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二時間半のファンタジー  作者: Mie
とある朝の光景
7/8

AM8:00~

「あのまま轢かれておれば、貴族の跡取りとして転生できたものを……」

 作業服を着たおっさんが愚痴を零す。しつこいMだ。

「まさかとは思うが……先程のトラック、あなたが運転していたんじゃないでしょうね」

 あの時、全くブレーキを掛けていなかったのが気になっていた。

 俺の嫌疑の視線に、自称神は「是臼運輸」と刺繍されている胸を張った。

「当然だ。……部下にやらせたに決まってぶるるるるるるるわあああああああっ!?」

 ――刹那。俺は懐に忍ばせてあったクマさんプリントのハリセンの柄を握り、同時に間合いを詰め、振り抜き様に十四連撃を食らわせた。小気味良い連続音が辺りに鳴り響き、宙に浮いたおっさんが表情も判らない程の速度で錐揉み回転する。

 そして、白い地面にドチャリと音を立てて激突した。


「皆勤賞の前に立ち塞がりし者へ、血の制裁を」


 赤い水溜まりを見下ろしながらハリセンを懐に納め、俺は呟いた。

「す……素敵っ……♪」

 何故か宛名さんまでもが頬を赤く染めて俺を見つめていたが、すぐにハッとした顔になり首を左右に振ると、改めて俺に話し掛けてきた。

「ねえ勇真君、本当に異世界に行って……ううん、私と一緒に来てくれないかしら?

 あなたが望むなら、どんな力だって与えてあげるし、そ、それ以上のことだって……」

「断る」

「どうしても?」

「ああ。俺には皆勤賞(ゆめ)があるからな」

 彼女の熱い視線に対し、俺は力のこもった視線で返す。

 数秒にも数十秒にも思える時間が過ぎ、彼女は長く上向きにカールした睫毛を伏せ溜息をついた。

「……解ったわ。今回は諦める。だけど……」

 再び(おもて)を上げ、ニヤリと口角を吊り上げて俺を見つめてくる。その瞳には何かしらの覚悟の光が宿っていた。


「次は絶対、毒殺(しと)めてみせる」


「……好きにしろ」

「ええ、好きにするわ」


 次に瞬きをした時、俺はあの交差点に一人立っていた。



 その後、俺はなじみの口うるさい説教を受けながら白亜の校門を潜り抜けた。違和感を覚え、校庭を見ると巨大で複雑な謎の円陣が描かれていた。

 気持ちが悪いので、鞄に入れてあるバールで破壊する。違和感が解消され、スッキリした。

「勇真、どうかしたの?」

「気にするな」

 階段を上り、教室に入って狐耳について熱く語り合う級友達に挨拶をしながら席に着くと、丁度予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 何とか間に合った……。


「――今日は新しく転校生を紹介する」


 五分後の本鈴から間もなく、白衣を纏った砂漠化の激しい担任が教室に入ってくる。そして開口一番に事件(ニュース)を告げた。

 たちまち教室が熱狂の渦に包まれる。

「先生、男ですか女ですか!?」

「女だ」

「その子のジョブは何ですか!?」

「後でギルドカードでもを見せてもらえ――入ってきなさい」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問の雨霰に淡々と捌きつつ、担任は扉の向こうの誰かに声を掛けた。


「……あいつは」

 扉が開き、静まり返った教室に肩で風を切って入ってくる女子生徒。茶髪のストレートヘアがふわりと流れる。

戦庭(いくさば)アテナです」

 俺の目だけをじっと見て、笑顔で挨拶をする宛名さ……もとい、アテナ。

 そこまでやるのか。……面白い。

 だが俺が口元を上げて返すと、彼女はウィンクと共にいきなりの先制攻撃を叩き込んできた。


「約束通り、今度こそ毒殺(おと)してみせるから……よろしくね、ゆ・う・まクン♪」


 隣のクラスから苦情が入る程の混沌の中、俺達は不敵な表情を浮かべ、いつまでも見つめ合っていた。

 俺の皆勤賞への道は、どうやら平坦ではないらしい。

 こいつの弁当だけは決して食うまい、と心に決めながら、俺は湧き上がる高揚感に心地良さを覚えていた。




「――少年よ、私の事は無視なのか?」

「ゆ、勇真……」


 自称・神と名乗る先生と隣の席の幼馴染の呟きは、誰にも聞かれることなく狂騒の底へと沈んでいく。


 ……その言葉に込められた意味と想いの重さを、俺は後々になって知る事となるのだ。

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