AM6:00
『人は、耳に痛い諫言にこそ、耳を傾けるべきである』
時間にうるさいことで有名な偉人、かのアラーム・クロック氏の名言である。
今日も氏の言葉を胸に、俺は眠い目を擦りながら手を伸ばす――むむ?
何故だ。 何故、目覚まし時計の電子音が遠ざかる?
どこぞの博士の発明でもあるまいし、時計に足が生えて勝手に動く事もあるまいに。
「お・き・て♪」
掟? それは、どこぞの部族かファミリーか。
頭上から降り注ぐ、少女とおぼしき高い声。カチリとクロック氏の口を封じた声の主は、次にカーテンレールを滑る軽快な音を鳴らし、朝の光が俺の目を、まぶた越しに白く焼いた。
なんという情け容赦のない暗殺者なのだろう。
「むにゃむにゃ。もう食べられないよー」
「な、なに? その思いっきり棒読みなセリフ」
「寝言のお約束だ、特に気にする必要はないさ」
「そ、そう……」
俺は直ぐさま目を開ける。目覚めた瞬間に目が二重、これが俺の数少ない自慢のひとつだ。
先程からの音源に目を向けると、そこには我が高校の制服であるミニスカセーラーに身を包んだ美少女が仁王立ちしていた。濃いめの長い茶髪で気の強そうな、自信に満ちた笑みを浮かべている。ベッドの高さ的に、その白く引き締まった太ももが丁度俺の真正面に迫る。
「おはよ、勇真クン♪」
触覚のような長いツインテールを傾け、少女がその大きな瞳の片方を瞑りながら微笑みかけてきた。
「うむ、お早う」
俺は上半身を起こした。
俺の名前は升田勇真。この春から近くの高校に通っている一年生で、蠍座の男である。好きなだけ笑うが良い。
父親の名は勇人、母親の名は真緒といふ。母の実家が世界に名だたる大企業の創業者一族であり、共に忙しい日々を過ごしている。この家にはおろか、日本にいることさえ滅多にない。
ちなみに余談だが、母の旧姓は益田であり会社名はMASUDAであるので、母は「せっかく結婚したのにほとんど変わらないわねー」と笑っていた。本当に余談だ。
そして、彼女は――。
「君は誰だ?」
初対面である。
「もう、やっと聞いてくれたわね……。私の名前はアテナよ、勇真クン。
……それとも、お兄ちゃん♪って呼んだ方がいい?」
「宛名さんか、珍しい名前だな」
俺に姉妹はいない。幼馴染はいるが同性である。
「……まあいいわ。それより、驚かないの?」
「慣れているのでな」
「どんな生活送ってるのよ、あなた……」
「一人暮らしで悠々自適の生活を送っているが?」
家事さえできれば楽な事この上ない。
洗濯バサミどうしを挟んで連ねて、巨大な輪っかを作っても誰にも怒られないのだ。フリーダム万歳!
「……まあいいわ」
宛名さんは華麗なるスルースキル所持者であるらしい。そして自分の用件を口にし始める。
「ところで――」
「断る」
「……」
「……」
「まだ、何も言ってないじゃない」
「言わずもがな」
異世界勧誘だろう。ご苦労なことである。
「もう、いいじゃなーい?減るもんじゃなし」
「間に合ってます」
「……私の方に来れば、きっと楽しいのにぃ」
宛名さんは可愛らしく口をすぼめてみせるが、こちらはあいにくと開国する誠意を見せるつもりはない。
それに早くしないと、学校に間に合わなくなる。皆勤賞がかかっているのだ!
俺は彼女を手っ取り早く追い出すべく、登校の準備も兼ねてその場で立ち上がり、クマさんパジャマを脱ぎ始めた。
「ちょっ!? な、何するのよ! ……それに、そ、その膨らみは何なのよ!」
片手で目を覆う宛名さんだが、指の隙間から見ているのが丸分かりである。そしてもう片手で俺の下腹部を指差している。
「何って、ナニではないか。男の生理現象だ」
これもお約束である。気に病む必要がどこにあるか。
「そ、そんな恥ずかしいモノを女の子に見せないでよ! すぐ引っ込めて!」
「無茶を言うな。それに、これは元気な印だ。
偉い人も言っているではないか。『元気があればナニでもできる』――」
「ばかああああああああっ!!」
「ウルムチッ!?」
彼女はツインテールを振り回し、その細い髪に見合わない重い二連撃を放ってきた! その鞭が俺の頬にヒットし、うっすらと赤い十字の跡を残した。これで俺も、今日から古流剣術の使い手である。
そして「うわあああああああん」と真っ赤になった顔を両手で覆いながらドップラー効果を引き起こし、部屋のドアから勢いよく出ていった。
「……ふむ、大丈夫でござるな」
宛名さんが天井近くまで放り投げたクロック氏を、空中にて無事救出。カチカチカチと、バイタルにも異常なし。
長さの異なる彼の両手が、朝食を取る余裕が十分にあることを教えてくれた。