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第53話 身勝手 ~伊織編~

 佑さんに言ったからには掃除しないと。と思いつつ、適当に掃除機をかけただけで、また私は佑さんのことを思い出してぼけらっとしてしまった。

 いけない、いけない。ちゃんと綺麗にしないと。佑さんを見習わないと。


 トイレやお風呂、洗面所やキッチンの掃除までして、時間が無くなり、夕飯はレトルトのカレーになった。

「なんで佑さんって、家事も完璧にしてお料理も作れるのかな。そのうえ、家で仕事もしているんだよね」

 謎だ。


 お風呂に入り、出た後にはパックもした。明日は早く起きようと、いつもより30分前に目覚ましをかけ、さっさと寝た。

 昨日は寝れなかったからか、あっという間に私は眠っていた。


 翌日、早くに家を出て1本早い電車に乗った。佑さんもこの電車だよね。と、ドキドキしていると、思ったとおり、佑さんが乗ってきた。

 やった!心の中で飛び上がった。


「おはようございます」

「あ!おはようございます」

 わあい、すぐ隣に来てくれた。


「部屋の掃除できましたか?」

「はい。なんとか…」

「すみませんでした。週末、僕が独占してしまって」

「いいえ。私こそ、なんにもできなくてすみません。佑さんの部屋も掃除とかすればよかったですよね…」


「ああ…」

 あれ?黙っちゃった。やっぱり、部屋の掃除もしちゃダメなのかな。

「そうですね。じゃあ、今度来た時にはお願いします」

 え?いいの?!


「はいっ!じゃあ、ちゃんとエプロンとか揃えて行きます」

「頼もしいですね」

「え、あの。あんまり得意じゃないんですけど、でも、頑張ります」

「ぶっ!頑張るんですか?」

 あれ?思い切り笑われちゃった。変なこと言ったかな。


「あれ?主任、桜川さんも…」

 佑さんの横でほわわんとしていると、後ろから誰かに声をかけられた。

 振り返ると今宮さんがいた。


「偶然ですね、桜川さん」

「うん、今日は1本早い電車に乗れちゃって」

「そうなんですね。そっか~~~」

 あ、がっかりしている。きっと佑さんだけじゃないから、がっかりしたんだよね。


 そうか。佑さんがこの電車のこの車両に乗るってわかって、今宮さんも乗るようにしているのか。じゃあ、私がいなかったら、佑さんと二人で出社するの?それは嫌かも。


「……今度、社員旅行があるんですってね?主任」

 私の存在は無視しようと決めたのか、思い切り佑さんだけに今宮さんは話しかけた。

「え?ああ、はい」

「いいなあ。経理って社員旅行ないんですよ」


「へえ、いいじゃないですか、わずらわしいものがなくて」

「え?主任、社員旅行嫌いなんですか?」

「…得意じゃないですね、気を使うし」

「そうなんだ。じゃあ、若手だけで旅行っていうのはどうですか?気を使わないで済むし、私、幹事しちゃいますよ」

「そういうのも苦手なので、企画されても参加しませんよ」


 わ。佑さん、すんごいクール。クール過ぎるよ。さすがに今宮さん、凹んだよ?

「今宮さんの同期ってまだたくさんいるでしょ?同期で旅行とかも楽しいかもよ?」

 必死でそうフォローをした。でも、

「同期にいい男なんて一人もいません」

と怒ったように言われてしまった。


「……」

 いい男なんてって言われても。なんのために社員旅行行くんだって話だよね。困った。


「じゃあ、僕は先に行きます」

 駅に着くと、さっさと佑さんは電車を降りて行ってしまった。ああ!今宮さんと二人とか、すごく困るんだけど、どうしよう。


「いいですね、桜川さん」

「え?」

 ドキン。なんか、思い切り恨めしそうな目で見てるけど。


「同じ課、それも上司。溝口さんは嫌っているみたいですけど、桜川さんは魚住さんのこと好きですよね」

 うわ!ばれてる。なんで?

「さっき、魚住さんと嬉しそうに話していましたもんね」

「さっき?」


「私が電車に乗った時」

 見られていたのか。

「魚住さんも自分の部下じゃ、冷たくできないだろうし。あ~~あ、なんで私、経理なんかに配属されたんだろ。営業に変えてほしい」


 今度は思い切りぶすったれた顔になっちゃった。もう、フォローのしようがない。

 

 愚痴をただ聞きながらオフィスに着いた。エレベーターで運よく鴫野ちゃんに会い、

「おはよう、今宮さん、伊織ちゃん」

と、明るく挨拶してくれて助かった。鴫野ちゃんはいつでも明るくて、一緒にいると楽しいから好き。


「このエレベーターの前に、魚住さん乗って行ったよ。歩くの早くって、私追いつけなかったんだ」

「私は電車で一緒でしたよ。毎朝、あの電車に乗ったら魚住さんに会えちゃう。やっぱり、頑張っちゃおう、私」

 え、さっきまで暗く愚痴を言っていたのに、今宮さん、もう復活?


 じゃなくって、頑張られても困るよ。どうしよう。


 8時50分。2課に行くと、佑さんがいなかった。でも、すぐに颯爽と応接室の方から佑さんが歩いてきた。

 お客さん?こんな朝から?と思っていたら、応接室から塩谷さんが出てきた。


 ああ、みんなでミーティング?でも、塩谷さんしか出てこない。まさか、二人で話をしていたとか?

 いや。深く考えないでおこうっと。野田さんとか先に出てきていたのかもしれないし。それで、先にデスクに着いたのかもしれないし。


「おはようございます」

 私の後ろを佑さんが通る時にそう挨拶をした。でも、「ああ、はい」とだけ言って佑さんは素通りした。

 それだけ?なんかさびしい。


 ガタン!

 塩谷さんはなんだか不機嫌そうに椅子に座った。そしてちらりとこっちを見たが、その目が怖かった。

 あ、そうだ。土曜日に塩谷さん、レンタルショップの前にいたよね。あれって、目の錯覚とかじゃなくて、本当にいたのかな。だとしたら、私と佑さんが一緒にいたのばれているよね。


 でも、特に塩谷さんは私に何か言ってくるわけでもなく、その日以降も何事もなく過ぎて行った。


 佑さんは、相変わらず忙しい。外出することがほとんどで、社内にいても会議だの、お客さんが来たりして、席にいることの方が少なかった。


「もうすぐ、社員旅行だね、楽しみだね」

 木曜日、6時半過ぎまで残業していると、にやつきながら塚本さんが私に話しかけてきた。

「……」

 仕事に集中しているから聞こえません、って感じで軽くスルーしていると、

「桜川さんさ~、浴衣とか似合いそうだよね」

と、変なことを言われてしまい、思わず顔をあげてしまった。


「浴衣なんか着ませんよ」

 そう答えたのは、一緒に残業をしていた真広だ。

「温泉入ったら浴衣着るでしょ?」

「着ませんから」


 塚本さんに強く真広は答え、

「もうすぐ終わるの?伊織」

と私に聞いてきた。

「うん。あと2件」


「じゃあ、一緒に帰る?あ…」

 真広は私が答える前に、どこか遠くの方を見た。

「真広~~、俺、そろそろ帰れるけど?」

 私の後頭部のもっと後ろの方から、岸和田君の声が聞こえてきた。


「私も終わったよ」

 真広はにこやかにそう答え、

「ごめん、岸和田と帰るね」

と、デスクの上を片付けだした。


「うん、お疲れ様」

 真広と岸和田君は、本当に隠れもせずどうどうと付き合っているよなあ。これだけどうどうと付き合っていると、陰でこそこそ噂をする人もいない。すでに公認のカップルになっていて、いつ結婚するのかとか、そんな噂だけは広がっている。


 それも、岸和田君が、俺ら、そのうち結婚すると言いふらしたらしく、それまであの二人は遊びで付き合っているんだとかいう噂も消えたし、岸和田君に言い寄っていた女性社員も、潮が引くようにさあっといなくなった。


 とにかく、岸和田君が真広に夢中なのは手に取るようにわかった。俺ら結婚すると言いふらしたのも、真広に変な男が言い寄らないようにしたみたいだし、こうやってどうどうと真広と一緒に帰ったり、社内でもいちゃついているのは、みんなに自慢したいからみたいだった。


 あそこまで、どうどうといちゃつかないでもいいから、ちょっとだけ私も、社内で佑さんから声をかけてほしい。いや、本当は、僕たち結婚しますと、言ってほしいような気もする。そうしたら、今宮さんだってさっさと諦めるだろうし、塚本さんだって、変なこと言ってこなくなるかもしれないし。


「桜川さんも終わるんだよね?一緒に帰る?ご飯食べに行かない?」

 うわ。塚本さんに誘われちゃったよ。

「いえ、いいです」

 一言だけ返したが、まだ塚本さんは、

「遠慮いらないから。奢るよ」

と言ってくる。


「桜川さん、もうインプット終わったんですか?」

「あと1件です」

「じゃあ、さっさと入力してください」

「は、はい」


 ナイスなタイミングで佑さんがそう言ってくれて、さすがに塚本さんが黙り込んだ。そして、入力が終わると、

「送りますよ」

と、これまたすごいタイミングで佑さんが私の席までやってきた。


「あ、は、はい。すみません。もしかして、終わるの待ってくれたんですか」

「はい。明日の夜から社員旅行だし、明日は残業できませんからね。大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。ちゃんと入力しないとならない分は終わらせました」

「そうですか」


 佑さんは、すんごいクールにそう言うと、上着を羽織った。私は、

「ロッカー行ってきます」

と言って、そそくさとロッカールームに行った。席を離れる前に、塚本さんの嫌味たっぷりな、

「ほんと、部下の面倒見いいねえ、魚住主任」

という声が聞こえてきたが、それに対して佑さんがなんて答えたかまでは、聞こえてこなかった。


 塚本さんって、男のくせにねちっこい。佑さんにたいしても、いつも嫌味っぽいことばかり言う。ああいう男って嫌いだ。


 そんなことを思いながら、エレベーターホールに向かった。すでにそこに佑さんがいた。他には誰もいなくって、佑さんは私を見ると、にこりと優しく微笑んだ。

 わあ。嬉しいかも。だって、会社だとその笑顔、そうそう見れないんだもん。貴重な笑顔だよ。


「お疲れ様です」

「あ、はい。お疲れ様です」

 佑さんの横に並んだ。

「明日ですね、社員旅行」


「いお…、いえ、桜川さん、旅行、本当に楽しみにしていますね?」

 あ、今、伊織さんって言いそうになった。

「はい。主任は楽しみじゃないんですか?」

「苦手なんですよ。酒も飲めないし、酔っぱらいの相手をするのはけっこう大変なんです」


「私は飲みませんから、大丈夫ですよ」

「え?飲んでもいいのに」

「…じゃあ、もし、飲んで酔っ払ったら、介抱してくれますか?」

「もちろんです。他の男に介抱されるのだけはやめてくだ…」


 そこまで言うと、いきなり佑さんは黙り込んだ。そして、

「エレベーター来ましたよ」

と、ちょっと大きめの声でそう言った。


「あ、私たちも乗ります」

 後ろを見ると、営業4課の女子社員が二人、小走りに走ってきた。そうか。人が来たから話を途中でやめたんだな。


「お疲れ様です」

 エレベーターに乗りながら、その二人が佑さんにそう言った。

「明日、残業できないから、残業していたんです」

 4課の今年2年目の女子社員が私に言ってきた。


「桜川さんもですか?」

「はい」

 そう言うと、私より一期先輩の女子社員が、

「明日もフラワーアレンジないんだね。残念」

と、そう呟いた。


 この先輩は私のフラワーアレンジ教室に初回から参加してくれている。

「すみません、なんか、できないことが多くて」

「ううん。こっちこそ、無理に頼んじゃったんだから、全然いいんだけどね」

 4課の女性社員は、はっきり言ってずっと佑さんのことは無視しているよなあ。


「明日泊まるホテルの温泉、すごくいいらしいよ。露天風呂が特にいいみたい。楽しみだよね」

「ご飯も美味しそうですし、あ、カラオケもあるみたいだから、みんなで行きませんか?」

「…私、カラオケは苦手だから、行かないかも」

 そう二人に言うと、ちょっと二人はしらけた感じになってしまった。あ、しまった。


 その時、1階に着いた。

「伊織ちゃん、どこに住んでいるんだっけ」

「私は○○駅です」

「じゃあ、逆方面かあ」


「私は地下鉄だからここで失礼します」

 そう言って、後輩の女子社員はさっさと行ってしまった。

「あの、魚住主任はどちらに…」

「僕は○○駅です。桜川さんと同じ方面ですよ」


「あ、そ、そうなんですね。そうか。じゃあ、伊織ちゃんと一緒に帰るのかな?」

「はい」

 先輩は、なんだかほっとした様子。きっと、佑さんと同じ方面だったらどうしようと暗くなったに違いない。二人とも、いつも佑さんの悪口言っているもんなあ。


「それじゃあ、失礼します」

 駅に着くと、反対側のホームに向かって、先輩もそそくさと行ってしまった。


「あの」

「はい?」

「……いえ」

「なんですか?桜川さん」


 ホームに並んで電車を待っている間、話しかけて途中でやめたら、佑さんに聞かれた。

「その。自分勝手な考えなんで、いいです」

「……は?何がですか?」

「その、ですから」


「はい?」

 あ、そんな優しい目で見られても困る。

 電車に乗って、吊革に掴まり二人で並んだ。まだ、佑さんは私の顔をじっと見ている。

「佑さ…、いえ、主任って、他の課の女性に嫌われ…、いえ、えっと」


「佑でいいですよ。もう、会社の人間もいないでしょうし」

「あ、はい」

「それから、嫌われているのもわかっていますよ」


「すみません。その…、嫌われちゃっているの、なんとなく嫌なんです。だって、本当は優しいし、素敵だし、そういうところ、みんなが知ったらきっと佑さんは、逆にモテちゃうんじゃないかって思うし」

「まさか」


「でも経理では人気あるし」

「本当の性格知らないからですよ」

「本当の佑さん知ったら、もっとモテちゃいますよ。絶対にっ」

「………」


 あ、佑さん、困った表情になっちゃった。

「それでですね」

「はい」


「モテちゃってライバルが増えても困るから、やっぱり、今のままの方がいいのかなあって、そんな自分勝手なことを思っちゃったんで、佑さんには内緒にしていたんです」

「……え?」


「でも、今、ばらしちゃった。ごめんなさい。身勝手で」

「いいえ」

 一言そう言うと、佑さんは黙り込んだ。もしや、呆れた?嫌われた?


「多分」

 しばらくして佑さんが口を開いた。

「僕は、伊織さんの前でだけ、態度が変わるんだと思いますよ」

「え?」


「他の女性に優しくしようなんて、これっぽっちも思っていませんから」

「は?」

「だから、一生他の女性にモテることはないと思います」


「でも、モテてます。今でも」

「見てくれだけでしょ?そのうち、嫌になりますよ。あの、今宮さんって人も。あの人、僕のこと何もわかっていないと思いますし」

「………」


 首を傾げると、佑さんはそんな私を見て、

「すみません。期待にそえそうもなくて」

と、突然わからないことを言った。


「え?」

「多分、他の女性には、優しくて素敵と思われませんよ」

「……」

「そう思うのは、伊織さんくらいです」


「…そ、そうですか?」

「はい。伊織さんにだけ、そう思われていたら僕は満足ですから」

 ひゃあ!今の会話、ちょっとドキドキ。


「そそそそ、そうですか」

 顔熱い!

「くす」

 あ、笑われた。


「伊織さんのその可愛いところも、できたら僕だけが知っていればいいのにって、そう思っています」

「可愛い?」

「はい。真っ赤になるところとか?他の男には見られたくないと思っているので、僕も身勝手ですよ?」

 ひゃあ。

 ますます、ドキドキ。


「夕飯、どこかで食べましょうか」

「は、はい」

 ああ、さっきから顔が熱いのがなかなかひかない。


 顔をぽっぽ、ぽっぽとさせながら、佑さんと電車に乗っていた。本当に佑さんって、二人きりになるとガラッと変わっちゃうなあ。



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