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二時間半のファンタジー  作者: Mie
とある朝の光景
4/8

AM6:40

 玄関、開けたら大草原。……これもまた夢なのだろうか?

 住宅地はどこへ行った? まさか、俺の皆勤賞を狙って先に学校へ行ったのではあるまいな?

 学校のチャチなロゴの入ったシャーペンは、誰にも渡さんぞ!

「……」

 まあ常識的に考えて、異世界に繋げたんだろうな。どんな常識かは知らんが。

 土が剥き出しの道が続く先を見ると、馬車らしい箱の周りを十人程度の人間が囲み、何かがキラキラと輝いている。

「健闘を祈る」

 俺は扉を閉め、鍵をかけた。

 再び靴を脱ぎ家の中へ戻る。その際、脱いだ靴を揃えて右手に持った。左手にはカバンを持っているからな。

 そしてダイニングを抜け、キッチンの横にある勝手口のドアを開ける。


「オラァァァァァァアア!!」

「ぎゃあああああああああ!!」

 絶賛チャンバラ中であった。

 チャンチャンと剣どうしが音を鳴らし、バラバラと赤い物が飛び交っている。


「……お大事に」

 俺は扉を閉め、鍵をかけた。

 ケータイを見ると、そろそろ時間が危なくなってきた。俺は踵を返し、階段を上って自分の部屋に戻る。

 宛名さんが開けたカーテンの向こうは間違いなく、俺の見慣れた住宅街であった。

 俺はおもむろに窓を開け、サッシの上で靴を履いて飛び降りた。


「きゃあああっ!? そ、空から男の子が降ってきたっ!」

「失礼。……お早うございます」

「あっ、勇真くんだったんだ……お早う」

 通勤中の近所の女性の目の前に飛び降りてしまった。俺は頭を下げた。

「ところで勇真君、肩に何か赤い物がついてるけど」

 左肩の方を指差され、見ると学ランに赤い染みがついていた。

「ご心配なく、ただの返り血です」

「え」

 ハンカチで上から軽く叩いて拭き取ってみたが、当然ながら跡が残った。だが、戻って着替える暇はあるまい。

「急ぎます故、御免」

「あ……うん。い、いってらっしゃい……」


 通い慣れたアスファルトを早足で進み、曲がり角に差し掛かる。

「ひゃああああああ……はえ?」

 立ち止まると、角から猛スピードで少女が飛び出してきた。一旦停止していなければ衝突していたな。

 交通ルールは守りましょう。

「な、なんれ?」

 きょとんとした表情の、セーラー服の少女。茶色いが長くて綺麗なストレートヘアが特徴的なのだが、それ以上に食パンを咥えたままというのが目立つ。

「道路交通法を遵守した」

「ほ、ほうれふか」

「うむ」

「へっかく勝負ふぁんふ、穿いふぁのひ……」

「では宛名さん、急ぎますので失礼」

「あっ、待っふぇ」


 また時間をロスしてしまった。まだ走る程ではないが、急がねば。

 アスファルトを靴底でリズミカルに叩き、通学路を急ぐ。途中でマンホールのフタがないのを見つけ、跳び越える。

「泥棒の仕業か?」

 地方によって、面白いマンホールがあると聞いたことがあるからな。ちなみにこの街のマンホールは面白くも何ともない。


 その後も四つ程フタのないンホールを見つけ、跳び越えた。そんなにマニアが多いんだろうか?

 しかも最後の穴は、足元に突然出現した。半ば反射的に跳んでいなければ落ちていたに違いない。くわばらくわばら。

 更にはとある家の前にやたらにバナナの皮が落ちていたが、全部避けて歩いた。

「ここの爺さん、確かに猿っぽいが」

 食べ過ぎは良くないと思う。

 ところで、その爺さんの孫がプロゴルファーを目指して、買って来た英語のテープを毎日聞いているらしい。先にゴルフクラブを買えと言いたいが、きっと事情があるのだろう。

 それにしても、今日は足元の運勢が悪いらしいな。ラッキーアイテムはヘリコプターだろうか。

 あと、虹色に輝く水溜まりもいくつも見つけたが、念のため全部跳び越えておいた。

 誰か打ち水でもしたのか? まだ五月なんだが……。


「やあ、勇真」

 コンビニの前に差し掛かる。ここはレジの店員が金髪の美女で、飲むと疲労どころか傷まで治るという青い薬を売っている事で評判だ。

 通り過ぎようとしていた時、その自動ドアから俺と同じデザインの学ランを着た幼馴染が出てきた。特別美形でハーレムを作っているわけでもなく、学校中の美少女データを網羅しているわけでもない、ごく普通の男である。

「お早う……ん?」

「な、何だ?」

 立ち止まると、俺が進もうとしていた道の先の空中に妙な黒い穴が出現した。幼馴染も目を白黒させている。元々、白目と黒目しかないのだが。

 二人でしばらく見ていると人間が入れそうな大きさになり、中からろくろっ首のように白くて長い手が無数に出て来た。やや深爪だ。

 それを見て、俺は幼馴染みの肩を叩きながらこう言った。


「升田勇真はこいつです」


「え? ちょっと、急に何を言って……うわああああっ!?」

 すると無数の手は幼馴染の全身を捕らえ、穴の中に引きずり込んだ。

「うわあああああーーーーーー」

「行ってらっしゃい」

 日頃から日常が退屈だと言っていたからな……渡りに船だろう。船ではなく手だったが。

 閉じゆく穴を見ながら、俺は幼馴染の前途を祈った。南無。


 駅は、すぐそこだ。

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