対ヴァンパイア戦争の前夜
ケビン大佐は、窓際に立って、建物が長い影を落とす通りを見下ろしていた。時は夕暮れに差し掛かり、行き交う人々の数はすっかり減っていた。湿り気を帯びた生ぬるい風が格子の隙間から入り込んできて頬を撫でた。彼は振り返りもせず、薄暗い部屋のソファに身を埋めているであろうニール補佐官に尋ねた。
「彼らとの交渉はどうであった?」
先ほどから口数が少なく、疲れ切った表情から、返答に察しは付いていた。ニールは返した。
「はあ。ヴァンパイアどもはこちらの要求を一方的にはねつけました。折衷案に見向きもしません。もはや全面戦争も致し方なしかと。」
「奴らは、何をそんなにこだわっておるのだ。囚人と病人の血ならいくらでも提供する、と言っておるのに。」
「奴らとしては、新鮮な血液でなければ、心身の健康を維持できない、とのこと。とりわけ、若い美女のしぼりたての液は彼らの極上の楽しみ。水準を落としたくないでしょう。」
「あくまで、『狩り』をやめないつもりだな。」
「話が通じる相手ではございませぬ。兵力ではわれらが上回っております。なんの躊躇がございましょうか。一機に城に攻め入りましょう。」
「ところで、そなた、さっきから何を飲んでおるのじゃ。」
ニールはソファに身をゆだねてグラスに入った赤い液体を飲んでいる。
「トメイトウのしぼり汁にござりまする。奴らとの交渉から戻って、無性にこれが欲しくなりましてな。疲れがたまっておるのでしょうか?」
ケビンはニールのほうを振り返る。禿げ頭に似合わぬ口ひげを生やした顔はいつもの通りだが、シャツからのぞく首筋に赤い点が2つ見えた。まだついたばかりの傷跡のようだ。
ケビンは踵を返すと、ワインボトルの並んだ棚から1本をつかみ取り、グラスを片手に、ニールの対面の椅子に腰を下ろして彼を見つめた。今日は十字架のペンダントを外しているようだ。
「それではお主の作戦を聞かせてもらおう。」
「彼らが籠城することは火を見るより明らか。城の中に味方を忍ばせております。わが軍の到着を待って、内側から城門を開かせます。我々は突撃します。不意を突かれた奴らは混乱し・・・」
「なかなか良き作戦である。だが、そなたはもう汚れかけておるようだ。もう時期、意識もあちら側へ移っていくであろう。突撃軍には、主要メンバーを添えようではないか。城内の深く、ドラキュラ伯爵の館まで一気に攻め込むように命じておく。」
「しかし、慎重に事を進めたほうがよろしいかと。奴らの罠ということもございます。味方が奴らに取り込まれていたのなら・・・」
「はははっ・・・別にいいではないか。われらの大勝利だ。」
ケビンは、ボトルのふたを開け、濃く赤い液体をグラスに注ぎこむ。香りをかいで、口に含むと、官能的な味わいが広がった。
「そなたもどうだ。極上だぞ。」
ケビンはボトルをつかんで、ニールの空になったグラスに注ぎ込んだ。ニールはグラスの液体を口に運ぶ寸前で手を止め、顔をしかめた。
「これをどこから入手したのですか?」
「5番街の呉服屋の娘のものだ。昨夜、採取したばかりで、鮮度が高い。ほれ、飲まぬのか。」
ニールが顔を上げて、笑みを浮かべた。
「正体を現しましたな、大佐。もはやこれまで!突入せよ!」
正面の大扉が勢いよく開くと、軍人たちが突入した。聖職者が十字架を片手に持ち、もう片方の手に持った蝋燭の炎で後ろから照らしている。その後ろで兵隊たちが銃を構える。扉の向こうから、ニンニクの香りを伴なった湯気が立ち込めてきた。
「何の真似だ、ニール! まさかお前、騙したか!」
「何をおっしゃる。騙していたのは大佐の方でござるぞ。もう逃げられませぬ。ご覚悟を!」
ケビンは、長身をソファから起こすと、兵たちを睨みつけた。身に着けていた黒いマントを天井に向けて放り投げたかと思うと、兵たちがそれに気を取られている隙をついて、窓の方へ走った。
「戦場でまた会おう。」
直後、ガラスの割れる音がした。窓の外には、夕焼けの空に羽ばたく、コウモリの姿があった。




