AM7:45
軽快な靴音を鳴らし、俺と幼馴染は横に並んで緩やかな上り坂を歩く。よく整備され、等間隔に桜の木が植えられている幅広の歩道である。異なる学校の制服を着た少年少女が混じり、疎らに歩いていた。
木々からは桃色の花が無くなってしまったが、代わりに青い空と瑞々しい緑が目を楽しませてくれる。普段よりもやや遅めの時間ではあるが、急ぐ程ではない。
歩道の右側は自転車が余裕を持って通れる専用路があり、時折生徒が軽いギアで上っていく。二車線の道路も交通量は多くないが、行き交う車が途切れることはない。
幼馴染みが歩く左側は白を基調としたモダンな住宅が並び、陽光に照らされていた。
「なあ、なじみ」
「なによ?」
「お前、何だか身体のラインが丸くなっていないか?」
少し背も縮んだような気がするが……。
「なっ!? き、気のせいじゃない? ……ちょっと、どこ見てるのよ!」
「む、すまない」
ただ見ていただけなのに、なじみ顔を真っ赤にして立ち止まり、学ランの正面を両腕で隠した。女じゃあるまいし、良く分からん奴だ。
構わず先に進むと奴も駆け足で追い付き、再び横に並んだ。
やがて目の前に二車線同士の大きな交差点が見えてきた。制服の異なる――衛末布高専の生徒達は、横断歩道を渡らずに左へ折れていく。
タイミング悪く、俺達が着いた頃に信号が赤に変わった。急ぐ理由はないが何となく損をした気分だ。
なじみとの会話も途切れ手持ち無沙汰になっていると、ふと視界の右側に茶色い影が横切った。
「――ぶ、かな」
小声で何かを呟いた影の主は、制服を着た長い髪の少女。ちょうど車が途切れたのを良い事に、目の前の信号を無視して横断歩道を渡ってゆく。何か理由があるのかは知らんが、たかが後数十秒が何故待てないのか。
目線を反らして嘆息したその時、左側から急速に重いエンジン音が近づいてくるのが耳に入った。
交差点の自動車用信号は黄色――突っ込んでくる気か?
「危ないッ!!」
「勇真っ!?」
脳裏に女生徒がトラックと激突するイメージが過ぎり、俺は鞄を放り出して反射的に飛び出した!
なじみが俺の名前を叫ぶが、俺の視界にはトラックに気づいて立ち竦む少女の姿しか映らない。
……何をやっているんだ!!
何故渡り切らないのかと少女に対して憤る気持ちと、道路交通法を犯して自らの身を危険に晒そうとしている自分自身を叱咤したくなる気持ちを綯い交ぜにしつつも尚、俺の足は止まらない。
「きゃっ!」
まるで水中にでも居るかのように空気が纏わり付く中、僅かな差で先に俺の手が彼女の背中を突き飛ばした。彼女に成り代わり、俺のすぐ目の前にトラックの壁が迫り来る。鼓膜を突き刺すクラクションにイライラする。 言われなくても判ってるんだよ!
「っつオォッ!!」
突き飛ばした反動でその場に留まろうとする身体を、脚力で跳ね返す。歩道のコンクリートと並行に宙を舞う俺の身体。
間に合うか!?
「……ぐっ!」
エンジン音が通り過ぎ、俺の下半身にも衝撃は来なかった。
歩道に屈み込む少女の姿を視界の隅に捉え、俺は一瞬の安堵と共に上半身を丸めた。背中にコンクリートの硬さを感じながら、歩道の上を前転して勢いのままに立ち上がった。
「ふう……死ぬかと思った」
コンクリートに目を落としたまま、俺は肺に貯め込んだ空気を不快な気分と一緒にまとめて吐き出した。心臓が今更ながらに激しく鼓動して、そのせいか周囲の音は未だに耳に入ってこない。
ついでに全身の力も抜けていくが、座り込みたくなるのを紙一重で堪える。座るのは教室に着いてからだ。
今更だが、暴走トラックと言えばお約束の極地だったな……。運送業界からクレームは来ないのだろうか?
「おいあんた、だいじょ……!?」
右後ろを振り返りながら救った女子生徒に声を掛けようとして、俺は三重の意味で固まった。
「助けてくれてありがとう。ゆ・う・ま・クン♪」
「……また、あんたらか……」
毒殺未遂テロリストだった。 ――それに。
いつの間にかまた、俺と彼女は白い空間の中にいた。
「ふむ。 少年よ、よくぞ避けたな……チッ」
その隣には、作業服姿で舌打ちするM字オールバッカーと共に。