ガード?」

「はい。一緒にいる時には、塩谷さんのこと近づけさせないんで」

「そうですか。ありがとうございます」

「え?主任にお礼言われるとは思わなかった。ほえ~~~~」

 また、目を丸くしたぞ。


「主任って、本当に伊織のこと大事にしているんですねえ」

「…過保護ですか?」

「まあ、ちょっと。あ、でも、伊織にはちょうどいいかな。あの子、自分が傷ついていることもわかっていないっていうか、変に頑張っちゃって、気づいた時には体壊しているから」


「そうですよね。あまり人に頼ろうともしないので、心配なんです。一人で悩んでため込んでいるんじゃないかって」

「へ~~~~~~」

 さっきから、なんなんだ。へ~~とか、ほえ~~とか。


「あ、そうそう。主任、伊織が元気ないのは、最近、主任が忙しくてかまってもらえないからですよ。今日も外回りと会議で、デスクにもいない。顔も見れないし、話もできないって、昼嘆いていたから」

「え?」

「帰りも最近、一緒に帰れないし、塩谷さんはいつも一緒にいるのに…って、寂しがっていました」


「あ…」

 コホン。わざと無表情を装い、

「そうですか」

とクールに言ってみた。が、

「主任でも、照れるんですね」

と言われてしまった。


 なんでだ?今、思い切りそっけなくしたのに、なんでわかったんだ?

「耳、赤いですよ、主任」

 耳?!


「あ~~~~、わかりました。話は以上です。あ、今話していた内容は、伊織さんには言わないでおいて下さい。こういう話をしたっていうだけでも、彼女、気にしてしまうかもしれないので」

「は~~い。わかってま~~す」

 なんだ、その返事は。


「でも、良かった。私、本気で心配していたんです。主任って、伊織のこと本気なのかなとか、大事に思っているのかなとか、主任みたいな冷血人間と結婚して伊織大丈夫かなとか」

「冷血?」

「あ、いえ!冷血人間じゃないこととか、伊織のこと実はめちゃくちゃ大事に思っていることとかわかったんで、安心しました。それじゃ、失礼します」


 早口にそう言うと、溝口さんは応接室を出て行った。

「…めちゃくちゃ大事って…」

 まあ、そうなんだが。


「耳か。さすがに耳の赤いのは隠せないよなあ」

 伊織さんが寂しがっているなんて言うから、つい反応してしまった。でも、どうせなら、僕自身に言ってほしい。会えなくて寂しいとか言われたら、かなり嬉しいんだけどな。


 コホンとまた咳払いをしてから、席に戻った。伊織さんはすでにいなかった。

 溝口さん、余計なことを伊織さんに言わないだろうな。


 とりあえず、塩谷が伊織さんに何か言っていないのがわかった。


 翌日木曜、明日残業できないこともあって、課のみんなが残業をしていた。その中には伊織さんもいた。そして、また塚本さんにちょっかいを出されていた。


「桜川さん、もうインプット終わったんですか?」

「あと1件です」

「じゃあ、さっさと入力してください」

「は、はい」

 伊織さんが入力し始めると、塚本さんは何も言わなくなった。


 そして、伊織さんが仕事を終えるのと同時に僕は席を立った。塚本さんにちょっかいを出される前に、さっさと伊織さんを連れ出そう。

「送りますよ」

「あ、は、はい。すみません。もしかして、終わるの待ってくれたんですか」


「はい。明日の夜から社員旅行だし、明日は残業できませんからね。大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。ちゃんと入力しないとならない分は終わらせました」

「そうですか」

 伊織さんは急いでデスクの上を片付け、ロッカールームに走って行った。


「ほんと、部下の面倒見いいねえ、魚住主任」

 塚本さんが厭味ったらしくそう言った。

「でも、もうちょっと優しい言葉もかけたほうがいいと思いますよ」

「…は?」


 突然野田さんにそう言われ、びっくりすると、

「うんうん。魚住主任の言い方はいつもクール過ぎる。特に桜川さんのような人には、もうちょっとマイルドに接したほうがいいと思いますよ」

と、野田さんより年上の男性社員にまでそう言われた。


「……僕の言い方はきついですか?」

「きついですよ。桜川さんは何も言わないでしょうけれど、もしかしたら傷ついているかもしれないですよ」

 野田さん、はっきり言ってくれるなあ。


「こんな冷たい上司に送ってもらうなんて、桜川さん気の毒だなあ」

 また、塚本さんが嫌味を言った。

 塚本さんの言うことは、なんだか、ムカつくな。


 伊織さん、傷ついたんだろうか…と、そんなことを考えながらエレベーターホールに行った。伊織さんもすぐにやってきた。


 伊織さんは僕を見て、はにかんで微笑んだ。その顔がかわいくて、僕も笑顔になった。すると、パッと伊織さんが赤くなった。そして嬉しそうにまたはにかんだ。


 ほら、別に伊織さんは傷ついている様子はないぞ。


 とそこに、4課の女性社員が二人やってきて、一緒のエレベーターに乗った。二人は伊織さんと話をして、僕のことは避けるように帰って行った。


「あの」

「はい?」

 駅のホームで電車を待っていると、伊織さんが話しかけてきた。


「……いえ」

「なんですか?桜川さん」

 なんだろう。何か言いかけてやめたよな。


「その。自分勝手な考えなんで、いいです」

「……は?何がですか?」

「その、ですから」


「はい?」

 僕に言いたくても言えないようなことがあるのか?その時ホームに電車が入ってきた。

 電車に乗って、吊革に掴まり二人で並んだ。伊織さんは俯き加減で黙っている。

 

 でも、僕がじっと見つめていたからか、ようやく伊織さんは口を開いた。

「佑さ…、いえ、主任って、他の課の女性に嫌われ…、いえ、えっと」

「佑でいいですよ。もう、会社の人間もいないでしょうし」

「あ、はい」


「それから、嫌われているのもわかっていますよ」

「すみません。その…、嫌われちゃっているの、なんとなく嫌なんです。だって、本当は優しいし、素敵だし、そういうところ、みんなが知ったらきっと佑さんは、逆にモテちゃうんじゃないかって思うし」

「まさか」

「でも経理では人気あるし」


「本当の性格知らないからですよ」

「本当の佑さん知ったら、もっとモテちゃいますよ。絶対にっ」

「………」

 いや、モテないだろう。なんだって、伊織さんはモテると確信を持っていうのかが不思議だ。


「それでですね」

「はい」

「モテちゃってライバルが増えても困るから、やっぱり、今のままの方がいいのかなあって、そんな自分勝手なことを思っちゃったんで、佑さんには内緒にしていたんです」

「……え?」


「でも、今、ばらしちゃった。ごめんなさい。身勝手て」

 なんだ?それは。

「いいえ」

 身勝手でもなんでもない。そんなことを考えているだなんて、めちゃくちゃ可愛いと思う。だけど、僕は別に優しいわけでもないしなあ。


「多分」

 話し出すと伊織さんは、僕をじっと見つめてきた。

「僕は、伊織さんの前でだけ、態度が変わるんだと思いますよ」

「え?」


「他の女性に優しくしようなんて、これっぽっちも思っていませんから」

「は?」

「だから、一生他の女性にモテることはないと思います」

「でも、モテてます。今でも」


「見てくれだけでしょ?そのうち、嫌になりますよ。あの、今宮さんって人も。あの人、僕のこと何もわかっていないと思いますし」

「………」

「すみません。期待にそえそうもなくて」

「え?」

 モテると思い込んでいる様子だけど、絶対にモテていないと思うんだけどな。


「多分、他の女性には、優しくて素敵と思われませんよ」

「……」

「そう思うのは、伊織さんくらいです」

「…そ、そうですか?」


「はい。伊織さんにだけ、そう思われていたら僕は満足ですから」

「そそそそ、そうですか」

 あ、真っ赤だ。

「くす」

 可愛いよなあ。


「伊織さんのその可愛いところも、できたら僕だけが知っていればいいのにって、そう思っています」

「可愛い?」

「はい。真っ赤になるところとか?他の男には見られたくないと思っているので、僕も身勝手ですよ?」

 そう言うと、ますます伊織さんは顔を赤くした。


 会社でそっけない態度を取っている分、僕は二人でいる時は、伊織さんに思い切り優しくしたい。いや、優しく接しようと思わなくても、伊織さんが可愛くてしかたがない。だから、二人きりでいる時には、冷たくするとか、そっけなくするなんていうことができなくなる。


 伊織さんも、わかってくれているんだよな?会社での態度は、わざとああしているんだって。

 隣で真っ赤になっている伊織さんを見て、僕はそんなことを思っていた。


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